決着!攻防戦!


ははっ、なんだこりゃ。


「どうかしましたか?」
「んー?ほれ、見てみ」
「え…あぁー!!」
「はっはっは!!すげェ声でけェ!」
「欲しいですください家宝にします!!」
「だーめ。家宝にすんならやらねェ」
「なぜですか!?」
「お前だけの宝物にするってんならやるよ?」
「!」
「どうする?」


人が変われば物の価値観も変わる。それは当然のことだ、何もおかしいことだとは思わねェ。

俺が見せた、話の発端。
それのある俺が渡した携帯を握り締めて、ぽかん、とする葵依は丁度外灯の下に足を止めていて閑静な住宅街であるここいらの静かさと暗さのせいもあってかスポットライトを浴びたように見える。
星野葵依という1つ下のこの女の子が俺の彼女になったのは数十分前。紆余曲折あってすっかり捕まっちまった俺に初めて出来た彼女だ。

手は繋がらず、それらしい会話もなく。送っていく、と部員にからかわれながら、一方からは殺意紛いの目線を向けられ寮を追い出されるようにして2人で歩いてる。時間はそろそろ8時になろうっつー頃。礼ちゃんが車で送ろうかと食堂にクリスマスパーティーの様子を見に来てくれた時言ってくれたが葵依を送んのは譲ってもらいマネージャー達を頼んだ。
御幸くんなら大丈夫だと思うけど、とお墨付きをくれたわりには葵依には、気をつけなさい、とキリリとした顔で注意してんのが不満でならなかったけど。
…寒ィ。


陽の当たらねェような、道の隅っこには雪がまだ残ってる。吐き出す息は白い靄を作り1つも真っさらな状態のねェ雪を見て、子供が踏んだんですよきっと!、とやけに自信満々に悔しそうに言う葵依。
人1人分空けたような距離感が歯痒かったりどこか安心したりで落ち着かねェけど嫌じゃねェ。不思議な感覚だ、ってことを俺は葵依を隣にして何度思ったか。

そう思うと随分前から葵依を気にしていたことは明白で、なんで気付かなかったかな、と苦笑いも零したくもなる。


「それ、哲さんから」
「哲さんって…」
「俺の前の主将」
「あ!あの携帯をずっと構えてた…」
「そうそう、その人。カッコイイんだぜ?元4番で、プレイで引っ張りまくりで」


将棋はクソ弱ェけど、と、ししっ、と笑う俺に葵依が目を細めて嬉しそうに笑う。ん?、と問い掛けながら心中は穏やかじゃあねェ。いや穏やかなのか?くそ、自覚してからというもののコイツのことが可愛く見えてしょうがねェとか。


「初めて聞きました!」
「哲さんのこと?まぁ、そりゃあ…」
「あ、いえいえ。そうじゃなくて。一也先輩が自分の周りのことを話してくれるのを聞くのは初めてなので!」
「!…そう、だっけ?」
「はい!だから嬉しいです」
「……もっと聞く?」
「いいんですか!?」
「じゃ1個、条件」
「チューですか!?」
「ブッ…!!お、おま…、は!?」
「少女漫画的な展開ではキスとか手を繋ぐとか名前で呼ばせるとか、そういうのが定番なんですけど…あはは!さすがにないですよねー!いやー!彼氏なんてこれまでいなかったので少女漫画しか知恵の引き出しがなくって!」
「っ……」
「って、あれ?一也先輩?気分悪いですか!?」
「いや…」


思わず塀に項垂れちまう。マジかよ、そういうもんなのか?少女漫画。純さんに時々強制的に、読んでみろオラ!、と渡されて読んだぐれェだから記憶になんか道理でほとんど残っちゃいない。
それにも関わらず地で言っちまった自分が恥ずかしくてしょうがねェ…!それともあれか?無意識に自分の足りねェもんを補填しようとしてんのか?俺。くー…っ、だせェ……。


「一也先輩?」
「…あー…、とな」
「はい」


にしても、コイツ攻め慣れてんのか平気で顔を覗き込んできやがる。こっちは継ぐ言葉奪われて気落ちしてるっつのに、……ったく。

顔を向ければ葵依は俺が昼間巻いてやったマフラーをしてる。寮を出る前にサンタ服から制服に着替えた葵依がやっぱり薄着で、いいですいいですいらないです!、とそこまで言うかっつーほど拒否してきたからムカついて仕返しにキツくぐるぐる巻いてやった。こんだけしっかり巻いてりゃ葵依の匂いがしっかりついてそうだ、なんて葵依を眺めながら思う。いや、まぁ俺も健全なる男子高校生なわけでこうであっても不思議じゃないはずなんだがそうそう実感する機会がなかっただけに本人を目の前にする慣れねェ気恥ずかしさに一旦深い息をついて立て直す。


