手に入れた日々


御幸一也は至って順調なプロ野球生活を送っている。
高校卒業後ドラフトでプロ入り、新人育成段階からその才能は群を抜いておりその存在感に誰もが異論なく間もなくベンチ入りを果たす。試合でスタメンマスクを被ることも多くなりその甘いマスクと野球に対するストイックな姿勢に女性のみならず男性ファンも多い。先頃同年プロ入りを果たした成宮鳴と共に受けた取材の載る雑誌は異例の売上げを記録したのは大きなニュースになった。来年のカレンダーの売上げも好調、契約更改も年俸大幅アップで誰の目にも御幸一也はプロ生活を順調に送っていた。


「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」


女性誌の記者は頭を下げた目の前の、幾つも年下の青年に、ほう、と溜め息をつきたくなった。この仕事をしていればモデルや俳優など顔の整った所謂イケメンにインタビューをすることは何度もある。彼も例に漏れることなく編集会議で名が上がりシーズンが終わるのを待って表紙を飾るこのインタビューに至る。老若男女から人気の彼が表紙を飾ることで年末特大号である我が雑誌はきっと売上をかなり伸ばすだろうと編集長が言っていたことを思い出し御幸を椅子に座ることを促しながら思い出す。
確かに、と心中で大きく頷く記者は同時に課された使命に少し気が重くなる。これまたこの仕事には付き物なのだが恋人がいるのかどうかなどという追求はどうもこの青年には向けにくい。
にこやかで爽やかな笑顔がそう思わせるのか、インタビューをしているとたまにこういう人がいる。有無を言わせないカリスマ性。彼は稀に会う、そういう類の人間だ。


「では早速始めさせて頂きますね。プロ生活も5年目になりましたが今シーズン、いかがでしたか?」


もう何度もされたであろう質問に御幸は淡々と答えていく。まさに模範解答といったそれがテーブルに置かれたボイスレコーダーに記録される。
この声をそのまま封入したCDを特典にすれば雑誌はなんの苦労もなく売れるんじゃないかと脳裏を掠めたがそれでは食い扶持がなくなってしまう。ここは大人しくインタビューをしようと質問を繰り返していく。


「御幸選手といえばあの強豪青道高校で主将を務めていたわけですが、今年甲子園準優勝を成し遂げた後輩たちに何か伝えたいことはありますか?」
「そうですね。準優勝で満足せず悔しい想いは本人たちが1番感じていると思うので来年の更なる躍進を期待したいですね。これは青道に限らず言えることなんですが、今はオフで冬合宿などかなり厳しいトレーニングを行ってると思います。それを乗り切り対外試合解禁のその日に個々の力を爆発させてほしいです」
「やはり御幸選手も冬合宿はかなり辛かったんでしょうか?」
「それはもう。その辛さといったら尋常じゃなかったですね。もう2度とやりたくないとそのたびに思いましたし」
「片岡監督は厳しいと有名ですよね」
「はい、でも。厳しいだけじゃなくその1つ1つに意味があったので。当時自分にそのすべてが理解出来ていたかは分かりませんが、監督が自分たちを信じてくれたからこそ最後まで監督を信じてやり抜けたんだと思います」
「なるほど。青道の強さの秘密はそこにもありそうですね」


そうしてインタビューは順調に進む。御幸は大きな感情の起伏を見せず、記者にとってはとてもやりやすい取材なのだがやはりまだ若いということもあり年相応の表情を引き出してみたいと思うのもやはり記者魂だろうか。
唯一表情を崩しくしゃりと笑った青道時代の後輩である沢村投手の話題からその辺りを広げてみることにしようと記者は手にしていたボールペンを握る力を込める。

