何かがおかしい


テストのすべての日程が終わりその翌日にはテストが返却され始める。その日にはもう野球部の地獄の冬合宿が午後練からスタートとなったわけだが冬は基礎トレーニングを主体としたランニングやウエイト、サーキットトレーニングを徹底的に行い秋大までに明らかになったそれぞれの欠点を改善し自力の底上げをする。
対外試合の解禁となる春までにいかにその年のチーム力を高めることが出来るか。
まさに、今が正念場だと言えるだろう。


「あれ?降谷いねェじゃん」
「アイツはあれや、追試。小湊が言うとったで」
「ヒャハハ!!まーた引っ掛かったのかよ。よく一般入試で入って来れたよなぁ」
「倉持お前もスカウト来て良かったな」
「うるせェ!!」
「いてっ!」


スパンッとすげェ速さで倉持に頭を叩かれ落ちた帽子を拾うその最中にも倉持とゾノは俺の頭の上で部員のシャトルラン等々の記録を見ながら練習メニューについて話してる。休憩時間の僅かな間にもこうして3人で話すことは多くなった。
そんな姿に、やっと板についてきましたなぁ!、と偉そうに言ってきやがった沢村のバカが倉持にシメられてたのはつい1時間前の話しだ。


「アイツが追試やないのが不思議で堪らんわ。金丸に相当勉強みてもろたんか?」
「あ?あー沢村か。ちげェよ、同じクラスにすげェ頭の良い女子がいてよ。みてもらってたんだと」
「女子…やと!?」
「ヒャハハッ!ゾノー、すげェ顔になってんぞ?」
「……沢村だけ練習増やしたろか」
「こらこら、公私混同すんなよ。それに女子かどうかも怪しいぜ?アイツは」
「あー確かにな。ヒャハ」
「な、なんや!?お前らも知っとるんか!?」
「まあなー」
「…なんだよ?」


意味深な目線を送ってくる倉持に眉を顰めれば、別に、と目線は外され倉持が、そいつクリスマスパーティーに来んぜ、とゾノに話している。練習の合間を縫ってマネージャーが食堂にクリスマスツリーを飾り日を追うごとにオーナメントが増えてきた。はしゃぐ1年の若さについ笑っちまう。
……と、もうじきか。
すっかり忘れてたが1つ約束、とまでは言えないが予定がある。


「金丸」
「あ、はい!なんですか?」
「ちょっと聞きてェことがあるんだけど」
「はい?」
「星野の連絡先」
「!」
「その内来るだろうと思ってたんだけどテストから向こうこっち来ねェし、悪ィけど教えてもらってもいいか?」


知ってるよな?、と続ける俺に東条や狩場と話していた金丸がこっちに向き直りながら目を伏せる。こらこら倉持、俺の後ろで舌打ちすんなよ。


「そういうのは本人に聞いた方がいいんじゃあ…」
「へ?…や、まぁそうだけどよ。なかなか捕まんねェだろうしそんな暇もねェし。それにアイツはんなこと気にしねェだろ?」
「そうかもしれませんけど…」
「?…なんだよ?」
「………」


そりゃまぁ紛いなりにも個人情報なわけだし。金丸が渋んのは分かんねェでもねェけど、こうまで渋られるとは思わなかった俺は眉根を寄せて金丸に問い掛ける。
そんな俺の後ろからまた頭を叩いてきたのは倉持で、なにすんだよ!?、と振り返るも倉持は立ち上がり背を向けていて、


「嫌な野郎だ、てめェは」


そう言い捨てられ、訳が分かんねェ。
ゾノは、なんやぁ?、と怪訝そうに歩き去る倉持を見送り金丸は、分かりました、と了承して東条たちのところに戻っていく。


「俺が聞きてェよ」


ゾノに溜め息混じりにその手からシャトルランの記録を奪いながら言うも、どうせお前がなんかやったんやろ、とあまりにもきっぱりと一蹴されてしまえば、まぁそうかもしんねェな、などと思えてしまい後の練習中も気分は良くなかった。


「げっ」
「どうしました?」
「あー…わり。携帯学校に忘れてきたみてェだ」
「マジすか!?」
「たぶん。今日は部屋にも寄んねェでそのまま部室で着替えちまったし。金丸、あとで部屋行くわ」
「分かりました。学校開いてんスか?」
「いや。一か八か。駄目だったら紙に書いてもらっていいか?」
「あ、はい。気をつけて」
「おー」


くそー…風呂入っちまったし寒ィのにまた外出なきゃなんねェとかついてねェ…!

