結んで開いて手を振って


実際のとこなんて、そうなってみなきゃ分からねェもんだ。


「ほれ、これな」
「え、ジャージ?」
「それからこれ」
「ジャージ」
「んでこれは没収」
「トナカイカチューシャがー」
「ん。いいな」


この状況はそう定義しちまうに限る。
土台人の受け取り方は自分でどうにも出来ねェもんなんだから心中の補填ぐれェは自由にしねェと。

顎に手を当てて改めて目の前で不思議そうにする星野を見る。
俺のジャージの上着に俺のジャージのズボン。昨日100均で買ったトナカイカチューシャは隣に座っていたゾノの頭につけといた。よし、サンタっぽさゼロになったな。


「それじゃ普段よりも地味じゃないッスか!!」


クリスマスパーティーはまず食うことから始まりテーブルにはいつもの丼3杯にクリスマスらしいチキンと彩りのあるサラダやピザ、オードブルが並ぶ。あらかじめ仕出しで注文していたらしくかなりの量は特別感を煽ってる。普段から野球強豪校の名を背負ってることを意識し律して生活しているからかこういう、開放感のある場はたまには必要だと楽しげな雰囲気を見回しながら思う。
まぁそれとこれと、こっちの問題は別だけどな。


「沢村、俺却下っつったよな?」
「そ、ソーデシタッケ?」
「こらこら。目が泳いでんぞ」
「だって御幸先輩マジで怒ってるじゃないッスか!?クリスマス!パーティー!!はいにこやかに!!」
「何言ってんだよ怒ってねェ」
「なら笑えや」
「なんだよ倉持まで。笑ってんだろ?」


頭の上から降ってきた声に要望通りの笑顔を浮かべて見上げたものの倉持から返ってきたのは冷ややかな眼差しと、ハッ、という短い嘲笑。さっきまでゾノのトナカイ姿に、ヒャハハッ!!、と腹を抱えて笑ってたと思ったんだがやっぱりよく人を見てる奴だ。同室の後輩をうるせェバカな奴などと言いながら世話を焼かずにはいられねェらしい。


「オイ沢村。お前が星野を招待したんだから飲み物と食いもん取って来てやれや」
「へ、へい!!」


沢村の座ってた俺の前の席にさりげなく座って戻んなくていい状況を作ってやってるし?


「いやぁ、さすがだねェ副主将」
「てめェがあんまりにもガキくせェことやってるからだろうが」
「……んなつもりねェけど」
「そう思ってんのはお前だけだぜ。お、春市そっちのピザなに?」


黙々と食いながら会話を流す倉持が後ろに身体を逸らし小湊と話しを始める。俺はといえば自覚とそれを認めたくねェ意地みてェなもんとのせめぎ合いで心中が忙しく余裕のある言葉を星野に掛けてやれる気がしねェ。
なかなか賑やかな食堂の中でいつも阿呆かってぐれェ元気な星野が隣で静かにしてるのは、……まぁ俺のせいだよな。倉持に言われねェでも分かってんだよ。自分でめ有り得ねェっつーぐれェジャージを渡し着ることを促した態度が冷たかったしな。

朝のこともあった。
気掛かりではあっても部活となれば頭からすっかり抜けて、んで疲れたところに容赦なく思い出させられた現実。
疲れているからと言い訳するわけじゃねェけど、今は星野にいらねェこと言っちまいそー……。

とりあえず摘んで口に入れたポテトがもそっと口の中でなんだか味気ねェな…。


「あ、ああっ、あの御…一也先輩」
「ん?」


とかって平然装って返して隣に顔を向ける。くー…っ、自分でぎこちねェと分かってるだけに格好悪さ倍増。

に、しても。
俺より小せェと分かっていたはずなのにこうして俺のジャージ着せると、更に。
肩なんてかなり落ちてるし袖も腕元でかなり余ってる。足元も何回か折ってるし椅子に広がる生地が星野の細さを見せてる。着る…っつーよりは着られてるって方が正しい。

