これも1つの恋


人混みの中でゆるゆると足を進めながらまだ目に見えない賽銭箱を思いネックウォーマーに口元を埋め、はぁ、と息を吐く。
今日は朝から気温が上がらねェでこのままかなり冷えるのだと朝のニュースで言っていたっけな。先頭へと並ぶ周りは一様に寒そうに身を縮こませてるが俺はむしろ暑い。
早朝ランニングのついでに、と思い立ち初詣に来る俺は若干罰当たりのような気もする。帰省中で地元ではなかなかの参拝客を集める有名な神社。沿道には出店が連なり家族連れや振袖を着る姿が目立ち境内では甘酒や豚汁なんかが振る舞われてる。
朝食まだだしイカ焼きやらカステラやらそんな匂いを嗅いでれば腹も減ってくる。ぐるる、と鳴った腹を摩り早く進めと思いながら何を願おうかと考える。

甲子園出場……は、もう叶った。
センパツで甲子園に行く。
すげェな…甲子園を願い事にせずそれを通過点にしてより大きな願い事を出来るなんてよ……本当、すげェ。

秋大優勝の瞬間を思い出せば今でもぶるりと身体の奥から震えが込み上げる。
ついでに口元もにやけちまうからこりゃしばらくネックウォーマーから顔を上げられそうにもねェな。


さて、願い事…か。
運も実力の内、っつーから…ここで全国制覇ってのを願うのは人任せとかじゃねェよな。
お……頃合い良く順番だ。
よし……。二礼二拍手一礼を忘れねェように。


パンパンッ!!


賽銭を投げニ礼をしてから手を合わせニ拍手。目を瞑った俺の隣がすげェ気合いの入ったニ拍手をしてんな……。


「全国制覇、全国制覇、全国制覇!!どうぞ1つお願いします!!本当にみんな頑張ってるんです!死に物狂いなんです!どうか!どーかお願いします!!青道野球部に全国制覇させてください!!」
「………」
「どうかどうかー!!全国制覇したあかつきには私から何か大切なもの1つあげますから!」
「………」
「あ!!あとそれから……」
「言い過ぎだろバカッ!!」
「いたっ!!」


なんでコイツがこんなところにいるんだよ!?あまりにも大声で願い事を神前に向かって長々言うからつい叩いちまったじゃねェか!!

いたた…っ、と頭を抱えるそいつの手を引き列から外れておみくじを結ぶ木の前まで来て足を止め振り返る。
まだあったのに!、なんて知るか!!


「信二あけおめことよろ!」
「うるせェよバカ!!」
「あー、新年の挨拶はしっかりしなきゃいけないんだぞー?」
「お前に言われたかねェんだよ!!ちゃんと挨拶したのか!?神様によ!」
「したした!!」
「本当かよ……」


つか、と続けながら俺の前で目をキラキラさせながらニィーっと笑ったそいつを見る。まさか新年早々コイツに会うとは思わなかった。……やべ、神様に色々筒抜けだったらすげェ格好悪ィ。


「なんで此処に居んだよ、葵依」


クラスメイトで友達で厄介なバカで阿呆。
その星野葵依がまさか実家の近所に居るなんて思わねェよ。
しかも袴姿で、また落ち着いた深い紺色のマフラーなんかしてるからあんなでけェ声を出したりしなきゃ絶対にコイツだとは気付かなかった。

まさかの遭遇と、つい手を握りここまで来ちまったことの気まずさやどんな顔をしたらいいのかいまいち分からねェ戸惑いでパッと葵依の手を離した俺は目を逸らして頭を掻く。見慣れねェし…そういや2人で会うのは初めてだしな…。御幸先輩と付き合ってるコイツと執拗に関わんのも、いや…気にしすぎか?