沢村投手といえば今や球界の人気者。ファン投票で選ばれたオールスターに初選出され多いに球場を沸かせた。その時に青道以来にバッテリーを組むことになった御幸が早々にフォアボールを出した沢村に駆け寄った時、何事かを話したのかは分からないが楽しげに笑っていたらしい。らしい、というのも記者自身が観戦したわけじゃなく友人から聞き及んだからだ。ふ、と思い出したその話しに自分が見た御幸が青道の話しで顔を緩ませたような気がするのはきっと無関係じゃないはず。
目の前の青年はにこりと爽やかに微笑む好感度のかなり高い対応をしてくるのだがプロ1年目に野球アイドルとスキャンダルが持ち上がって以来浮いた話しの1つもない。暴いてしまうのは少々良心の呵責が伴うが好奇心があるのも事実。ここは多くの読者と自分の記者魂のために犠牲になってもらおうと記者の流れるような質問が始まった。

高校の同輩倉持について。同年の成宮のこと。後輩の沢村に降谷などの話し。次第に表情が柔らかくなる御幸がどれほど高校時代を大切に想っているかが伺えて記者もほっこりとした気分になる。


「今もかなり女性から人気のある御幸選手ですが、高校時代もかなりモテたのでは?」
「いえいえ。強豪の野球部だったので言われてるほどのことはありませんでしたよ」


言われてる自覚はあるらしい。くわえてそれほどじゃない人気はあったのか。
記者は、ご謙遜を、と笑い先を継ぐ。


「彼女はいらっしゃったんでしょうか?」
「まさか。そんな暇ありませんでしたよ」
「1人も?」
「はい。1人も」
「にわかに信じがたいですねー。あ、ではタイプを教えてください」
「そうですね、自立した人がいいです。自分が野球という、妥協の許されない世界で生きてるので相手も同じように目標に向かって頑張っている人だったらその姿を見て励まされるだろうと思うので」


答え慣れた様子は、幾度も質問された証拠。だからこそ聞きたいのはそれじゃない。

すみません、と断り茶を飲む御幸に、どうぞ、と促す記者はあえて独り言のように話し出す。


「御幸選手のような男性ほどとても愛情深そうですね」


にこりと笑うのみで茶を飲む御幸。


「束縛とか、やっぱりします?」
「さぁどうでしょう?」
「一途なんでしょうか?」
「どう見えます?」
「遊んでいるようには見えませんね」
「はっはっは、ありがとうございます」
「だとすると実はずっとお付き合いされている方がいらっしゃったり?」
「あぁ、それでいきなり結婚の発表とか…なんて展開をよくニュースで見ますね」
「御幸選手にはありませんか?」
「あった時はよろしくお願いします」


なかなかに手強い。飄々とした態度で表情を変えずにひらりひらりとかわされる。記者も記事の構成を頭に描きながら青道時代のことで十分に記事になるだろうと諦めかけた時、あの、と御幸の方から口を開いた。インタビュー時間もそろそろリミットと迎える。終わりの催促だろうかとちらりと時計を見てから、はい?、と記者が返す。


「そちらの雑誌で学生にインタビューしてるコーナーがありますよね」
「え…あぁ、はい。読んで頂けているんですか?」
「はい。とても面白くて、興味深く拝読しています」
「ありがとうございます」


自分の書いてる記事じゃないだけに複雑ではあるがそれ以上に御幸のこの反応は記者には意外でどこか含み笑いする御幸の様子にまだ言葉が出そうだと期待を込めて彼を見つめる。
なぜだろう。このインタビューのどの話しをしている時より笑みが温かい。

ただ御幸からこれ以上言葉が出ることはなく、インタビュー時間は終了してしまいその真相は記者の中でただの社交辞令だったのかもしれないと、御幸の年にしてはしっかりてした受け答えの姿勢から受ける印象にパソコンのキーボードを叩きインタビューを纏めながら思う。