飯を食った後に気付いた携帯の在り処。金丸から、星野の連絡先を、と持ち掛けられ携帯を探ってみて初めて気付くとか…携帯あんま意味ねェー。ま、普段からそこまで携帯を必要としねェからしょうがねェけど。ジャージを着てネックウォーマーを巻き防寒整えても寒ィもんは寒ィ。はぁ…、と息を吐けば電灯の下で白く靄になって消えた。


「お、開いてる開いてる」


普段使っている玄関は閉まっていたものの、正面…つまり教師や来客の使う玄関は開いていてシンと静まり返り明かりのあるそこを来客用スリッパを履いて上がる。
うおー…不気味すぎ、夜の学校。暗れェ上に寒ィ。ぶるりと震えんのが恐怖のせいじゃねェと分かっているもののそれと錯覚しちまいそうになるんだから早いとこ携帯を回収して帰ろう。


「!……電気、点いてる」


2年のフロアに上がるその前に3年のフロアを階段で横切るんだがその最中の視界の隅で捉えた目に慣れない明かり。それは通路の1番奥にあって、あそこはなんの教室だったか?、と足を止めて思案する。

あそこは……書道室じゃなかったか?
俺は選択してねェから縁のねェ教室ではあるが委員会の集まりで何度か入ったことがある。書道…、と頭の中で呟いた時にパッとある人物が浮かぶ。そういや…前に星野と大分遅い時間に学校の近くで遭遇したことが…あったっけな。
カチカチと頭の中でバラバラだった疑問がある答えに集まりぴったり嵌まるようだった。自然足はその明かりに向かって動き物音があまりないその教室にますます確信が深まる。

漏れ出る教室の光の中に立ちドア越しに中の様子を伺う。その中は静かなのに、ただ1人が動くその光景はどうしてか目を奪われて、息を呑んだ。


「………」


って、何やってんだ俺は。
こんな時間まで残り書道室で無心に筆をでかい紙の上で身体ごと動かし続ける星野は制服でブレザーを着ずにセーターを着てるものの腕まくりしているから見ているだけで寒そうなのだが、一心不乱、という言葉が当てはまるその姿からはまったくそんな苦渋は感じない。
まったくもって、予想外。
アイツのそんな姿はそれに尽きる。
どちらかというと静であるイメージの書道は俺に見せられる顔とはまったく対照的で、1枚書き上げたらしい星野が、ふぅー…、と長い息をつきながら天井を仰ぐその姿に自分でも説明のつかねェ焦燥感が沸き上がって無意識に一歩を踏み出しちまったらしい。


ガタンッ!


「!」
「!……あれ?御幸、先輩?」


やっちまったぁー……。見つかるつもりはなかったし此処で見たことを星野に言うつもりもなかった。爪先がぶつかり鳴ったドアの音に星野が振り返り目を丸くする。
星野から話されるわけじゃねェのに踏み込むのは憚れて、星野が驚いた顔でこっちを見てるそれに頭を掻きながら観念して近付く俺はバツが悪い想いこの上ねェ。


「あー…、と。部活か?」
「はい!まさか御幸先輩は私に会いに…」
「ちげェよ」


違うのなら、まぁ…あのまま何事もなく立ち去ればいいだけの話しだったしもっと言えば廊下に漏れる明かり何かを察したとしても近寄らなきゃ良かっただけの話しだ。
だから、違う、と否定しても滑稽なだけなんだが。


「そうですよねー」


対する星野は意外にも食い下がることもなく、手にしていた筆を置いてへらりと笑った。ちくしょー…、俺ばっか気にして格好悪い感じになってんじゃねェか。こういう時は話題を切り替えるに限るな。


「なんか、すげェな」
「え?あ…これですか?年末の個展に出展するものなんです」
「個展!?」
「と、言ってもお世話になってる方が私にも出展しないかと声を掛けてくださったので本当に隅っこに置いてもらうだけなんですけど」
「いや、っつってもやっぱすげェだろ…」
「いやいや。……本当、全然ですよ」
「………」
「いやぁ、やっぱ凄いですか!?照れますー!」
「時間差で調子乗ってくんな、より阿呆っぽいから」


あははは!、と高らかに笑う星野のそれに沢村の馬鹿っぽさが重なり一気に肩から力が抜ける。……は?なんで肩になんか力入れてんだ?俺は。
……まぁいいか。
それより…やっぱすげェ。
ここ最近顔を出さなかったのはこっちに力を入れてたからか。
何がすげェかは言い表せるほど書道を知らねェけど、和紙の上を滑り走ったかのようなその字を見つめながら膝をついて座る星野の横に腰を下ろす。


「ずっとやってんの?」
「はい。もー小さい頃から私、暗くて暗くて」
「はあ?お前が?」
「えぇ、ものすごっく。なので筆と墨と和紙だけが友達…みたいな」
「ほー…。でも、ま。お前はそれでも楽しそうにしてる気すっけどな」
「分かりますか!?もう御幸先輩ってばどんだけ私のこと好きなんですかもう照れます!!」
「え?照れてんの?それ」
「御幸先輩の言うとーり!!1人で和紙と向かい合ってても独り言炸裂ですんごい楽しかったです!」
「いやなんで自慢げなんだよ!」


