ある意味これも少女漫画的展開


頼むよォォ!!、と泣きつかれて苛々しながら仕方がなく。本当に不本意だったが仕方がなく長野へと帰省する沢村に電車の特急券や乗車券を買うのに付き合ってやったそれを紛失したと朝から大騒ぎだった28日。寮の食堂も朝食までで普段からお世話になってる調理師さん達も年末の休みだ。そうだ、飯は昼食えねェってのに沢村の乗車券探しに付き合わされそんで見つかった場所が枕カバーの中とかどういうことだ。怒る俺や一緒に新宿まで行くからと付き合っていた小湊が呆れる中で、なくさねェようにと思って!、と言いやがった馬鹿には寮に戻って来る日にマックで野球部が食う量を奢らせやる。ざまぁみやがれ。

つーわけでこれから気が抜けるはずなのにどっと疲れちまった。


「ふぅ…」
「あはは。お疲れだな、信二」
「くそ、人事みてェに。そういやお前どこ行ってたんだよ?」
「え、あー……まぁちょっとな」


へへっ、と照れたようでも気まずそうでもあるその態度に漸く帰省のために纏めた鞄を肩に掛けながらピンとくる。
こういうのは中学の時から記憶がある。


「呼び出しか」
「へ!?……ははは、バレた?」
「何回見てきたと思ってんだよ。しかし……冬休みに入ってんだろ?わざわざ来たってことか?」


先輩から部屋の鍵を託され閉める俺の横で、んー…、と東条。引き抜いた鍵はもう何年も引き継いできたせいで少し動きが鈍い。そういう時は潤滑スプレーを吹き掛けるといいとか、よく母親が年の瀬に1年に1度の鍵メンテナンスだと言ってたよな。俺は確実にあの母親の几帳面さを受け継いだんだろうな。時々恨めしくなるぜ。


「テニス部の子だよ」
「あぁ、なるほどな…。同じクラスとか、か?」
「松崎、って知ってる?」
「松崎って……は!?マジかよ!!1年の中じゃかなり可愛いって言われてる?」
「そう」
「なんか…やっぱモテんだな、お前」
「そんな事ないさ」


ははっ、と笑う東条が先に階段を下りるそれを数段上から見下ろしながら、いやあるだろ、と否定すんのを胸の底へと飲み込んで落とした。そりゃ俺から見れば、羨ましい、の一言で済むかもしれねェ。野球ばっかの生活。いや不満はねェけど。野球漬けの毎日を送るためにこの青道に、少しの不安と大きな野望を胸に踏み込んだんだ。
けど告白してきた相手が松崎…という先輩たちからも時々名前の出るぐらいの可愛い女子ともなれば羨望を抱くのはまぁ真っ当な男子高校生としたら当たり前だと割り切れるほどの想いはある。

けど東条の様子を見る限り告白を受け入れた感じでもねェし言葉少なめなコイツの心情は、羨ましい、と言われて喜ぶようにも見えない。長い付き合いをしてれば東条が断ったから、はいおしまい、と割り切れるような奴じゃないことも分かる。表向き引きずらないだけでちゃんと考えてるってことは、先日の遠回しな打ちたいではなく"投げたい"という言葉にも現れていた。

難しいもんだよな。片思いでも、両思いでも。……と、この回想は自分が痛てェだからやめとくか。


「前にさ」
「!…ん?」
「前に槙原先輩たちが、3年間彼女出来なかった!、って風呂で叫んでたんだ」
「あー…それ俺も聞いたことあるわ」


前に沢村も聞いたってよ、と続け降りきった階段。歩きだす寮の外はもう静まり返ってやがる。くそ沢村。人に探させておいて自分は、時間が!、とかって早々と帰りやがって……!もう人気なんて俺らしかねェじゃねェか!!