記者はまだ知らないのだ。
それは数ヶ月後に起こるのだが、その日にこの日の御幸の態度を思わぬ形で合点がいくことなど。自社の雑誌で取り上げられた人々の山のようなインタビュー。その中に御幸と同じ青道高校出身の後輩がいて、彼女が御幸と結婚することになるなどと、御幸の言動のどこをとっても思いもしなかった。
ただその時になってみて思い出すのは御幸と沢村投手のことを話していた時のこと。ああどうしてあの時にもっと突っ込まなかったのか、と頭を抱えて記者は後悔することになる。そしてまんまと隠し通されたことで御幸はかなりしたたかな男なのだと記者の心には刻まれたのであった。


「御幸」
「なぁーにフラフラしてんスか!本日の主役が!」
「…うっせ」
「ヒャハハッ!柄にもなく緊張してんのかよ?」
「するだろそりゃ。お前結婚式したことあんのか?もう有り得ねェ。試合よりやべェ」
「イケ補が形無しですな!!」
「うるせェバカ!」
「アイツは?」
「今着替えてる」
「なんと!この扉の向こうに星野がいるんスね!?俺、卒業以来ッスよ」
「俺は何度か」
「アメリカの大学いっちまいやしたからねー」
「だな。んで帰ってくるなりお前と結婚かよ。忙しい奴!」
「それにしてもテレビじゃまったく星野のこと顔も名前も出ないッスね」
「一般人だぞ、俺たちと違って。それぐらいの配慮当然だろ?」


そんなもんスかねェ、としげしげと俺を眺める沢村。なんだよ?、と聞けば、ムカつくほど似合ってるッスね。タキシード、だと。相変わらず先輩に対してなってねェ奴だ。俺限定だけど。

それにしても俺はちゃちゃっと髪の毛を少し掻き上げセットしてタキシードに着替えたぐれェなのにやっぱり女は時間が掛かる。俺のシーズンが始まる前にバタバタと式を挙げることになったからなかなか時間も取れなかったがその中でもウエディングドレスは2人で選んだ。正直どれを着せても綺麗すぎてどうするか悩みまくった挙げ句に決まったドレスだからしっかり化粧して髪の毛セットして着たその姿は楽しみ過ぎて落ち着かねェ。
扉の前を行ったり来たりする俺を式場のスタッフが苦笑いしながら、楽しみですね、と共感とは言えない言葉を寄越したのは痛かった。


「にしても年末辺りの雑誌インタビューはお前にしちゃ正直に答えてたじゃねェか。あれ、星野のことだろ?」
「ん?あぁ、あれか。なに倉持、俺の記事読んでんの?」
「ちげェよ!成宮の野郎が騒いでやがったんだよ。で、読んでみたらピンときた」
「ふうん。ま、ついな」
「記事ってあの雑誌ッスよね!?俺を高校時代からうるさいだとかバカだとかって言ってたあの!」


成宮さんからメールきたッスよ!、とでけェ声で怒る沢村に、うるせェよ!、とタイキックを食らわす倉持。つーか鳴言い触らしすぎ。
ケラケラと笑う俺に、なんだっけ?あれあれ、と倉持。


「『後輩バカ2人がいたんで部活も前向きにやれました』だっけ?もろ星野のこと言ってんじゃねェか。2人、なんて言ってよく記者に突っ込まれなかったな」
「な?まぁ降谷のことだと思ったんじゃねェの?知らねェけど」


あの時は本当につい出てしまった。あの雑誌は葵依を将来有望の大学生として取り上げたことがあったよな、なんて思い出していたら、つい。
葵依は青道卒業後アメリカに渡り大学で学びながら書道も続け大学4年の頃にはアメリカで個展も開いてる。日本の雑誌に取り上げられるに十分な活躍をする自分の恋人を雑誌越しだろうとなんだろうと、その姿を見ることが出来たのは嬉しかった。なかなか多忙で夏休みも冬休みも短い帰国。加えて俺が自主トレのためにチームとハワイやらに行っている時に日本に帰ってくるのだから見事なまでの擦れ違い生活。
それも、もう終わりだ。

