真・少女漫画的展開…のはず


人間ってのは順応性がある生き物で、ある程度のことは慣れるもんだ。
俺はまぁそういうものが高い方だと思ってる。それが生きていく点で、幸いかどうかは最近俺の疑問の1つであったりする。


「なんで見つけちまうの?お前」
「え?もっちろん運命の赤い糸を引き寄せてです!!」
「あ、わり。お前に聞いた俺が馬鹿だったわ」
「御幸先輩は馬鹿じゃありません!!」
「お前にフォローされっと余計惨めになるからやめてくれよ」


はぁ、と思いっきり溜め息ついてやったのに星野は阿呆っぽく口をパカッと開けて嬉しそうに笑う。
ほらな、甚だ疑問だ。
星野葵依というこの後輩が俺を追っ掛けるようになりもうじき冬休みが視野に入るこの頃。俺はすっかり慣れちまった。星野がどんな時でも俺を見つけられて、遠慮なく寄ってくるこの状況に。


「御幸先輩と見つめ合ってるの嬉しいです!」
「あーヨカッタネ」
「はい!」


阿呆だなぁ、と思いながら見てただけだってのにこの前向きな馬鹿さ加減。思わず力が抜けて、ふはっ、と笑っちまう。
次の授業が自習になってっし今日はこの時期にしては暖かい。教室でスコアブック見んのもいいんだが倉持や他の連中に邪魔されてもな……、と思いながら選んだ屋上に星野はお見通しだとばかりに飛び込んで来やがった。
がらんと人気のない屋上。
そりゃそうだ。直に昼休みも終わるし陽があるとは言っても風が一吹きでもすりゃ身震いしちまうもんな。誰も好き好んでこんなとこ来ねェだろ。


「ていうかお前、授業いいのかよ?そろそろ期末も近いだろ?」
「それは御幸先輩も同じなのでは?」
「俺はいいんだよ、毎回平均以上はキープしてるしなぁ」
「おー!さっすがです!」
「だろ?」


…と。一遍の曇りもねェ星野の賛辞に気を良くしてる場合じゃねェ。
すでにニカッと笑っちまった顔を繕うように眉間に皺を寄せ、ん゙ん゙っ、と咳ばらいをして口を開く。うお、やっぱ風が吹くと寒ィ。早くスコアに集中しねェと。


「じゃなくて。お前が。テスト。やべェだろ、って」


あぁ、ずりィ俺。
星野の心配するふりをして早く俺を解放してくれと遠回しに言う。
早く俺にスコアを見せてくれ。今はなんだかお前の相手をしてェ気分じゃねェんだ。確かに慣れはしたが別に受け入れたわけじゃねェ。
どうせ俺がスコア見ててもお構いなしに喋り倒すんだろ?俺が無視も出来ねェような勢いで。だったら今は近付けたくもねェんだよ。
……と、コイツが気付くわけもねェか。


「私の心配してくれるんですか!?嬉しいですありがとうございます生涯の1番の宝物にします!」


あー…、やっぱな。


「でもお構いなく」
「……は?」


思いがけない言葉に思いがけない行動。
唖然とする俺に星野こそ構いもせずに星野は俺から離れ屋上のフェンスに寄り掛かって座り目を瞑ったかと思いきや本当に小さく、風に乗れば屋上の扉近くにいる俺に届くほどの小さな鼻唄を歌い始めた。

……なんだアイツ、変なもんでも食ったのか?いやいや。ここでなんか反応しても星野のことだ、それに飛び付いてくんだろ。むしろそれが作戦かもしれねェし?あーいや、星野はそんな頭使わねェか。


「………」


……まぁ、いいか。ありがたく、スコアブックをゆっくり見させてもらおう。

時々この季節らしい冷てェ風が吹くも暖かい陽射しになかなか心地が良い。星野のこの鼻唄は…なんだったか。記憶は遠いが確かに聞いたことはある。……あぁ、そうだ。小学校で歌った合唱曲だ。これがなかなかどうして耳に心地良い正確な音程で、俺の口元はいつしか自然緩む。
あー……やべ、眠たくなってきた。
昨日の夜は倉持にゲームに付き合わされた。ゾノも加えて3人……と、沢村も。親睦がどうやらと言っていたがあれはおそらく毎日、投げたい投げたい投げ足りねェ!、と鬱憤を募らせる沢村の憂さ晴らしのためだな。ったく、本当に頼りになる副主将だよ。思えば俺の周りはリトルやシニアで野球をやってた頃よりずっと賑やかになった。これまで1人で野球をやってきたつもりはねェけど寮暮らしでがっつりと関わるようになったチームメイトと、それから今の立場も関係してるだろ。明確な全国制覇という目標のもとに集った意識の高い連中を引っ張れるほど俺は優秀じゃねェし、向いちゃいねェけど。

