失われた日々


何か聞こえるような気がするといえば聞こえるような気もしなくもない。
つまり、聞こえない、といえば聞こえないわけでこういうのはどれだけ、気付いていない、と振る舞えるかが重要になってくるわけだ。
"アイツ"に付き纏われるようになりもうどれぐらいだ?秋大も終わり今からは冬へとメニューを調整してかなきゃならねェっつーこの時期。俺の頭の中は練習メニューのことばかりだ。


「…んぱーい!みーゆーきー先輩ー!!」


俺はこの窓際の席が好きだし昼休みは静かにスコアブックを見ながら試合の見直しをするのが常で、それは対外試合が出来ねェこの時期であろうと関係ねェ。


「御幸せんぱぁぁーい!!顔出してくださいよー!!」


しっかし…キャプテンだっつーのに練習に参加出来ねェ以上にストレスなのはやっぱ野球が出来ねェことだよな……。
チームの方は倉持が代理として上手く纏めてくれてっし心配はいらねェとしても、あー…やっぱ野球やりてェ。てかここの沢村のフォアボールマジでいらねェー…。


「オイ、キャプテン!」
「!…俺、だよな?」
「寝ぼけてんなよ。お前以外いねェだろうが」


手に紙パックのジュースを持ち口角を上げてこっちに向かってきたのは倉持で、あえて今この状態の俺を"キャプテン"と呼ぶコイツには俺が余程参っちまってるように見えてんのかもしれねェ。元々よく周りを見てる奴だし正直な話をすれば俺よりずっとキャプテン気質だろう。
あーはいはい。発破かけられてんのな、俺。
そんな倉持は、つーか、と窓に寄り掛かりクイッと顎を外へしゃくる。


「呼んでっぞ?」
「聞こえねェ聞こえねェ」
「あー次体育なのか。あの馬鹿…ヒャハハッ!あれ怒られるんじゃね?」
「見ねェ見ねェ」
「沢村に肩車されてる」
「!あ、んの馬鹿……!」


はあぁっ、と盛大な溜め息をつくと同時にガタンと立ち上がった俺は窓の前に立ち窓をがらりと開ける。開けないでよ寒いー、と女子から声が上がった。


「あー!!栄純、栄純!!御幸先輩だー!!顔出してくれた!」
「おー!良かったじゃねェか!!」


マジかよ…。本当にアイツを肩車してんじゃねェかあのバカ!!投手にとっての肩をなんだと思ってんだ!

おーい!!、と校庭から俺たちを見上げ暢気に手を振るバカ2人に頭を抱えたくなる。倉持は、なんとかしろよキャプテン、と都合よく俺に丸投げして最近ハマってるのだという携帯ゲームに興じてやがる。わらわらとクラスの連中も窓際に集まり、あぁ…、といつものノリで笑う。くそ、もうその携帯ゲーム、フレンドとして協力してやんねェからな。元々全然やってねェけど。


「おーい!そこのバカ」
「だって!栄純!」
「は?違げェよ、お前だろ星野」
「え!?本当!?やったー!御幸先輩に呼んでもらっちゃった!」
「やったな!!」
「うん!!」
「やったな、じゃねェよ!バカ2人!!」
「2人?」
「っつーと……」


はぁ、と溜め息をついて呆れている俺の目線の先でバカ2人が顔を見合わせてそれぞれを指差す。
1人は沢村。
言うまでもねェ、野球部の左の変則投手沢村。そしてもう1人は……。


「御幸先輩ー!先輩の苗字くださーい!」
「その前に沢村の肩から下りろバカ」
「え!?下りたらくれるんですか!?栄純下ろして下ろして!」
「どわっ!!ちょ、待てって!!」
「御幸せんっぱぁぁーい!下りましたよ!!」
「いいか?星野。御幸という苗字は全国におよそ100人いると言われてんだ。どっかにくれる奴がいると思うぞ」
「えー!!御幸先輩はいいんですか!?どこの馬の骨とも知れない御幸に私が取られても!!」
「はっはっはー!ぜひ。つーかその前に全国の御幸に謝れ」
「鬼か、お前」


