気付けば顔が緩むとか


野球部だから、と。それを言い訳にするわけじゃねェが試合等々で関われないことはしょっちゅうだし体育なんかの授業その他球技大会諸々の行事は怪我を恐れて積極的に参加は出来ない。というかしねェ。沢村の馬鹿が体育の授業で転び鼻の頭に傷を作ったのは記憶に新しい話で狩場が、あの時は心臓が止まるかと思いました、と真っ青な顔で話してたっけな。


「クリスマスパーティー?」
「そう!2人がクラスに馴染むチャンス!」
「うるせェよ」


ヒャハハッ、と笑いながら請け合う倉持が話を持ち掛けてきたクラスの女子に、いつ?、と聞く。
クリスマス当日は確か終業式で、寮も28日には一斉帰省を命じられる。その前日には練習納めになるという年末の予定の大体が立ち視野に入る頃になった。

期末テストが近けェから今は部活は活動禁止になっていて、勉強のためと教室に残る俺たちを見て話を持ち掛けるタイミングだと踏んだんだろう。
今はテスト勉強にと当てられた自習の時間。勉強する奴もいれば談笑を楽しむ奴らもいる。俺としては、前者といきたいんだが。


「25日の6時から駅前のカラオケなんだけど」
「6時か…」
「練習?」
「や、その時間には終わってっけど。なぁ?御幸」
「あー…、だな。けど途中から行くかもしんねェし寮だから最後までは居れねェよ?」
「全然いいよ。どうせ彼氏彼女が居ない同士の集まりだからそんなに来ないし」
「なんか今すげェ行きたくなくなったわ」
「倉持はなー」
「あ?御幸、お前だって…」
「わり、俺パス」
「………」
「やっぱり部活忙しい?」
「まあそれもあっけど。そうじゃなくて、俺彼女いるし」
「あぁ…そっか。なるほど」
「盛り下げちまっても悪いしなー」
「気にしなくても大丈夫だと思うけど…まぁ御幸くんに予定があるならしょうがないか。倉持は?」
「なんで俺だけ呼び捨てなんだよ腹立つ!……俺も行かね。寮でクリスマスパーティーしてェって後輩の馬鹿が騒いでんの思い出した。放っといたら馬鹿が馬鹿やりそうだからよ」
「ふうん。意外と面倒見いいんだ?」
「意外は余計だ!」


チッ、と舌打ちする倉持に、ごめんごめん、と慌てて席に戻っていく女子。あーぁ、あんな風に冷たくしちまって。ま、興味ねェことに一々構いたくねェってのはなんとなく分かるけどな。


「……よぉ」
「ん?」
「彼女って星野のことかよ?」
「他にいんのか?」
「知るかよてめェのことなんか知りたくもねェ」
「辛辣」
「星野とどっか行くのか?」
「なんで?」
「なんでってお前……」
「あっちもフリだって分かってんだろうし、わざわざ誘うつもりも理由もねェよ」
「…御幸」
「んー?」
「一遍死んで来い」
「はっはっはー、いつかな」
「今だよ、今!!そうすりゃその馬鹿治るかもしんねェだろうが!!」
「馬鹿は死んでも治んねェんだぜ?知らねェの?俺は馬鹿じゃねェけど」
「馬鹿じゃねェなら阿呆だ」
「この間からなんだよ?星野が関わると随分突っ掛かってくんじゃねェか」
「教えるかクソ眼鏡。痛い目みやがれ」


なんなんだ?一体。
また舌打ちして席に戻り背を向けてからそれきり倉持はこっちを見なかった。別にそれ自体は構わねェけど、馬鹿だ阿呆だと連呼される理由が思い当たらねェし釈然としねェんだから眉根だって寄る。

星野のことか?
なんだってんだよ。別に間違ったことは言っちゃいねェだろ?
星野が1年の中でも取り分け頭が良いのだと知ったあの日以来、よくよく注意深く校内に目を走らせていればなんとも分かりやすい形で本来の星野は在った。
星野は書道部に所属していて、なんとか賞という大層立派な名前の賞を与えられていた。先日クリス先輩が読み広げていた新聞に載った書道の写真が星野のものだったのだと知ったのは食堂で沢村が朝から聞きたくもねェでっけェ声で喋ってたからだ。
ある時廊下で見掛けた星野は何人かの大人に囲まれていて、その中で俺が見たことのねェような顔をしていた。

