9:57、手に直接持った携帯の液晶によって現在の時間が10時直前だということがわかる。「試合は10時からじゃから」というマサくんの声が頭の中で流れて、私は観客席に座った。

 コートのすぐそばにはマサくんが見える。切原くんもいる、そして少し大人っぽくなった柳くんも。…真田くんも、だ。幸村くんの姿が見えなかったのが気になった。けれど、審判の「両校整列!」という声が辺りには響いたので、私はそっちに意識を持っていった。


 シングルス3は切原くん。ダブルス2はマサくんたちだった。私もテニスを3年間だけだったけどやってきた身、…彼らが王者だと呼ばれるにふさわしい技術、体力、メンタルを持っていることなんか試合を見ればわかる。マサくんがわざわざ地元を離れてテニスをしたいと言ったのも。切原くんが5年前の大会を見てこの学校に入ったのも。彼らは、何よりもテニスが、


「強くなったでしょ、俺ら」
「!………幸村くん」
「なまえちゃん、久しぶり」


 私の隣に腰を下ろしたのは幸村くんだった。私のこと覚えてたんだ、そう思わず呟くと、そっちの方こそって穏やかに笑った。


「こないだはね、面白かったね」
「え?」
「赤也がよりによって真田の前でなまえちゃんの話をしたやつだよ」
「あ、あれね…」
「俺さあ、どうせ会っても後悔するんだろうなあって思って止めようとしたんだ。だけど口にする前に、真田はもう飛び出しちゃってて」


 呆れるように笑いながら話している幸村くんは、でもやっぱり会わなかったんだって?と付け足した。小さく頷く私を見て、今度は声を出して笑った。

「ねえ、さっきも言ったけど、俺たち強くなったでしょ?」
「え?う、うん」
「それはね、俺たちが何よりもテニスが好きだからなんだ」

 それは、わかる。私も少し前まで同じことを考えてた。チームのことで言えば俺たちは負けを経験したし、俺自身のことで言えば俺は病気になってもうテニスが出来ないかもしれないって言われた、それでもね、好きだったんだ、テニスが。幸村くんはぽつりぽつりとそう続けた。彼の言葉に込められたものは重たくて、だけど、なんていうか綺麗で。私は、そうだねとしか言えなかった。

「でもね、何よりもテニスが好き…って実は100パーセントじゃなくて」
「え?」
「例えば、部員の中には彼女がいるやつとかもいてさ、同じぐらい好きだったり」
「まあね、そういう人もいるよ」
「データ収集に命かけてるやつもいるし」
「や、柳くん?」
「そうそう。よく知ってるね?」
「…………真田くんは?」
「あいつはね、俺はテニスだけだって言うんだよ」
「…」
「馬鹿だよね、俺や柳、まあ仁王もかな?そんなの嘘だって気づいてるのに」



 だから、



 真田と君の5年間をどうにか取り戻してくれないかな?そう言って幸村くんは私から離れた。応援…してくれたのかな。終始「真田って馬鹿だよねえ」って言っていたけれど、きっとそうだと思う。だけど一番大切なのは?…真田くんが私と顔を合わせてくれるかどうか、だ。
 ダブルス2はマサくんたちの勝利を告げて終わった。シングルス2は真田だから、と幸村くんが教えてくれた。準備運動を終えてコートに立った真田くん。彼の背負うものは、相変わらず揺るがない。ずっと、ずっと。そして試合開始のコールがされる。サーバーは、真田くん。




「フォルト!」

 突然響いた審判の声。真田くんのサーブがフォルトだったのだ。周りの観客がざわざわと、「真田がミスって珍し…」と言っていた。でも大丈夫、次のサーブがきちんと入れば…と私はぎゅっと手を握って、転がったボールから真田くんへと視線の先を変えた。

「え…?」




 変えたら、その真田くんは私の方を見ていて、なまえ、と小さく口を動かしたのだった。今のフォルトってもしかして、私に気づいたから?私の時間が、止まった気がした。


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