どっかで、パンッ!、とクラッカーみてェな音がした後、丹波ァァー!、と慌てる純さんの声が上がる。あーぁ、なるほどな。哲さんが不意にクラッカーの紐を引いちまったのか。で、それに驚いた隣に座る丹波さんが喉に食いもん詰まらせて純さんがその背中を叩いてやってる、と。
俺としては、哲さんの隣でにこりと笑ってる亮さんが気になるんだが。つーか沢村のバカ星野の食いもん持ってこいっつったのにクリス先輩の隣座ってんじゃねェか。


「やっぱりこれ脱いでもいいですか?」
「!…んー、駄目」
「っ……」
「うん?…はっはっは!」
「!なっ、なんですか!?」
「お前、耳まで真っ赤。なに、どうした?」


俯いて少し長い前髪に隠れて目をギュッと瞑る星野が膝に置いた手を握り締める。隠せてねェ真っ赤な耳を見て苛立っていた胸の内が、すぅ、と落ち着いていく。
やっべェー…、弄り倒してェ。口元すげェ緩んでる自覚がある。


「っ…ので」
「ん?」
「な、んか。御幸先輩の匂いに包まれて抱き締められてるような錯覚を起こす、ので!」
「!」
「に、人間は思考で補えない分は視覚や嗅覚、触覚から情報を得て本能的に判断するんですがっ」
「おー」
「今私は非常に危険って判断してるみたいです…っ」
「危険?」


好きだの結婚してくれだのと、今まで顔色1つ変えずに伝えてきた星野が今は真っ赤になって目も合わせらんねェほど狼狽してる。っつーのは俺がこうして構ってんのがフリのためでも冗談でもねェと伝わってっからなのか。そうだといい、と思いながら星野の言葉を追い掛ける。

俺が見向きもしねェ時はなんでもねェ顔してて、振り向いた途端これかよ。くそ可愛い、と思わされんのももしかしたら頭の良いコイツの計算だったとしても嫌な気さえしねェ。
あー……、まんまと嵌まっちまった。


「一也先輩に抱き締められてるっていう錯覚は…っ頭爆発しそうです」
「!……してくれて構わねェよ」
「爆発が!?」
「いやそっちじゃねェよ!錯覚の方な」
「え?」
「いつかやるつもりだし」
「………」
「………」
「…………」
「…………」
「えぇ!?」
「ぶはっ!!はっはっは!すっげェ時差!!そういうのも悪くねェけど、早く追い付いてな?」
「なっ…え、あの…っ」
「葵依が隣にいねェともうなんだか落ち着かねェし」
「っ……」
「冗談じゃねェからなー」
「じゃあ、」
「ちなみにフリのためでもねェ」
「!」


ぽかん、とする葵依にニッと笑って、嫌いなもんあるか?、と皿に食いもんを取ってやる。沢村はもう忘れてるからな、バカだから。


「わぁっ!私がやります!!やりますから!!」
「なんだよ客なんだから持て成されとけよ」
「いーえ!一也先輩にこんな事させられません!!」
「俺がやりてェの」
「ひゃっ!」


俺の手から皿を奪おうと伸ばした葵依の手を、グィッ、と引いて驚き見開いた目に至近距離からニッと笑う。
またカァッと顔を赤くする葵依が慌てて俺から離れようとするそれを、だーめ、と引き止める。


「いいから。嫌いなもんは?」
「っ……ありません」
「ほれ。こんなもんでいいか?」
「ありがとうございます」
「んー」
「………」
「食わねェの?」
「手!右手が捕まってますから!」
「んじゃ食わせてやろうか?」
「いっ、いいですいいです!結構です!!」
「はっはっはー、残念。ま、一先ず食えよ。なくなっちまうぞ?皆食う奴らばっかだしな」


俺も適当に更に盛り分けて口に入れていく。よし、葵依も食ってるな。つーか…ははは、周りからの目がすげェー。ゾノとか目だけで殺せそうなそれで俺を睨んでやがるしにこにこと笑う亮さんの笑顔はもう笑顔には見えねェ。ははっ、こりゃ後が怖ェな。


