重ねた手


シーズンも終わりやっと一息つける。
とは言っても課題は山積みでオフの間は雑誌やテレビ出演の間を縫って自主練でそれらを改善してかなきゃならねェ。プロになり学生の時とは違う自由になった面がある一方で、この身体に金が払われてるっつー自覚が求められ窮屈になった面があるのも事実。
それでも所属球団はリーグ優勝を果たし日本シリーズは逃したものの個人的にはタイトルをいくつか獲ることができ充実感を得ることも出来た。


「へェー、良いマンションだな。生意気な」
「はっはっはー、どうも」
「褒めてはねェぞ」


結婚して1年目のそのシーズン、成績が振るわねェと色々言う奴らもいる。そういう意味じゃシーズンが終わり、結婚してからますます調子を上げた、などとニュースや新聞紙面で若干揶揄する表現を使われんのも気にならねェ。
なんて話した時に、惚気かコノヤロー、と羽交い締めにしてきたうちのチームのエースの山田さんと帰宅の途に就いたのは今シーズン総括として雑誌の取材をバッテリー2人で受けたその後の夕方時だ。
マンションに入りエントランスでチャイムを鳴らし自動ドアを部屋から開けてもらう。


「なぁ"先輩"ってなんだよ?」
「はい?」
「さっきインターホン越しで嫁さんが言ってたろ?"一也先輩!"ってよ」
「あぁ…山田さん、結婚式来てないですからね」
「"行けなかった"んだよ」
「週刊誌記者に追い掛けられていましたもんねェ?」


エレベーターの階表示がなんの滞りもなく進むのを見ていた俺が振り返り口角を上げ笑えば山田さんはグッと言葉に詰まりながらも、うるせ、と顔を背け小さく零す。
しょうがねェよな。あの頃山田さんはスキャンダルを抱えててちょっと結婚式には向かねェ立場だったからな、遠慮してくれた。まぁ祝儀だけはたんまり貰ったけど。


「高校の後輩なんですよ、アイツ」
「なに!?マネか!?」
「……俺、結構騒がれた自負あるんですけど本当山田さん人に興味ないですね」


まったく投手ってやつは。
そう心の中で続け階表示を見上げて口元を緩ませる。そういや、沢村のとこが日本シリーズを制したんだったよな。ちくしょう、昔っから成長の幅が予想出来ねェやつ。ピッチングも身につけた変化球も、ボールのキレも腹立つほどのレベルアップをしてやがる。まさかアイツが、受けてくれ、と言葉じゃなく実力で俺に訴えてくる投手になるなんてな。山田さんに葵依が高校の後輩だと話したそれが呼び水になって色々なことを思い出す。もうあの頃の姿なんて、思い出に思い出を上塗りして薄れてきちまったはずなのに頭に浮かべてみりゃ存外鮮明だ。青道の制服姿。筆を半紙の上で滑らせ躍動する字を書く姿。
……久し振りに制服姿見てェ。
…あぁ、いや。断じて俺が変態だからというわけじゃなく男なら皆1度は思うこと……っつーか。

ははは、と1人苦笑を零し気を取り直し山田さんとの話しを続ける。


「マネじゃないっスよ」
「じゃあなんで接点があるんだよ?」
「いやなんかあるでしょ」
「このイケ補が」
「はっはっはー」


この人はピッチング中の気迫もだけど貫禄といえばいいのか独特の迫力があり、それを厭味と共にこの人の武器である重く速いストレートのように投げられとりあえず笑っとく。大学に進み野球をやんのも良かったがやっぱこういう人から球を受けることが出来るんだから後悔なんて1つもねェ。勝負の世界だからそりゃ負けることもあるし悔しさで口を開くのも嫌になる瞬間だってある。その分、いや、それよりでけェ楽しさがあるんだからやっぱ野球はやめらんねェよな。


「あ、ここです」
「さーて、どんな嫁さんかな、っとー」
「……本当投手ってのは」


別に俺に興味を持ってほしいわけじゃねェけどチームメイトが来た結婚式の写真を誰かに見せてもらおうと思わなかったのかよ。

本当面白れェ人種、なんつーことを心中で呟きインターホンを鳴らす。ドタドタ、と部屋の中から近付く足音に、びっくりすんなよ?、なんてほくそ笑む。
色んな意味で驚くからな?


