攻防戦第2ステージ!


このクソ寒ィってのに街はどこか活気に満ちているように感じるのは少し虚しい感覚だ。
クリスマスを楽しく過ごした記憶は皆無だしサンタなんてものを1度も信じることも、そのきっかけさえも与えられなかったしな。年末に感じることといえばクリスマスから正月への店の切り替えの速さに、あっさり乗り換えすぎ、なんていう商売事情に関することにだけ。
自分の家が自営で、加えてクリスマスなんてものに縁がまったくなかったことも手伝っているのかどうか。俺はクリスマスソングがあちこちの店から漏れてくるのを聞きながら透明なビニール傘越しに空を見上げながら小さく肩を竦める。

やっぱりクリスマスってのは、妙なイベントだよな。


「って、バカ!!」
「え?」
「すみません、コイツ未成年なんで」


つーか見たら分かるよな?制服着てんだぞ?俺もコイツも。
と、不信感いっぱいの目で信号待ちの俺の隣に立っていたはずの星野が酒の試飲を貰おうとするその手を掴み差し出してきた男を見据える。
そうなんだごめんねェ、じゃねェって。


「ご、ごめんなさい。御幸先輩」
「や。でも気をつけろよお前…。どっからどう見ても…」
「りんごジュースでした!」
「見た目はな!!」
「だって御幸先輩、見ても、って言いました!」
「あぁそーな。けどあれ酒だからな?」
「世の中にはびっくりなことだらけですね!」
「ほいほいなんでも口に入れようとするお前の気楽さにびっくりだよ俺は」


駅の方へ歩けばなかなか賑わいのある商店街があるわけで、俺たちはまさにそこへ入ろうとする途中だったわけだ。
星野は今は俺と同じ傘には入っちゃいねェ。
と、いうのも『野球部の主将である人が女子と相合い傘だなんて良からぬ噂を立てられても困りますよ!』と星野に何を返す間もなく折り畳み傘に入られちまったからだ。別に気にしねェよ、んなの。プレーで魅せりゃいいしそんな事言ったらプロ野球選手の雑誌に取り上げられる夜の暴れっぷりったらねェだろ。
まぁ…此処は青道のある地元。
昔から青道を応援してる地元民も多いだろうしそれが商店街なら尚更だしな。正論っちゃ、正論。すべてを、関係ねェ、と切り捨てられるほど青道野球部の名は安くはねェよ。


「…あー…、折り畳み傘小さくねェか?」
「いいえ。大丈夫ですよー」
「あー、そ」


にこりと笑われちまえば追うことも出来ず。車の走行音に溜め息を紛れさせた俺はもう1度一緒の傘に入ろう的なことを到底言える気がせず頭を掻いた。


「あ、御幸先輩。メモ見せてもらえますか?」
「ん?あぁ、おー。ほら」
「ありがとうございます」
「買ってく種類はそんなねェけど、やっぱ数がな」
「ですね。うーんと…あ!青です!渡りましょう!」
「はいはい。滑んなよ?横断歩道とかは滑りや…」
「きゃっ!」
「!」


言わんこっちゃねェ…!

メモを見ながら横断歩道を渡りだした星野はずるりと滑り手を伸ばそうとするものの星野の手から落ちた折り畳み傘に邪魔されそれは叶わず、そんな俺とは違い星野を支えてやったのは他校の制服を着た男子。


「す、すみません」
「ううん。大丈夫?」
「はい!ありがとうござい…わっ!!」
「…どうも」
「あぁ、いや。いいよ。じゃあ気をつけて」
「あ!ありがとうございましたー!!」


……また離れちまった。

見知らぬ他校生にゃ悪いが早々に星野の手を引き返してもらった。驚き戸惑ってたのは分かったけど別にあからさまに睨んだりしてねェし。むしろ笑いかけたしな。たぶん。
んで、さっきに続きするりと俺の手を離れる星野はどうもさっきから意図的に俺と距離を取ろうとしているように見える。
いや、最初からこんなもんだったか?
あぁもう分かんねェ…どんな距離感でいりゃ正しいのかまったく。


「気をつけろよ?」
「はい!それよりさすが御幸先輩ですね!!」
「は?何が?」
「今のはまさに少女漫画的な展開です!彼女が自分より先に他の男に助けられて、俺が1番に助けたかった、って拗ねちゃう感じの!」
「!」
「見事ですねー!さっきの人はきっと御幸先輩の名演技にどんなに彼女役の私がこんなんでも御幸先輩が彼氏に見えたはずです!」
「………」


