フルカウントからの大逆転


えぇっと…これからどうすんだ?

沢村のバカに、もう大人しく座っててくだせェ!、と食堂の隅っこに追いやられ、お前もな!、とその隣に据えられた葵依。面倒だからと遠巻きにされてっから誰も干渉してこねェし…やべェ、此処だけクリスマスの雰囲気じゃねェ……!

つーか葵依の奴…、金丸と話してた時はめちゃくちゃ笑ってたくせに今は空いた皿にケチャップで落書きするだけで気まずそうにしてやがる。ちらり、と目線を寄越されてハッと息を呑み捕まえようとする目線もすぐに放られる。くそ、これで決めようと思ってたボールを後ろに逸らしちまった気分だ。

てか皿に書かれたケチャップ文字すげェ達筆じゃねェか!!さすが書道部だなオイ。


「あー…、と」
「は、はい!」
「食う?」
「お腹いっぱいなんで大丈夫です」
「そうか。なら飲むか?」
「お腹たっぷたぷです」
「…金丸に注がれたジュースは飲んでたじゃねェか」
「ええそうですね。だからお腹たぷんたぷんなんです」
「あぁ…まぁそりゃそうか」
「一也先輩は食べないんですか?」
「それなりに食った」
「飲みます?」
「いい」
「そうですかー」


なんだよこのその場凌ぎの会話は。葵依もとりあえず笑ったみてェな、そんな顔をする。金丸たち1年連中と一緒にいた時とはまるで違う表情の固さにすげェ焦る。俺がしてやれる会話なんてそうそうねェし……。
会話の糸口を掴もうと近くにあった皿の中途半端な料理を1つの皿にまとめながら考えるも気付いちまうのは情けねェことばかりとか……。
俺、なんも知らねェんだなコイツのことを。好きな食い物も嫌いな食い物も、誕生日も知らねェし家族構成だって知らねェ。


「なぁ、葵依」
「はいな!」
「?…すげェ気合い入った返事な」
「私はいつも全力ですから!!」
「ぶはっ!あーそうな。そういやそうだったわ」
「それでなんでしょうか?」
「俺の好きな食い物知ってる?」
「特にないです!」
「嫌いな食い物」
「甘い物が苦手ですね!」
「誕生日」
「11月17日さそり座!」
「血液型」
「B!!」
「家族構成」
「父子2人です!」


うお、キラッキラした目で自信満々に答えられっとこっちがたじろいじちまう。
それでも、ま…知られてんのが悪い気しねェのはコイツだからか。嫌味とか、目論みだとかんなもんまったくねェし葵依も嬉しそうにしてる。
…かと思えば、ハッと息を呑んで照れ臭そうに笑ったりすっからこっちまで気恥ずかしくなってくる。フィッ、と思わず顔を背けちまうぐれェには顔が赤けェ気がする。
あー……、哲さん達こっちすげェ見てんな。特に純さん。なんだあれ目だけで殺されそーなんだけど。ははっ……苦笑いが浮かぶ。とりあえず哲さんは買ったばかりで使うのが楽しくてしょうがねェらしい携帯を向けんのを止めてほしいんですけど。シャッター音が止まねェし…それ、連写ですか?


「葵依」
「っ…はいっ!」
「はっはっは!声が裏返ってんぞ?どした?」
「い、いやー!どうしたんですかね!?ジャジャン!」
「え、なに?」
「どうして私の声は裏返ったのでしょーか!?」
「いや知らねェよ!!」
「ふふふふっ!答えはWebで!」
「!…ぶはっ!はっはっは!!」
「一也先輩?」
「あー!腹痛てェ…!お前、本当最高!」
「!」


なんか久し振りに笑った気ィするわ。顔の筋肉がこんな風に笑うのを忘れてたような、ぎこちなく緩むようなその感覚。そういや葵依と話してると笑っちまうことが多くある。不本意でもなんでもねェ。無理をしてるわけでもねェ。自然に笑かされる。楽しいんだろうな、俄かに信じられねェけど。

ひとしきり腹を抱えて笑って、困惑したようにしていた葵依も目を細めて笑う。こういう瞬間があるから言葉がいらなく感じちまうんだよなぁ……。

葵依が書いた達筆のケチャップ文字を近くにあったポテトにつけて、ん、と葵依に向ける。


「ポテト好き?」
「!」


驚いたように目を見開き戸惑いながらも頷く葵依が口を開けるから食べさせてやる。くそー…っ、これけですげェ嬉しい。
葵依は困ったようにしてっけど。


「じゃあ、ウインナーは?」
「好きです」
「ん」
「い…いただきます」
「さっき腹一杯っつってなかったっけ?」
「一也先輩に差し出されたものですから!!」
「ぷっ、…そうか。お、このパプリカ星型。食える?」
「食べれます」
「ふうん…。なら食えねェもんは?」
「え?」
「誕生日と血液型と家族構成。趣味とか、そういうもんも教えてくれよ」
「っ……」
「葵依?おーい、葵依」


