傍観者Kの見解


店を走り飛び出した野郎を思わず大声で呼び止めちまったが此処は全室個室の静かさが1つの売りである店だと思い出しまだまだ言ってやりてェ言葉をグッと堪え代わりに溜め息をついた。
あー馬鹿な奴。時計に変装用のマスクと帽子忘れてやがる。

御幸一也という男が高校野球部の同輩だということが俺自身のためになった事は1度としてねェだろうと思う。
奴は雑誌やテレビで騒がれまことしやかに流れてる噂通りの男じゃあない。噂ってのはつまり、イケ捕でモテモテ。優しい。面倒見が良いだとか料理が上手くて非の打ち所がねェ、完璧だとか、そういうそれのことだが。
一体周りは奴の何を見てるというのか。
俺からしてアイツがそう見えたことは1度もねェ。

イケメンだとしても性格悪ィしプレイは秀でていたとしても野球しか出来ねェ欠陥だらけ。サッカーなんてやらせたらそこらの下手な芸人より笑える。料理が出来て面倒見が良いっつってもそれは自己満足のために発揮されるのであって"誰かのために"と取り組んでる姿なんざ見たことねェし。
早々と自己完結する悪い癖は人を分かろうとすんのを面倒臭がってる証拠だ。根底には馬鹿のつくほど頑固だっつー自分の一面をある意味じゃちゃんと理解してるということなんだろうが。

自分の考えは譲れねェ。
他の奴の意見もなかなか簡単に受け入れられねェ。
それだからのらくらと他人をかわす飄々とした態度になりがちになる。
御幸は確固たる自分の強い意思と、他人の意見を受け入れることでそれが崩されちまうという勘違いを持って生きてるような男で、俺から見れば不器用という他なにものでもねェ奴だった。

そう話す俺に、羨ましい、と馬鹿なことを言い出す女から拝み倒されて仕方がねェと御幸と話す機会を作ってやったことがあるんだがあの野郎は、
『え?なに、用事?何にもねェんなら帰りてェんだけど』
なんつって言い捨てやがった。いつか天罰下れ。おかげで俺は好きでもなんでもねェ女の愚痴を一晩中聞いてやる羽目になった。つくづく自分は損な性格をしているらしい。
と、いう具合に俺自身は今や球界期待のスーパールーキーと言われるあの野郎が同輩であって得したことは1度もねェってわけだ。ちなみに"青道野球部部員"としては御幸一也という男とプレイできたことは幸運だとは思ってる。


「はあ?なんだこりゃ」


御幸と福岡で飯を食ってから数ヶ月後。俺は一冊の週刊誌の見出しに目が止まり眉根を寄せながら開いてみればそんな言葉が、つい大きく声に出た。
オフであるしトレーニングも含めて本格的にこの時期身体を作んのは高校野球もプロも同じだ。キャンプに入る前にやることやっておこうと美容院に来てみりゃこんなもんを目にしちまう。
とことん損な俺。気にかけねェでもこの業界にいりゃ野郎の名前は聞きたくなくても聞こえる。内野手の競争率の高さ、レギュラーメンバーの安定しているうちの球団で漸くベンチ入りまでこぎつけたってのに今まさに面倒なことに巻き込まれそうな予感がじわりと背中を冷やしたのを感じたってのに結局俺は誌面を端から端まで読んだ。


「馬鹿だよなァ、一也。撮られるなんてさ」


屈伸しながらへらりと笑って言う男がそう思うだろ?とばかりの目線を送ってくるのを、いや、と腕を伸ばしながら返す。


「馬鹿っつーか、たぶんアイツのことだから撮られた事に関心の1つもねェぜ?」
「あー…一也だもんなー。でも相手の子、なんだっけ?」
「野球アイドル」
「それそれ。その子、微妙なニュアンスで濁してるらしいじゃん」
「なんだ、売名か」
「さー?本気かも分からないけど。ていうかどこで知り合ったんだろ?一也の奴、俺の誘い片っ端から断るくせに!」


プンプンとでも擬音が付きそうな怒り様のコイツは2人姉持ちの末っ子だって前に聞いたか。純さんと同じじゃねェか、と無理矢理似通ったとこ探そうとしたがすぐにやめた。コイツと純さんとじゃ違いすぎる。