いやいや。グッと親指立てんなバカ。くそ色々言いてェのに絶句しちまって言葉が出て来ねェし、


「あれ?御幸先輩、顔赤いです?」


自分でも無意識にんな不満を顔に出していたと思うと赤面せずにはいられねェ…!
しかもなんだその少女漫画云々って、そこまで明確に言い当てられるくせに星野は少しも俺が本気でそうやってるとは思えねェらしい。

心配そうにする星野に、寒ィからな、と短く返しまだなかなか熱の引かねェ顔を手で覆う。うわ、冷てェ……。効果あっかも。


「んー。手分けした方がいいですかね?」
「それは得策じゃねェだろ。数も多いしな」
「そうですか?なら順番に行きましょう!!」
「おー」


あーコイツがバカで良かったぁ…。突っ込まれたくねェとこは突っ込んでこねェし俺が言った言葉はすんなり飲み込むしな。
いや待てよ。
それっつーのは逆をいえば俺がそうしてほしいってーのを先回りして飲み込んでるから、なのか?

商店街に入るとアーケードがあるから傘は不要になる。ここを抜ければ駅はすぐそこだ。さっきよりも濃く感じるクリスマスの気配はあちこちにクリスマスツリーが飾られてるからか。どこもなかなか派手で、競ってますねー、と星野が俺が思っていたことと同じ言葉を口にした。


「あ?なんだこりゃ。トナカイのカチューシャ?」
「あ、それ栄純たちが欲しいって騒いでたやつです」
「はあ?自分たちがつけんのかよ」
「マネさん達につけてほしいって」
「なんだそりゃ。くだらねェー…」
「春乃みたいに可愛い子がつけたら何割も増しますよーきっと!コスプレは男のロマンです!」
「お前は女だろ」


100均で大体買えるはず、と一言…おそらく梅本のものらしい字に2人で入った100均も店頭やレジ前にクリスマス商品が置いてあったがそれに混じって簡素な鏡餅があるのがやっぱり違和感だ。

トナカイのカチューシャって…お、本当にあるもんだな。あんま買い物ここまで来たりしねェから分かんなかったけど。


「御幸先輩、御幸先輩!」
「んー?」
「ちょっとしゃがんでください!」
「なんだよ?」
「お願いします一生のお願いです!」
「はっはっは!大袈裟すぎ。で、」


なんだよ?
そう続ける前に目をキラッキラさせる星野に従いしゃがんだ俺の頭に何か被せられた感覚。
ハッと見上げれば星野は嬉しそうに笑って俺を見下ろしていて、いくないですか!?、と言うその頭にトナカイのカチューシャがついていた。


「って、サンタ帽かよ!!」
「あー!なんで取っちゃうんですか!?」
「男がつけても意味ねェだろ?こんなの」
「可愛いのに!!」
「可愛い言うな」
「格好良いのに!!」
「言い方変えても駄目ー。つか、100均ってなんでも売ってんな」
「これは!?御幸先輩!これはどうですか!?」
「ぶはっ!はっはっは!なんでお面だよ!?」
「これはですね!今ちびっこのヒーロー!ニンニンジャーの、」
「いやそこは聞いてねェから!!」


ひとしきり笑い楽しんだ後で買い物に戻り紙皿やビンゴカードや主に消耗品やくだらなく思えるパーティーグッズをカゴに、なかなかの数を入れていく。棚に足りねェもんは店員に声を掛けバックヤードから出してもらう。メモにあったから仕方がなくトナカイのカチューシャとサンタ帽もな。


「次はー…」
「ん?」
「!」


お……思わぬ反応。って、わけでもねェけど。相合い傘に引いた手、ことごとくかわされてきた俺としてはメモを覗き込むために顔を近付けた俺に星野が身体を強張らせて息を詰め真っ赤になんのはなんとも言えねェ安堵感っつーかな?
迷い犬が無事に戻ったとか、そういうもんに近いか。

つーか、肌白れェ…。
俺とはまったく違う肌の色。書道やってんだから活動は室内、不思議はねェんだが。改めて見ているとなんか初めて見るような気がして気持ちが浮つく。

気が付けば手を伸ばし指先がその頬に触れていて、冷て…、と呟いた声が自分でも聞いたことがねェぐらい甘ったく響いたのを聞きやっと我に返った。
やべ……っ、なに触れちまってんだ俺は…っ。


「っ……」
「あー、その…っ、だな」


手を引っ込めりゃいいのにそれもどうしてか出来ず、中途半端に宙を漂わせたその手の先で星野は真っ赤になって固まってる。俺にしたって似たようなもんでカァッと昇ってくる熱に心臓は跳ねるし頭の中に言葉1つ浮かんでこねェ。
星野の頬の冷たさなんて忘れちまうほど、もう指先まで熱ィ……。

