何かを気付いた


予報通りの雪は午後から勢いを増し、1時間もしねェ内にグラウンドを真っ白にした。事前に様々対策をしていたものの数日はグラウンドは使えねェ。今日はオフにすると片岡監督に呼び出された職員室で言われ、他の部員に伝えるために2年はゾノと倉持に頼み、俺は1年のフロアへと足を向けた。
窓の外は降りしきる雪で真っ白で、朝のニュースは雪のために乱れたダイヤや足元の悪さを注意する報せを仕切りに流していて、画面の下方には積雪情報が絶えずテロップで流れていた。
何年かぶりに積雪量を更新するかもしれない。それは雪害だと言って間違いねェんだろうな。テレビでは暢気に喜び遊ぶ通学中の小学生を映してたが、俺はそんな映像を観ながらどこかちぐはぐなような気がして肩を竦めた。
俺にはあったかな、あんな頃が。


「ゆーき!ゆーき!」
「雪だな!雪だな!」


いや…ねェな。少なくともこんな風にはしゃいだことはねェわ。


「よ、バカ2人」
「バカじゃねェ!!」
「御幸先輩ー!!雪ですよ合戦ですよかまくらですよ!?」
「はっはっはー、若いなぁお前ら」
「いや待て星野。これだから都会人は」
「え、なになに?栄純」
「あ、御幸先輩。こんにちは!」
「おー東条。丁度良かった。お前か金丸に頼もうとしてたんだよ」


何をですか?、と首を傾げる東条に部活のオフを伝える間にも窓の外から外を眺めていた星野と沢村が雪談話で盛り上がる。


「こんなちっとの雪じゃかまくらは出来ねェんだぞ?」
「そうなの?」
「おー。長野はこんなもんじゃねェぞ?ドカッと降るんだ」
「そーか。ドカッと降るんだね。確かに今の状態じゃパラッて感じだもんね」
「いやいや今のはボトボトって感じだな」
「なるほど。ふわふわって感じか」
「そーそー。そんな感じ!だからまだかまくらはお預けだな」
「せっかくかまくらの中で食べようと思っておやつたくさん持ってきたのになぁ…」」
「はははー!星野、ウカツだったな!!そのおやつは俺が戴いてやろう!!」
「嫌!!こうなったら意地でも雪の中で食べる!!ふわふわでウキウキでルンルンな気分になるし絶対!」
「んー?どっちかっていうとヒヤヒヤでヒエヒエでツキツキじゃね?」


………。


「なぁ、バカ同士ってニュアンスで会話出来んのか?」
「あはは…。あの2人、大体いつもそうですよ。バーン、とか、ドカーン、とか擬音がよく入ります」
「マジかよ。聞いてるだけで疲れそうな」


言ってることはまったく違うように聞こえんのに、星野と沢村だけには疎通されてるらしい。
顔を見合わせて、にししー!、と楽しそうに笑い合う星野と沢村に口を引き攣らせて笑う俺の横で東条も2人を見て、ははは、と渇いた笑い声を出す。


「あ、じゃあ俺は他のクラスの奴らにオフの知らせを回してきます」
「おー頼むな」
「はい。御幸先輩、お疲れ様です」


あー沢村に律儀に挨拶と頭を下げる東条の礼儀の半分でもあったら…って、言っても無駄か。
適材適所ってのは往々にしてあるもんで1年の中だったら東条や金丸だな。試合でも力を示してる。普段の生活態度からもこういう事に信頼が置ける。早々と対応してくれる東条が教室に入るのを見送る間にも何やら沢村と星野は盛り上がってる。廊下は寒ィから生徒はあんまいねェってのに、
……どうでもいいけど、窓枠に寄り掛かり外を眺めるお前ら…距離近くねェか?


「……よっ、と」
「おわっ!!ちょ、なんスか!?」
「星野ー、なんか食ってる?」
「無視!?」


沢村を押し退け星野の隣に立てば何やら甘い匂いがする。さっきおやつ持ってきてるって言ってたし、大体予想は出来っけど。つーか沢村が後ろでうるせェ。

星野は俺を見上げて目を丸くしてから嬉しそうに笑う。…よし、今日も星野は星野だな。


「アメです!パインアメ!最近のマイブームなんです!」
「ふうん。甘そーな?」
「わははは!欲しいんスか!?まぁあげませんけどね!!」
「お前のじゃねェだろ?……つか、沢村も同じの食ってる?」
「はい!!食ってますとも!」
「なんで自慢げなんだよ」


腰に両手を当てて高らかに笑う沢村の姿に多少の苛立ちを感じながらも、御幸先輩も食べますか?、と目をキラッキラさせながら俺に問い掛けてくる星野に、ふはっ、と笑いが零れる。
みんながみんな、甘いもん好きじゃねェんだぞー?そも俺は好きな方じゃねェ。

けど、星野にこんな風に笑われんのは悪くねェっつーか…つい手が出てその頭を撫でちまう。


「み、御幸先輩?」
「んー?」
「あ…あああああっ、あの!変なもの食べましたか!?」
「はっはっはー、なんだそれ。例えば?」
「ゆ、雪の中に保存してある野菜とか!」
「どんな雪国だよそれ!」
「だっ…だって…」
「だって?」
「っ……」