ぶはっ、と噴き出し笑えば星野はパァッと顔を綻ばせ嬉しそうに笑う。そんな様子に細めた目、口元は緩む。悪くねェな、なんて思っちまう自分は一体なんなんだ。
寒ィし、練習で疲れてっから早く寝てェし。それなのにな。


「だから書道はもう私の一部です」
「!」
「とっても、大切です」
「………」


急に雰囲気ががらりと変わった話し方にぎくりとして息を呑んだ。
そんな俺に気付かず星野は手で和紙を愛おしげに目を細め撫でていて、どうしてか急激に乾く口で何を返したらいいのか言い淀む。

聞きたくなかったような、聞いてほっとしたような、どうにも説明のつかねェ想いが胸の中に渦巻いて気付けば星野の頬に手を伸ばしていた。


「!み…御幸先輩?」
「………」


俺が知らねェ顔は俺を遠ざけているように感じちまう。勝手に近付いてきて、勝手に遠ざかる。ジリジリと迫る焦燥感の理由は分からねェが捕まえてしまいてェと思った。

指先で触れる星野の頬は俺の指先より熱く、それを感じて俺の身体の中のどっかがカッと熱くなる。どっかって、どこなんだよ。なんだこれ訳分かんねェ。心臓はすげェ跳ねるし耳の奥でその音がでかく聞こえる。このまま訳が分かんねェこの感じに流されたらろくな事になんねェと理解してるのは思考の片隅で、大半は星野の頬を突いた指から覆う手へと変えたその感触に意識を持ってかれた。


頬を覆った手の指を動かし星野の唇をなぞる。びく、と身体を揺らした星野は戸惑いの表情で俺を見つめていて見開いた瞳がゆらりと揺れる。
その様が俺から逃げたいように感じちまった時、俺はゆっくり顔を近付けた。星野、と呼んだ自分の声が自分のもんじゃねェかのような響き方をした。


カタン…。


「!」
「あら?あなたは、御幸くん?」
「こ、こんばんは」
「どうしてこんなところに?こんな時間に」


どうしたの?、と続け教室の中に入って来んのは見た覚えのある教師で俺は咄嗟に星野から距離を取って座り直し、あー…、と頭を掻く。

やっべー…。こんな時間に女子と2人きりでこの距離感。そりゃそうだよな、星野が1人で残ることが許されるわけがねェ。ともするとこの教師は書道部の顧問かなんかだろう。


「……そういうことですか」
「!」


言い訳を探す俺の後ろで星野が小さく呟いたそれに振り返る前に星野は立ち上がり、えへへー、と教師に向かって馬鹿っぽく笑う。


「一也先輩が暗いから危ないだろうって来てくれました!」
「へぇー!あ、そっか。生徒たちが言っていたのを聞いたことがあったけど、あなた達付き合ってるのよね」
「あ、まぁ…はい」
「そっかぁ、いいわね」


まだそれほど年長ではないから、この教師のこんな反応は妥当なのかもしれねェな。
てっきり戒められると思っていた俺は、いつからなの?、という問い掛けになんとか苦笑いを返す。

に、しても…一也先輩、ね。ちゃんと言えんじゃねェか。


「でも大丈夫よ、御幸くん。彼女は私が送っていくししばらくこんな予定になるだろうから承知してあげてね。あなたが心配してくれるのも分かるけど、御幸くんも部活大変でしょう?もう寮に戻った方がいいわ」


俺と星野が付き合っていると思ってくれているからか口調はやんわりとしているものの、まぁ普通に考えたらこんな時間に男女が2人でいるのは好ましくねェし遠回しではあるが、早く帰れ、と言ってるんだろう。それが野球部の主将と、優等生である2人であれば尚更だ。


「そういうわけですので一也先輩も早く帰って休んでくださいね。また明日」


にこりと笑いそう言われ、またな、と何事もなかったかのように教室を出たもののすぐにまた振り返り廊下に漏れ出る明かりを見つめた。

中から聞こえる星野と教師の会話が気になったわけじゃねェ。
やけに耳に残る、そういうことですか、と言った星野の声が震えていたような気がして俺はなかなか携帯のあるはずの教室へと足が進められなかったんだ。



何かがおかしい
「……お前ら、何してんの?」
「あ!御幸先輩お帰りなせェ!携帯ありやした?」
「あー…なかったわ。たぶん部屋」
「なんですかそれ。迂闊ですな!」
「うるせェバカ。つか、だからそれなんだよ?」
「ふふふふ!これはですね、クリスマスパーティーをより素敵に過ごすためのアイテムなのです!」
「はあ?サンタの衣装が?」
「はい!これを星野に着せてやりやしょーと思いやして!」
「!………」
「どっすか?なかなか際ど…」
「却下で」
「は?あ、もしかしてトナカイがいいんですか?」
「そっちも却下」
「え!?どうし…」
「却下」
「ちょ、理由は…」
「却下」
「………」
「却下」
「何も言ってねェッスよ!!」


続く→
2015/07/06


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