下手くそな言葉でプロポーズする俺に葵依は言った。
『いつか一也先輩がメジャーに挑戦する時、私が専属通訳になります!』


物思いに耽っていると不意に聞こえた、ガチャッ、というドアノブを回した音。
ハッとする俺と……って、こらこら。なんで倉持と沢村も緊張したような顔してんだよ。つーか俺が1番に見るからそこどいてくんねェかな。


「お待たせしました」
「はい」


ありがとうございました、が正解かは分からねェけど中へと促してくれるスタッフにそう言って中に入る。

陽当たりの良い部屋は明かりに溢れていて思わず目を細めた。光の中で真っ白のウエディングドレスを纏う姿はまるで吸い込まれ消えちまいそうでベールに指先が触れて一瞬の躊躇いを乗り越えてから細いその肩に触れた。


「葵依」


お前はいつも俺を追い掛けてるって言うけど、俺はそう思ってねェよ。互いに違う道があって、互いにそれを尊重して何年にもなった付き合いが今日結婚という形でまずはひと区切りがつく。
今まで別の時間を過ごしてきたから、初めて同じ時間を共有して送れる毎日が楽しみでしょうがなかったぐれェにはお前のことを気持ちがずっと追い掛けてた。


「!……すげェ綺麗だ」


振り返りはにかみ笑った葵依は俺の言葉に頬を染めてふわりと微笑む。
高校の時よりずっと大人っぽく綺麗になった葵依に沢村が俺の後ろで、嘘だろォォ!?、と驚きの声を上げた。
いやいや。嘘じゃねェから。コイツが高校2年の時に俺に猛アタックを仕掛けてきて、まんまと落とされた俺の嫁さん。


「うっ……一也先輩が私を綺麗なんて言うなんて……!ちょっと今から車に跳ねられて夢から醒めてきます!!」


ま、中身は変わってねェけど。


「はっはっは!お前やっぱ面白れェ!」
「御幸!笑ってねェで止めろ!!」
「星野!早まるなァァー!!」
「葵依ー、来い来い」
「は、はい!!」
「なんで御幸が言ったらすんなり止めんだよ!なんか腹立つ!」
「当たり前だろー?俺、旦那だし?な?葵依」
「はい!」
「そんな事言って、先輩って振り回されてそーッスよね」
「……うっせ」
「ヒャハハッ!沢村ァ!バカのくせに鋭いじゃねェか!!」
「バカは余計だろ!?バカは!!」
「タメ口禁止タイキーック!!」
「ぐはぁっ!!」



手に入れた日々
《いやすみません。お騒がせしています。あ、ありがとうございます。え?プロポーズの言葉ですか?それは2人だけの秘密ってことでお願いします》
「ヒャハハッ!!何言ってんだコイツ!!」
「はははは!!なーに格好つけてんの!?一也!!」
「お前ら何テレビ観て笑って……あぁ、御幸の結婚のインタビューか。何笑ってんだ?倉持に鳴」
「そっか!雅さん行けなかったんだもんね!」
「あぁ。良い式だったか?」
「まぁ…式はなかなか良い式でしたけどね」
「奥さん超可愛かったしね!」
「ふうん。それで?」
「ぷぷぷー、雅さん聞いてよ一也の奴澄ましてプロポーズの言葉は秘密とか言っちゃってんの!」
「それが何か駄目なのか?」
「二次会で酔ったアイツがぶっちゃけたんスよ。プロポーズの言葉は『俺のために毎朝味噌汁作ってくれ』だったって」
「あー……、それは」
「本当におかしいよね!格好つけようと思ってたのにいざとなったらそれしか出てこなかったとかさぁ!いつの時代だって感じ!!」
「…まぁお前らみたいな奴らがいたら、内緒にもしたくなるだろうな。というかお前ら人の事笑ってるけど自分はどうなんだ?」
「「………」」
「いや、なんか…すまん」
「謝らないでよ余計に惨めになるから雅さん!!」


―了―
2015/08/24


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -