早くも閉幕の気配


星野は思った以上に食わねェ奴だった。多分つゆだくにし過ぎたそのせいもあるんだろ。スプーンでつゆごと掬い食いながら肉はほとんど手を付けず衝撃の言葉を、どうしてか牛肉を睨みつけながら言いやがった。
『牛丼は牛肉がなきゃ最高なんですけど』
……こらこら。
牛肉ありきのつゆだからな?牛肉なきゃそのつゆの味になんねェんだよ。
俺の丼にさりげなく牛肉を乗せる星野が、次から牛丼牛肉ナシでって注文します、なんつーことを言い出したから取り合えず止めておいた。
元気に持論を語る星野のそれがさも自分は正しいのだとばかりの上手い言い回しをして論説をするから店員まどがすげェ聴き入ってたのは苦笑いを零すしかなかった。


「遅くまで悪かったな」
「いえ!夢のような時間でした!本当に夢かもしれません!試しに電車に飛び込んで、」
「やっぱ家まで送るわ!!」
「やだなぁ御幸先輩!心配しなくても夢ですってば!」
「いや夢じゃねェからな!!絶対やんなよ!?明日の新聞一面飾っちまうからな!?」
「み、御幸先輩…夢の話しを一面にするだなんて東スポしかやらないようなことなんですよ……?」
「なんで俺が可哀相な奴みてェになってんだよ!!」


たァーっ、と顔を伏せて髪の毛掻き乱す俺に不思議そうにする星野が、あ…、と改札上の電光掲示板を見てから俺に向き直る。


「そろそろ電車が来るので」
「あ、おー。本当に飛び込むなよ?」
「はい!!牛丼ご馳走様でした!!」


なんてことをすげェ嬉しそうに言ってくれんのは俺も嬉しいんだが周りが、牛丼?、と俺が空気の読めねェ奴みてェな視線を寄越してるような気がする。とは言っても甘いもんは一緒に食ってやれねェしコイツが食いてェっつったんだから悔いはねェが。まぁ、星野が食ったのはつゆだくの飯だけだけどな。

慣れた手つきで鞄からSuicaを取り出して改札を通りホームへと向かう星野が俺が見えなくなるギリギリのところで振り返りこっちにブンブンと手を振る。
ぶはっ、と笑う俺は小さく笑いながら手を振り返す。なんだかんだやっててもう8時を回っちまった。時間の経過ってのはその充実感で大きく感じ方が違うもんだが多くの例から漏れることなく間違いがなければこれまでの過ぎた時間が実際よりも速く感じた俺は楽しかったんだろ、たぶん。

なんで"たぶん"かって、如何せんこんな事は経験にねェ。
好き嫌いに優劣をつけねェで全部平等にこなすほど器用じゃねェ俺は今まで間違いなく野球が何においても最優先だった。それは今でも変わんねェし今も意識の半分は、帰ったらいつもより多めに自主練、ってとこに持ってかれてる。
けど、星野のことは別だ。
野球をしてる姿が好きだと言う星野になら俺の時間を少し預けても良いとさえ思っちまった。しかもあろうことか牛丼のつゆを店員に追加させるそんな姿を見た時に自然と沸き上がったんだからそりゃあ歩きながら苦笑ぐらいしちまうさ。

なんつーか、星野はただ単純に真っ正面からぶつかって来る馬鹿と思いきや実際は意外なほどするりと心に入り込んできた。そして俺はそれが少しも嫌じゃねェ……と、くれば事は単純で赤信号に足を止めながら荷物の下がる腕を上げて顔を覆った。
気付いたのはまぁ良しとすんだろ?
で、だ。問題はこっからどうすんだよ?


「わっかんねェー……」


今まで開いたどの教科書にも、純さんに読まされた漫画にも、俺の中の経験則にも、どこにも答えが見つからず思わず呟いたそれは近くで鳴った車のクラクションに掻き消された。
雪はいつの間にか止み、足元に積もっていたはずのそれは何人にも踏み鳴らされてもう綺麗とは言えねェもんになっていた。


「……クリスマスプレゼント、か」


そういうもんに力を借りんのはあんま好きじゃねェんだが確かに絶好の機会ではある。青信号に変わり歩行者に横断を許す音を聞きながら真ん中辺りまで歩いた俺は思い悩んだ頭を早々に切り替えてまた引き返した。
時間が時間だがまだ店は開いてんだろ。
クリスマスパーティーのビンゴ大会での景品を探しに入った雑貨店が確か……こっちに、お……あったあった。
……しっかし、どうも女子が多いんだよな…。ちくしょう…制服着替えてくりゃ良かったか?