ドン引きの倉持の言葉に、ありがとう、と返し席へ着く。褒めてねェんだよ!!、とかってすぐ声張り上げっから怖がられて友達いねェんだぞー?倉持。


「アイツらいつも元気な。若けェっていいねェ」
「ジジ臭せェぞ御幸」
「そうは言っても考えてみろよ倉持」
「あ?」
「1年前俺らあんなんだったか?」


眉を寄せて思案げにする倉持ににやりと笑う。


「な?アイツらと1年前の自分比べっとすげェ老けたように感じちまうだろ?」
「ヒャハハッ!それってアイツらがすっげェガキくせェってことじゃねェか!」
「そういうこと」


寒ィ、と倉持が閉めた窓の向こうからはまだ沢村とアイツが騒いでるらしい。怒鳴り声みてェなもんも聞こえるのはアイツらと同じクラスの金丸だろう。今日もご苦労だな、アイツ。苦労性とはまさにアイツみてェな奴のことをいうんだろう。

きっかけなんて俺が分かるはずもねェ。つかそこまで興味がねェのが倉持いわく、一遍刺されろ、と辛辣な発言を投げてくる原因らしいが。

星野葵依というあの後輩。
今も校庭で騒いでやがるうるせェあのバカ…っつーかアホ。いやその両方。
あの女子が俺に付き纏うようになったのは確か…そうだ、夏大が終わった頃で。ある日突然だった。
監督に主将という大役を言い渡され、まだ新チームも纏まりを欠いているその日々に俺の前に現れた星野はいきなり自己紹介してきていきなり俺の手を取りいきなり目を輝かせながら言ったのだ。


「どうだ?そろそろ旦那さんになる心構えは出来たかよ?」


"私の旦那様になってください!!"
あーこれあれだ。アホだ、と放心する俺は次の瞬間には、大好きです!、と連呼する星野を、バカだ、とも認識した。


「もうオフシーズンになるんだしよ、構ってやりゃいいじゃねェか。休日オフも他の時期より多くなる」
「ああいう手合いは1度甘い顔すると留まることを知らねェんだよ。バカだからな」
「ヒャハハッ!ひでェ奴」


愉快そうに笑う倉持だが受ける俺の身としては冗談じゃねェ。神出鬼没という言葉の使い道をアイツで初めて知った。
どっからともなく現れる。
俺はアイツの姿を見つけられねェがアイツには俺が見つけられる。だから事態をいつも先回りして避けることが出来ねェ。
俺を呼ぶ声も最近は聞こえねェふりが出来る。
とにかくどこまで本気でどっからがふざけてんのか理解出来ねェ。理解しようとする気は最初からなかったんだが。
沢村と星野。
揃うと小型犬にキャンキャン鳴かれてるみてェで鬱陶しいったらねェ。俺の静かな日々は一体いつ戻ってくるんだか。


「なーんでアイツはお前がいいんだかな」
「……イケメンだから?」
「死ね」


俺の冗談を気持ちいいほどすっぱり切り捨てる倉持に、はっはっはー!、と笑い漸くスコアブックに目を落とし思案を再開する。
実際問題イケメンであるからどうであるとか野球が出来るからこうであるとか。
恋愛云々にはんなもん何1つ関係ねェ。と、いうことでとどのつまりやはりアイツの言葉一語一句すべて俺は冗談としか思えねェということだ。
第一、好きだ嫌いだをそんな簡単に口にして出せるか。


「………」
「御幸先輩!あーん!あーんしてください!」
「やだよ。つーか、」
「私に!!」
「お前にかよ」
「ところで今何か言いかけました?」
「あー…だから、」
「あ!御幸先輩!あーん!あーんしてください!」
「やだっつってんだろ。話の腰を、」
「御幸先輩が!!」
「俺がかよ」


噛み合わねェー…!やっぱコイツ相手にまともな会話をしようとした俺が馬鹿だった。

昼休み学食で飯を食っていれば俺の隣に滑り込むようにして座ってきた星野を溜め息混じりに片眉吊り上げ不満を示し見据えてるってのに意に介した様子はまったくナシ。
あーん!、とかってスプーンに乗せてくるチャーハンには罪はねェがどうもそれまで鬱陶しく見える。