そうして俺が今まで知らなかった星野を見つけるも、星野は俺の前では一片もそんな様相を見せず相変わらずの馬鹿っぷりで接してくる。
そんなもんだろ?
星野にとっての俺なんかは。まぁ事情や本心がどんなつもりなのかは本人に聞いたわけじゃねェから言い切んのは止めるとして、察するに息抜きに使われてんだろう。あんな堅っ苦しい大人に囲まれたらハメも外したくなってもおかしくねェよな。

と、いう具合でここ最近は俺の中で星野のアプローチは完全なる冗談だとされたってわけだ。


「御幸先輩ー!」


ほらな。あれほど呼び方名前にしろって促したってのに頑なに呼ばねェし。
阿呆っぽく口を開けて嬉しそうに昼飯を食う俺の前に座る星野には適当に付き合うに限る。
いや、別に今までも適当だったが。


「これ貰いましたか?」
「あれ?お前なんでそれ持ってんの?」
「栄純に貰いましたー!」
「いやそれ会場寮の食堂だろ?来れねェだろ?」


ふふふー、なんて嬉しそうに笑ってっけど。

呆れながら星野が俺に広げて見せたのは沢村たち1年が主催するらしいクリスマスパーティーの招待券だ。手書きで所々字が間違ってる。正体券ってなんだバカ。


「それが栄純が聞いてくれたらしくて」
「は?誰に」
「あ、違った。正確には困った栄純に春市が助言して信二が高島先生に掛け合ってくれたらしいんです」
「礼ちゃん?」
「はい!私は栄純の赤点回避の立役者として少なからず野球部に貢献してるはずだからどうか寮の食堂にだけ入れてやってほしい、って!!」
「ふうん」
「当日はマネさんも招待されているらしいので問題ないって!」
「おー良かったなー」
「はい!!」


沢村と金丸と小湊、ね。
つか星野、小湊のことも名前で呼んでんのか。まぁあんま不思議じゃねェけど。礼ちゃんも星野が模範生だからこそ許可したんだろうな。普通じゃ考えられねェし。

学食はなかなか広い。私学はさすがだと初めて見た時思ったっけな。
暖房も入ってはいるが俺が座ってるところには上手く空調が行き届いてねェ。鍋焼きうどんを食うには丁度良いから選んだが星野はサンドイッチ。スカートだし、寒くねェのか?


「寒ィだろ?マフラーとか、しねェの?」
「つい最近なくしちゃいまして」
「ふうん」
「御幸先輩はクリスマス何か欲しいものありますか!?」
「唐突だな」
「これを聞くのが今日生き甲斐です!」
「おいおい。それに答えねェとお前生き甲斐なくすのかよ。まだ1日長げェぞ?」
「御幸先輩にならすべてを託せます」
「こらこら。誤解を受けるからその言い方はやめような」
「御幸先輩にならどんな酷いことをされても嬉しいです!」
「寸分疑い無く変態じゃねェかバカ!!」
「えぇっと…」
「あーもういいわ。悪化しそうだし。で?なんだっけ?」
「クリスマスプレゼントです!」
「なに、くれんの?」
「はい!!」
「………」


正直、残るものを貰うのは勘弁。後々面倒だし貰うことで気を許したみてェな感覚は苦手だ。

だがしかし、なんとも。星野は期待を込めた目で俺を真っ直ぐ見つめていて爛々と瞳を輝かせてる。う…!、と根負けしちまって、あー…、と顔を背ける頭を掻きながら思案しちまってる自分にハッとする。
冗談に本気で答えたら馬鹿に馬鹿を見させられんのは俺の方だ。


「特にねェよ」
「え…なんにも?」
「なんにも」
「えー…」
「こらこら。俺が悪いみてェな顔すんなって」
「だってクリスマスですよ?誕生日とクリスマス、年2回無条件にプレゼントを無心出来るのに勿体ないですよ!」
「っつったって思いつかねェんだからしょうがねェだろ」
「むー…」
「それより早く食えよ。昼休み終わっちまうぞ?」


俺も食わねェとせっかくの鍋焼きうどんが冷める……って、手遅れか。

に、してもサンドイッチだけってコイツも女子だったか。少食っつーか…。意外と女らしいとこもあんのな。両手でサンドイッチ持ってもそもそと食ってる。頭の良さもさることだから育ちの良さもこうしてると垣間見えるな。

………って、なんだこれ。
食うんだよ俺は鍋焼きうどんを!!星野なんか見てる場合じゃねェ!


