恋愛経験マイナススタート


つい手を止めてテレビに目を向けた。
どうかしたんですか?、と怪訝そうに問い掛ける狩場のそれに、いや、と首を振り中途半端に宙で漂っていた手で飯を受け取ってトレーに乗せる。緩んだ口元は多分横から丸見えだろうから、説得力なんてねェんだろうけど。


「なぁなぁ春っち!この歌なんだっけ!?よくこの時期に聴くよな!!」
「この歌……あ、ラストクリスマスじゃない?ワムの」
「そうそうハム!!」
「いやだから…ワムだってば。栄純くん」
「ラーストクリスマス!んんんんー」
「歌えないんだね…」
「っかしいなぁ…毎日聴いてるから歌えるかと…あ!カネマール!!この後なんだっけ!?」
「うるせェバカ自分で調べろ!!」
「毎日って、そんなに流れてる?今みたいにテレビから?」
「いや。星野が毎日隣で歌ってんだよ。すっげェ発音良いから初めて聴いた時は驚いた」
「そうなんだ。でもラストクリスマスって、星野さんらしくないね」
「ん?」
「あれって失恋ソングだから」
「なにィィ!?そうなのか!?あんなに明るい曲調なのに!?ジイちゃんが聴いてた失恋を歌ってる演歌はもっとドロドロしてたぞ!?」
「あ、でもらしくないことは……」


ないのかな、と。
小湊がやけに意味ありげに言葉を切るから側で聞こえていたそれに目を向ければこっちを見てる。目線までが意味深かどうかは前髪で隠れてるから分からねェけど妙に威圧感を受ける。ったく今年の1年は沢村といい降谷といい小湊といい面白れェ奴らばっかだ、とそこまで考えてクリスマス当日だってのにいつもと変わらねェ鯵の開きの身を解しながら思い出す。
そういや小湊はあの亮さんの弟じゃねェか。昨晩の事を思い出し思わず飯をごくりと飲み込み喉を窮屈そうに通っていく感覚に咳込みながら茶を飲む。


「なにしてんスか?青道野球部主将ともあろう人が」
「うっせ。つーか先に挨拶」
「おはようごぜーやす」
「んー」
「人に注意しといてなんスかそれは!!はい!!おはよう!!さぁどうぞ!!」
「朝からうるせェよバカ!!」


前に座んのかよ!!
ガァガァと文句を言いながらも俺の前に座る沢村の隣に、おはようございます、と小湊。その内2人を見つけたのかさりげなく小湊の隣に座る降谷まで来てまったく先輩の前だっつーのに遠慮がねェ。
もっとこう、運動部の上下関係ってのは緊張があるもんだよな?俺だって1年の時は……まぁ、それなりにな。


クリスマス当日。
野球部青心寮の食堂はいつも通り、ってほどではない僅かなクリスマスの気配を感じる。マネージャーや1年達が時間を見つけて飾り付けたツリーやミーティングに使われるホワイトボードには色気も何もない太い字で『本日クリスマス会!!』なんてことが書いてあるって特別感を高めてる。
昨日の雪で足元を注意しなきゃならねェという駅前からの中継をテレビから聞きながら今日は同時に終業式なんだってことも思い出し沢村のいつも通りのでけェ声にさえも陽気さを感じる。
確かに終業式ってのは開放感あるよな。まぁそれだからっつって野球部の練習が甘くなることはねェんだけど。


「いいですか!?皆さん!今日は練習終わったら風呂入ってクリスマスパーティーに相応しい格好でその場に臨んで頂きたい!!特別な日ですからね!!それまでの練習頑張りましょう!!」
「うるせェバカ村!!」
「てめェが仕切んな!!」
「期待外れだったら承知しねェからな!!」


沢村が食堂で集中砲火を浴びドッと盛り上がったその中で俺も笑っていれば少し離れたところに座る金丸と目が合いあからさまに目線を逸らされバツの悪い思いに頭を掻く。
金丸は沢村みてェに礼儀知らずじゃねェから、あんな様は昨日の夜俺がしちまった牽制の度が行き過ぎてたんじゃねェかと思わされる。いや実際行き過ぎてたか。
大人気ないとは言うものの、俺もそう変わらねェ高校2年の17歳なわけで。気にしたところでやり直すことが出来るわけもなく、ふぅ、と息をつき肩を竦めてこれから挽回するしかねェと思い直す。
星野のことにしてもな。


「なぁいつ?」
「あ?主語のねェ話し方すんな。沢村みてェだな。やっぱバッテリー組んでると似てくんのか?」


ヒャハハッ、と笑う倉持に問い掛けたのは終業式が終わり集まった体育館から出ていく生徒の流れにゆるゆると足を進めている時。
まったく心外な指摘だがそれは一先ずいいとする。話しの論点がズレちまう。


「星野の連絡先。いつ聞いたんだよ?」
「あー?いつだったか、んなもん忘れた」
「そんな前かよ」
「なんだよ、てめェには関係ねェだろうが」
「関係ねェことはねェだろ」
「…面倒臭せェ奴」


