何かが置き去り


あー今日もうるせェなアイツ。朝っぱらから騒ぎやがって本当年がら年中無休でバカだアイツは。


「おいバカ」
「バカって言うな!!」
「は?お前だとは言ってねェけど?」
「なに!?」
「そうかお前バカだったのかー」
「ぐぬぬぬっ…!おのれ策士か御幸一也ァァー!!」
「いやお前が馬鹿なだけだろ?つーか俺先輩な」


ったくコイツは本当学習しねェな。俺以外には礼儀正しいっつーのにどうして、こう…まぁいいか。バカだしな!


「お前、さっきから何騒いでんだよ?」
「そんなに騒いでねェですけど!?」
「そう思ってんのはお前だけな」


天気予報の流れる朝の食堂。
東京にも初雪の可能性があると報せるそれは同時に今季最低気温を記録することも意味していて、グラウンドが使えなくなるな、とそこかしこでそんな声が聞こえる。

そんな中で違う騒ぎ方をしてる沢村の前にトレーに乗せた朝食を手に座れば小湊や降谷、金丸や東条と何やら雑誌を広げて見ていたらしい。おはようございます!、と沢村を除く1年から受ける挨拶に、おー、と返し雑誌に向かって目を細める。


「クリスマスプレゼント特集?この冬のトレンドはこれだ!………か」
「そうですとも!クリスマスも気付けば明後日!!準備をせねば!!」
「なんのために?」
「なんのために、って……明後日はクリスマスパーティーですよ!?」
「だから?つーか喋ってばっかいねェで食えよ。遅れんぞ?」
「なぬ!?むぐっ、んぐっ…だから!…ふぐっ、ですね!」
「喋るか食べるかどっちかにしろ!」
「アンタ今食べろって言ったじゃねェですか!!」
「そういう意味じゃねェよバカ!!」


ほんっとコイツ面倒臭せェ…!

はぁ、と溜め息をつく俺に、幸せが逃げる!、とかって騒いでやがるくせに雑誌のページは"女子に喜ばれるプレゼント"なんつータイトルに興味を持ってやがる。
ガキなのか洒落てェのかどっちかにしろ。
子供ってーのは総じて自分の積載容量を知らねェから両手いっぱいに抱えたがんだよなぁ…。


「だから!御幸先輩はプレゼント買わないんですか!?ってことッスよ!!」
「どうしてそこに辿り着いた教えてくれよまったく分かんねェ」
「あー!そーですか!だったらはっきり言って差し上げやしょう!!」


バンッ、と沢村がテーブルを叩き立ち上がり俺を見下ろす。うるせェぞ!沢村!!、と外野。あ、このきんぴらの塩梅絶妙。


「御幸先輩!アンタ、日々星野をな…」
「このバカ村!!」
「もがっ!!」
「は?もが?星野がなんて?」
「なんでもないんです御幸先輩。コイツあれなもんで」
「はっはっはー、知ってる」
「ぶはっ!あ、あれってなんだ金丸ー!!」
「うるせェんだよ早く食え!!今日の宿題写させてやんねェぞ!?」
「ハッ…!それはまずい!!」
「おいおい宿題は自分でやれよ、ったく」


急に焦り勢いよく食べ出す沢村が、ゴホッ、と喉を詰まらせ横に座る小湊と東条が茶を差し出したり背中を叩いてやったりと本当コイツら若けェな。ちょっと分けてくれよ。


「ん?どうかしたか?金丸」
「あ、いえ…」
「なんでもねェって顔じゃねェだろ?なんだよ?」


何か言いたげにジッと見られて首を横に振られてもな。

慌てて顔を背けた金丸に訝り眉を寄せればすでに寝そうな降谷の頭をスパンッと叩いたその手で自分の頭を掻いて気まずそうに口を開いた。


「こんな事、言っていいか分からないんスけど」
「ん?」
「葵依になんでもいいんでクリスマスプレゼントやったら喜ぶと思います」
「!葵依って……星野、だよな?」
「あ、はい」
「あれ?お前、名前で呼んでたっけ?」
「あー…いや、アイツがうるさいんで」
「…ふうん」


そういやアイツ、金丸のことも名前で呼んでるよな?"友達なんで"とか言ってたっけな。仮とはいえ彼氏である俺のことは滅多に名前で呼ばねェってのに。

胸の内がモヤッとするのを止められず金丸は悪くねェのに返す声が低くなっちまう。自分でも素っ気ねェにもほどがあると思う。先輩にこんな風な態度取られたら先に継ぐ言葉なくしちまうよな。


「あー、わり。お前もバカとアホといつも一緒で大変な」
「なにー!?俺のことか!?」
「わ!栄純くん米粒飛んでるから!!」
「ていうか御幸先輩、沢村のことだとははっきり言ってないから」
「はっきり、ってことはやんわりそう言ってるのか!?東条!」
「………」
「黙るなよ!!」
「あーもう!ほら!早く食べて食べて!って…ちょ、降谷くんも寝ないで!!」