「手」
「て?」
「繋ぎてェと思ったから条件にしようと思ったんだけど」
「!マ、マジですか!?」
「はっはっは!マジ、マジ」
「まさか一也先輩が少女漫画を地でいくなんて…!さすがの格好良さですね!」
「さりげなく貶してねェか?それ」
「最大限の賛辞です!」
「ぶはっ!はっはっはー!……ふうん」
「一也先輩?」


なんですか?、と不思議そうに続ける葵依の首に巻かれ余ったマフラーを引いて自分へと引き寄せる。予期もしてなかった葵依の身体は軽く簡単に思い通りになる。
はい没収ー、と俺の携帯は葵依の手から返してもらい俺のズボンのポケットへと入れ塀に葵依の身体を押し預けて、俺の手は葵依の耳横へ。
あんま離れてっと視線が心許ねェから顔を寄せる。近すぎず、俺から目線が逃げねェ程度に。


「えーっと、こんな感じか?」
「………」
「葵依?」
「えぇー!?」
「うるせェよ!!近所迷惑だろ!!」
「これは叫ばずにどうしたら!?」
「知らねェよ!俺だって分かんねェんだから!!」
「少女漫画に出てくるような男子デフォルトの一也先輩なのにですか!?」
「だから違げェっつの!っ…あーっ、だから…!」
「!」
「ただ、手繋ぎたかっただけだ…っ」
「………」
「……悪ィかよ?」


思わず手を握った挙げ句言い捨てた言葉があんまりにも拗ねたようになっちまって、格好つかねェから顔を背けたもののこのままじゃ良いわけがねェ。

びゅお、と冷てェ風が吹き付けてきて俺が一方的に握った手を握り返されたことに息を呑み葵依を見る。
俯き表情は伺えねェけど、マフラーでは隠し切れねェ耳が真っ赤になってんのが外灯の明かりでよく分かる。ナイスだ外灯。


「わ…私も繋ぎたいです…っ、から…その!」
「……うん」
「つな、繋いでてもいいですか!?こんな私ですが!!」
「なんだそれ」
「きゃー!」
「きゃー、って」
「す、すみません!やっぱり最近調子乗ってて本当に今すぐ半紙に猛省って字を書きたいです!」
「じゃなくてだな!」
「え……」
「こんな、じゃねェから。お前もいっぱいいっぱいかもしんねェけど、俺も初めてなんだからよ。なんつーか…ほれ」
「!」


俺の手には葵依の手と、もう一方に紙袋の持ち手の紐が握られてる。さっき葵依が着替えてる時に俺も部屋に帰り取ってきた。寮の入口で葵依を待ちながら"これ"を渡すタイミングってのをずっと考えてたが、結局"なるようになるだろ"と付けた結論なんてもんがそうそう来るもんじゃない。ってことが、今やっと分かった。

葵依の両手を掴んで俺の顔の横まで上げる。自然目線は俺に向いて、それを確認した俺は無意識に緊張して固く結んだ唇を解き、はぁー…、と深く長い息をついて葵依を見つめた。
逸らしそうになっちまうが、ここで逸らしちまったら男じゃねェ。


「……分かったか?」
「…真っ赤」
「そうだよ。お前だけじゃねェんだよ、緊張してんのは。なんか、じゃねェ。葵依じゃなかったらこんな風にならねェし…こんなのも用意しねェよ」
「用意…?」
「…ん」
「え?」
「やる」
「私にですか?」
「いらねェなら、いいけど」
「あ…ありがとうございます」
「ん」


くそー…、渡し方もっとなかったのかよ…俺。

はぁ、と小さく溜め息をついて紙袋を受け取りそれを信じられねェような顔で見つめる葵依を横に項垂れる。倉持が事あるごとに、野球あって良かったな野球だけは!、とか言ってたのを思い出す。


「……開けてもいいですか?」
「どうぞ」


大したもんじゃねェけど、と髪の毛掻き乱す俺の横で葵依が紙袋を開き中身を開けていく。プレゼントとか…いつ以来だっけ?親父の誕生日も大したことしねェし…。


「マフラー…」
「ん。ほら、こっち返せ」
「わ!」
「んで……貸して。巻いてやる」
「っ…お、お願いします!」
「ぶはっ!お前気合い入りすぎ」
「だって……」


葵依の驚き見開く目がくすぐったくずっと見てるなんて出来なかった。
俺がクリスマスプレゼントに選んだマフラーを手にする葵依の首から俺のマフラーを取って簡単に自分の首に掛ける。……温ったけェ…。
んで、俺がやったマフラーを葵依の首に巻く。
不思議だよな。
いつもあんなにうるせェ姿を見てきたってのに選んだ色は落ち着いた深いネイビーだ。女の子に選ぶ色じゃなかったかもしれねェ。もっと赤とか、そういう…俺じゃなかったらコイツに似合う明るい色を選んでやれたのかもしんねェけど。