色素の薄い髪の色を沢村が、シロアタマ!、と呼んでやがったな。
奇しくも同じ球団でプレイすることになった成宮鳴。東京西ブロックで3年間因縁の相手であったコイツと同じユニフォームを着て野球やってんのが今でも少し違和感がある。けれどきっとこれが野球をすることなんだと、近頃漸く実感が身体に沁みてきたところでもある。
味方にするとこれほどにも頼りになるっつー成宮はそうであったとしても御幸同様なかなか性格が歪んでやがる。


「なんか一也から聞いてる?」
「あ?なんで?」
「なんでって、元チームメイトじゃん。友達じゃん」
「友達じゃねェ」
「ねェねェ、なんか面白そうなことになってんの?一也困ってんの?教えてよ、ねェ」
「うぜェ!!なんも聞いてねェし俺は御幸なんざどうでもいいんだっつの!!」


さっさとアップ済ませてブルペン行きやがれ!!

そう言い捨てて俺はさっさと走り出す。やっと掴んだこのチャンス。逃して堪るかよ。


「あーあー!やだやだ!!これだからぼっちは話しが通じなくて…」
「成宮てめェェー!!」
「うっわ!!怖っ!すげェスピードで来た!!」


マジで御幸なんかどうでもいい。ただ御幸の閉じた貝みてェに頑固な心の傍に寄り添うことを許されたアイツは今どうしてんだろうとはなかなかに気にかかる。御幸は自業自得と切り捨てるにしてもプロの世界での付き合いがどんなもんかを高校生であるアイツ、つまり星野葵依に理解しろというのも些か酷だろうが。
んで御幸は当然のように理解されると思ってんのか。それとも慌ててんのか。
後者は頭に浮かんだ途端に排除した。自分の心中もろくに整理出来ねェくせにアイツは取り繕いが上手い。本能的に後手に回らねェようにしちまうのか御幸はそういう奴だ。

まぁだからといってこういうもんには他人が好き勝手に介入すればこじれるのは自明の理。向こうから何かを言ってくるまでは傍観するしかねェだろう。


週刊誌はその後もしばらく御幸の初スキャンダルを追い掛けた。
野球アイドルと新人選手のそれはニュースにもなるも発言すんのはアイドルばかりでバラエティーでいじられてんのもそろそろ滑稽に見えてきた。一方で徹底的にノーコメントを貫きマスコミから守られてる御幸はそれだけ球団に大切にされていることを伺わせた。
とは言っても球団が売り出していたイメージとは掛け離れてしまう週刊誌が囃し立てる夜の密会だどうだはファンから、肉食っぽくていい、なんつー声が多く上がりどうやらプラスになってるらしいから余計腹立つ。ああいう手合いは何をやってもどうせ許して受け入れちまうんだろ。くそが。


そんな折、御幸から連絡があり福岡で飯を食った時と同じように個室で飯を食うことになった。わざわざ連絡してくるんだ、どうせあの事なんだろう。前も葵依とのことで愚痴ってやがったし立て替えてやったんだから高いもん頼んで奢らせてやる。


「つーわけで、頼む倉持」
「てめェが会うなり開口一番そう言って手を合わせる理由を最初からちゃんと説明しやがれクソ眼鏡」
「あーそうか。わりィ、ごめりんこ」
「よし殴る」
「こらこら」


呼び出しておきながら遅れてきてさらにわけの分からねェ頼み事。やっぱり高校の時から変わってねェ御幸の態度に苛ついて胸倉掴めば途端に真面目な顔をする。
チッ、と舌打ちして離してやれば、優しーい、とかって吐かしやがるからやっぱ一発殴っときゃ良かった。


「何も聞かずにこの場を貸してくんねェか?」
「あ?」
「頼む」
「………」


皮肉なことにコイツが野球の試合中であってもこれほどまでに俺を頼る言葉や態度を示したことがなかった。
眉根を寄せながらジッと見据える。


「……勝手にしろ。俺は飯食うからな。もちろんてめェの奢りで」
「わり、助かる」


ほう、と一息ついてホッとした顔しやがって。頼み事が野球関係じゃねェってんならコイツの今の状況を鑑みて1つしかねェ。

御幸はメニューを手にした俺に背を向けてどこかへと電話を掛ける。くそ甘ったりィ声だと本人は気付いてねェんだろうな。録音でもして聞かせてやろうか、ったく。どこかへなんて、声だけで知れる。コイツがこんな声を出す相手は1人しかいねェ。と、いう事実を御幸も電話の向こうの相手も気付いちゃいねェんだろう。