やっぱ…アイツらと夏。夏だ。
夏、甲子園に行って全国を制覇してェ……な。

微睡みの中でそんな事を思いながらついに意識が落ちた。耳に残る星野の鼻唄と、最後に見た沢村の取った見逃しストライクの印。人は記憶の中で声を1番最初に忘れるらしい…ということを中学の時古文の授業で担当教師が言っていた。それだから人は文字を必要としたのだと。それなら俺は今この瞬間に焼き付いた2つの記憶の、星野の鼻唄を沢村のストライクの証より先に忘れるんだろうか。そしてそうなるならば、俺は呆れるぐらいの野球馬鹿なんだろうなやっぱり。


「…い。おい!御幸!!」
「!……は、あれ?倉持」
「あれ?じゃねェよ!起きろ!こんなとこで寝てたら風邪引くぞ!!」


うわ…やっぱ寝ちまってたか。

主将のくせにんなことも気を付けらんねェのかどうとかと喚く倉持に見下ろされながらまだぼうっとする頭を振り髪の毛を掻き乱す。なんか、忘れてねェか?俺。


「……あぁ、そうだ」
「あ?」
「星野」
「は?」
「…いねェか」
「なんの話だてめェ」
「いてっ!」
「授業終わっても戻って来ねェから来てみれば寝こけてやがって本当に嫌味なヤローだてめェはよ」
「はっはっはー。僻むなよ、あの授業の単位やべェからって」
「うるせェ!!星野がなんなんだよ早く言いやがれ!!」
「あー、そうだ。アイツも居たんだよ、此処に」
「星野が?」
「おー。ガキくせェ鼻唄歌ってた」
「なんだそりゃ。夢でも見てたんじゃねェか?」
「なんで俺が星野なんかの夢見なきゃなんねェんだよ」
「だってよぉ、御幸と屋上に2人きりで」
「含みある言い方すんな」
「絶好のチャンスだろうが、色々と」
「俺にはピンチにしかならねェな、色々と」
「その星野が何もせず何も言わず去って行くなんて考えられねェ」
「なぁ倉持。俺どこもなんともねェ?」
「性格が悪い他はな」
「ひでェー…」


さっさと行くぞ、と先んじて屋上の入口の扉へと向かう倉持に、おー、と返しながら立ち上がれば俺の上から落ちた2つのもの。

1つはスコアブック。
もう1つは、覚えのねェマフラーだ。深い緑の、なかなか幅のある膝掛けにもなりそうな。
その2つを手に取り、倉持、と呼び掛ける。すると倉持はマフラーを手にしてそれを見せる俺を扉の向こうに消えた身体を出し見て訝しそうに眉を顰める。


「これお前の?」
「あ?な、わけねェだろうが。お前に掛けてやるようなマフラーは持っちゃいねェよ」
「そうか」
「あーそういや、クラスの女子に御幸がどこ行ったとかどうとか聞いたからそいつじゃねェの?」
「ふうん」


一瞬星野が頭に過ぎったがあの落ち着きのなさじゃ考えにくい。倉持もそう思っているらしく、アイツじゃねェよなー、とヒャハハと階段を下りながら笑った。
ま、だな。
だとすりゃクラスのその女子か…。あんま面倒なことになんなきゃいいんだけどな。


「あ…うん、そう!私、私!」
「あ、やっぱ?ありがとな」
「ううん!大丈夫だった?寒いけど」
「いや。結構今日暖けェし」
「やっぱ野球部って暑さとか寒さに強いんだね」
「まぁいつも外だしなー」


マフラーをそのままにするわけにもいかねェし、倉持に教えてもらった女子に声を掛ければその通りだった。
わざわざありがとう、とにこりと笑い謙虚な態度で受け取られれば、洗濯しようか?、ともいくら俺でも言いたくなる。
特に喋ったことのない女子だったがそこから会話も弾み自分から親切をひけらかさねェとこにも好感が持てた。星野にこの3分の1でも慎ましさがありゃあ可愛いげあるように見えたかもしれねェのに、なんて考えながら気付けば青心寮の入口まで一緒に来てた。倉持はすげェ怖い顔をしながらとっくに先に帰った。


「じゃあまたね、御幸くん」
「おう。送ってはいけねェけど気ィつけて」
「ありがとう。あの……御幸くん」
「うん?」
「また、話してくれる?」
「!」


もうこんな季節だから帰る頃にはもう薄暗い。この子の家は電車に乗って一駅らしいが、送って?、などと自分で言って来ねェいじらしさや、なんでマフラー巻かねェの?、と聞く俺に、御幸くんに掛けてあげたのを目の前で巻くのも恥ずかしい…、なんて言われたらそりゃ可愛く見えてくんのもしょうがねェよ。

緊張して固くなってる目の前の彼女を見て、あー野郎ばっかの生活だからたまにこういうのを見るのもいいよな、なんて思いながら頷けばフッと視界がピントが合わず何かでいっぱいになる。
そしてそれがどうしてか理解出来ねェ内にまた開けた視界。そして残った唇に感じる柔らかさと、目の前ではにかみ笑う数時間前まで名前もはっきりと覚えてなかったクラスメイトの女子。


「私、御幸くんに彼女がいても諦めないから。じゃあまた明日!」


おいおい…これってまさか。

言うだけ言って、やることやって帰っていく。一方の俺はやっと状況を理解して誰に聞かせるわけでもなく、あー…、と間延びさせた声と共に顔を伏せ頭を掻きながら溜め息をついた。俺の足元で薄く影が伸びている。

油断したなぁ……。大人しそうで自分からアプローチ掛けてくるなんて思ってなかった。まさかキスされるとは。
今のを星野に見られてなくて良かったわ。アイツが見てたら……。
見てたら?
見てたらどうすんだ?
俺に彼女のフリをしてくれと言われてもケロッとしてる、どう見ても普段の阿呆な言動が冗談だとしか思えねェあの後輩がこの状況を見て何を言うっていうんだ。

おそらくまたギャーギャー騒ぐだけだろ、とどこかすっきりしねェ胸の内に決着をつけて寮へと歩きだす。
済んじまったもんは、しょうがねェよなぁ……。


「かぁーねまるぅぅー!!頼むよ!!神様仏様金丸様ァァァー!!」
「うぜェェ!!毎度毎度のことだってのにちゃんと授業受けてなかったてめェが悪ィんだろうが!!」
「おいおい、なんの騒ぎだよ?うるせェな、沢村」
「なんで俺だけ!?」


確かにうるせェけどこう、いつも通りだと逆に落ち着くな。ま、言ってやんねェけど。

部屋に行く前に廊下で揉める金丸と沢村に遭遇し思わず笑っちまう。あぁ、あれな。テストが近付くと沢村が金丸に泣きつくいつもの光景。この姿を見て、あぁもうすぐテストか、とノリが中間の時に呟いたのは記憶に新しい。とにかく沢村は変わらずの馬鹿さ加減だ。

うがァー!、と怒る沢村に対して静かに頭を下げる金丸だが、大丈夫か?こめかみに青筋浮かんでんぞー?


「毎回大変なー、お前も」
「まったくコイツと同じクラスになったのが不幸の始まりですよ」
「不幸!?」
「はっはっはー!この分じゃ星野の面倒も見てやってんだろ?」
「え?」
「沢村と星野、考えただけで気が滅入っちまうな」


ドンマイ、と軽く言う俺が金丸の肩を叩くも当の本人は沢村と一緒にぽかんとしていて二人は顔を見合わせほぼ同時に俺を見た。?…なんだよ、その顔は。


「御幸先輩は知らないんですか?」
「いつもあーんなにアイツに追い掛けられてるのに。白状な奴だ!」
「は?なにを?ていうか沢村、俺先輩な」
「星野にはこの馬鹿みたいな世話はいりませんよ。アイツ、すげェ頭いいッスよ?」
「……マジで?」
「今さっきまで沢村に食堂で勉強教えてましたし。あ、ていうか会いませんでした?アイツと」
「いや。つーか会ってたら飛びついてくんだろ?星野なら」
「なんだその過信はー!!そんなことじゃいずれ星野に捨てられるぞ!?その時泣きをみても遅いんだからなー!!」
「なんだそれ。お前こそテスト間近に迫ってから狼狽えてんじゃねェか」
「ぐぬぬぬっ」
「精々悪あがきしろよー?」
「金丸ー!!」
「俺に泣きつくんじゃねェ!!」



真・少女漫画的展開、のはず
「おい御幸。あの話しマジかよ?」
「は?何が?」
「青心寮の前で女とキスしてた、って話しだ」
「倉持。お前、それどっから聞いた?」
「亮さんは純さんから聞いて純さんは哲さんに話して哲さんは増子さんに話して増子さんは丹波さんに話したらしい。そんで丹波さんが宮内先輩に話して宮内先輩はクリス先輩に話した。あー…あとはどうなったか忘れたけどとにかく俺は麻生から聞いた」
「野球部の繋がり怖ェー」


続く→
2015/06/29


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