真田くんから告げられた言葉がぐるぐると私の頭の中を巡る。私のことが、好き。彼は静かにそう言った。一瞬混乱してしまって「え?」と意味の分からなかった私も、だんだんとこの空気を理解する。真田くんは、私のことが好きだと言った。


「…うそ、」
「うそじゃない、…なまえが好きだ、お前のことを守りたいと思った」


 真田くんのその真剣で、それでも優しげな視線に私は捕まった。…私も、わたしも、真田くんのこと。
 そんな私の気持ちの続きを、言ってしまえればよかった。言えなかったのだ。まだ、真田くんのことを全然知らなかったから。加えて私は、明日には帰るから。これからのことや、たったいま私を包む緊張感や、彼の視線。すべてが交差して、いまいち分からなくなって、一番言いたいことは言えなくて、思わず、泣いた。


「なまえ?」
「っ、ごめんね、こんなつもりじゃ」
「…」

 自分でも無理があると思ったけれど、必死に首を横に振ってから私は頑張って笑った。それを見るなり真田くんは、持っていたラケットケースを落とした。カラン。乾いた音が聞こえた。



 その音が聞こえるのと一緒に、私はマサくんが言っていたことを思い出した。「1年でレギュラーのやつもいるナリ」「このヘアバンドしてるやつは幸村。この目が細いやつは柳。無愛想なんが、真田じゃき」「感動するんじゃよテニス。だから、一緒に行かん?」…その言葉が意味すること。マサくんが、とてもテニスが好きだということ。真田くんもまた、とてもテニスが好きだということ。二人が、ううん二人だけじゃなくて、幸村くんも柳くんもみんな頑張っているということ。
 真田くんの自主練に付き合ったときもそうだった。たった一度きりのアウトで、酷く悔しそうな顔をした真田くん。頑張るのが当たり前なんだ、と。真田くんの世界はテニスを中心にして回っていく。これからも。それに私だって、彼のテニスをする姿を見たらそれを望まずにはいられないのだ。ぜったいに優勝してね、強くなってね、って。


「…私は、真田くんからテニスを奪えん」


 真田くんの手から滑り落ちたラケットを拾い上げて、彼に渡す。不思議そうな顔をする彼に、私は言うのだ。もう一度。ごめんなさい、と。






「やっ…と見つけた、」
「………マサくん」
「なまえってば急に出てくから」
「ずっと、探してたんか?」


 どうにか記憶を頼りにマサくんの家に帰ろうとすると、後ろから汗だくのマサくんが私の腕を掴んだ。ずっと探していたのかという私の問いには答えなかったものの、その汗と荒い呼吸で、ずっと探していた、ずっと走っていた、それが容易く理解できた。そういえば気まずいままだった。そういえば謝らなければいけなかった。私が口を開きかけると、それよりも先にマサくんが「すまん!」と私の気持ちを代弁するかのように言った。


「…え」
「なまえんこと探してる間にな、なまえが言ったことの意味ずっと考えとって」
「……うん」
「俺、なまえんことはずっと本当の妹みたく思ってたから」
「うん」
「俺が守らなくちゃいけんって、ずっと、ずっと」


 でもよく考えたら、もう、そういう関係じゃなかよなあ。でも俺が一方的すぎてなまえはずっと我慢しとったんじゃよなあ。マサくんは寂しそうに笑った。だけど、彼はきっとわかってくれたはずだ。自分には自分の、私には私の、お互いに共有しなくてもいいことがあるということ。お互いに、もう、これからは。


「ねえマサくん」
「なん?」
「ひとつだけ知ってほしいんじゃけど。私と、マサくんは、ちゃんと家族じゃよ」
「…わかっちょるよ」
「あと私、マサくんには絶対にレギュラーになってほしい」
「それもわかっとる」



 その夜は、遅くまでマサくんの部屋でいろんなことを話した。マサくんのクラスの、マサくんが少し気になっている女の子の話も、私の真田くんの話も。私が真田くんを好きだというとマサくんはすごくビックリして、おまけについさっき告白を断ってしまったというともっともっとビックリした。だけど、好きなのに断ってしまったことの裏側にある私の本心を話せば神妙な顔つきになって「難しいもんな」って。


「ねえ、真田くんによろしくね」
「…。ああ」
「…」
「頑張ったんじゃなあ、なまえ」


 それでも、もうマサくんの手が私の頭に届くことはない。その代わり、マサくんはいつものように笑うのだった。


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