「なぁ、星野」
「はい!」
「俺静かに飯食いてーの」
「じゃあBGMに聖者の行進を鼻歌でお届けします!」
「じゃあ、ってなに?」
「ソシドレー!ソシドレー!!」
「まさかの音階かよ!しかもそれ鼻歌じゃねェし」
「小学校の時リコーダーでやりました!」
「あー、やったなそれ」
「御幸先輩出来なさそうですね!」
「サラッと失礼な奴だな」


もういい。相手にしてっとこっちまで馬鹿になっちまう。コイツはこういう奴なんだと俺が賢くなって割り切ってやろうじゃねェか。

飯の前で溜め息は行儀が悪ィからグッと押し留め黙々と飯を食う。周りの、あの2人付き合ってるのかなー?、という声も聞こえねェし星野がついに校歌を歌いだしたのも関係ねェ体だ。
俺はこのアホな子とは関係ありません。


「はあ…もう、御幸先輩って食べてる時もカッコイイですね!」
「ソーデスカ」
「はい!目鼻立ちも整ってるしもみあげも男らしさ醸し出してますし」
「ヒャハハッ!!なんだよ、葵依。お前飯の時まで御幸の野郎に付き纏ってんのか?」
「もっち先輩!」
「もっち言うな」


お、いいところに倉持。こういう時助かるよなぁ。100%からかいのために来たのだと言っても。


「御幸先輩の顔見て食べるとチャーハンが何倍も美味しく感じます」
「へー」
「このメガネのどこがそんなにいいんだよ?」
「あ、倉持先輩はラーメンですか。美味しそう……」
「やんねェからな」
「私もいりません。他の男との必要以上の絡みは私の生活にいらないので」
「あ?沢村は?」
「栄純は必要なんです。肩車が」
「ヒャハッ、アイツは男としてカウントされてねェってことがよく分かったぜ。ま、アイツもお前なんか女としてカウントしちゃいねェだろうがな」


それ俺も、と言っちまえば面倒になることは分かってっから黙って飯を食う。倉持が星野の相手をしてくれてる間に食っちまおう。そしてそのまま黙って消えられたら最上だ。


「失礼な!私はただ御幸先輩だけに真っ直ぐでいたいんです!潔癖でいたいんです!捧げるこの身は御幸先輩だけのものです!」
「ブッ…!ゲホッ…!てめっ、変なこと言ってんじゃねェ!!」
「変なことじゃないですもん。本気ですもん」
「つーかガキくせェ身体なんか興味ねェよ」
「脱いだら凄いんですー!脱ぐ前だってちゃんと気遣ってますし!」
「「は?」」


脱ぐ前?、と反応しちまうのは致し方ない。なんてったって俺たちは至極真っ当な高校男子なもんで。
思わず言葉を追い掛けちまう俺と倉持の目線の先で満足そうに笑う星野が椅子を立ち、ふふふー!、と制服のスカートを手で掴む。
オイ、まさか。


「ご覧あれー!!」
「「!」」


バッとスカートを勢いよく持ち上げた星野に頭が真っ白になる。
そうしながらも目を逸らせなかった俺と倉持はやっぱ真っ当な高校男子なわけだが、平然とこんな事が出来るこの後輩は真っ当な女子高生じゃないはずだ。


「……ジャージ?」
「はい!!どんな時でも御幸先輩のためにパンチラしないようにしてるんです!」


ふふん!!、と腰に手を当てる星野。ひらりとまた膝上に戻るスカート丈。
はあぁぁ……、と盛大な溜め息をついた倉持は顔を伏せて上げないまま、星野、とちょいちょい手招きをした。


「なんですか?倉持先ぱ……」
「紛らわしいことしてんじゃねェ!!」
「いったぁぁっ!!」


あー…戻ってこい静かな日々。



失われた日々
(御幸先輩!!見ーつけた!)
(げ……)
(今日もサラサラ素敵な髪の毛ですね!ちょっと触ってもいいですか?あ、でもやっぱり今触っちゃったら後でのお楽しみがなくなっちゃいますもんね。ああ!でもどうしよう……!)
(星野)
(はい!)
(男子トイレ入口なんだけど)
(一緒に入…)
(らねェよ!!)


続く→
2015/06/21


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