「うん?」
「………」


なんか、馬鹿らしくなってきた。
コイツ呆れるぐれェいつも通りだしよ、俺だけ気にしてやってんのもな。

はぁ、と深く溜め息をついて参拝が終わりおみくじを引くらしい人の波から葵依の肩を寄せて避けさせる。
あーちくしょう。ありがとう、とかってんな顔して笑うんじゃねェ。これだから阿呆は嫌なんだ。俺がどんな気持ちで……、ったく。


「お前、此処らじゃねェよな?家」
「うん。あ、信二の家は近く?」
「あー…まあな」
「じゃあ秀明も?」
「や、東条はちげェけど……って、俺の質問に答えろよ」
「なんで、って初詣に」
「いやちげェって」
「今日この近くで個展があるから」
「!…あの知り合いの個展に出させてもらうっつーやつか?」
「うん。その向かいがてらいい匂いがしたから誘われちゃって」
「まぁ…それ分からねェでもねェけどな」


にしたって個展なんていう俺の生活感からはかなり掛け離れてるもんを控えてるってのに人の事願掛けにきたのかよコイツは。
らしいっつーか、なんつーか。


「信二は走ってたの?」
「まぁな」
「せっかくの休みなのに」
「1日2日は、解放されたー、ってなったけどな」
「ふうん…なんとなくそれ、分かるかも」
「……そうか」
「うん」


人混みの中を何をすることもなく突っ立って取り立ててこれといった事を話題にすることもなく。ただ賑やかな人混みに目を遣りお互い何かを思い耽る。
別に気まずくもなく嫌にもならねェ。むしろ明確な言葉にしなくても想いを共有出来るってのは心地好くて、口元が緩む。
俺の偏見かもしれねェが女子ってのは話しを聞いてもらいてェもんだと思っていて、そして皮肉にも"そういう"目に合ったことがあるから尚更、葵依の阿呆なようで空気を読むところに好感が持てるんじゃねェかと思う。

……少し化粧してるよな、葵依。
個展を自分が開いたわけではなくてもそこに参加してんのは事実なんだ。おかしくはねェか…。
背景も格好もいつもと違う。
つい目を奪われるようにして葵依を見つめていれば不意に俺へと視線を戻した葵依が不思議そうに首を傾げた。あー……と。


「袴、すげェな」
「うん?あぁ……これ?先方が用意してくださったの」
「先方?って…個展の?」


そう、と頷いた葵依は苦笑いしておみくじが括ってある木を眺めてまた口を開く。


「私は堅苦しくて好きじゃないんだけどね。仕方がない」
「………」


らしくねェ顔すんな、とすぐに口をついて出そうになったが少し疲れたように、ふぅ、と溜め息をついた葵依のそれにわざわざ蓋してやらねェでもいいだろう。
此処はクラスの奴もいねェし、野球部の連中もいねェ。普段阿呆っぽさ全開のコイツの愚痴だったらいくらでも聞いてやる。

ただ、まぁ……。


「…甘酒飲むか?」
「!」


俺がいくら聞いてやりてェと思ったところで葵依がそれを選ばねェんだから、皮肉なもんだ。新年早々苦々しい気持ちを流しちまいたくて甘酒の列に並ぶ俺に葵依はぽかんとしていたがすぐに嬉しそうに笑って俺の隣に並んだ。


「初甘酒!!」
「マジかよ。飲めんのか?」
「美味しい?」
「俺は好きだけどな。たぶん好き嫌いがある」
「ぜひとも挑戦する!」
「おーやれやれ」


葵依の袴は落ち着いた紫。マフラーもそれに合わせたのか。
マフラーか……。


「なぁ」
「なに?」
「そのマフラー、また母親が買ってきたのか?」
「え?」
「や、前によ」
「……ううん。これは一也先輩がくれたの」
「!」
「ふふふー」
「…おい、笑い方気色悪ィぞ」
「なにそれ酷い!!あ!おばちゃん!この人の甘酒少なく入れてください!」
「あ!てめ…!コイツのいらないんで」
「ちょっと信二!!」
「んだよ!?」


俺たちのガキくせェやり取りを、あはは!、と笑いながら見ていた甘酒を担当してるおばちゃんが紙コップになみなみと甘酒を注いで、お似合いだね!、と俺たちに渡す。
そんなんじゃねェッスよ、と俺。
一方まったく聞こえなかったらしく、ありがとうございます!、と嬉しそうに甘酒を受け取る葵依。
見事に関係性を表したようでおばちゃんにすまなそうにされたのが地味に堪える。