何かと騒ぎの絶えない沢村たちを見遣り、はぁ、と溜め息をつく金丸が改めて俺を見て口を開く。


「なんていうか、今アイツもなかなか大変なんで。たぶん御幸先輩にクリスマスプレゼントでも貰ったらうるせェほど元気になると思うんで」
「大変?」
「え、っと…聞いて、ないんスか?」
「……なにも?つか、そもそも話される理由もねェしなー。俺たち、フリしてるだけだし」
「まぁ……そうッス、けど」
「お前がフォローしてやればいいじゃねェか。ま、あのバカで手一杯か」


ははっ、なんて笑うが内心はそうも穏やかじゃねェのがなんでなんだかもよく分かんねェのがまた苛立たしい。
くしゃりと髪の毛を掻き乱したり眼鏡を拭いたりと色々試みるもののそれは改善されず、授業は午前中で終えて午後は大掃除になっている学校生活の中でも知らねェふりをしてるだけで心の底に澱が溜まるのを感じた。そりゃあ黒板消しを窓の外で叩いていたら落とすわな。あー、ついてねェ。

一体なんだ?
金丸がどんな反応すりゃ満足だったんだよ俺は。大変な、と笑う俺に金丸はてっきりこめかみに浮かぶ青筋を隠さずに、まったくです、とでも言うのかと思っていた。いつもがそうだったしそう言いながらも面倒見てやるのが金丸の苦労性なところだしな。
それがどうだ。
金丸は、あー…、と返事を間延びさせながら言い淀むも、そうですね、と言いやがった。挑むようなその真っ直ぐな言葉と目付きはどう解釈したらいいんだ?あー…、分っかんね……。


「お、あったあった」


くそぉ―…っ寒ィ…!
悶々としながら黒板消しを取りに外へと出れば花壇の植え込みにそれを発見する。冬だから何も埋まってねェ花壇はなんとも、寂しいもんだな。
ま、花が咲く頃になってもきっとそれを気付く余裕もねェぐれェ野球一辺倒になるんだろうけどな。

そんなことを考えていたからか苦笑しちまいながら黒板消しに手を伸ばす。花の名前なんて、そういや…何年も口にしてねェかも。知ってると言えば、タンポポ、ナズナ、ハルジオン……ははっ、野草ばっかじゃねェか。野球ばっかやってきたから花を見つける時も土手の端に咲く花とか、そんなんばっかだった。唯一店で買ったことがあんのはカーネーションぐれェで、到底無縁と言える。やべ、俺から野球取ったら何残んだ?


「……空、白いな」


黒板消しを手にしてそのまましゃがみ込み見上げた空は今にも雪を降らせんがばかりにどんよりと重くやけに白く明るい。
はぁ、と吐き出した息も白い靄になる。明日がイヴで、明後日がクリスマス…か。どっかの浮かれた奴が歌なんて歌ってんな?ぼんやりと聞こえて……。


「真っ赤なおーはーなーのー!!」
「って、お前かよ!!」
「え?あー!!御幸先輩だ!!」
「お、まえ…恥ずかしくねェの?」


いつ会っても変わらねェバカっぷり。
廊下の窓をがらりと開けて嬉しそうに笑う星野に思わず笑いが零れる。その手にはゴミ袋が2つ持たれている。

しししっー、と笑いながら窓を乗り越えようとすっから、こらこら、としょうがなく俺が立ち上がり窓から顔を出してやる。わぁ…!、と俺を見て声を上げながら通り過ぎたのは1年だな。


「恥ずかしくないですよー。どーですか!?御幸先輩もご一緒に!!」
「歌わねェよ。つか、どんなかも忘れたわ」
「赤鼻のトナカイも?」
「メロディーなら」
「あわてんぼうのサンタクロースも?」
「あー5番ぐれェまである長いやつ」
「サンタが町にやってくるも!?」
「誰のだっけ?」
「ちなみに私のイチ押しはワムのラストクリスマスです!」
「洋楽かよ!!てか、歌えんの?」


いっくらコイツが勉強出来んのだと言ってもさっき赤鼻のトナカイを歌ってるあの幼稚な様子じゃクリスマスを彩るようなもんは期待出来ねェだろう。

窓枠に頬杖をつき、ニッ、と笑う俺に星野は口を尖らせる。
コイツ、こんな顔しなきゃそうガキ臭くはねェナリをしてるはずなんだが。肌だって柔らけェし俺の手なんかとはまるで違う、女のそれ。日焼け知らずの白い肌を見ながら無意識に夜書道室で触れちまったことを思い出し目を逸らす。
いやいや、別に何を意識する必要もねェんだが。


「じゃあ歌ってあげます!」
「は?ちょ、待っ…」
「Last Christmas I gave you my heart」
「聞けよ!!」


本当に歌いだしやがった…!
ゴミを手にクリスマスソング歌うなバカ!