……頭、撫でてやるだけで真っ赤になって俯くとか。
つい、あれやったらこれやったら、と試してみたくなっちまって頭を撫でたり後頭部に手を回したり耳に触れたりしちまう。
お…星野が固まってるな。
……なんだこれ。離れ難てェとか、俺は今感じてるような気がする。


「………」
「っ…あの…っ、そろそろっ」
「んー…、駄目」
「!」
「もうちっとな」
「よ…喜んで!!」
「ぶはっ!居酒屋かよ!」
「ふふふー」
「はっはっは!笑い方、可愛すぎ」
「!……は?」


………は?


「いやっ、なんつーか!別に他意はねェからな」
「あ…そ、そーですよね!あー!びっくり!窓から飛び降りようかと思いました!」
「なんでだよ!?」
「夢かと思ったので。内臓パーン!、的な」
「星野!雪積もってるからそう簡単にパーンは出来ねェぞ!?クッションになるからな!」
「沢村、お前まだいたの?」
「なにー!?さっきからここにいたっつーの!!」
「はっはっはー、つか俺先輩ね」


やっべェー…何言ってんだ俺。
あんまりにもサラッと、可愛すぎ、なんて出た声に自分が驚いた。

騒ぐ沢村を余所に、ふぅ、と息をついて髪の毛を掻き乱す。なんかな、うん。今日は、熱ィ。


「あれ?御幸先輩、顔赤くないですか?」
「へ?…全然?んなことねェだろ」
「いえでも…むむむ…」
「な、なんだよ?」


ジィッと俺の顔を見つめて星野が1歩、また1歩と近付いてくる。俺もそれを受けて1歩1歩と後退るわけなんだが如何せんここは窓の際も際。
すぐに、トン、と背中が窓につき下から覗き込むように俺を見つめるデカい目に丸い瞳。その中にうっすらと俺の姿を映す影が見える。
意識が全部星野に持っていかれるその感覚に息を呑む。それはすげェ満たされるようで、少し恐ろしく、アンバランスな揺らぎに緊張していく心臓が経験したことねェ跳ね方をしていく。

う、お…っ顔が赤くなっち、ま…う…!


「葵依ー」
「あ、なにー?」


後ろから金丸に呼ばれた星野がくるりと振り返る。


「御幸先輩、なにしてんスか?」
「気にすんな」


っつーのも無理かもしれねェ。
沢村に、具合悪いんで?、と気遣われんのも俺がしゃがみ込み口元押さえてたりすればそりゃ誰だってまずそう思うのが妥当だろ。後輩に、しかもバカに気遣われんのは情けねェことこの上ねェがあと少し…な。どうしてか顔が熱ィし…口元が締まる気がしねェし。
くー…、と小さく呻く俺の頭の中にはどうもさっき俺を心配そうに真っ直ぐ見つめていた星野の顔が鮮明に焼き付いていて廊下のなんの汚れか分かんねェそれをジッと見ていたって消える気配もねェ。
汚れってずっと見てるとなんかの形に見えてくるっつーよな?
…………。
見えねェ。
全然見えねェ。星野の、さっきの顔しか浮かばねェ。


「今日部活オフになったんだけどよ」
「なにィー!?そうなのか!?金丸!」
「あぁ、さっき東条から聞いた。つかお前御幸先輩から聞いてねェのかよ」


あ、悪い。言ってねェ。

しゃがんだままの俺の後ろで広がる話題に少しだけ冷静になる。


「なら雪合戦しようぜ!!な!?」
「バーカ、それよりやることあんだろ?」
「……?投球練習?」
「すべてをてめェの基準で図るな。そうじゃなくて、買い出しだ、買い出し」
「買い出…あぁ!明日のな!!」
「てめ…!言い出しっぺのくせに忘れてたのかよ!!この雪でマネさん買い出しに行かせんのもかわいそうだから俺たちで行こうぜ」
「おぉー…!漢だぜ!カネマール!!」
「それで、信二。私にはなんの用?」
「あー…、一緒に行くか?」
「……私も女だけど」
「分かってんだよ、んなことは!嫌になるほどな!!」
「嫌になるのか?金丸」
「嫌になるんだね、信二」
「こ、んの…!うるせェバカコンビ!!っ……だから!カラオケ!行きてェっつってただろ!!」
「い、行く!!」
「俺も!!おーれーもー!!」
「バカ村騒ぐんじゃねェ!!あー…、なら他の連中も誘って…んで、これ買い出しのメモな。梅本先輩から預かっ……!み、御幸先輩?」


サッと立ち上がり金丸の手にあった小さな紙を手に取る。
驚き目を見開いたのは金丸だけじゃなく、沢村も星野も女の子らしい可愛いメモ帳に書かれたらしい買い出しメモに目を落とす俺をどうしたのかと問いただしたそうに見ているのが分かる。


「金丸、買い出しってこんだけ?」
「あ……は、はい」


嫌になるほど、星野が女の子だって分かってる……って。それってつまり、自分でもどうしようもねェほど星野を意識してるっつーことだろ?
バカ2人は気付いてねェみてェだけどな。

薄々感じてはいたが、金丸は星野のことを想ってんのか?


