真田くんと私では、技術も、力も、速さだって、その差は明らかだった。それはこの場に居合わせた真田くんと幸村くんと私が初めからわかっていたもので、ほとんど常識というものに近かった。それでも、私が試合をしてほしいと彼に頼んだのは。


「どうした、あと1点で俺の勝ちだぞ」
「…はあ」
「お前は、俺から1ポイントも取れないのか」

 ここまで私は必死にボールを追いかけたけれど、やっぱりどうしても真田くんのほうが上だった。ラブゲーム、だった。肩を上下させて酸素を懸命に取り込もうとする私と、まだまだ余裕そうな真田くんと。差がはっきりしているせいか、あんまり悔しくは無かった。そういう意気で私が試合をしていると知ったら真田くんはきっと怒って私に背を向けてしまうだろうけれど。だって、彼は真面目な人だ。そして、テニスを愛している人だ、から。


「…なぜ俺に試合を挑んだ」
「…」
「言いたくはないが…負けると、わかっているだろ?」
「…負けることに、意味があるの」
「は?」
「真田くんに負けたくて、頼んだ」
「………本気で試合をしていないということか?」
「ちがう!」

 それでも、私が試合をしてほしいと彼に頼んだのは。真田くんの5年間を私が受け止めたいと思ったから。それから、彼を裏切った私への戒め。簡単に言うと、彼にやっつけてほしかった。私のことを。だけど、負けるために私は自分の力を落とすようなことなどしていない。そんな、真田くんを見くびるようなことはしない。笑っちゃうくらいボールを追うのに必死で、真剣で。
 でも、彼の5年間には追いつけずその結果が、ここまでのラブゲームだった。そんなことを彼に言えば、彼は顔をしかめた。「お前は馬鹿か」とも言った。



「それだけ言うなら、やってやる」

 その言葉と共に放たれたサーブは、重たかった。コースとか回転とか、そんなのを考えるよりも、返すのでやっと。しばらくラリーを続けるうちに、真田くんの構えが変わったのに気づいた。



「!、それはだめだ真田!」
「幸村は黙っていろ!」
「女の子がそんなのうけたら…!」

 それまで何も言わずにただ私たちのことを見ていた幸村くんが急に立ち上がって真田くんを止めようとする。構わず真田くんはラケットを振った。



「動くこと雷霆の如し!」




 初めてここで出会ったとき、堅苦しく私に挨拶をした彼も。私にテニスを教えてくれた彼も、私が悩んでいるということに気づいてくれた彼も、頑張ったと励ましてくれた彼も、真っ直ぐに私を見つめて好きだと言った彼も。私はあの夏を忘れることなんてなかった。会ってしまいたくて、私も好きだと言ってしまいたくて、それでも目標に向かって駆け上がる彼を邪魔したくなくて。
 ちがう、本当は、邪魔したくないんじゃなくて、邪魔だと思われて、いつか言われるかもしれないさよならが怖かっただけ、それだけ。




「…!」
「なまえちゃん!」
「い…ったあ」


 真田くんの放ったそのボールは、私が押し負けてそこらへんに転がるわけでもなく、運よく返して真田くん側のコートに入るわけでもなく、ただ、ラケットを握っていない方の私の手の中に収まっていた。



「…っ、素手で受け止めるなど何を考えているんだ!」
「今の雷、ってガット破っちゃうやつだよね」
「そうだ!そんなのを素手でだなんて、」
「だってこのラケット幸村くんから借りたのだから」
「……知っているなら、避けるとか、あるだろう」
「だから言ったよね、真田くんの5年間を受け止めたいって」
「…」

 真田くんはため息を吐いて、コートから、学校から、去った。痛む手首とボールの摩擦で擦れた手のひらを幸村くんが慌てて手当てしてくれた。「真田のやつ、何も言うことないのかよ」という少し怒りを含んだ幸村くんの言葉に導かれるように、やっと私の瞳は涙で滲んだのだった。


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