まだ未完成な僕らの恋愛


恋をすると女は綺麗になるだとか失恋すると綺麗になるだとか女が綺麗になると言われてるシチュエーションが多過ぎてよく分かんねェけどつまりは好きな奴のために努力した結果そうなってることだってんなら女が恋とか愛に傾けるその姿勢と情熱がアグレッシブ過ぎて正直俺には理解は出来ねェ。まぁ延いては自分のためになるんだから問題はねェんだろうが相手のために綺麗になるとか相手が一緒に連れてて恥ずかしくねェようにだとか、相手を使って自分の行動をあたかも自己犠牲含めたある意味とても尊いものみてェに言い表すのはどうなんだ?それに相手がそんな事本当に望んだのか?独りよがりになってねェか?結局それ俺のためになってんのかよ?


「つまりは俺とほとんど会えねェのにんな綺麗になってどうすんだ、ってことなんだけどよ」
「知るか!!」
「いでっ!」


一通り捲し立てるように喋り結論を打つなりその俺の頭は勢いよく叩かれ上下に大きくバウンドした。いってェー……、久し振りに会ったっつーのにまったく遠慮ねェ…。

頭を摩りながら眉を寄せて顔を上げれば俺の頭を打った本人は悪びれる気配もなく、お前の奢りなー、とメニューを開く。こらこら、割り勘だろここは。


「倉持、俺プロ野球選手なんだけど」
「あ?それがどうした。俺もプロだぜ」
「いやいや。俺1軍。倉持2軍」
「ほぉー?もう一発欲しいみてェだなァー?御幸ィ…」
「はっはっはー!絶対いらねェ」
「チッ…。相変わらず嫌味な野郎だ、てめェは」
「まぁまぁ楽しく食おうぜ」


久し振りなんだしよ、と俺もメニューを広げそれ越しに目だけ出してニッと向かい側に座る倉持に笑えば倉持は、へっ、と笑い捨てた。ツレねェの。

美味い創作料理を出す店の個室。大衆的な居酒屋と違って全室個室というこの店を飯に誘い名前を告げた時に倉持も知っていた。この業界ではいわゆるお忍びで使われることで有名らしい。かく言う俺も球団の先輩から教えてもらったわけだが倉持もそうなのだという。どこの球団も同じような苦労に伴い打開策を打ち立ててきたわけか。色んな店に広報の人と一緒に行ったが此処が1番気に入ってる。奇をてらうわけでもなく、かと言って毎回創作を凝らし飽きさせない。メニューを見ているが任せてコースを頼むのが常である俺は早々にメニューを閉じて折よく注文を取りに来た店員に告げる。それを聞いていた倉持も不服そうではあるが、俺も、と短く希望を伝えメニューを閉じた。
恭しく頭を下げて出ていく店員の気配がなくなってから、ははっ、と笑う。


「なんでそんな不満げなんだよ」
「不満だからだろうが。てめェがああ注文したらこっちも同じにしなきゃ向こうも面倒だろ」
「さっすが」
「黙れクソ眼鏡」
「ひでェ」


互いにプロ1年目の、まだまだ安定のしねェ位置にいる俺たちのチームが対戦していたのは数時間前。デイゲームで俺は控えではあったがベンチを温めていただけ。まだまだ正捕手というポジションは遠く、今日は代打にさえお呼びでなかったらしい。くそ厳しいプロの世界に飛び込んだ俺たちがたまたま空いてる時間が被った。久し振りに飯でも食うかと誘うのに特に理由もいらねェほど多忙だ。

東京から数万キロと離れるこの場所に俺の1つ下の彼女は来たことがねェのだと、…そう話したのはもう1週間前になる。
土産はタペストリーかピンバッチがいいらしい。世界一周したいと話すアイツらしいと思う。思うには思うんだがもっと可愛いげのある菓子とかって……って、無理か。


