まったく雅治ってば、そんな風に溜息まじりで呟いたのはマサくんのお母さん。マサくんが部活へ行くのを見送った後に私とマサくんのお母さんとで遅めの朝食をとっていたときのことだ。どうしたの?と聞けばマサくんのお母さんは冷蔵庫に貼ってあった紙をひらひらとさせて、本当はこの紙昨日締め切りなのよ…って。


「…昨日?」
「そう、部活の役員会の結構大切な紙なのにあの子忘れてっちゃって。今日絶対出すって約束したって言ってたのに」
「あーあ…」

 まあ雅治が悪いんだからいっか、とマサくんのお母さんは笑った。そしてコーヒーを一口啜ってから、今度は優しげに笑って口を開く。


「多分、」
「ん?」
「なまえが来たのが嬉しかったからね」
「私が?」
「そ。あの子なまえのこと大好きだから」
「…」
「嬉しくて浮かれてんのよ、まだまだ子供ねー」


 変わってなくてよかったと私に向かって笑ったマサくんのことを思い出した。…なんか申し訳なくなってくる。そして私はコーヒーを飲み終えるまでの少しの間に、記憶の中のマサくんに負けてしまったのだ。


「わ、私が届けてくるよ…」






 そして重要なことに気がついたのは、私が立海大附属中学校の正門前まで来たときのことだった。5年前のとおりに道を歩けばここまでは辿り着けた。でも、あれ?



「(私って立海高校の場所知らない…!)」


 多分ここらへんにあるんだろうなとは思うけど、テニスコートへ行くには敷地内に入らなきゃいけないし、ううんどうしよう。もっとちゃんと確認してくればよかったのにっていう自分への情けなさで私は泣きたくなった。でも、それでも届けなくちゃって思って回りを見渡す。ふと、テニスバックを背負った学生が中学校前を通り過ぎる。いい人でありますようにと願ってから、私はその人の肩を叩いたのだ。




「へー!じゃあ俺が小6のときにこっちに来てたんすね」
「うん、1週間だけだけど」
「俺も全国大会見に行ってたんすよ!」


 そのときに立海に入るって決めたんです、と爽やかな笑顔と共にマサくんの後輩の切原くんは言った。私が中学校前で肩を叩いたのは彼だった。予想通り彼はテニス部でマサくんとも仲良しみたいで私は一安心した。事情を話せば彼は私を案内することを快く引き受けてくれた。



「切原くんっていい子だね」
「なまえさんもいい人っす、……仁王先輩と違って…」
「ごめんね、これからも仲良くしてやってください」
「まあなんだかんだ仁王先輩好きっすけどね、へへ」


 切原くんはとってもいい子で、しかも人懐っこかった。おかげで私は変に気疲れすることもなく高校のコート付近まで来れたのだ。運が良かったのかもなんて思ってると、切原くんが「じゃあ部室にいると思うんで、今呼んできますね」と私のほうを振り向いて言った。



「あ…」
「…なまえさん?」


 その切原くん越しに見えたコートの上に、私は見つけてしまったのだ。



「ご、ごめん切原くん、私もう帰るからこれ渡してくれる?」
「へ?練習見ていけばいいのに、」
「ごめんね、よろしくね!」
「ちょっとなまえさん!」
「…あ、あとね私の話はみんなの前ではしないでほしいの」
「え、あ、はい」
「じゃあ今日は本当にありがとう!ばいばい!」
「さ、さよならっす…?」


 自主練習をしている何人かの中に、真田くんがいた。真剣な様子でラケットを振る横顔は、確かに真田くんだったのだ。…まだ、顔を合わせるにはとても怖くて、気持ちが揺らぎすぎていて。気付かれないようにとただそれだけを考えて私はその場を去ったのだ。


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