若干の人目を感じながらもクリスマスソングの流れるその店で手早くプレゼントを選ぶ。星野に渡すならそれしかねェと、ぼんやり思ってた。
会計で有無を言わさず包装紙とリボンの色を聞かれたのはこの季節しょうがねェんだろうが少し腑に落ちず素っ気なく返したつもりだったがなぜかくすりと微笑ましく笑われたのがますます納得がいかなかった。


結局寮に着いたのは9時近くて一旦食堂へと荷物を置きに向かえば亮さんと擦れ違い、珍しいじゃん、とどこか探るような目を向けられた。なんとか、こうでもしねェと沢村と降谷が球受けろってうるさいんで、と切り抜けたがどうしてあの人の前だと心の中を読まれてるような気になっちまうのか。
たぶん長くあの人のバッティングを見てきたそのせいもあるだろう。ミートの広さもさることながら本当に嫌な攻め方をする。そんな様が地だと思わせんだろうな。実際は…いや、まぁいいか。


「!…お?」
「あ、お疲れ様です」
「おー。なに、まだ飯食ってねェの?」


って、んなわけねェか。


「心配しなくても星野はちゃんと駅まで送ったぜ?金丸」
「!い、いや。そういうんじゃ…」
「ん?」
「先輩に買い物行かせといて自分だけのうのうとしてられないですよ」


……ふうん。

持ちます、と食堂に入った俺の手から荷物を受け取る金丸はすでに風呂には入ったみてェでそれらしい匂いがする。


「はっはっはー、な?普通そうだよな。ったく、沢村の奴」
「すみません。言っておきます」
「あーいいぜ?そういうもんは本人が気付かねェとなー。今度しこたま雑用やらせるか?」


ししっ、と笑う俺に、ぜひ、と切り返す金丸の目が気になったがまぁしょうがねェか。隠すことでもねェしな、と割り切り隅に置かれた荷物から1つ雰囲気からして違う、俺が個人的に買ったそれを手に取る。


「え、それは…?」
「ん?これは別口」
「別口、ですか?」
「星野に」
「!」
「言ったろ?星野にクリスマスプレゼントをやったら、ってよ」
「は、はい」
「ん?なんだよ?」
「や、すみません。まさか本当に買うとは…あの時買うつもりがなかったみたいなんで」
「まぁ、色々とな」
「そうですか」
「荷物此処でいいのか?」
「あ、はい。後は沢村呼んでやらせます」
「ほどほどになー」
「はい」


ひらりと金丸に手を振り食堂を出ようとするも不意に思い至りぴたりと足を止めた入口の戸の前。
ガサガサと袋の音からして金丸が片付けを始めていたらしいが俺が動かねェことに疑問を感じたのか振り返る前にそれは止んだ。

……同じ場所でほぼ同じ生活基盤。
チームとしても後輩としても、下手なわだかまりなんてのは御免だからな。

振り返り金丸を見ればやっぱり手を止めたそのまま俺を見ていて、忘れ物ですか?、と問い掛けてくる。おー忘れ物っちゃ、忘れ物だな。


「金丸、俺のヒッティングマーチ知ってるか?」
「え?あぁ、はい。狙い打ちですよね」
「そーそー、それな。俺、狙った球は打てねェと気が済まねェんだよ」
「………」
「打てなかったその日はスコアブックとずっと睨めっこだな。狙いどころをどこでどう間違ったのか、どうして狙いきれなかったのか、その次打てるまで考えちまう」
「は、はあ…」
「だから夏に鳴のウイニングショット叩くのが楽しみでしょうがねェよ」
「っ……」


笑って言ったつもりではあるが金丸はグッと息を詰めて緊張に身体を強張らせた。いや、言葉に嘘はねェよ。楽しみだ。……けどま、ピクニックに行くみてェなそんな陽気なものじゃねェのは確かだ。

ニッと金丸に笑い、だからよ、と話しを終わらせる言葉を続ける。
察しが悪いわけじゃねェだろ。たぶんおおよそ、金丸は分かってるはずだ。


「狙い打ちしてるその前にも後ろにも、気をつけろよー?バットすっぽ抜けて変なとこ、飛んでっちまうかもしれねェしな」
「!」
「……じゃあなー」
「っ…はい。おやすみなさい」
「おー」


……少し、大人気なかったか。
別に大人じゃあねェけど。そういうもんとは別の、先輩の余裕なんて今の言い方じゃ皆無じゃねェか。
くー…っ、もっと他に言い方が……、


「他に言い方なかったの?」
「どわァッ!!ちょ、な…亮さん!」
「うるさい」
「いでっ!す、すみません。ちょっと驚いて」
「だろうね。御幸にしては珍しいじゃん、上の空で歩いてるとか」
「ははっ…いや、まぁ…はい」
「前に食堂に来てた子でしょ?」
「はい?」


