「はあ?決勝を見ないで帰るじゃって?」

 マサくんが珍しく大きな声で叫んだ。うん、と頷いた私は、黙々と荷物の整理をしている。

「見て帰るって言っとったんに、」
「目的…果たしちゃったから」
「目的?…真田に、会うことか?」
「うーん、ちょっと違うけどそんな感じ」


 マサくんは難しい顔をした。そんなマサくんを見て私はもう決めたんだと笑って言う。「ほーか」、納得を表す言葉、優しい声色。だけど、マサくんの顔は相変わらずだった。


 マサくんは何も聞いてこなかった。包帯の巻かれた私の左手を見て、「うわ、痛そう、大丈夫か?」と言っただけ。これでいい。きっとこれでいい。本当は、ちょっとだけ期待してた。でも、真田くんのあの態度を見たら吹っ切れた。真田くんは、私を、怒っている。それでいい。きっと、それでいい。きっと。



 朝、私が起きると既にマサくんは家を出ていた。今日帰るというのに何も言葉を交わせずに行ってしまったことは少し寂しかったけれど、今は大会中、増してや今日は大事な決勝なのだから仕方ない。あとでメールでもしておこう、そう思いながら朝食を食べて、次はいつ会えるかわからないマサくんとマサくんの家族に思いを馳せながら家を出発して、色々と助けてくれた人たちにそっと心の中でありがとうを繰り返しながら駅へ向かう。それから、それから、

 それから。私にとって一番、大きくて、苦しくて、でも大切だった気持ち。思い出しながら歩く。何のために戻ってきたんだ?そう私に聞いたとき、彼は、重たくて冷たかったドアの向こうでどんな顔をしていたのだろう。観客席にいた私を見つけてしまったときはどう思ったんだろう。私と5年越しに顔を合わせて会話をしたときは?私と試合をしたときは?じゃあ、今は?いくつかの疑問符が私を責める。無理だよ、わかんないよ、違うよ、わかんないんじゃないよ、認めたくないよ、ちゃんとわかってるよ、でも怖いんだよ、彼が私を嫌ってるってこと。認めたくないけど、ちゃんと。わかってる。


「ふざけるな!」


 伏せた顔を上げると、目の前には真田くんがいた。息を切らして、怖い顔をして、そんな真田くんがすぐ近くで私のことを見つめた。な、んで。思わず飛び出た私の声は驚くほど擦れていた。

「また俺から逃げるのか」
「だって、」
「俺が突き放したからか」
「そうじゃなくて、それは当然だし、」
「俺ときちんと話をせずに、一方的にやっつけられてそれで満足、目的を果たした、だから帰るのか」
「…」
「…ふざけている」
「…うん」


 ごめん、そう言いかけたときに、真田くんは私の横に置いてあった私の荷物を奪った。


「!ちょっと真田くん」
「てっきり俺は、お前が俺と向き合う覚悟があってここに戻ってきたのだと思っていた」
「…」
「…試合を、見てほしい」
「…うん」
「それが、お前と俺が向き合う方法だと思う」


 情けないくらい嬉しかった。真田くんは静かに私に背を向けた。この背中は何度か見たけれど、今が一番、大きく見えた気がした。きっとこれが、最後のチャンス。私は痛む手のひらを握り締めた。


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