「それぐらい野球やらなきゃな、って思ったんだよな。夏の1軍メンバーが最終的に決まったその次の日、3年の先輩が全員揃って練習にいるのを見た時に」
「まぁ…極端な例もあるかもしんねェけどな」
「気持ちの問題ってこと」
「………」


つまり、松崎が嫌いなわけじゃない、ってことか。

口に出そうか出さまいか、悩んでる間に寮を出て学校の前を通り東条が足を止めて校舎を正面から臨んだ。


「だからさ、葵依は凄いって俺はいつも思うよ」
「……だな。癪だけどな!物凄く」
「ははっ。それに関しては同感だ」


校舎にはセンバツ出場を誇り謳うかのように、力強い字で書かれた垂れ幕が下がっている。俺も東条もあれが葵依によって書かれたものだと知っている。このタイミングで葵依の事が話題に上がってもなんら不思議じゃない。
誰よりも勝利に貪欲な御幸先輩の心の中に自分の居場所を作ることは決して容易くなかっただろう。俺たちは何度もそんな姿を見てきたから、それに関しては御幸先輩以上に知っている。…なんてな、ちっぽけな優越感か。


「行こうぜ」
「ん?あぁ…そうだな」


校門から少し過ぎたその場で御幸先輩に葵依が飛び付いたのを見たのはそれほど前じゃない。
周りは固まり、俺も固まった。
中間考査で葵依にまた英語を負けた。俺の手にはリベンジを果たすために英単語帳が握られていて、驚愕のあまりそれが落ちてまだ終わらない夏の風に捲れた。

あの時聞いた音がまだ耳から離れてねェ気がする。


「好きなんです!私の旦那様になってください!それが駄目なら付き合ってください!!」
「…はあ?いや、悪ィけどアンタのこと知らねェしとりあえず手を離してほしい、っつーか」
「え!?私の愛が御幸先輩の心にもう届きましたか!?」
「違げェよ!!」
「おいお前、誰か知らねェけどよ。場所を選べよな。こんなんでもうちの主将だし」
「こらこら。こんなんは余計」
「っ…ごっごめんなさい!次は気をつけます!!」
「え?次があんの?」
「ヒャハハッ!頑張れよー?御幸」
「ありがとうございます!えぇっと…?」
「倉持な。つーかお前のことは応援してねェ」
「もっち先輩!!」
「もっち言うな!!」
「あ!私1年C組星野葵依です!!」
「聞いてねェよ!!」


俺の中では星野という女子は誰とでも気さくに話すわりに執着せずサッパリとした女子という感じで、何かに執着するという姿勢は英語にしか見られなかった。
だから俺は英語の成績で競う内に星野と1番近い場所にいるような、まるで俺が星野に執着されてるかのような錯覚を起こしちまっていた。
あからさまに星野が見せる御幸先輩への執着。まったく俺には見せねェ顔。それは決まって猛アピールした御幸先輩と分かれた時に見られた。


「うー…、どうしようか。顔の熱が下がりそうもないから早退します!」
「ふざけんな!!授業出ろ!!」


真っ赤になって顔も上げられねェ。


「ひっ…ふ…っ、も…授業出ていいから行きなよ」
「……ざけんな。聞こえねェよ。んな声で言われても。こんなんで英語の成績下がったとか言われても納得出来ねェからな」


泣きすぎて嗚咽から言葉にもならねェ姿。


「どうする!?信二、どうする!?やっぱりパンチラって男のロマン!?下にジャージ履いてるって引く!?」
「知らねェよ!!つーかスカート捲ろうとすんな!!」


あまりにも必死すぎて何が常識かも見失っちまってる姿。


「信二聞いてよ。御幸先輩に彼女のフリ任務授かっちゃったよ。やったね」
「…馬鹿か。言葉と表情が噛み合ってねェんだよ」


辛そうで、もうやめちまえ、と何度も言いたくなっちまう表情をすんのに一度御幸先輩の前に出れば本当に嬉しそうな顔をする。だから俺はいつも飲み込むばかりで、秋大が終わった頃には嫉妬ややりきれなさで俺の腹はいっぱいだった。
やめりゃいいのにやめられねェ。こればっかりは人の気持ち次第だから御幸先輩を責めるわけにもいかねェ。


「俺は、何事も一生懸命な奴がいいです」


だから御幸先輩に好きなタイプを聞いてほしいと英語の小テストの結果で賭けた結果負けた俺が意を決して投げかけたその質問を御幸先輩がにやりと笑い返してきた時に建て前や万人受けするような答えはせずに本音で答えた。