「美味しいー!おばちゃん天才ですね!来年も甘酒飲みに来ます!!」


コイツはコイツですげェ暢気だしな。
……ま、泣かれるよりはずっとマシだけどよ。

ズズッと甘酒を啜り甘さと独特の風味とそれから温かさが身体に広がるのを感じながらおばちゃんとなにやら会話を始める葵依を見据える。
首を温めてるマフラーがあの色じゃない、深緑色のそれがなくなっちまった理由をきっと御幸先輩は知らねェんだろう。そしてきっと、俺もこの先喋ることはねェんだと思う。
理由は優越感かちっぽけな独占欲かあるいは葵依のためかはてまた御幸先輩のためか。
きっとそれ全部ちょっとずつあるから厄介なんだよな……。


「そうなんです、はい!この人器用なんですけど器用すぎて少し損しちゃってて!」
「………」
「あらまぁ。それでも結局そういう人が安定した幸せを手に入れるものよ?」
「そうですかねー」
「てめェ、葵依!!なに喋ってやがんだ!!」
「なにって…信二のために人生相談を!」
「いらねェよ!!」


んなことお前に言われねェでもな、分かってんだよかなり前から。
チャンスなんて思えばいくらでもあったはずだ。


「あ!大変だ!時間が!!じゃあね信二、また学校で!」
「おう。……葵依!」
「!、びっくりした…。なに?」
「………」
「信二?」
「そのマフラー、前のより似合ってんぞ」
「!…ひひっ、ありがとう!」
「おー」


深緑色のマフラーはもう葵依には戻らねェ。そんなのあの時、葵依だって分かったはずだ。俺が何を言わねェでも……最悪の形で。


「……それ、アイツのマフラーですよね?」


問い掛けた声が意図したより低くなった。
どうしてアンタが持ってんだ、とまでは続けられなかった。深緑色のマフラーを手に今にもゴミ箱に捨てようとするその人が先輩だからだ。


「…野球部の?」
「はい」
「知ってる。よくあの子といるよね」


校舎の裏になんであるんだって不思議だった自販機の側で自嘲的に笑ったその人には覚えがあった。近頃部内でも有名になった"御幸先輩が寮の前でキスをしていた"という噂があってからよく御幸先輩と話してるのを見る先輩だ。ゾノ先輩の話しでは、御幸先輩と同じB組の。

くそ…学食の自販が飲みてェもんを切らしてて、たまたま気が向いて寒い中こんなとこまで足を運んじまったのが運の尽きか。
けど、まぁ…俺も声を掛けなきゃ良かったのかもしんねェけど小湊先輩が俺にアイツを"気にかけてやんなよ"とそう言った時から気にかかってはいた。

御幸先輩がこの人とキスしてるところにタイミング悪く居合わせちまうなんて、まるで漫画みてェだ。
『あの子のマフラーって、深緑色?』
そんな事実知るはずもない小湊先輩がそう俺に問い掛けたのは葵依から何を聞いたからかなんて分かんねェ。
けど、屋上で葵依が御幸先輩のために膝に掛けたあのマフラーをこの人が持っていて、こんな表情でまさに今捨てようとしている。御幸先輩がこの人を振ったと聞いたのは昨日の夜、食堂で飯食ってる時だったか。

状況証拠は十分に揃ってる。


「馬鹿みたいよね。御幸くんに、このマフラー君の?、って聞かれて頷かないではいられないほどちゃんと好きだったのよ」
「………」
「けど実際御幸くんは話しはしてくれるけど少しも自分から話そうとしないし少しも私に関心を寄せてくれない。笑っても、あんな笑い方じゃない」
「……あんな笑い方、ですか?」