「あ、一歩離れてくだ…」
「かっずや先輩ー!!」
「!」
「おわっ!だ、からお前…!飛び掛かってくんなっつっただろ?」
「ふふふー。私の衝動がただ出迎えるぐらいで収まるとお思いですか!?」
「なんで自慢げなんだよ」
「おかえりなさい!」
「はいはい、ただいま。それより、」
「ご飯作りましたよ!肉じゃがです!」
「はっはっはー、5日連続」


玄関を開けるなり俺がその顔を見るより早く飛びついてきた妻の様に俺の後ろで放心する山田さんを感じながら首に巻き付いた葵依の腕をやんわりと解く。

こらこら。
俺、呆れてんだぞ?
んな嬉しそうな顔して笑うなっつの。
しょうがね、なんてさして呆れてもいねェけど言って葵依の頭を撫で振り返る。そろそろ反応しねェと。


「すみません、山田さん。コイツ、いつもこんなんなもんで」
「や…マジか」
「え!?お客様ですか!?」
「ぶはっ!はっはっは!今気付いたのかよ」
「え、待っ…!あの…!」


すっげェ慌てっぷり!まぁ半分これが狙いで葵依には山田さんが一緒だってことは伏せといたんだけど。

しししっ、と笑う俺からパッと離れまだ絶句した様子の山田さんに深々と頭を下げる葵依はこの姿だけ見てりゃ従順で貞操な妻みてェに見えんのかもな。


「こんばんは!お見苦しいところをお見せしてしまってすみません。何もお構い出来ませんが、どうぞお上がりになってください」
「いやぁ、こちらこそ急ですみませんね」
「いえ」


……でれェっとしちまって。

葵依が玄関に入りスリッパを用意するその様子をへらりと笑い見る山田さんの横顔をじとりと見据える。
この人、スキャンダルの相手もそうだけど本当美人に弱ェんだよなぁ…。マウンドではあんな意地の塊みてェな根性見せといて。


「おい!無茶苦茶美人じゃねェか!」
「はいはい」
「今時着物で出迎えとかよ!六本木のクラブかよ!」
「怒りますよ?」


聞いてねェし。アンタ俺よりでけェんだしんな腰折ってヘコヘコすんな余計に惨めだから。

なんつー俺の無言の厭味と嫉妬が伝わるわけもなく、はぁ、と溜め息をつき話しを続ける。


「着物なのはアイツの職業柄なんですよ」
「職業柄?」
「ええ、はい。すぐに分かると思いますよ」


ひゃー!、とか、きゃー!、とか。リビングへと繋がる廊下を歩く俺たちにそんな葵依の声が聞こえる。山田さんは、なんだ?、と不思議そうにしながらドアのノブに手を掛けた。
さーて、今日はどんな感じかな。


「ご、ごめんなさい…!今とっても散らかってて…!」
「う、わ…なんだこれ。すげ…」


ははっ、思った通りの反応。
ってことは…部屋の中も俺の予想通り?


「習字?」


だな。


「す、すぐ片付けます!」
「いいって。俺も何も言わなかったし、こっちは俺がやるから片付けしろよ」
「一生の不覚です…!」
「いやそんな責任感じることじゃねェから」
「でも……」
「…こらこら」
「?」


惚気るわけじゃねェけど葵依は俺しか見てきてねェ。それこそ俺の記憶がねェ中学の頃から。
それだからか警戒心なんて存在しねェし自己評価がすげェ低いもんだからあらゆる可能性を頭に浮かべることすらしねェんだが。
だからっつって俺がそれを野放しにするかってーとそうではなく、さっきからうちの助平エースが言ってる通り葵依はかなりの別嬪なもんだから気が抜けねェっつったらねェ。今もその涙目で申し訳なさそうに山田さんを見ちまって。無意識と無知はある意味じゃ罪だって、本当な。


溜め息をつきてェのをグッと堪えて葵依の頭をぐりんと山田さんから俺にへと向ける。ヘッ、とかって山田さんに言われたような気もするけど気のせいだな、うん。


「一也先輩?」
「だーから」
「はい?」
「呼び方」
「あぁ!」


いやいや。ポンッ、と手の平に拳打ち付けるんじゃなくて。


「一也さん!」
「よく出来ました」


嬉しそうに笑うからついつい甘やかしちまうけどお互いいい大人なわけで、俺が葵依の頭を撫でてやってんのもどんだけ妻にべた惚れなんだって端からは見えるよな。ま、否定はしねェけど。

着物姿で、一見はめちゃくちゃ綺麗で大人っぽい。ふわりと微笑めばあの言葉が頭に浮かぶ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、ってな。


「ほら、片付けろ」
「はーい!山田さん、あちらでゆっくりしてくださいね。私も終わり次第お付き合いさせてください」
「いや、お構いなく。ゆっくりどうぞ」


まさしく営業用の笑顔を貼付けひらりと手を振る山田さんはじとりとそれを見据える俺に葵依がぺこりと頭を下げ片付けに専念しだすのを待ってから、なんだよ?、と目を細めた。


「いえなんでも。噂の彼女はどうしたんスか?」
「元々付き合っちゃいねェの」
「はっはっはー、女の敵ですね」
「うるせ。そういうお前は男の敵だろ」


山田さんにはリビングの横にある和室のテーブル前に座ってもらい俺は恨み言のような山田さんのそれを聞きながら冷蔵庫に向かう。酒と―…、肉じゃがか。


「まさかああまで別嬪だとはなぁ…」
「はっはっはー、どうも」
「お前を褒めたわけじゃねェ」


こんなのしかないですけど、と出した酒と肉じゃがを肴にして話しを続ける。


「アイツが着物着てるのは塾をやってるからです」
「塾!?」
「小さなもんですけどね」
「ってーと、あの習字も?」
「はい。あれは昔っから凄いんですけどね」


この前もなんか偉そうな御仁と会ってたし?


