やってしまった。
 …そう後悔した頃にはもう遅かった。私は、全く知らないこの街で知らない道を思うがままに走った。どうしてか、というとマサくんとケンカしたからだ。ケンカっていうよりも、私が一方的に怒鳴っただけだったかもしれない。なんだか自分でも驚いていてよく覚えていない。マサくんは何か、言い返してきただろうか。だんだん記憶もあやふやになってきたけれど、とりあえず私は走ったのだ。怒りとか悲しみに任せて。


「なまえも明日帰っちゃうんじゃな」
「うん、そうじゃね」
「あー寂しくなるのう」
「……うん」
「まあ離れてても、」


 俺が守っちゃるから。その一言と、同時にまた伸びてきた手に私は我慢できなかったのだ。だから私は思っていたことをマサくんに言ってしまった。上手い言葉ではなかったかもしれない。ところどころにはマサくんを傷つけるような言葉も混ざっていたかもしれない。むしろ、本当は、純粋に優しくしてくれるマサくんを拒否すること自体、彼を傷つけている。きっと。…でも。


「私いつまでもマサくんの後ろをついていくだけの妹じゃないんじゃよ!」







「なまえ?」
「……え?」
「、今日はよく会うな」

 ばったり。また会ってしまった。私のことを呼んだのは紛れも無く真田くんだった。彼の顔を見た瞬間に、私の張りつめていた糸はゆっくりと解ける。思わず涙腺もゆるむ。当たり前だけど、真田くんはとても驚いた。


「ど、どうしたんだなまえ」
「…」
「なまえ、」
「…わたし」


 マサくんに言えたこと。でも、逃げてきちゃったこと。ここは全く知らない場所で少し戸惑っているということ。でも、真田くんに会えてホッとしたこと。


「逃げてきたのは感心しないな、向き合うべきだった」
「…うん」
「だが…頑張ったな」
「……うん、ありがとう」

 小さく笑うと真田くんも笑った。きっと仁王も分かってくれる、とも言った。


「だと、いいんじゃけど」
「安心しろ。仁王はちゃんと分かるやつだから」
「…うん」
「だけどなまえは、きちんとあいつに礼を言わなければならない」
「うん、それは、大丈夫わかっとるよ」


 私は今までマサくんに守られてきたことをちゃんと感じている。ただこれからは必要ない、というだけ。今まではそれが必要だった。
 それがあったから、私は好きになれたんだ。真田くんのことを。


「いつ帰るんだ?その、自分の家には」
「明日」
「……明日か」
「でも夕方の新幹線じゃから、試合は見てく」
「そ、そうか」
「真田くんは?明日も出るんか?」
「ああ。明日はシングルスに出るんだ」
「そっか、頑張って」
「…」
「真田くん?」



 真田くんは黙ってしまった。不思議に思って名前を呼ぶと、彼は俯く。頑張ってなんて、負担だったのだろうか。心配していると、真田くんは顔を上げないままで「なあ、なまえ」と私のことを呼んだ。


「何?」
「…」
「、真田くん」




「好きだ」


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