方向性は間違ってっかもしれねェけど。いやどう考えても間違えてんだけど。けど星野はいつも一生懸命で、俺の言葉は語弊でも欲目でもなんでもない。
御幸先輩が、ふうん、と何も気付かない様子で相槌を打ったそれに覚えた苛立ちはまた胸の底に沈めた。
俺が海を走る船舶だったら、とっくに積載オーバーで沈没だな……。
据え兼ねたもんはある。訴えたいとも思わないわけじゃない。

けど結局は本人の問題で、御幸先輩の前で泣かない星野がそれを望んでるとも思えなかったのが1番もどかしかったのかもしれねェ。


「おいそれ」
「え?」
「……なんかお前らしくねェ色だな」
「へ?…ああ、このマフラー?」
「おう」


教室もいい加減冷えてくるようになった最近、目に入ってきた光景が違和感を訴えて口に出さずにはいられなかった。まるでパズルのピースを無理矢理当て嵌めたかのような違和感。

星野は、やっぱり?、と苦笑いしながら首に巻いていたそれに手を当てた。
深緑の落ち着いた雰囲気漂うマフラーだ。


なんだなんだ?、と隣で漫画を読んでた沢村が顔を上げて話に参加する。空気読めやバカ村。


「お母さんがさ、あんたは落ち着きないんだから身につけるものを落ち着きある色にしてそれを見るたびに思い出しなさい、ってー」
「「あーなるほどな」」
「ちょっとなんで2人して納得!?」


ぶす、と剥れた星野に、くはっ、と笑いを零す。なんでってそりゃ、お前の母親にナイスアイデアと讃えたいぐれェには納得出来てるからだわ。


「もう、いいけど。自覚がないわけじゃないし。……今は頑張り時だしね」
「………」


星野がそうして静かに言って目を伏せた理由を俺も沢村も知っているだけにただ黙って目を見交わした。
星野は書道部で、それもかなりの腕前で、担任からも仕切りに、期待してるぞ!、なんて声を掛けられてるところを見る。そのたびに、ありがとうございます、と頷くもののその顔に疲れが見えて気には掛けてた。あの沢村でさえ。周囲の期待をプレッシャーにするか力にするか、その瀬戸際で少なからず精神的に削られるのは野球強豪校として俺たちも経験がある。


「ま!楽しくいけよ!!楽しく!!」
「お前な…無責任な慰め方やめろよ…」
「うーん…。どうしたら楽しくなるかな?はい、栄純くん!」
「は?俺!?あー…そうだな。あれだな!歌を歌う!!」


いかにも馬鹿の発想だ。


「歌?」
「そう!しかも英語とか小難しいもんじゃねェぞ!?フッと頭に浮かぶ、心の故郷みてェな歌な!!」
「心の故郷…あ、合唱曲とか?」
「それだァァー!!合唱曲といえば、」
「「未知という名の船に乗り!!」」
「やべ…俺も今同じ歌頭に浮かべちまった…」


にひひっ、と顔を見合わせて嬉しそうに笑う沢村と星野に力が抜けて緩む口元を隠さず頭を掻く。その内そんなコイツらに引き寄せられて小学校の時は何を歌っただとかクラス中に話題が広がり、なんだかんだとコイツらはクラスのムードメーカーなんだと実感をした。ま、来年も同じクラスってのは勘弁被りたいけどな。

そんなことがあった昼休み、学食から戻ってきた俺の背中に、どいてー!、と当たってきたくせに謝りもせず星野が深緑色のマフラーを手にまた教室を飛び出して行った。あの、やろ……!


「いって…!なんだアイツ!!謝りもしねェで!!」
「……うん。よし!金丸行け!!」
「はあ!?ちょ、なんだってんだ沢村!!」
「いやぁー俺も気になるけどさ」


どうせ御幸のことだろ、と俺の背中を押し教室の外に追いやりながら小さく口の横に手を当てて音の拡散を防ぎ言う沢村にグッと言葉を飲み込む。
確かに…アイツの向こう見ずな一面はいつも御幸先輩に発揮されるよな……。


「で…?なんで俺なんだよ?お前が行けばいいだろ?気になるんなら」
「なんでって、金丸アイツのこと好きなんだろ?」
「は?……はあ!?っっ…!?」
「なんだよ?」
「っ……」