歌う星野だけじゃなく俺まで廊下を行き交う生徒の目線を集めて居心地が悪くなってくる。


「すっごい上手…!」
「英語の発音半端ないね!」
「あの子、誰?」


確かに。英語の発音がめちゃくちゃいい、のだと思う。本場の英語がどうかなんて分かんねェが。

ったく…しょうがねェな。
歌が進むにつれて止めるのも忍びなくなるぐれェに気持ち良さそうに歌う星野に肩で息をついて俺は窓に背を預けるようにして立ち黙って星野の歌に耳を傾けた。
うるせェし、恥ずかしい奴だし、つーか今掃除中な?
けど、聞いてて心地は悪くねェから寒ィのに俺はそれを大人しく聴き続けた。


「あの2人お似合いかも…」
「彼女、ちょっと元気すぎるけどねー」


……雑音も混じるが、ま、こんだけでけェ声で歌ってたらしょうがねェな。
俺と恋人になってるっつーアピールには成功してるし、これが歌い終わったらゴミ持ってやるか。


「こ、んのバカ!!」
「!」
「あ、信二。どうしたの?」
「お前がいつまで経っても戻んねェから……!…御幸先輩」
「おー」


金丸、か。部で、信二、なんて呼ぶのを聞くのは確か同じシニア出身だったらしい東条からぐれェだから一瞬誰かと思ったぜ。

星野の歌を割って響いた金丸の怒号に窓から顔を出せば廊下の向こう側からズンズンと歩いて来る金丸が俺に気付き足を止めて頭を下げる。
それに手を挙げ答え、お前も大変な、とお決まりの言葉を投げ掛けようとしたんだが。


「信二、またカラオケ行こう!歌ってたら行きたくなったー!」
「んな暇ねェよ!!」
「もうすぐオフって栄純言ってた!」
「余計なことを…!」
「栄純はまた、あとひとつ、を熱唱したいらしいよ」
「またかよ!」


俺の前を、星野が脇目も振らず金丸へと駆け寄るから開いた口から声が出なかった。


「カーラオケ!カーラオケ!!」
「うるせェ!!暇が出来たら行ってやるから少し静かにしろ!」
「やった!じゃあ連絡頂戴ね!信二が一緒だと遠慮なく洋楽歌えるから楽しい!」
「そ、そうかよ」
「うん!もちろん春乃や秀明、航も誘って!」
「野球部オンリーじゃねェか…」
「クラスの子も誘う?」
「予定が合えばな」
「うん!あ!御幸先輩!」


げっ、あのまま2人で話ながら行くのかと思いきや星野は振り返りまた俺に駆け寄ってくる。金丸との距離はそうあるわけじゃねェのにわざわざ走るその姿に、ふはっ、と噴き出し笑う。あー、よく言えば一生懸命っつーのか?そういうとこ、嫌いじゃねェよ。面と向かっては調子に乗りそうだから言ってやんねェけど。


「効果、ありましたよね!」
「……は?」
「ああやって歌を歌ってたら目立ちますよね。今廊下に人多いし」
「!」


星野がニーッと笑って何を言おうとしてるのかを理解した時、頭から冷や水ブッ掛けられたような衝撃を受けて頭の中が真っ白になる。
そんな俺を余所に星野は1度真顔になった顔を伏せてからまた満面の笑みを見せた。ビシッと、まるで警察官がするみてェな敬礼のポーズをとりながら俺だけに聞こえるように動いた唇から紡がれた言葉に何も返すことが出来なかった。


「星野葵依、今日も彼女のフリ任務全うです!」
「っ……」
「……。よーし!信二、行くぞー!」
「行かねェよ1人で行け!!」


息を呑み言葉を発することも出来ず、ただ呆然と金丸と一緒に廊下を歩き去る星野を見送った。
一気に距離を取られた。
今まで無遠慮で、うるさくて、呆れるほど好きだ結婚してだのを言っていた後輩に。
もう何が正しい距離感なのかも曖昧になっていたこのタイミングで、アイツの方からおそらく初めて。


「そういや……最近言われてねェな…」


ぽつりと呟く俺の視線の先では行かねェと言いながらも星野の隣を歩きゴミ袋を持ってやる金丸と、その金丸を驚き見上げてから嬉しそうに笑う星野の姿があって、俺は言い知れねェ虚無感と焦燥感に首を傾げ頭を掻いたのだった。
……いけね、いつの間にか黒板消し、地面に落としてた。



何かが置き去り
「御幸てめェ遅せェぞ!?どっかでサボッてやがったな!?」
「倉持だって箒で野球やってたじゃん」
「うっせ!それでも教室にはいたからサボりじゃねェんだよ」
「言い分がヤンキーっぽいね…」
「……なぁ」
「え、なに?」
「女の子って、好きな人からクリスマスプレゼント貰うと嬉しいもんなのかな?」
「え?まぁ…うん。そりゃあ嬉しいよ」
「……ふうん。っいて!何すんだよ!?倉持!」
「うるせェ腑抜けた顔してるてめェが悪ィ!!つーかお前、黒板消しは!?」
「……あれ?」
「あれ?、じゃねェよ!!」


続く→
2015/07/09


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