なるべく優しい声で、ちゃんと顔を見ながら言ったつもりだったのに葵依は俺が着せたジャージのフードを目深に被り顔を伏せちまう。追い掛けるように覗き込めば、フィッ、と背けられ気のせいじゃなくどうやら顔を見られたくねェらしい。
突拍子もねェことは事も無げにやってのけるから、こう…らしくねェっつったら言い過ぎかもしんねェけどそういう反応はくすぐられる。悪戯心とかこれからどうなるんだという探究心とか、俺にしか見せねェよな、なんつー満足感だとか。


「んー?」
「っ!ほ、本日閉店です!」
「はっはっは!なんだそれ!じゃどうやったら開いてくれんの?」
「明日の…っ、9時開店ですの、で!今閉店のメロディー流れてますので!ガラガラです!」
「よ、っと。ははっ、速ェ!」
「ディフェンスの葵依と夢の中で呼ばれたことがありますから!」
「夢かよ!!」


なんとか葵依の顔を見ようと背けられては覗き込むを繰り返すもなかなか手強い。必死になられればなられるほど負かしたくなるってのは日々勝負の世界で生きてるからかどうなのか。

左に向いて、それを追い掛ければ逃げるように右を向く。
しばらくそれを繰り返してれば刷り込まれた動きのパターン。後はそれを脱して虚を突けば、


「っひゃあ!」
「!」


打ち取れる。……はずだったんだけどな。
スリーボールツーストライクツーアウトのフルカウント。緊迫したその場面で限界にまで引き上げられた集中力が弾き出した答えの更に上を行くバッティングされた時が最高に悔しくて最高に面白れェ…!

漸く捕まえた視線。一瞬、よっしゃ、と思ったのも束の間息を呑む。
真っ赤になってる葵依が泣きそうな顔で俺を見つめていて、思いがけねェそれに放心してる隙に振り逃げで塁に出られたような気分。
あーもう!、とテーブルに突っ伏した葵依はジャージのフードを上げて俺に顔を向け顰めっ面をしたかと思えばふにゃりと笑う。


「負けです」
「は?え、何が?」
「これは言えば引きずり過ぎるから黙っていようと思ったんですけど、やっぱり駄目です」
「引きずり過ぎる?」
「……一也先輩」
「ん?」
「御幸先輩」
「お、おう」
「やっぱり分かりませんよね」
「だから何が…」
「私、名前で呼ばれるの凄い緊張します!」
「!」


ふふふー、と嬉しそうに笑いながら葵依が先を継ぐ。


「なんとか平静を装ってましたけどやっぱり駄目ですね。顔も勝手に赤くなっちゃうし声も裏返りますし。……嬉しくて」
「そ、うか」
「でもちょっと、悲しくて」
「………」
「ごめんなさい!先輩を困らせたいわけじゃないんです!つい!つい漏れますね!もう黒部ダムの放水って感じです!」


あー…、すげェ勢いって意味か。

眉を下げて笑う葵依は、見たくねェな。でも言わせてんのは俺だ。倉持の言う通り、何もはっきりさせねェまま自分勝手に振り回して葵依が防衛ラインを作ったのは自業自得。もう俺が何を言っても冗談にしかならねェだろう状況。

どうすりゃいい?
野球ならこれまでの配球を踏まえ、打者の性格との相性を考える。手強い相手ほど最高にわくわくするもんだけど今は葵依とのことだと思うと1度開いた唇を閉じて、喉の渇きにごくりと唾を飲み込んじまうぐれェの緊張と恐怖はある。
間違えたくねェよ、やっぱ。
色々見えるようになっちまった。コイツのことを。俺に彼女のフリをしてくれと言われて本当は辛かったというのが嘘なんかじゃないと分かる。俺の言葉の何が嬉しくて何が悲しいのか、俺は選び間違えちまうけど葵依の反応が逐一伝えてくっから意識すればすぐに分かるようになったんだ。

