「どうする?今から練習に行くんじゃけど」

 マサくんの家に着いた私は、お姉ちゃんの部屋に通された。お姉ちゃんは大学を卒業し、この家とは違うところで一人暮らしをしている。だから私がこちらに滞在する数日間は、お姉ちゃんの部屋を借りることになった。そして荷物を整理しているところで、マサくんがノックをして入ってきた。


「一緒に行くか?」
「…どうしようかな」
「まあ来たばっかりで疲れてるんじゃったら今日は休んでるとええよ」
「じゃあ…そうする」


 私が苦笑いをすると、マサくんは頷いて「じゃあ行ってくるな」と片手を上げた。私は、ドアの閉まる音を聞いてから静かに溜息を吐いた。今更後悔しているなんてマサくんには言えないし、私だってそんなこと思いたくない。だけど確かにその気持ちがここにあるのだ。真田くんの試合が見たい、だけど真田くんに会うのは怖い。でもまだ私はあの夏の日のことを覚えている、あの日にしがみついている。どうして私はこの街に再びやって来てしまったのだろう。
 みっともないけれど、マサくんから「真田は彼女がいない」という話をされたときには私は都合のいいように考えてしまったんだ、もしかしたらまだ真田くんは。そんな風に。その反面で、でも私たちには5年という大きなものが付きまとっている。この5年で私はどう変わったのか。テニスを始めた、方言を喋らなくなった、他にも色々。じゃあ真田くんは?私のことなんて記憶の片隅に追いやってしまっているかもしれないのに。
 もしかしたら、なんて。どうして私は、あの日に戻ろうとしているのだろう。





「…にしても酷くなか?俺はいらんからなまえを家にほしいなんて」
「まあね、一理あるもんね」
「お前さんまで…!」


 夕食後、マサくんは私の部屋(…じゃなくてお姉ちゃんの部屋だけど)に飛び込んできた。夕飯のお手伝いをしていたらマサくんのお母さんに「雅治は全然お手伝いしないのよ、違ってなまえはいい子ねー」と言われた。お母さんは私にだけではなくマサくんにもしっかりと伝えたのでマサくんは拗ねて私に愚痴っている。っていうか高3で拗ねるってマサくん無いわーと私が笑うと、マサくんは「黙りんしゃい」って私の頭を軽く叩いた。


「…なんか嬉しいね」
「は?叩かれるのが?まさかなまえって、」
「違う!…その、なんていうか相変わらずマサくんと家族なのが」
「ああ、そうか」
「私久々にマサくんに会えて良かった」
「ん、俺もじゃ」


 くしゃっと笑ったマサくんに応えるように私も笑うと、マサくんは良かったと一言呟いた。



「なまえ自身は全然変わらん」
「当たり前じゃん」
「見た目の印象は変わったから心配しとったんじゃ」
「えっ可愛くなったって?ありがと」
「…」
「マサくんもかっこよくなったよ」
「……ありがと」



 5年という月日が重く圧し掛かる私も、ただ最低限に思うのだ。真田くんもまた、見た目の印象が変わっていてもいなくても、中身が彼らしいままでありますように、と。


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