倉持の言葉はもっともで自分でも理不尽だと思う苛立ちを押し隠すように軽く笑う。彼氏彼女の"フリ"をしてるだけの俺らに嫉妬なんつーもんは明らかにボールなのにストライク主張するぐれェ滑稽なことだ。フリなんてもんは前は好都合でしかなかったがこうなってみれば不都合でしかねェ。
倉持に、偽彼氏のクセによ、とぼそりと言われたそれに聞こえねェフリをしちまうぐれェには煩わしい。

無視すんな!、と俺にこの狭い空間でも遠慮なく蹴りを入れてくる倉持のそれを上手く避けながら漸く体育館を出ると人の波の中で一瞬見えたアイツの姿に思わず足を止めた。
まだ雪が誰にも踏まれねェで残ったままの、陽も人の目も当たらねェこの辺りは一際寒くぶるりと震えながら自分の首に巻いていたマフラーを解きそいつに近付く。
オイ、と倉持が俺を声で追う。


「お前寒くねェの?」
「!御幸先輩!おはようございます雨が降らなくて良かったですよね今からあの未踏の地に足を踏み入れようと思うのですがご一緒しませんか!?」
「ハイハイよく一息で言えたなー」
「ふふふー」


んな本気で褒めたつもりはねェけど、星野は嬉しいらしい。にこにこ笑っている星野の頭を俺がポンポン撫でてやれば更に嬉しそうにする。
足を止める俺らを少し邪魔そうに見ながら歩き過ぎて行く生徒たちの中から、あれって…、とそこかしこで声が上がる。そーそー、そういうことだから。


「本当寒そうだな」
「子供は風の子ですよ!」
「はっはっは!自ら子供主張かよ!いや冗談抜きで、スカートとかよ」
「下履いてま、」
「捲んなよ!?」
「……?」
「こらこら。なんで?みてェな顔すんな」


ったく、と笑う俺が止めなきゃ絶対やってただろお前。今もスカート掴んでたもんな。
前に自信満々にスカートを捲られジャージを見せられたことを思い出す。あれ、かなり心臓に悪ィからな。今なら尚更。


「まぁ今日は履いてませんけどね!!」
「余計駄目だろうがバカ!!」
「パンツは履いてますよ」
「お前な…それに俺はなんて返せばいいんだよ」


つーか周りからの目が痛てェから!

はぁ、と溜め息をつくも星野は真っさらな雪を見て今にも飛び込んじまうんじゃねェかってほど目を輝かせていてそれどころじゃねェな。
いつの間にか周りには人がかなり少なくなり話し声も廊下の遠い方へと移動してる。体育館へと行くためのこの渡り廊下は外に剥き出しで寒ィし、早く切り上げるに限る。


「ほれ、行こうぜ」
「わっ!」
「寒ィから巻いとけ」
「あの…っその、えと…っ」


解いて手に持っていたマフラーを星野に巻いてやればまだそこらに残っていた生徒が冷やかすように、ピュー、っ口笛を吹いた。んなの別に気になんねェけど星野が俺にぐるぐるとマフラー巻かれながら真っ赤になって俺を見つめんのは正直誰にも見せたくねェ。ってことで、周りからの視線を遮るように立ち直す。


「ややややっ、やっぱり買った方がいいですよね!マフラー!!」
「ん?あー…、いいんじゃね?俺貸してやるし」
「はい!買います!!」
「聞けよ!!」
「だ、だって御幸先輩が風邪引いたら困ります」
「高校球児はこんぐれェで引くほど柔じゃねェよ」
「私は柔に見えますか?」
「!」
「な、なーんて!そ、そんなわけ、」
「……見える」
「ふあ!?」
「すげェ柔そう、お前」
「っ……」


冷て……。
手を伸ばし指で触れた星野の頬は冷たく柔らかさよりもそっちに驚いちまう。
赤けェし…早く教室に返してやればいいんだがそれも憚れる。

柔いってのはこういう、指で触れて感じる触感とかの話しじゃねェよな。分かってる。内面の、強さ弱さってそういうことだってのは。けどまぁ書いて字の如く、柔らかさが弱いと解釈するそれも間違いでねェわけで……って、俺は誰に言い訳してんだよ。

俺の指先が星野の頬に沈むのを改めて見ているとカァッと顔が熱くなる。くそォ―…、格好つかねェ…っ。如何せん女子にこんな風に触れんのは初めてだってんだよ。思わず手を引いちまいそうになる。
けど、


「み、御幸先輩?」
「………」


此処で引いちまったら挽回なんて出来ねェよな。

星野に、なぁ、と口を開く。頬は指だけじゃなく手で覆う。冷たかった星野の頬が俺の手の温度と交わり次第に温くなってくんのがすげェ…、堪んねェ。
今触れてる部分が間違いなく俺と同じ温度になってる。頬だけじゃなく、他はどうなんだと思っちまうのはそりゃ男だからな。好きな子前にしたら仕方がねェよ。