電話の内容は御幸の声だけだが聞くに店の名前を告げるものと予定通りになったというもの。今からこっちに来るらしい。
御幸がわざわざ俺に頭下げて忍んで会いたい奴なんて1人しかいねェ。


「よォ」
「ん?」
「あの週刊誌…」
「デマだよ」
「だよな」
「あの場には広報の人も一緒だったしあっちのマネージャーもいた。向こうが野球好きっつーから対談ってことになって、その後の食事」
「それを撮られたか」
「ま、しょうがねェな」
「いや…お前はそれでいいかもしれねェけどよ」
「しょうがねェけど」
「!」
「……やっぱ、焦ったわ」
「………」


背中向けられてっから御幸がどんな顔をしてるかは分からねェ。だが声は少なくとも沈んでいて誠実に自分の付き合ってる星野に向き合ってるらしいことが分かる。

ふうん、とわざと気のない返事をしながらメニューを捲る。お、この肉美味そ。


「ここ最近ずっと会えてなかったしな。説明もろくに出来ねェし……。向こうもタイミング悪く中国に行っちまって」
「中国!?」
「ははっ、な?驚くよな。倉持、アイツが載ってる雑誌見たことあるか?」
「いや」
「書道でかなり有名になってんだよ。天才とか書いてあったりしてさ、すげェんだぜ?」
「………」
「葵依は俺に置いていかれねェように頑張るとかって言うけど、俺からしたら違うレールを走ってっちまって2度と道が交わらねェんじゃねェかとさえ感じる」
「お前……」
「……留学すんだよ、アイツ」
「……は?」


そういや沢村と金丸が話していたのを聞いたことがある。星野は通訳になりたいのだという。英語を駆使して世界を飛び回りたいとも。

だから留学という選択肢はアイツにとってごく自然だったんだろう。御幸はどうせ物分かりの良い顔でそれを聞き、頑張れよ、とでも言ったに違いねェ。本当、相変わらず面倒臭せェ奴。


はぁ、と溜め息をついてしけた背中を蹴り倒してやろうかと膝に手を当て立ち上がろうとした時、失礼します、と部屋の外から声が掛かる。
久し振りに聞く声だ。御幸はぴくりと背中を揺らしたがなかなか声を発しねェ。……ったく、やっぱこの米沢牛食うしかねェな。

おー、と返してやればゆっくり顔が部屋を覗きまず俺を見つけると小さく会釈をし、奥に御幸を見つければ顔を綻ばせた。
……やっぱコイツ、可愛くなってんな。阿呆っぽさが抜けたっつーか……。まぁそりゃ、もう高3だしな。不思議じゃねェか。


「一也せんっっぱーい!!」
「!」
「おわっ!バッ、おま…!危ねェだろうが!!」
「会いたかったですすごく一也先輩不足でした栄養失調です死にます!」
「大袈裟」
「そんなこと言って私が死んだらどうするんですか」
「いや、そりゃ…」
「まだお墓の準備が出来てないんですからね!!」
「いやその心配じゃねェから!!」


あー……やっぱ変わってねェわ。変わってねェ分すげェ残念だなコイツ。

星野を案内した店員についでに注文する。ほらみろ、馬鹿がいきなり御幸に飛びつくからかなり驚いてんじゃねェか。そうだ、この目を見開いた顔は決してかなりの量を注文した俺のせいじゃねェ。野球選手ナメんな。


「ヒャハハッ!星野ー、変わってねェなお前」
「もっち先輩はなんだか老けましたね!」
「うるせェよ!!」
「あ!こんばんは!」
「おせェ!!」


疲れんな相変わらずコイツと喋ってっと!!
……まぁ、相変わらずで良かったけどよ。
いきなり目の前で修羅場が始まっても面倒臭せェしな。


「おいおい彼氏放っといて楽しく談笑かよ」


お前が始めんのか!!