食堂を出て間もなく後ろから声を掛けてきた亮さんに、どうしたんスか?、と聞けば、自販、と手にしていたトマトジュースを見せてくる。いや…亮さん、トマトジュースなんて飲みまねェ…よな?
訝る俺に、春市にだよ、と言うそれにも更に口の端が引き攣る。小湊はトマトジュースが嫌いだと沢村が騒いでたことがあったような。


「沢村に前、勉強教えてたじゃん。葵依ちゃん」
「!……あー…、ありましたね。そんな事も」
「先輩を前にしてあからさまに嫌な顔するな」
「いでっ!」
「まぁお前のそんな顔も面白いけど」


だったら殴らねェでほしい。
とはまさか言えず、ははは、と苦笑いを零し2階への階段を上がる。
先に上がった亮さんが両の手すりに手をかけて後から上がる俺を見下ろす。すげェ威圧感……。なんか悪ィことを……ああ、今したか。後輩相手に無茶苦茶牽制入れた。


「あの時食堂を出た葵依ちゃんが寮の出口がどっちかって迷ってたみたいだから送ってあげたんだけどさ」
「そうなんですか」
「うん。素直で面白い子だよね、あの子」
「ははっ、まぁ分かりやすい奴ではありますね」
「どうかな?」
「え?」
「だって御幸は今日までずっと気付かなかったんだろ?」
「え…何を……」
「凄い賢い子みたいだし、御幸に隠し事をするのも難しくないかもね」
「……一体なんのことですか?」


亮さんが人をからかうのはしょっちゅうだ。亮さんと星野が思わぬ接触をしていた時も星野をからかい笑う亮さんの姿が見てきたように浮かぶには浮かぶ。
ただ、本当にコロコロと亮さんの手の上で転がされていただけだとしたら亮さんが、賢い、だなんて星野のことを言ったりするだろうか?
俺自身星野が俺の言葉や行動に傷付いていただなんて星野に想いを寄せるそれまで気付きもしなかった。

亮さんが何も言わずにただ俺に答えを探させるように見下ろしてくるそれに胸騒ぎがする。無意識に星野のクリスマスプレゼントの入った袋を握り締めた。

何かを忘れてる。
何かを見落としてる。
亮さんがそれに気付かせようとしてる。
それもおそらくこのタイミングだったからこそだと思わせる。星野が食堂で沢村の勉強を見てやってたと聞いたのはかなり前。俺に話す機会は幾度となくあったはずなのに、それでも今。


「まだ分からない?」
「っ………」


星野が俺に対して態度を変えたことなんて、ねェ…よな?いつでもうるせェぐらい好きだのなんだのって。
……いや。
本当にそう、だったか?
いつから聞かれなくなった?いつから星野はしきりに彼女役がどうとかと執拗に意識するようになった?

髪の毛をくしゃりと掴み眉根を寄せる。
最初は星野の言葉が冗談としか思えなかった自分の中で、いつから星野の言葉が本気なのだと思うようになったのか。
くそ、分かんねェ…っ。ますます分からなくなってきちまった……!

はぁ、と溜め息をつく亮さんを見上げ目を細める。


「"あの日"、御幸は1人だった?」
「え………っ!」
「…やっと思い出した?……遅すぎ」
「でもあれは、」
「いいよ。別に御幸を責めてるわけじゃないし」
「っ………」
「ただ、後輩牽制する前にやることあるかもね」


金丸にあの日星野が食堂に居たと聞いて、会いませんでしたか?、と言われた時に気付くべきだった。
寮を出るにはあそこしかない。
俺がクラスのあの女子にキスされたあの門前。

亮さんの言葉に星野がそれを見たというのは明白。激しく狼狽する俺を置いて階段を鳴らし上がって行く亮さんは、


「因果応報」


と、そんな容赦のない言葉を残して行く。パタンと亮さんの部屋のドアが閉まる音が無情に響いた。



早くも閉幕の気配
「なぁ倉持……」
「あ?なんだお前、朝からどんよりしてうぜェ奴だな」
「ひでェだろそれ!」
「ヒャハハッ!」
「ったく…。あのよ、俺がキスされたこと誰に聞いたんだっけ?」
「あ?」
「いいから」
「あー…?覚えちゃいねェよ。前に話したのも確かだったかも覚えてねェし。でも始まりは亮さんからだったって、そういや後で聞いたな」
「やっぱな」
「なんだよ?」
「いや…なんでもねェ」
「その後誰か2年に回って2年から1年に回ったって感じか」
「連絡網かよ!!」


続く→
2015/07/21


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