「星野ー、金丸たちとカラオケ付きの買い出しと、俺と2人きりの買い出し、どっちがいい?」
「え!?」
「はあぁ!?ちょ、御幸先輩!アンタ何言ってんスか!?」
「いやぁ、たまーに主将らしく皆を底からサポートしようかなーって思って?」


メモをヒラヒラと揺らしながらニッと笑う俺に沢村は、殊勝な心掛けだ!!、と感心してやがる。つかなんでお前が偉そうなんだよ。

一方の金丸は俺の真意を探るように目を細めてから目線をサッと俺から逸らす。星野は、ぽかん、と阿呆っぽく口をパカッと開けて俺を見つめてる。あー、その口の中に見えんのがパインアメな。……甘っめェ匂いだな。んで、なんつーか…誘われる。


うん?、と星野をジッと見つめてもう1度問い掛ける。
そんな俺に息を呑みカァッと真っ赤になり俯いた星野の手が遠慮がちに俺のブレザーを掴んだのを見ていたら俺もカッと全身が熱くなる。
落ち着かねェけど、心地悪いわけじゃねェのが…不思議だ。


「い、行きます。御幸先輩と、買い出し。2人きり…が、いいです」
「!…まぁ行くなら2人じゃねェと意味ねェしな」


なんだこれすげェ恥ずかしいとか、どうかしてる。相手はバカとしか思ってなかった後輩。阿呆なんだと一蹴してた星野のアプローチ。
いつから星野がそう見えなくなったのか。星野に可愛いだなどと、そう思う今に少し混乱していて…やけに腑に落ちてる。

ただ今更素直にそんなことなんて言えるほど俺は大人じゃねェらしい。
無意識に紡いだ言葉が、どんだけまずいもんだったか。


「…そ、う…ですよね…。フリ、しなきゃならないし…」
「っ…あ、いやー…、あのな?星野、」
「心配ご無用です!私、知識だけは無駄に積み重ねてますのでデートする恋人らしく頑張ります!!御幸先輩、マジで私に惚れても知りませんよー?」
「バッ…!100年早ェっつったろ?」
「愛に時間なんて関係ありませんよー。ではでは放課後にお迎えに上がります!その方が効果ありますもんね!!じゃあ!」
「あ……!」


……や、…べ。
徹底的にいらねェ言葉、言っちまった…。

声を明るく出しながらも星野は笑ったり辛そうに顔を歪めたり寂しそうに眉を下げたりと表情は忙しなく変わり、必死に明るく振る舞ってたのが胸が締め付けられちまうほど分かった。
呼び止める間もなく教室へと飛び込んだ星野のいなくなったこの場には俺を責めるように見据える後輩2人。


「御幸センパイ」
「なんだよ?」
「最低ですな」
「……うるせ」


こんな時に限って丁寧な敬語を使いやがって。

沢村に言い捨てて目を逸らしながら買い出しのメモをズボンのポケットに突っ込む。
金丸が、失礼します、と何も言わずに教室に入んのも地味に堪えんなー……。


「俺は色恋のことはよく分かんねェッスけど、星野はアンタなんかのこと本気ッスよ。じゃあ俺も失礼しやす。買い出し、ちゃんとやってくだせェよ!?」


なんか、ってなんだよ…なんかって。

たはは、と苦笑いが零れる。もうじき授業も始まる。そうそうのんびりもしてらんねェから教室へ戻ろうと歩き出しながら1年C組の教室を眺めるものの星野は見えなかった。

もしかしたら、俺が見えていなかっただけで星野はああして俺の言動に傷付いてたのか?
そう思うと……心当たりだらけじゃねェか…。うお…自己嫌悪半端ねェ…!


「…こりゃ、相当頑張らねェとな……」


1年のフロアから階段に差し掛かるところでもう1度振り返れば廊下には金丸と、さっきは見えなかった星野がいて、金丸に見せる俺に向けたのとは違う無理のねェ笑顔を見て俺はそう呟きズボンのポケットに突っ込んだ手でメモを固く握り締めた。



何かを気付いた
「御幸ィ、何見てんだよ?……は?盆栽の雑誌?」
「いや、どっから始めたらいいのかまったく分かんなくなっちまった」
「はあ?」
「考えてっから後でな」
「倉持、倉持…こっち、こっち。ちょっと来て」
「あ?つか、だからなんで俺ばっか呼び捨てなんだよ!」
「御幸くん、さっき色んな子に、クリスマスプレゼント何もらうのが嬉しい?、って聞いてたよ?」
「あー?」
「でもなんていうか、御幸くんってさ」
「あ?なんだよ?」
「野球以外はからきし駄目なんだね」
「あーそれな。そうな、駄目ダメだな。ヒャハハ!!」


続く→
2015/07/11


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