……そうなんだよな。
今改めてはっきりと自分で言葉として意識けど、俺は星野が好きなんだ。

急に込み上げてくるから大分対処に困るが俺の本能はわりかし正直で助かる。
頬を覆った手で今度は小せェ耳を捏ねてくすぐったそうに首を窄めるその仕草がまた可愛らしい。ぴくりと揺れて目をギュッと瞑られると胸の内がくすぐったくなっちまってしょうがねェ。
言葉の前に余計な手が出ちまう前に、言いてェことを言わねェと。


「名前」
「え?」
「あー…、葵依」
「!」
「…って、呼びてェんだけど」
「え…え!?」
「駄目?」
「だっ……っっ」
「だ?」
「駄目です!」
「!っ…は、なんで?」
「っ……」
「金丸は呼んでんじゃん」
「それは、友達ですから」


やべ…すげェ口の中が渇いてくる。拒絶されるだなんて思ってもなかった俺の声は低くなるし顔も寒さとは無関係に強張ってるんだろう。星野が戸惑ったように眉を下げるそれによく分かる。けど引く気もねェ俺は自分で思ってるよりずっと星野の答えに期待しちまってるらしい。


「俺は違うのかよ」
「ち、違います」
「………」
「御幸先輩は…御幸先輩です。呼ばれたりしたら期待しちゃいます」
「!」


フルフル首を振って寂しそうに笑う星野にぎくりとする。確かに此処は寒ィには寒ィがそんなもんじゃなく、俺が繰り返し星野を傷付けちまった跡が胸をずくりと抉り痛ませる。

何を言ったらいいのか決まらねェまま口を開き、それが正しいかも判断しねェで俺は喉から声を出した。
星野から明らかな線引きをされ自分からは近付かないとばかりに言われた。引き止めるのに1番手っ取り早く今1番効力のある言葉を、瞬時に選んだ。
そしてそれは皮肉にも星野ならばどう反応するかを理解しているという基準になった。

大きく星野が目を見開いたのは、星野もこんな俺を理解してるっつーことなんだろうか。


「っ…葵依、って呼ぶからな」
「………」
「彼氏彼女のフリしてんだから、そうでもしなきゃおかしいだろ?」


野球をやらねェ俺の手には何もねェ。
星野を繋ぎ留める術も喜ばせてやる術も、あまりにも拙く自分の言葉を自分の声で自分の耳で聞きながら酷く狼狽し落胆する。あんまりにもこの子ためにはこの手は無力で、頬を覆っていたそれを下げて握り締める。

初めて好きになった女の子が目の前でさっきまで誰にも踏まれず真っさらの雪を見つめてキラキラさせていた瞳に悲しみを映すのをどうしたらいいのかも分からねェ。


「分かりました!一也先輩!!」
「っ…あの、な。葵依」
「ご安心ください!しーっかり胸に刻みましたから!勝手な期待したりしませんよ!!今日のクリスマスパーティーでも見事に演じきってみせます!!名女優星野って呼ばせてさしあげましょう!!」
「待っ…」
「ではまた夕方!一也先輩、部活頑張ってくださいねー!!」
「おい……!」


……気付いたらこの場には俺たちしかいかなかったとか、俺はどんだけ星野しか見えてなかったんだよ。

はあぁ…、とついた溜め息が白い靄になるのを見んのも煩わしく手で払う。
星野が踏みたがっていた雪を見据え目を細めた。野球をやらねェと残念すぎるといつだか沢村が偉そうに俺を揶揄してきた事があったがそれも今じゃ笑えねェ。まったくその通りじゃねェか。


「っ…くそ、寒ィ…」


マフラーを巻かない首を窄めて教室へと向かう。クリスマスパーティーの時こそ素直に気持ちを向けてやろうと決めながら今はただ星野が俺がマフラーを巻いてやるまで耐えていた寒さを身に受ける。
小湊が、そうでもないか、とラストクリスマスを歌う星野のことを言っていたそれを思い出した。



恋愛経験マイナススタート
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!野球部クリスマスパーティーの始まりですよ!!」
「ヒャハハッ!八百屋かよ!!」
「うち農家なもんで!!」
「聞いてねェよ!!」
「今日はこの野球部の次期エースになる沢村栄純の野球生活をサポートしてくれてる恩人を招待しやした!星野ー、入ってこーい!!」
「え、栄純これ着なきゃ駄目?」
「お?」
「!ぶっ…!ゲホッゴホッ」
「何やってんねん御幸」
「じゃーん!どうスかどうスか!?マネさん達によってサンタさんの出来上がりッス!!」
「「「おー!」」」
「………」
「な、なんスか?御幸先輩。ズンズンこっち歩いてきて…」
「……葵依は俺の横な」
「!は、はい」
「で、沢村。お前後で見とけよ」
「なぜ!?」
「黙ってろバカ村!!」
「いや金丸!サンタ泥棒だぞ!?」
「うるせェぞ沢村ァー!!」
「いやしかしですね!もっち先輩!」
「静かにしようよ栄純くん」
「春っちまでー!?」


続く→
2015/07/24


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