けどこのままじゃいかんとも。
ギュッと目を瞑った星野に口を開こうとしたがそれより先に星野の口が開かれた。


「さ、さささっ、寒いですね!!」
「お…おー。そうな。つか、やっぱりマフラーしてねェの?」
「なくしました!」
「いや、んな元気に言うことじゃねェから。前にも聞いたし」
「さぁ!次なるターゲットを狙い打ちにいきましょう!パッと!パッと!」
「つかそれ、俺のヒッティングマーチって知ってる?お前」


こらこら指差すな、と100均を出て商店街を歩く星野の手を窘めて、そういえば、と聞く俺に返ってきた丸くなった星野の目。
え、知らねェの?


「そうなんですか!?それはびっくり仰天!!」
「俺も」


お前が俺のこと知らねェことなんてあるんだな、と続けそうになって口を噤んだ。さすがに、自惚れにもほどがある。

御幸先輩の新しいこと知れました、と弾んだ足取りで歩く星野が、スーパーをロックオン!、と言うのを聞いてから、なぁ、と話し掛ける。
少し前に倉持に投げ掛けられた疑問を、まさか俺自身が星野に向ける日が来るとはあの時の俺は思ってもねェんだろうな。


「なんですか?」
「お前、1度もグラウンドに来たことねェよな?」
「そうですね!」
「試合も?」
「そうですね!」
「…気になんねェの?」
「そうですね!」
「こらこら。そればっかじゃねェか」
「ふふふー」


いや、ふふふー、じゃねェよ。
そう苦笑するものの星野が目を伏せて見せた表情が不意なもん過ぎてグッと息を呑んだ。物思いに耽るとか、憂いを抱えるだとか、コイツのこんな表情はちゃんと高校1年の女子なんだってことを俺に実感させて少し落ち着かなくなる。
それでも、なんでかな。一緒になって笑っちまうのは。


「私、グラウンドなんかに御幸先輩を見に行ったらきっと大声上げちゃうので」
「へ?まさかそれで来てねェの?」
「はい!」
「いや…いるだろ。そういうの、たくさん」
「さすが御幸先輩!モテモテですね!」
「そうじゃなくてだな!」


別にそれをアピールしたわけじゃねェし、星野がイメージするようなもんだけじゃなくOBのオッサン達が上げる野太い野次っぽい声だってある。休日のグラウンドフェンス前はその最たるもので星野が1人騒いでいたところで、まぁ目立つかもしれねェけど異色ではない。

だから不思議なんだ。
真っ先に来て1番最後まで残っててもおかしくねェ星野がグラウンドに来ねェのは。
それと同時にどこかで思い上がっていたらしい自分がすげェ恥ずかしくなる。
星野には何においても俺が1番なわけじゃねェ。書道や勉強、もしかしたらその他にだって星野を形成するものはあるはずで俺がたったの一部にしか過ぎねェことは思いの外悔しいもんがある。


「行きたかったですけど…」
「!」


くそ俺すげェ恥ずかしい奴だ。
そんな思いに頭を抱えたくなっている俺の隣で星野が話し出す。


「書道室の窓を開けてると、グラウンドから声や音が聞こえるんです。場所は結構離れてますけど」


共振現象ですね、と今はもうコイツから出ても不思議じゃねェ難しい言葉で星野は話を続ける。
目線を下に下ろす俺を見上げることもなく、どこか独り言のようなそれは想いの濃さを伺わせて胸が詰まる。


「バットの音、選手の声、ブラスバンドの練習する音、チアの掛け声。御幸先輩も同じ音を聴いてるかなぁって思うだけで我慢出来ました」
「………」
「邪魔だけは、したくないので!!御幸先輩の野球する姿大好きなので!!」
「!…ってことは、見たことあんのか?」
「はい!春に学年で試合を応援に行ったので」
「ふうん…野球する姿、か」
「御幸先輩?」


前、無理矢理純さんに読まされた少女漫画にはちょっとしたことで一喜一憂する登場人物が描かれていた。
こんな忙しなく構ってられませんよね、とサラッと言った俺に純さんが怒りながら反論をぶちまけてきたのはもうかなり前のことだろうな。たぶん1年の時。
羨ましく思ったわけじゃねェけど、すげェとも思った。ただ口にするほどあの時は興味も、それほどの理解もなかったんだが。