「………はあぁ」
「うざ」
「ひで」
「無意識かもしんねェけどよ、さっきから溜め息ばっかついてんぞ?お前」
「マジ?」


問い掛ける俺に肯定の代わりにクッと口角を上げた倉持が言う。


「結局今も星野に振り回されてんのかよ。ヒャハハッ!だっせ」
「…うるせェ」


1年半前の当時、色々あって付き合うことになった俺と葵依のことを近い場所で見ていたコイツに今さら、そんなんじゃねェ、と言ったところでごまかせるはずがない。
バツの悪ィ想いにお冷やを飲んで目を逸らす。自覚はある。周りからは比較的プロ野球選手である俺が葵依を振り回してるように見えるらしいがとんでもねェって。アイツはそんじゃそこらの、男を追い掛けてェ女とは違うんだよ。俺や自分の関係は互いの道ありきだと本気で思ってる奴だ。
プロになって地方への遠征も増える。会えねェのが1ヶ月そこらになんのもザラじゃねェこの生活に葵依が寂しい会いたいなどと言ったことは1度もねェ。ま、そういう奴だよ。俺の試合に応援に来ねェのは大声を出して邪魔したくねェっつースタンスは未だ変わらねェし。


「つまるところてめェは心が狭めェ」


そしてうだうだと愚痴を、間接的に零した俺に倉持が止めを刺すように間もなく運ばれてきた前菜をつつきながら言い放つ。


「よっぽど星野の方が大人じゃねェか。相手はまだ高校生だぜ?」
「つってもよ、見てみろよこれ」
「あ?」
「葵依の送ってきたクラスの奴らと撮ったっつー写真」
「お。コイツ可愛くなってんじゃん」
「だろ?お前が素直にそう言えちまうほどだ」
「俺をなんだと思ってんだ、てめェは」


つかまた沢村と金丸と同じクラスかよ、と続けヒャハハと笑いながら俺が差し出した携帯を返してくるそれを受け取り、そうだよそれなんだよ、と心中で溜め息をつく。
写真はクラスの女子含めた6人で写っていて、そこに葵依が1年の時からお馴染みの顔触れが並ぶ。沢村と金丸。ついでに野球部は狩場も同じクラスらしい。


「ってことはコイツら3年間一緒か」
「だな」
「金丸げっそりしてんじゃねェの?」
「主に沢村にな」
「いや沢村と葵依の阿呆コンビにだろ」
「沢村にだって」
「……面倒な奴」
「知ってる」


心が狭いとかガキだとか、なんて言われようがこればっかりはどうしようもねェ。埋められるはずのねェ1年の学年違い。これからも付き纏う擦れ違いの日々。プロ1年目でまさかこんな壁にぶち当たるとは。
……お、この前菜うめェ。


「試合来ねェのかよ?ホームなら来れんだろ?」
「来たくねって」
「あー」
「あからさまに、悪い、みてェな顔すんな」
「ざまぁ」
「貶せとも言ってねェ」
「我が儘か」
「だから知ってるんだって」


淡々と会話をしながら飯を平らげていく。プロになれば身体を作ることもかなりの課題なわけで、キャッチーともあれば何十年もキャリアの差があるがたいのいい先輩選手と当たり負けねェようにしなきゃならねェし。食うのも仕事、とよくコーチが言う。


「そういや球団は知ってんのか?お前に彼女がいること」
「あぁ。後で色々言われんの面倒臭せェから最初にな」
「ふうん。なんか言われたか?」
「プレーに影響を出さねェ限りは何も言わねェってよ」
「ま、そんなもんか」
「実際寮暮らしでかなり管理されてる面はあるしな、自由なんてあってねェようなもんだ。今日も広報に行き先告げてきたし」
「青道じゃ知れた話しでも世間的にゃ知られてねェだろ。気をつけろよ」
「分かってる」


片やプロ野球の選手、片や現役高校生。
些か現実味に欠けるようなこの取り合わせも肩書を取り払っちまえば19歳と18歳の男女の恋愛なわけなのだがその肩書こそが1番の問題だったりするから厄介だ。

鳴と同じように鳴り物入りで球界に足を踏み入れた自覚のある俺が葵依に迂闊に近付けば面白おかしく記事にされるに決まってる。それだけは避けてェ。自分たちじゃねェ誰とも分からない奴に干渉されて関係がおかしくなっちまうのは1番嫌なことだった。そこをいくとやっぱ俺たちの今の関係は最良なのかもしれねェけど……。


