最初にコートに立ったのは真田くんだった。決勝とだけあって相手ももちろん強かった。けど、祈るように私の顔の前で組まれた右手と左手をよそに、飲まれた唾と勝手に緊張していた私をよそに、やっぱり真田くんは強かった。5年前と同じ。あの時と、同じ。風を切る音が聞こえた。あ、この音は、やっぱり、

「真田くん、だ」


 真田くんの勝利を告げる審判の声と、客席の歓声と、戦い抜いた両者への拍手。それに紛れて私は小さく呟いた。それからわかった。彼が、自分への歓声をよそにきょろきょろと客席を見回していること。私を、探してるんだ、あの時みたいに。
 同時に、自分がものすごく情けない顔をしていたことに気づいた。こんなに大勢の人がいる中で、泣いてしまいそうだった。悲しくてじゃない。嬉しくて、でもない。だからといってどうして泣きそうなのか理由は上手く言葉にはできなかった。ただ、きっと心のままにそれを表現するなら、多分、理由は、「真田くんだから」だ。情けない自分を掻き消すように、私は立ち上がって彼に手を振った。彼が私に気づくと彼の口はなまえ、と静かに動いた。「おめでとう」私の口パクを真田くんが理解してくれたかは確信が持てないけれど、彼は笑ってベンチに戻っていった。
 だからもうよかった。私は別の確信を持って、席を立って会場を出た。



「なまえ!」


 駅のホームで長い時間を過ごし日が暮れてきた頃に、焦ったような声色で私の名前が呼ばれた。見れば真田くんがそこにいて、声色に似合った表情を浮かべていたから私は思わず笑ってしまった。


「な」
「いや、うん、なんでもないよ」
「…終わって客席を見たらお前がいなかったから驚いて、」
「終わったの?」
「優勝、だ」
「知ってたよ。真田くんが私を探してくれることも知ってた」
「、そうか」

 それが私の確信だった。真田くんは何か言いたそうで、でも何も言わなかった。


「ねえ、真田くん。5年前もそういうふうに私のこと探したの?」





夏の日、残像





「………いや、探していない」

 彼は静かに首を横に振った。そっか、と私が返すと彼の表情は少しだけ弱々しくなった気がした。


「お前に裏切られたとばかり思って、探したとしても会うのが怖かった」
「…うん」
「探そうと思えば、あのときもこうやって探せたんだ。俺は仁王とはずっと一緒にいたから、お前に連絡を取ろうと思えば取れた。でも、しなかったのは俺だ」



 俺もお前も、苦しかったな。真田くんは私の頭に手を置いて、静かに、言った。同時に、ゆっくりと解けた。心の一番苦しい部分につっかえていた何かが、ゆっくりと解けた。もう一度、この街に来てよかった。真田くんに会えてよかった。私がずっと、言いたかったのは、あの言葉だ。



「真田くん、    」



 ぴったりと見計らったように、私が口を開いたそのときに新幹線が凄まじい音とともにホームに入ってきた。聞こえたかどうか不安になって、でももう一度言うのはなんとなく恥ずかしいから、そっと真田くんのことを見た。すると、心配は無いようで、真田くんは目を大きくして、私のことを見ていた。


「なまえ、」
「じゃあね、真田くん」
「待てなまえっ!」


 私は新幹線に乗り込む。ああ、そうだ、大事なことを伝え忘れてた。


「あのね真田くん」
「?」
「私、立海を受験しようと思うんだ」
「…は?」
「私、立海を、受験しようと思うの。まだマサくんにも言ってないんだけどね」
「なまえ」
「だから。またね、真田くん」








「あの日、試合に勝ったらお前に言いたいことがあったんだ」
「あ…」
「会えてよかった、そう言いたかった」







「また会おう、なまえ」


 それが、君と私の夏でした。





▽ 12.08.11 完結
bgm? ASIAN KUNG-FU GENERATION/夏の日、残像


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