「お。似合う似合う」
「本当ですか!?わぁ……」


けど。嬉しそうにそれを噛み締めるようにしてマフラーを握り寄せてふわりと笑う葵依を見たら絶対に1番似合うとしか思えない。

葵依の頭を撫でて、行くぞ、と葵依の手を引き駅へと向かう道を歩く。別に葵依の歩幅に合わせた意識はねェけど足取りが緩くなってたのは…しばらくこうしていてェっつー、現れかな。


「私、何も用意していなくて…」
「ははっ、いいよ別に」
「私が嫌なんです」
「意外と頑固だよな、お前」
「何かあげれたら…でも、うーん…これは、うーん」


ははっ、頭の中全部話しちまってる。

葵依の手を引きながら少し前を歩き笑いを零す。人通りはなかなかある。クリスマス当日なんだ、しかも学生の多くは今日終業式なんだろう。駅に近くなるほどそれらしい姿がちらほらと見える。
今日付き合いだしたばっかで、俺たちは2人で何をやるもぎこちなさとか緊張が付き纏うってのに今日この日だから手を繋いで歩いてれば普通の、それらしい恋人に周りは見えんのかな。


「一也先輩は欲しいもの、何かありますか?」
「ねェよ、って前にも言ったろ?」
「でも…」
「それにもう貰ったしー?」
「え?」
「写真。あれ、なかなか可愛いよなー?」
「!っ……」
「ま、哲さんの携帯に入ってるってのが面白くねェけど」


さっきメールに添付された1枚の写真。件名には、よく撮れているだろ、という短い一文と空白の本文。
おそらく本文と件名とを間違えたんだなと笑いながら開いた添付ファイルは俺と葵依の2人で映ってる写真だ。散々囃し立てられサンタ服の格好で俺と写った葵依。
哲さんの携帯からは後でなんとかして消してもらおう、と心中で企てを思案していれば、くん、と引かれた手。
ん?、と振り返る俺は葵依を見つめて息を呑む。


「どうした?」
「あの、ですね!」


あぁ……やっぱ、好きだわ。コイツのこと。声を震わせながら俺が巻いたマフラーに顔を半分埋め真っ直ぐ俺を見つめてくる。もう必死!、と顔に書いてあるようで胸の中が穏やかになる。顔、緩んじまってんだろうな…俺。誰に見られるわけじゃねェからいいけど。


「こういう時は少女漫画的展開にお決まりのパターンがあるの、っですが!!」
「え、そうなの?」
「はい!た、試してみますか!?どうでしょうか!?どうしましょう!!」
「はっはっは!声がでけェ!しかも最終的に相談になってっし」


で?、と葵依に身体ごと向き直りながらマフラーから出てる頬を伸ばした指で擦る。冷て……。


「彼氏に彼女がプレゼントを用意してない時にあげられる定番の、ものなんですけど。いかがですか?」
「へ?や、なんだか分かんねェことには返事しようがねェけど……なに?」
「キ…キス、です」
「……はあ!?」


いや…まぁなんつーか。
つい驚いちまった俺の前で自分から言い出したくせに恥ずかしそうに顔を伏せた葵依。俺も人のことを言えるほど平静を装えてねェから伏せた目線の先で葵依が俺と繋がらねェ方の手を固く握り締めてんのが見えて髪の毛を掻き乱していたその手をゆっくり下ろした。

そういや、コイツには見られてんだよな…。意思があったわけじゃねェけど俺がキスされてんのを。
改めて説明すんのも変な話だが、まだ俺たちは付き合ってなかったわけだし。……けど葵依の心中として面白くねェことだったのは間違いねェ、よな。

伝えてェこと遠慮なく全部ぶつけてくるようで、実はなかなか思慮深いこの後輩の心中が俺はまだ読めねェでいる。
変なとこで遠慮してくるし、自分を過小評価することも多々ある。ガキの頃から書道一本で、団体競技みてェに他から評価されることがなかっただけに無理もねェのかもしれねェけど。……それだけに、そういう葵依が俺に対してあれだけのアプローチをしてきたのは余程の勇気を振り絞ってたのかもな……。