くー…、すぐに野球なら、野球じゃ、とそこに繋げようとしちまう。本当俺野球以外何も出来ねェんだな…くそ。
……ま、無いものをねだってもしょうがねェよな。


「葵依」
「は、っ…はい」


まだテーブルに突っ伏す葵依の目線に合わせるようにして俺も突っ伏し名前を呼ぶ。返してきた声が震えてる。こんなに分かりやすいのにな、気付かなかったのはなんでか。


「俺も、緊張する」
「……え」
「葵依に名前呼ばれてどう反応したらいいのか意識出来ねェほど葵依の名前を呼ぶのは緊張するし、お前が他の奴を名前で呼ぶのを聞くのは面白くねェ」
「っ…え、…え!?」
「Webで検索してお前のこと分かんなら簡単でいいけど、やっぱお前の口から聞きてェ」
「あ、あああっ、あの!?」
「ぶはっ!…すげェ真っ赤」
「一也先輩だってケチャップみたいです…」
「!…そうだよ。平然となんてしてられるわけねェだろ?そりゃ緊張だってするし、怖くもある」


そう言う俺にキョトンとする葵依に苦笑いを零す。まだまだ遠いな、これは。
だからこそこんな時はストレート、ってまた野球に置き換えてんじゃねェか。

ま…、しょうがねェか。
葵依にはそう俺が万能に見えてるとも今更思えねェし、欲しいなら守りの姿勢ばっかじゃ手に入るわけがねェもんな。


何を意識する前に出た手で葵依の頭を撫でて目を細める。
真っ赤で、触れられた途端びくりと身体を強張らせて、まだこんなに俺に反応を返してくる。手遅れじゃないはずだ。手を伸ばせば、まだ。逃がさねェ。


「葵依」
「っ……」
「振り逃げすんなよ?きっちり打ち返してけ」
「え?」
「好きだ」
「!」
「沢村を名前で呼んでんのも腹立つし金丸はもっと駄目だ。サンタ服可愛いのに他の奴に見せちまうのもムカついた」
「お、…怒ってばかりですね」
「っ…あーっ、じゃなくてだな。っ…だからっ…」


本当、格好つかねェ……!
伝えようとすればするほどボロが出てくる。こんな駄目なのかよ俺は、と落ち込むのは後だ。

堪らず腕の中に顔を埋めて、だから、と繰り返す。はい、とちゃんと返事をする葵依の方がよっぽど大人じゃねェか。


「可愛かったんだよ、すげェ」
「………」
「似合ってた。他の奴に見せたくなかった」
「………」
「あー……、なんか反応してくれると助かる。慣れてねェから、なんつーか…どうしたらいいのか分かんねェわけで」


呆れてもしょうがねェよな、なんて苦笑い零しながら頭を掻いて伏せていた顔を上げた俺は葵依が真っ赤な顔で俺を見つめてんのを見て色々吹っ切れた。ような気がする。


「……スリーボールツーストライクツーアウトのフルカウント」
「え……」
「この最後の一球で試合が決まる、っつーつもりで投げた最後の一球。葵依はどう打つ?」
「っ…好きです」
「!…ん」
「大好きです!」
「うん」
「ちゃんと、打ち返せましたか?」


真っ赤な顔を隠してェのか葵依はまたフードを被ろうとするけど、させねェよ。
その両手を掴み今にも零れそうなほど目に溜まった涙を見つめながら、ははっ、と笑う。
すげェ。なんだこれ。今まで経験したことのねェ跳ね方をする心臓。口から出ちまいそうな、っつー表現を今実感してる。


「右中間を真っ二つで走者一掃のサヨナラタイムリーヒット」


すげェー、と続ける俺に分からないと戸惑ったような顔をする葵依。好きだってこと、と伝えれば、私もです、と葵依が嬉しそうに笑った。

やけに食堂が静かなことにも互いに夢中になってた俺たちは気付かず、聞き耳を立てられていた俺たちの会話を皆からからかわれるのはこの後すぐの話だ。



フルカウントからの大逆転
「くおらァァー!!御幸!!てめェ先輩差し置いて何イチャイチャしてんだコラ!!」
「純さん。はっはっはー!すいません」
「御幸も随分と度胸があるよね。部員全員がいる此処でそんな風に言うなんてさ。ま、知ってたけど」
「いやぁ、ありがとうございます亮さん」
「言っとくけど褒めてないから」
「良かったな!星野!」
「え、栄純…!ありがとう!!」
「……おい沢村」
「へ?なんでしょう?」
「その葵依の肩に回した腕、離せ」
「はあ?」
「いいから離せっつってんだよ。今すぐ」
「こ、怖っ!!アンタすげェ顔してやすよ!?」
「いいから離してあげなよ…栄純くん。ていうかますます強く抱き締めてるし!御幸先輩の顔ますます凄いことになってるから!」
「ヒャハハッ!こうなったらこうなったで本当、面倒臭せェ奴!」
「つーか哲!お前さっきから撮りすぎだろ!!」
「む…御幸、もうその子はジャージを脱がないのか?」
「え!?」


続く→
2015/08/03


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