「……やっぱり、変な物でも食べちゃったんですか?一也先輩」
「は?なんで?」
「あんまりにも違うので…」


仕方がなく俺が離してやった手でピザを手にしてもそもそかじりながら小さく言う葵依がちらりと俺に気まずそうな一瞥を俺に向けてからまたぼんやりと前にある料理を見て口を開く。


「私が一也先輩を初めて見た時、一也先輩は真っ直ぐグラウンドに向かって走ってました」
「ん?」
「まるで他の何も見えていないみたいで、擦れ違ったのにきっと私のことだって見えてませんでした」
「えぇっと、いつ?」
「……河川敷のグラウンドはいつも書道の教室に通う土手の道から見えてました」
「…は?」


河川敷って、それは……。

俺が思ってた頃と葵依が話してる頃には大きな時差があるらしい。
それに気付き息を呑むも葵依は食堂の奥で上がった賑わいに目を向けて俺を見ねェ。いつだか葵依が遠くを見つめるようにして書道が自分の一部だと話した時を思い出す。
あの時は俺を遠ざけているようにしか感じなかったってのに今は聞きてェと思ってる。自ら話し出した葵依が俺に近付くことを許しているとさえ感じる。
俺たちにはまだ互いに理解してねェ差がある。それがどのぐらいかは分からねェが、分からねェこそ踏み込みてェ。
ったく、どんだけだよ。あれからここまでって。


「ランニングする人が行き交って、時々電車が川の上を渡る鉄橋の上を走って。住宅街でしたから野球をしている声は辺り一帯によく響きました。私は親に通わされた書道教室のおじいちゃん先生が怖くて行きたくなかったんですけど教室を行く時に野球を見れるから我慢して通ってました」
「ちょ、お前…それって…」
「前にも話しましたけど引っ込み思案で人見知りだった私には団体競技はすごく眩しくキラキラして見えて!とっても好きでした」


その内書道も好きになってました、と悪戯っぽく笑った葵依は、これぞ相乗効果、と1人納得したように頷き俺が言葉を発れねェほど驚いてんのをくすりと笑ってまた口を開いた。


「書道教室の帰りは暗くなるまで土手の芝に座って野球をやっているよく通る男の子の声を聞いてました。理由なんて分からないけど、その声を聞いてると元気が出て…。一際大きな声の持ち主が1番身長が小さいというのも不思議で面白くて」
「おいそれ、」
「中学2年の時」
「!………」


これは、最後まで聞け、ってことなんだろうな。何度言葉を挟もうとしても手際よく遮られちまう。
ジッと見つめれば葵依はにこりと笑うだけ。やっぱコイツ、阿呆かもしんねェけど馬鹿ではねェ。


「学校の校舎に掛かる垂れ幕を書きました。柔道部が全国大会に出場したんです」
「……おー」
「あんなに大きく書くのは初めてで、気が小さい私の字はそのまま体を表して…何度も何度も書き直してやっと完成したんですけど…これがなかなか達成感なんてなくって!」
「………」
「あんなに大きいのに目に入らない人にはまったく目に入らないんですね。まぁそれはいいんですけど」


えへへ、なんて笑いながらサラダを食った葵依の口の端にはドレッシングが付いていて、まだまだ話しの結末が見えねェものの登場人物には大体の察しがついた。
それで?、と話しを促し近くに置いてあった紙ナプキンで口の端を拭いてやる。
あー、驚き見開いた目が嬉しそうに細まんのが良いな。

もう周りは俺たちに構わねェことにしたらしい。つーよりも沢村に俺が文句を言ってんのを見てて面倒に思ったか。
それなら何より。


「ある時言ってくれた人がいて」
「なんて?」
「"あんな字で書いてもらったら嬉しいだろ。青道で甲子園決めたらぜひ頼みてェよ"、って。私に直接言ってくれたわけじゃないんですけど」
「……うん」
「私、その時に青道に行こうって決めました。本当は桜沢に進学を薦められていたんですけど、もう!迷いなく!!」
「………」
「だってそう言ってくれたその人の声が河川敷のグラウンドで、1番大きく声を響かせていた1番小さな男の子のものだったんです」
「うん」
「その時はもう、小さくなくってびっくりしたんですけど」
「…うん。俺もびっくり」
「何度か土手で擦れ違ったりしたんですよ?けど1度も目が合ったことはありませんでした。眼鏡越しにグラウンドを真っ直ぐ見つめてて、いつも小走り。肩にバットケースとエナメルのバックを掛けていて、重そうなのに足取りは軽くて。そんな姿を見るのが大好きでした」
「!」
「だから青道来て、毎日そんな姿を見てて幸せだったんです」


