「すみません土下座しに来ました」

 そんなことを言って、早速床に手を着いたのは数時間前に会った切原くんだった。


「え?」
「いや本当もう空気読めなくて…!知らなくて…!」
「いいよ私の説明不足だったし…真田くんにもそう言われたし、」


 私が苦笑いをすると、切原くんは困ったように私のことを見た。一連のことを静かに見ていたマサくんは私に、「ちゃんと話せたんか?」と問うた。


「……ううん」
「…」
「真田くん、会ってくれなかった」
「………は?」


 マサくんは驚いたように口を開ける。声には漏らさなかったものの切原くんも意味がわからないと言うかのように眉間にしわをよせていた。


「まだお前の顔は見れないって言われた」
「…」
「真田くん、私のこと5年間ずっと恨んでたんだと思う」
「それは、」
「………覚悟してた、はず、だったんだけど」

 泣きたかった。とても。だけど目の前には切原くんがいるし、マサくんもいるから泣かなかった。5年間、私は何かを期待し続けて、偶には自分の都合の良いように考えてしまって。どうして真田くんと同じ立場で考えられなかったんだろう。「普通に」、考えれば分かるのに。





「…ああ、そういうことだったんすねえ」
「え?」

 何が「そういうこと」だったのか。分からずに切原くんに尋ねると、彼は頬を掻きながらぽつりと言った。

「真田副部長は、ずっと待ってたんだと思います」
「…」
「そうじゃなきゃ少しも恋愛に興味なく中高をテニス一筋って絶対ムリっすもん」
「一筋、」
「でも本当は興味がないんじゃなくて、…ね。だからあんなに厳しいんじゃないっすか?ね、仁王先輩?」


 真田くんはこの5年間、テニスとしか一緒にいなかったというのだ。どうしよう、こみ上げてくる気持ちは「嬉しさ」なのかもしれない。真田くんが、真田くんのままであることへの。そして、忘れかけていた恋心への。
 問いかけられたマサくんは視線を上の方に外してそうじゃなあと呟く。なんだかどうしようもなくって、私はついに泣き笑いをした。焦って言葉を探す切原くんから、「だってそうじゃなきゃ走って会いにくるはずもないし!それに、副部長ってば、まだ、って言ったんすよね?」と言われたのが最後、私は無性にこの5年間の空白を埋めたくなって、あの日の選択が悔しくて、泣いた。更に焦った切原くんは次の言葉を急いで探している。マサくんは空気を読んで黙れと言わんばかりに切原くんのことを軽く叩いた。わざとらしく痛がる切原くんはどこか無邪気で、彼を見ていたら、私もあの日の私に戻れる気がした。


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