「けどやっぱ物足りねェー…」
「ヒャハハッ!欲求不満かよ」


飲んでんのは未成年だから当然酒ではなく烏龍茶なんだが、どうしてこうも倉持相手に愚痴が出てくんのか。
食い終わった皿を前に押しやって、はぁ、と溜め息つきながら頬杖をつく。あ、マジだわ。溜め息ついてた。


「つーか欲求不満も何もまだ1回もシたことねェし」
「………は?いや、ちょっと待てよ。お前…」
「…なんだよ?…ん?あ、悪い。携帯」


ポケットに入れたまんまにしてたそれがメールか着信かは分からねェが何かを知らせるために震えて、訝しげにする倉持に断り画面を確認する。


「お……」
「呼び出しか?」
「いや、まぁ…えぇっとな。……出ていいか?」
「出ろよ」
「んじゃ遠慮なく。……もしもし?」


やべ…心臓跳ねて食ったもん出そうだ。
声裏返ってんじゃん!、と笑う倉持くそ覚えてろよ。


《一也先輩、こんばんは》
「おー。久し振りだな。どうした?」


澄ました態度と口調がつい出ちまうほど久し振りな気がする。
耳に当てる電話から聞こえるその声に口元が緩んじまう。倉持の目を気にすんのも今さらってもんで、出ろよ、と言ったからには文句を言わねェでもらおう。

テーブルの上に外して置いた腕時計を一瞥すれば時間は7時過ぎ。もう学校はとうに終わってる。
問い掛ける俺に電話口から少しの沈黙。顔が見えりゃどんな表情かも分かるけど。だからメールや電話はあんまり好かないと言っちまった俺に葵依が用件のみの連絡しかしてこなくなったのは失言としか言いようがない。
あぁ、会いてェよ。
本当のことを言えば、少しでも箍を外せば会いたいなどと言っちまいそうでどうしようもねェんだ。そのくせ会いに行くんじゃなく、かと言って会いに来いとも言えず。余裕を装ったところで電話1つで浮き足立つ始末。
思えば俺がプロの道を選び進むと決心を伝えた時、まだ今ひとつ現実味の掴めねェ俺の背中を押したのは葵依だった。あれがあったから気合い入ったんだよな……と、コイツに素直に伝えられる日が来るのかどうか。

挟んだ沈黙は僅かだってのに思案はとんでもなく広がった。溢れたみてェなそれに無意識に考えねェようにしてたんだと思い知らされた。
それはともかく目の前の倉持が何か言いたげな顔をしてるんだが。……なんだよ?と目だけで問い掛ける俺に、ハッと面白くなさそうにする倉持。だから、なんなんだって。


《残念なお知らせと良いお知らせがありまして》
「ん?」
《どっちから聞きたいですか?》
「あー…、じゃあ残念な方から」


珍しいな、コイツがこんな周りくどいこと言い出すのは。いつでも呆れるほど直球だもんな。


《では覚悟はいいですか!?》
「お、おう。つか、え…なに?別れ話とかだったら聞けねェからな」


俺の言葉に倉持が携帯を弄ってた顔を上げた。


《え、違います。ていうか私から別れ話することは一生ありませんね!私が一也先輩看取るって決めてますので!》
「そこは年長者に譲っとけよ。で?残念な話しって?」
《実は私今個展の関係で電車に乗ってたんですが》
「個展、って…聞いてねェけど」
《大成功ですね!》
「なにが?」
《それでですね》


いや聞けよ俺の話しを。
そうは呆れてもやっぱ葵依との会話は心地が良い。ふはっ、と笑う俺に、ふふふー、と電話口で笑い返す葵依。付き合いも希薄と言われても仕方がねェのにこれはずっと変わらねェ。


《迷子です!》
「はあ!?」
《残念でした!?残念でした!?》
「残念じゃねェよバカ!!」
《なら良いお知らせっていうのは…》
「いや待てって!お、前…それ俺に知らせてどうしてェんだよ」
《え……》


はぁ、と重々しく溜め息をつく俺の言い様はやっぱ冷てェんだろう。息を呑む葵依の気配を感じるものの口は勝手に動き、おい、と倉持が口を挟むも俺は一瞥だけを返す。


「どうしてもやれねェし…それを遠回しに責めてんのか?」
《違っ……》
「とりあえず今いる場所メール。俺が地図とか電車とか調べて送ってやっから」
《……はい》
「じゃ、1回切るぞ」
《ごめんなさいでした》
「ん」