眉根を寄せて低い声。いかにも面白くなさそうな御幸がほとほと面倒な奴だと思う。さっきまで軽く星野をあしらってたくせによ。構われねェとその態度かよ。


「大丈夫ですよ!一也先輩!心の中でずっとテレパシー送ってましたから」
「はっはっはー、残念。俺にはアンテナねェや」
「おい御幸」
「建てましょうか?」
「いらねェ」
「お前いい加減に、」
「じゃあ今度会いに行きます!」
「「!」」


は?、と掠れた声を出す御幸。てめェすげェ情けねェ顔してんぞ?

そんなの構いやしねェ星野は鞄に手を突っ込み、じゃん!、と何かを取り出した。それを見るわけでもなく星野を見つめる御幸は間抜け面でさっきまで構えてた気持ちが馬鹿みてェに感じてテーブルに肘つき頬杖という傍観スタンスで2人を眺めることにした。暇潰しってやつだ、暇潰し。


「ファン感謝祭のチケットです!」
「!」
「初の球場に、会いに行きますね!こういう場なら私が騒いでても目立たないかなぁって」


いやすげェ目立ちそうだよな、お前。


「会いたくって。あの…駄目ですか?やっぱり図々しいでしょうか?何か間違いがあって一也先輩とお付き合いしてるなんてバレちゃったら世間様をがっかりさせちゃうでしょうか?野球アイドルの方が可愛いですし」


なに遠慮してんだコイツは。目の前の男見えてんのか?心なしか赤い顔してっしお前以外なんて見えちゃいねェ。あの分じゃ俺がここにいることも忘れてやがるな。

砂を噛むような感覚に痒くもねェけど首を掻く。へっ、と嘆息を零せばハッと我を取り戻した御幸が、あー…、と髪の毛を掻き乱す。そーそー、悪かったな。俺もいるぜ。


「疑ってねェの?」
「え?」
「あの週刊誌」
「ニュースもありましたね!栄純なんて連日私にその話しをしてきましたよ」
「はっはっはー、とりあえず沢村には電話しとくわ」


哀れ沢村。


「疑ってません」
「……なんで?」
「栄純とか信二とか春乃とか、毎日代わる代わる、先輩はそんな事する人じゃない、って訴えてくるんです」
「!」
「そんなに器用な人ならあんなに野球馬鹿じゃないって栄純が」
「あんにゃろ…」
「信二はお前なんかと付き合った時点で先輩の気持ちは本物だろって」
「金丸に言われると複雑だな」
「あんなに少女漫画みたいなオーラで私を観てるんだから大丈夫!、って春乃が言って……って、一也先輩?どうしました?大丈夫ですか!?」
「あー……大丈夫、大丈夫」
「ヒャハハッ!!後輩に見抜かれてやんの!」
「くーっ、うるせェ」


口元を手で覆い顔を伏せる御幸は耳まで赤くしちまってら。写真撮って今度OB会でのネタにすんのもいいな。
……ま、今日は星野に免じてやらねェでやっけどよ。


「………葵依」
「はい!」
「ふはっ!……元気すぎ」
「一也先輩と会えましたから」
「…ん。余計な心配かけちまうこともあるかもしれねェけど、俺は野球とお前で手一杯だからな」
「えぇ!?ご、ごめんなさい!一也先輩の手を煩わせてたなんて!」
「そこを変な拾い方すんなバカ!!」
「え?っと…ならどんな拾い方をすれば?」
「っ……だから、つまり。野球と同じぐれェにお前が……っ言えるか!!」
「ヘタレかてめェは」


ダンッとテーブルを叩いてそっぽ向くコイツのどこがいいんだよ、星野は。いつか聞くか。
言葉もろくに言えねェし肝心なとこでヘタレだしよ。やっぱ俺が女だったらこんな男御免だ。

けど、まぁ……。
星野はそんな御幸を目を細め愛おしそうに見つめてやがるし、それを受けた御幸も他の女には絶対向けねェような柔らかい笑みを浮かべる。コイツらの問題は互いにどう見て見られてんのかがまったく自覚がねェとこだな。
見てるだけなら面白れェ。傍観するだけなら、もう少ししてやるか。



傍観者Kの見解
「倉持くん。ちょっと」
「あ?んだよ?」
「この金額なに?」
「あ?てめェがなんでも頼めっつったろうが」
「言ってねェよ!!なんだよこの桁有り得ねェ!!」
「ヒャハハッ!!また協力してやるぜェ?」
「もう絶対頼まねェ!!」


―了―
2015/08/21


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