「………」


葵依の顔へ両手を伸ばす。
いやに静かだから、つい此処が外だってことも忘れてゆっくり両頬を覆って自分の方へ向けた。


「わり、冷てェよな」
「だ…大丈夫です」
「……目、瞑る?」
「!っ…おっお願いします!!」
「ん」


恐々目が閉じられて、ドクッ、と心臓がめちゃくちゃ跳ねる。葵依の頬から熱、奪っちまってるのかもな。俺の手ももう指先のかじかみを感じない。
…に、しても。すげェ緊張してんな。身体ピシッと伸ばして固まってるみてェだ。試しに親指動かしてみればビクッと震わせるし。

正直好きな子とのキスなんてのは初めてだ。にも関わらずずっと前から知ってたみてェに俺の指で触れた固く結ばれた唇に触れれんのが待ち遠しいし、したいかしたくねェかって聞かれたらそりゃ圧倒的に、してェ。
……けど、違げェよな。
こんな風にもらうのは違う気がする。


「っ!……え?」
「なんだよ、口にされたかった?」
「っっ…めめめっ、滅相もございません!!」
「こらこら。きっぱり否定すんなよ」


額に口付けた。
驚き目を見開いた葵依にブンブンと首を横に振られっとやっぱ唇にしときゃ良かったな、なんて思う。

ふぅ、と息をついて葵依の頭に手を置く。ちゃんと言わなきゃいけねェよな。


「なぁ、葵依」
「はい」
「俺は恋愛に関してどう思われてるかも、自分自身どう思ってっかとまだ分からねェけど。興味がねェことはどうでもいい。その代わり欲しいもんは全力で取りにいく。今まで野球に傾けてきたその姿勢を見てもらえりゃ分かんだろうけどな」
「サッカー出来ませんしね!丸きり!」
「うるせェよ!!ったく…。んでだな。あーほら話が逸れちまったじゃねェか」
「一也先輩」
「いや待ってろよ。俺が今…」
「一也先輩!!」
「あー!なんだよ!?」
「大好きです!!」
「!」
「ふふふー」
「……ぶはっ!…あー…、なんか馬鹿らしくなっちまった」


眉を下げて笑う俺に嬉しそうに笑う葵依。いつの間にかこうなった。攻防入れ替わる、妙な感じだ。
葵依に好きだ大好きだ結婚してほしいだを伝え続けられて、どうせ冗談だろうと流した。
その内葵依からその言葉が聞かれなくなると今度は追い掛けるようになったのは俺の方で。今だって、それだけでいい、と言わんばかりに真っ直ぐ伝えてくるそれに完敗だ。


「俺も」
「えー…」
「あー!分ァーったよ!!好きだ!!」
「もう一声!」
「コノヤロ、調子に乗んな!!」
「乗らせたのは一也先輩ですのできっちり責任は取ってくださいね!お墓まで!」
「長げェしまだそこまで考えらんねェよ!」
「チッチッチ、甘いですね一也先輩。私なんて将来は野球チームを作るところまで見てきましたよ」
「は?どこで?」
「夢の中で!」
「お前の妄想じゃねェか!!」


年の瀬の忙しい時期、何を好き好んでクリスマスなんてやるんだか。どうせ26日になれば嘘みてェに町は正月ムードになる。
今までは、そう思ってたんだけどな。

人が変われば物の価値観も変わる。それは当然のことだ、何もおかしいことだとは思わねェ。
俺は今クリスマスの雰囲気に紛れて経験不足な自分が葵依の手を握り歩く違和感を覆い隠してくれることに感謝しながら、いつものように馬鹿で阿呆で、可愛い葵依の話に耳を傾け笑う。
葵依が小さい声で陽気な街の雰囲気に馴染むように歌い出したそれがラストクリスマスではなく、恋人はサンタクロース、ということに俺の顔はまた緩み、寒ィ…、などとごまかしながらマフラーに顔を埋めたのだった。



決着!攻防戦!!
「あれ?御幸くん?」
「ん?おー、あぁそっか。クラスの集まり駅近くのカラオケだったんだよな」
「うん。こっちはもうお開きで……あ、彼女?」
「そうそう。ほら、挨拶」
「こんばんは!星野葵依です!」
「こんばんはー。あはは、可愛いね」
「そんな!滅相もありません!あの、先輩もすんごく可愛いです!」
「えぇー、いいよそんな」
「いえ本当です!…いいなぁ。なんでそんな風に綺麗になれるんですか?」
「んもう!良い子!おいで!女の美容から何から何まで教えてあげる!」
「ありがとうございます!!」
「え、ちょ…マジ?」


―完―
2015/08/05


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