あれ…?なんか違うんじゃねェか?
電話が切れたツーツーという音で今更冷静になり、何を思ったのか俺はゆっくり倉持に顔を向けた。

はぁ、と溜め息をつく倉持は空いた皿を下げに来た店員が出ていってから口を開く。
ブブッ、と葵依からのメールらしいバイブを俺の手の中に感じる。


「お前、なんも変わってねェな」
「………」
「なんでもかんでもお前の考えばっかで完結させようとしやがって。星野とどんな話しをしたか知らねェがお前があんな一方的に言ったら何も言えねェだろうが」
「…あー…やっぱ、そう?」
「俺が女だったらてめェみてェな男は絶対お断りだ」
「こらこら。言い過ぎ」


とは言うものの…さすがに自分でもあれはなかったと思う。

頭を掻いて携帯に届いたLINEのメッセージを確認するために眉根を寄せながら操作をする。
なかなか会えねェし、会いてェし。
声を聞くだけで身体のずっと奥が震えて温くなるみてェな昂揚を感じる。葵依が俺と過ごせねェ時間を学校で、沢村や金丸と過ごしてんのかと思うとその光景を夢に見るぐれェにそれが嫌だ。

素直に、会いたい、と伝えりゃ葵依がどんな顔をすんのかも今は見れねェから電話さえも控えてたっつーのにいとも簡単に乗り越えて来る葵依に想ってんのは自分ばかりのような気がして苛立ちぶつけるとか、くそ……だせ。


「って……は?」
「あ?」
「…倉持、東京に中洲川端って駅…ねェよな?」
「はあ!?お前それ、」
「っ…わり、倉持ここ任せるわ」
「あ!?てめ……!」


送られた駅名と周辺の写真。明らかに東京じゃねェしましてやそこは今日試合したドームに向かうために使う駅じゃねェか。

何か叫んでる倉持には悪いが店を飛び出してタクシーを捕まえ乗り込み行き先を告げながらLINEでそこを動くなとメッセージを返す。電話をしちまえばまた余計な事を口走っちまいそうだから、早く。早く会いてェ。


「葵依!!」
「か、一也先輩…あの!良い知らせなんですけど!」
「ハァハァ…ちょ、待って。……まず、こっち」
「え?なんですか?」
「来い来い」
「?…は……きゃっ!」
「……はぁー…、やっとこうできた」


写真を頼りに葵依を探し見つけるなり駆け寄り抱き締めるとか、ほらみろ。やっぱり肩書なんて不要で周りから見ればただの若い男女の恋愛だと思うといつか誰も俺らを知らねェ国にでも住みてェだなんて思った。


「ごめん。それと、」
「は、ははは、はい!」
「はっはっは…すげェ声裏返ってっし。……ありがとう。良い知らせ過ぎてびっくりだわ」
「!…やりました!大成功です!」
「ふはっ!ははっ、…あーうん。……会いたかった」
「私もです!」
「うん」
「いいえ!」
「は?」
「私の方が億万倍会いたかったです!!」
「あー!分かったからお前、ちょっと空気読もうなー?」
「いひゃひゃひゃ(いたたた)」


キスするタイミングも掴めずひくひくと引き攣る口元そのままに葵依の頬を引っ張っちまう俺にそれでも葵依は嬉しそうに顔を赤くして笑う。
あーぁ、やっぱ…すげェ会いたかったんだわ、俺。



まだ未完成な僕らの恋愛
「ふっふっふー!一也先輩!まだまだ良い知らせには続きがありますよ!」
「へ?てかお前、なんかすげェ荷物…」
「こっちに4泊なんです!!」
「!……マジ?」
「はい!ほら!マイ枕持ってきたのでばっちり安眠です!」
「荷物の8割それじゃねェか!!4泊ってお前………ホテル?」
「はい!ベッド跳ね放題ですね!」
「………」
「一也先輩?」
「や、駄目だな、うん。ねェわ」
「え?」
「俺まだ未成年だし。お前も高校生だしな、うん」
「?」


―了―
2015/08/19


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