「……沢村とかにもやんのか?」
「はい?」
「クリスマスプレゼント」
「いえ!他の男に傾ける情があるくらいなら御幸先輩に100%掛けますから!!」
「………ソレハドーモ」
「御幸先輩ってば照れちゃって!」
「呆れてんだよバカ!!」


俺がどんなに無下にあしらったところで暖簾に腕押し、糠に釘。はあ、と溜め息をついて見せても精一杯の俺の呆れ顔に星野は嬉しそうに笑うから俺の口の端も緩んだ。
……あーぁ。


「お前、楽しそうな?」
「はい!御幸先輩と一緒にいれる時が1番嬉しくて1番幸せです!」
「ぶはっ!はっはっは、1番か…。そりゃ良かったな」
「はい!側にいさせてくれてありがとうございます!」


星野と沢村は似てる。馬鹿だし阿呆だし、不思議と人を引き寄せる。まぁ沢村の方は完璧おつむが救いようがねェんだけど?
こう、一緒にいると勝手に笑けてきちまうっつーの?そういう人種。いやもうペット?

だから次に出た言葉も意図なんか特になく、きっと感化されただけだ。


「……行くか?」
「え?」
「クリスマス」
「え、はい。行かせて頂きますよ?よしんば御幸先輩の部屋に潜入して…」
「行かせねェしそっちじゃねェよバカ」
「そうですか。あっちですね!」
「ちなみにどっち?」
「こっちです!」
「あーそっちな。って言うかバカ。そうじゃなくて。クリスマスだよ、クリスマス」
「あの…?」
「あー!だから、クリスマス。一緒にどっか行くか?、って言ってんだけど」
「!」


かー…やっちまった。
コイツにこんな事言おうものなら調子に乗ってくるに違いねェ。なんつっても沢村と同じ人種だからなー…。
しょうがね。言った言葉はなかった事になるわけもなく、ぽかん、と目を見開き俺を見つめる星野の純粋な、なんでどうして?、と言いたげな疑問から逃げるように顔を背けて頬杖をつき口を開く。
なるだけ事も無げに、他意のねェように。
そう注意を払う自分が滑稽で意味が分からねェ。


「いい加減なんかしねェと、疑われんだろ?」
「疑われる?」
「彼氏彼女、ってことになってんだし」
「………」
「クリスマス一緒にいたら揺らぎねェだろうし、持ってこいだな」


俺がこう話ながらも星野は珍しくうるさく会話に割り込んで来ることはない。星野がどんな顔をしてんのかもそれだからか想像出来ず、ん?、と顔を向けたものの、


ガタンッ!


「そういうことなら私がお役に立ってみせます!」


その瞬間星野が勢いよく立ち上がり俺の目線から外れたからそれを確認することは出来なかった。俺を見下ろす星野が得意げにニパッと笑ってるから特に気に留めることもなかったんだが。
あーやっぱこうだよな、コイツは。
楽だな、ある意味。
期待もされねェし、気負いもねェ。冗談だと分かってるから尚更だな。


「私が御幸先輩を楽しませてあげましょう!!」
「はっはっはー、100年早ェ!」
「きっと天に昇りますよ?そのままイエスキリストとランデブーですよ!?」
「それ駄目だろ!完全に天国行きじゃねェか!」
「これで御幸先輩は私のもの!」
「怖ェよ!!」
「じゃあ栄純たちのクリスマスパーティーの後に少しだけ出掛けるってことにしましょうね!」
「おー」
「詳細はまた!ではでは!名残惜しいですが御幸先輩午後も私のことを考えながら過ごしてくださいねー!」
「午後"も"ってなんだよ、"も"って」


さようならー!、とでけェ声で学食を走り去っていく星野の座っていたその席にはサンドイッチがまだ残されていて、どんだけ夢中になってんだよ、と笑っちまう俺はその星野に金丸が駆け寄ったのを、なんだ?、と暢気に見ながら残されたサンドイッチを頬張ったのだった。



気付けば顔が緩むとか
「あー!なんて顔をしてる!?御幸一也!」
「うるせェよバカ!!つか俺先輩な、バカ」
「2回も言わなくてもいいんじゃないでしょーかね!?」
「何回言っても変わんねェだろ?バカだしな!」
「ぐぬぬぬっ!元を正せばアンタがそんな顔をしてんのが悪い!野球部のキャプテンなる人が!そんな顔を緩ませて!!」
「は?してねェよ」
「してましたから!まぁどうでもいいんですが、御幸先輩何か欲しいものありやすか?」
「唐突なのはバカの共通点なのか」
「は?何が?」
「いや、こっちの話し」
「あー!また顔緩んでるぞ!?」
「だからうるせェよバカ!!」


続く→
2015/07/04


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