「頭も良いし子供も好きなんで、向いてるみたいですよ」
「ふうん…。じゃ、気をつけねェとなー?御幸ィ」
「はい?」
「あんな別嬪を余所の男がほっとかねェだろ?子供の父親とか」
「いやいや。………まさか」
「プッ、ははは!今や球界を代表するイケ補が妻のことになると弱気かよ!」
「………」


嫌なとこ突いてくるなー…この人。しかも心底嬉しそうだし。くっそ、図星だからなんにも言えねェし不機嫌顕わにして髪の毛掻き乱したって格好つかねェ。


「しっかし、まぁ…優しそうだしムカつくけどお前しか見えてねェみてェだし。どうせ喧嘩にもなかったことねェんだろ?」
「や、ありますよ」
「ん?聞かせてみろよ。いい肴になるだろうしな」
「……性格悪ィー…」


何度も言われてきた台詞を人に言うことになるとは。

はぁ、と短く溜め息をついて酒の弱いこの人のことだからどうせ起きたら忘れてるだろうともう酒を空けたグラスに注ぐ。


「後にも先にも、あれだけアイツを怒らせたのはあの1度きり。喧嘩もあれ以来ないですよ」


あれは葵依が留学先から帰ってきた大学2年の夏休みで、俺はプロ3年目。順調ではあるが葵依とは思うままに連絡を取れず焦っていたし正直寂しかったっつーのもあって久し振りの逢瀬は、今日こそは、と切羽詰まった意気込みもあった。

付き合いも4年目になるってのに、まだ身体を重ねたことがねェ。
今時小学生だって男女が付き合うって時代にこのままじゃ結婚まで清いお付き合い。いや、別にそれが悪いとは言わねェ。ただ人には分相応、不相応ってもんがあって俺にはそういうもんは向かねェとしか今まで堪えてきたデカさを思えばここらが潮時だと思う。


しかも葵依の奴ときたら。


「一也先輩!!かーずやせんっぱぁーい!!」
「聞こえてっからんな呼ぶな!!」


いつ会ってもこうだしな。
少し、寂しかったです…、とでも弱々しくしな垂れかかられたら俺の想いも独りよがりなんじゃないかと女々しいことを思わずに済むんだが。

到着ゲートで待っていればスーツケース転がして歩いてきた葵依が俺を見つけるなりブンブン手を振って飛び付いてくる。……C、いや実際触ったわけじゃねェから分かんねェけど、やっぱデカくなってるよな。何が、って抱き留めた時に感じた胸のデカさ。


「お久し振りです会えて嬉しいです大好きですそれからえぇっと……!」
「分かった!分かったから落ち着け、な?」
「ど、どうしたら落ち着けます!?」
「深呼吸しとけ」
「ハァー…スゥー」
「いや逆な。スーハー」
「あ!よく栄純がやってまし…ふぐっ!」
「………」
「かじゅやしぇんぱい?」


こらこら。久し振りだってのにいきなり他の男の名前出すなって。

ムギュッ、と鼻を摘む俺に葵依は不思議そうに目を丸くする。あー…ちくしょ、可愛い。


「なんでもねェよ。じゃ、行くか。これから俺んとこに3泊出来んだよな?」
「はい!あの…本当に迷惑じゃなかったですか?いきなりで…」
「ん。それにお前が来て都合の悪ィことなんか1つもねェから」


なんのために死ぬ気で退寮許可貰ったと思ってんだ。お前を自由にいつでも呼ぶためだ、なんて言ってはやらねェけど。

やっぱ、俺は。


「ん」
「!…ふふ、久し振りの一也先輩の手…」
「っ…手汗とか文句言うなよ」
「私の方が凄いです!」
「ふはっ!はっはっは!競ってどうすんだよ!」


やっぱ…、俺の帰る場所に当たり前にお前がいる毎日が早く来ればいいって思っちまうんだよ。



重ねた手
「あ!お土産です!ジャーン!!」
「え、なにそれ」
「現地の先住民の方がくれたんです。お守りなんですって!」
「俺にはなんかの角に見えっけど」
「……なんの角でしょうか?」
「知らねェよ!」


続く→
2015/09/22


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