独り言のように話し続ける彼女に割り込んでいいかと迷ったが聞けば満足そうに頷いて口を開いた。


「あの子と話してる時みたいに、楽しそうに笑わない」
「!」
「きっぱり振られちゃったしね。もう私にはこれは用無し」


な、んだよ……それ。
カッと頭に血が上り叫び出したくなる衝動をグッと拳を握り込んで押さえ込む。俺は野球部なんだ。その行動に、責任を持て。

ハッ、と整った顔を歪めて自嘲的に笑うその人の手からマフラーが離れてその柔らかさに逆らうような速さでゴミ箱に落ちていく。その瞬間がまるでテレビでも見るようなスローモーションに見えて息を呑む。


「止めとけよ」
「!」
「あ……っ」
「別に御幸に言わねェし他の誰かに言うほど興味もねェ。だからこれきりにしてくれねェか」
「倉持くん…」
「これ、いらねェなら俺が貰うからな」
「っ…勝手にすれば!?」


校舎の影からタッと走ってきてすげェ条件反射でマフラーを掴まえた倉持先輩が言い捨てて走り去る先輩を、チッ、と舌打ちして見遣る。
聞いてたのか?いつから?


「おかしいとは思ってたけどよ、まさか葵依のだったとはな」
「……はい」
「…まぁ思うこともあんだろうけどあんま責めねェでやれ。悪ィのは御幸だしな」
「………」


ん、と倉持先輩が俺にマフラーを渡し自販機でまるで最初からそれが目的だったみてェにジュースを買ってそれを手に背を向ける。身長は俺より低いってのに、その背中がすげェ広く見えた。


「物分かりいいふりなんかしてんじゃねェぞ」
「!」


じゃあな、と倉持背中がひらりと後ろ手を振るのを見ながらマフラーを握り締める。

倉持先輩は何にも構わねェ自由な体でいて、よく周りが見えてる。沢村のオーバーワークも一見横暴なようだが上手く止めてるし御幸先輩の怪我にいち早く気付いたのも倉持先輩らしい。俺なんかのこともお見通しでもおかしくねェか……沢村にもばれてたぐれェだし。

けど物分かりいいふりをしてるわけじゃねェんですよ、倉持先輩。俺はたぶんあの先輩が言った同じようなことを感じてたんだ。だからこそ口にもできねェし俺の想いを打ち明けることがアイツのためにならねェとも、我慢してるわけじゃない。本気で思うんです。笑う顔も泣く顔も、俺に向くもんとは御幸先輩に向かうそれとまったく違うんスから。

手にしたマフラーは真ん中辺りが切られていて、あの先輩の行動は決して許せねェのだとしても想いの強さのやり場のなさを見せられたようで俺はそれを手に紙一重な自分の今の状況を鑑みて静かに息を呑んだのだ。


「ちょっとおにいさん、大丈夫?」
「!あ…はい。すんません」


やべ…かなり思いに耽ってたか。

甘酒配りのおばちゃんに呼び掛けられてハッと我に返る。気遣わしげにする目線から逃げるように飲んだ甘酒はかなり冷めていて苦笑いを零す。

さて、これ飲んだらまた走って返るか。そんで素振りしたら英語を勉強だ。今年こそ負けるか。


境内を後にして鳥居を潜っちまってから俺自身はまだ詣でてねェじゃねェかと気付いたが必死に野球部の全国制覇を願った葵依のそれだけで十分神様に届いただろうと振り返り一礼をして俺はまた走り出したのだった。



これも1つの恋
「全国制覇!全国制覇!どうかお願いします!!」
「………」
「あの子凄いわねー、3日連続来てるわよ?」
「え、全国制覇ってなんの?」
「野球部ですって!青道の!」
「へぇー!あの青道の!」
「去年は稲城実業を応援したけど、今年は青道を応援しようかしら?あの子必死で応援したくなるし」
「分かるわー。じゃあ私も!」
「あ!信二ー!」
「こっち来んなバカ!!」
「えー、なんでよ」
「あ、あの子が器用貧乏の金丸くんじゃない?」
「本当ね。外見もあの子の言ってた通りだし。きっと金丸くんね」
「てめェ…っ、葵依!!ふざけんな!!」
「痛い!!」


―了―
2015/08/18


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