大好き、だなんて言葉が星野の口から久し振りに聞かれたような気がして口が緩みそうになる俺と、野球をしてる姿とわざわざ限定されたような気がして面白くねェとも思う俺。
不思議そうにする星野の目から逃げるようにして顔を背けてなきゃあの時読まされた漫画の登場人物たちみてェと同じじゃねェかとなけなしの意地みてェなもんも、きっと一喜一憂の1つかな。

これって職業柄なのか、腹を括るのは昔っから得意だ。


「…野球してる姿だけ?」
「え…?」
「いや、お前今言ったじゃん」
「それ、っそれは…っ」
「だけ、っつーんなら…別にそれでもいいけど」
「いえっ、あの…!それはですね!」


星野が慌てながら俺が背けた顔の方へと立つ。歩いていた足が止まり向き合った星野は真っ赤になっていて、さっき店に入った時に手袋を外したその手は握り締められてる。
此処がクリスマスの賑わいのある商店街じゃなきゃすげェ目立ってるかもしれねェ俺たちはむしろその中に馴染んで、目線は感じない。

やべ…、自分で仕掛けておいて息しづれェほど緊張してる。
思えば星野がこんな風に真っ赤になりながら何かを伝えようとするのは初めてじゃねェか?それとも、今まで関心を寄せなかったから気付いてなかったのか?なんだそれすげェ勿体ねェ。

……あぁ、思い出した。
あの時純さんがなんて言って怒っていたか。まさに。


「わ、私は…っ」


どんなに馬鹿みてェな姿でもそれが自分のためなら可愛い。

何度か開かれては閉じてを繰り返した星野の口からまさに言葉が出るだろうっつー時、どこからか聞こえてきた音に星野の口がギュッと閉じる。
なんだ?


「で、電話!誰か!掛けて!きてます!私!です!」
「あー…そうか。つか…ぶはっ!はっはっは!お、おま…っ片言かよ!」
「だ、だって…っ」


あ、出ちまうのな。このタイミングで。

着ているコートのポケットから取り出した携帯を耳に当てて俺から意識の逸れた星野に乗じて俺は口を覆い盛大に口元を緩める。
くそ、締まらねェー……。
純さんすみません、今なら少しだけですけどあの時の漫画理解出来ます。


「もしもし。はい!順調ですよ!もっち先輩!」
「!」
「え?あ、はい。大丈夫かと思います。商店街明るいですし!」
「………」
「そうじゃないって、どういう……あ!」


電話の相手が倉持だと分かって勝手に電話を取り上げちまう愚行さも、


「なんだよこっちは順調だぞ?」
《は!?御幸!?お前それ星野の携た…》
「じゃあな」
《てめっ、ふざけん…》


一方的に切っちまう勝手な嫉妬も、


「ほい」
「もっち先輩、なんて言ってました?」
「……終わったら飯でも星野に奢れ、って。野球部のことなのに手伝わせちまってるしな」


そう言いながら倉持に、飯食って帰るからよろしく、とメールを打つ姑息さも、今なら分かる。


「なに食いてェ?」
「いいんですか!?」
「おー」
「やったー!御幸先輩とご飯だなんて私明日死ねます!」
「いやいや死ぬなよ」
「御幸先輩は何食べたいですか!?たくさん食べられた方がいいですよね!じゃあ牛丼にしましょう!」
「選択肢ねェのかよ!!」
「嫌です?」
「いやなんつーか。色気もなんもねェな」
「ふははは!私が、パフェ食べたいです、なんていう可愛い女だと思ったら大間違いですよ!」
「はっはっはー、思ってねェ!」
「さぁ!いざ行かん!牛丼のつゆだくの海へ!!」


レッツゴー!、と走り出す星野に零した苦笑いは星野のガキっぽさと阿呆っぽさに呆れたんじゃなく、そんな星野にまんまとはまっちまった自分にだ。
すっかり攻防が入れ替わっちまった。
攻め時間違わねェように、確実にやるしかねェな。


「俺はつゆだく派じゃねェぞー」
「な、なんですって!?」
「なんだよその人類すべてつゆだく派だと信じてたみてェな顔は!」



攻防戦第2ステージ!
「お前…スプーン使って牛丼食うって、どんだけつゆだくだよ」
「美味しいですよー!御幸先輩もぜひ!」
「いや、俺はいいわ。それよりさっき倉持なんだって?」
「もっち先輩ですか?なんか御幸先輩とは暗がりに一緒に行かないようにしろって」
「…へェー…」
「商店街明るいですからね!全然心配なしです!暗いところが怖い御幸先輩を守ってみせます!」
「怖くねェよ!!」


続く→
2015/07/18


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