1人色々思い返しているらしい葵依がフッと幸せそうに笑うそれにつられて俺まで顔が緩むところだったがすぐに胸の内がひやりとして息を呑んだ。
思考と感覚のことについて葵依が話していたことを身をもって今、理解してる気がする。
こんな風に笑うのに、なんでお前今終わらせるみてェな口調で話すんだよ?


「青道野球部の垂れ幕を書ける時が来たら一也先輩に当たって砕けようってずっと決めてたんです!」
「は…じゃ、あのセンバツ祝いの垂れ幕って…」
「はい!星野葵依著です!」


そう言って笑い葵依は額に敬礼のポーズを取ってからゆっくりその手を降ろす。次第に眉も下がっていくから嫌な予感に口を開くも散々葵依に間違った言葉を吐き散らかしたままの俺には何が正しいのかも分かるはずもなく。


「見てるだけで良かったのに、ちょっと高望みし過ぎました!先輩の彼女役…嬉しかったです!」
「いや…っ、待てって」
「それも今日までにさせてください」
「!」
「一也先輩、大好きでした」


葵依はこんな時も口をパカッと開けて、俺によく見せてた笑顔で言う。
けどその笑顔に感情は空っぽで、こっちの眉根が寄る。

実際のところ、葵依は少しずつ俺から離れる心積もりを固めていてそれとは対照的に俺が近付いていたこの状況。
こうなってみねェと距離なんて1歩も縮まらずにここまできちまった事をどうして気付けなかったのか。
それだけ俺が自分のことばっかにいっぱいいっぱいで余裕の欠片もなかったとか…笑えねェ。

信二それ食べたい!、と席を離れて金丸の方へ駆けていく葵依が野球部の中にあっという間に馴染んでいくのを眺める。
人見知りだったって…マジかよ。そんな姿想像出来ねェぞ。


「なんや?喧嘩か?」
「……それだったらマシだったけどな」


ゾノの怪訝そうな声にぽつりと返し視線は請け合わず自分の皿を前へと押しやった。
頭を掻く俺に容赦なく声を掛けてくるのは大体の事情を把握してるらしい倉持で、


「だから言ったろうが、てめェは嫌な奴だ、ってよ」
「っ…もっと分かりやすく言ってくんね?」
「自分で気付けねェほど星野に無関心だったくせに何言ってやがる。星野がお前に彼女のフリ頼まれて名前で呼ばされて、いつも泣きそうな顔してたの知らねェだろ?」
「は……マジで?」
「何もはっきりさせねェまま近付いて振り回して、この状況は自業自得だ」
「っ……」


その辛辣な言葉は葵依がどれほど傷付いてきたのかを確かに見てきたのだと思わされて顔を背け眉根を寄せながら聞く俺は胸元で腕を組む。
葵依だったら、人が腕を組むのは自衛本能なんですよ、と言いそうだとこんな時でも考えちまう俺の耳に届く葵依の笑い声が虚しく感じた。



結んで開いて手を振って
「信二、そっちの食べたい」
「あぁ?自分で、」
「だって両手塞がってるもん」
「ったく、しょうがねェな。ほ…っ御幸先輩!?」
「俺がやる」
「え、あのっ…ふぐっ!」
「………」
「あのっ、もうっ、むぐっ!」
「あ、あの御幸先輩!葵依もう食えねェんじゃ…」
「は?」
「口が、いっぱいなんじゃねェかと」
「……あ」
「ゴホッゲホッ」
「飲み物取ってきてやるよ」
「俺が、あ…とー…」
「どわぁー!何零してんスか!?キャップのくせに!!」
「ヒャハハッ!!お前どんだけ不器用だよ!!」


続く→
2015/07/26


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