違うなんて言わねェよな。
そう言いたげな曇りなき眼が今まで自分の気持ちをなんとか塞ぎごまかし続けた俺を無情にも追い詰めた。
なんだよお前なんかに気付かれてたなんて最悪だ。誰にも話さねェで、話すならアイツに1番最初に、なんて思って。バットを振り走りまたバットを振り振り切って。

くそ……っ、言葉になんねェとはまさにこの事だ。


カァッと顔が熱くなりどうにも出来ず口元を手で覆い顔を伏せる。


「どうしたー?授業始まるぞお前ら」
「!っ……」
「先生!金丸はちょっと気分が悪ィみてェです!」
「なに?それは酷くなる前に保健室に行って来い」
「ちょっと先生!この前俺が保健室に行きてェって頼んだ時とは全然態度が違げェんだけど!?」
「そりゃ普段の生活態度のせいだろうな」
「なにー!?」
「ほら金丸、行って来い」
「や……」
「カネマール!無理すんなよ!ノートは俺に任せろ!!」
「たははははっ!」
「なに笑ってんだオッサン!!」


……くそ。くそったれ。

授業開始のチャイムが鳴り廊下からは生徒の姿が次第になくなる。教室の中から授業が始まる号令が漏れ出て聞こえるのを背にして俺はとりあえず足を進めた。
沢村の奴…教室入る前に後ろ手でブイサインなんか作りやがって。ふざけんな。どうせなら応援ぐれェしてみろよ。いつも考え無しに発言するお前に気遣われて惨めでしょうがねェだろうが。

まぁそれはそれとして、どうせだから保健室で寝かせてもらうか……。星野がどこに行ったかなんて分かんねェしよ。


はぁ、と溜め息をつき差し掛かった階段を下りようとした時、ぶわっ、と階上から風が吹き下ろしてくるのを感じでハッと上を見上げた。
この上にあんのは屋上で、風が吹いてきてんのだとすれば……。

冷たい風に眉を顰め階段を上へと進む。
やっぱりか、と心中で絶望と期待の答え合せをして呟くまで階段は何段あったか、なんて暢気なことを考えてんのが滑稽だ。


「……おい。サボりかよ」
「!……信二」
「………」
「シィー…。もう少しだけ」
「………」
「………」


屋上のドアは開いていて、そのすぐ横には星野がしゃがみ何かを細めた目で見つめ、愛おしそうに微笑んでいた。微笑んでんのに、切なげに見えんのは俺の胸を締め付ける。

彼女のフリだからと名前を呼ばされて、けど自分は呼ばれねェ。与えるばかりでまったく返されねェってのは……俺もどんな心情かは分からねェわけじゃない。


何も言わずにドアを背にして座った。
横には星野。その星野の前には壁に寄り掛かり寝ちまってる御幸先輩。その膝には星野が掛けてたんだろう、深緑色のマフラー。

お前いいのかよ。
このままで。きっとその人にはこのままお前の想いは届かねェし、そんなに本気なのにたぶん冗談にしか思われてねェんだぞ?押したら引く、ぐれェの駆け引きやってみたらいいじゃねェか。
本当、馬鹿な奴だ。


「……葵依」
「!」
「名前。テストに負けたら呼ぶっつってたろ?」
「……うん」
「仕方がねェから、呼んでやる」
「うん」


ありがとう。
そう言って葵依が立ち上がり俺を見下ろしにこりと笑う。
……ちくしょう。やっぱ、好きだ。



ある意味これも少女漫画的展開
「カネマール!!見ろ!!ノート取っておいたぞ!」
「えー、栄純私のは?」
「お前は知らん!!」
「ひどっ!期末勉強一緒にやろうと思ったのにー!!もういいよーだ!!」
「…おい沢村」
「なんだ?」
「なんだこの落書きは」
「あぁそれ傑作だろ!?さっき俺を笑いやがったから書いてやったぜ!」
「下手ー!私の方が上手いしー!ほら貸して!!」
「あ!バカ!!俺がカネマールのために描いてやったんぞ!?」
「いいからー!」
「駄目だー!」
「ちょ、あ!!」
「破けたー!!カネマールのノートが破けたー!!」
「てめェら……っざけんな!!」
「「いたっ!!」」


続く→
2015/08/10


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