静かな部屋で最恐の上司とソファーにテーブル挟んで座り2人。部屋の外からは広報部の同僚たちが楽しげに話す声が聞こえて目線をそろり…。そろそろ心臓がしんどくなってきた。
でも…今は大事なことをしてるその真っ最中だから、頭と心の中をクリアにして手に持つ書類に集中しないと。例え上司であるカイルに何時間もお説教をされたその後だとしても。

MLB30球団の中でここ数年ずっとランキングで中堅止まりのうちの球団。課題であった投手補強は成宮くんを獲得して2年目にしてだいぶ改善されたものの、それでも今年はワールドシリーズまで進むことが出来ずファンたちの間では辛辣な意見も多く上がっている。
各球団の運営陣が一同に会すウィンターミーティングを前にして広報部からも改善点を挙げなければならず、それが選手の去就に関わるとなれば今は私情なんて二の次の次の次ぐらい。手にする書類には主力選手の成績やイベントでの評判、グッズの売上も含めて纏めてあり、そのすべては各部署が就いている選手についてそれぞれ責任を持って作成しそのすべてを皆で共有する。どんなに選手に不利な情報であっても隠匿せず、そしてその逆が起こらないようにするために。私も広報部で例に漏れることなく担当する選手のことをつぶさに報告してる。

さて…ロイ。次年度が契約最終年。今年の活躍はコンスタントでファンからの人気も申し分なし。けれど球団は新たに得点力強化を図る方向で新戦力への獲得へとスカウトが動いている節があって本当に正念場。アンディー…は、大丈夫かな。怪我も故障もなし。打率や得点力も上場で勝負強さの他にもあの明るさがチームにもたらすものは大きいはずだし。


「成宮はどうだ?」
「!…それは肩のことですか?」
「あぁ」
「纏めて報告に上げたはずです」
「聞いていることに答えろ」
「……本人は違和感に気付いています。トレーナーの中嶋さんと自主練のメニューを投球フォームの崩れの調整にしているので。ですがこちらから言い出さない限り成宮から申告があるとは彼の性格やプレイスタイルを見るに考えられません。メディカルチェックを通じてオフの間になんらかの対応が早急に必要になってくると考えます。ファンやイベントでの対応、グッズの売上は国内に留まらず日本でも好調なので来季は主力選手と一緒に何かを企画してみてもいいと思う旨を広報部で提案しています。オフの間、日本で予定される取材やテレビ出演の一切は私が帯同します」
「………」
「以上です」
「それは虚偽のない報告か?」
「!っ……どういう意味ですか?」


思いがけないカイルの言葉に心臓が跳ねて全身が固まる。問いかけ以上も以下にも他意が無いと分かる純粋なそれは私の声を掠らせ怒りを沸かせるには十分で、カイルを睨み手にしていた書類をテーブルに置き手を震えないように強く握り締める。落ち着け。冷静に。


「私の言葉に信用がありませんか?」
「あぁ、ない」
「は……?」


なにを、どうしてそんなことを言うの?
怖く時に横暴で、けれど選手には何を置いても献身的な尊敬する上司に浴びせられるこの言葉は私にとって蔑みと同じだ。そしてカイルもそれを理解して私に答えているのだと、漸く書類から上がった両眼が迷いなく私を捉えるから分かる。

1度抜けてだらしなく開いてしまった手をまたギュッと握り締める。痛い。痛いけど、心の方が…ずっと痛い…!
口を開いても出したはずの声が音にならなかった。しっかりしろ!と心の中で自分を叱咤して息を多めに吸い込みまた口を開く。


「理由は、今日の一件ですか?」
「そうだ」
「っ……」
「俺が成宮に専属就きになる前に言ったことを覚えているか?」


ぱさり、とカイルもテーブルに置いた書類が渇いた音を立てる。その音にさえ、びくりと身体が震える私を一瞥したカイルは小さく溜息をついて立ち上がりデスクの方へ向かう。


「成宮はプレイボーイだ。広報のお前が成宮とスキャンダルになるのは勘弁してくれと、そう話したな2年前にこの部屋で」
「覚えてます…っ」
「そうか」


覚えてる。成宮くんの情報を事前にもらい全てチェックした後のことだった。当時の私はアンディーの専属就きも検討されていたけど、成宮くんの契約条件として言語の不安から通訳が希望されていたから適材かは別として適所として用意された初めての専属就き。怒られっぱなしだけど決して私を見放さなかったカイルが私を認めてくれたと感じたあの日。
カイルがデスクの椅子に座りタバコに火を点ける音を聞きながら私はあの日のカイルの信頼を裏切ったのだと自責の念に駆られる。けれどそれに対しても自分で自分に絶望する。ぐらぐらと目の前が揺れるほどの目眩がして気持ちが悪い…。


「こうして公になった以上、成宮の報告はお前の名前では出せない」
「っ…はい」
「一先ずさっき成宮にも話した通り1週間の謹慎だ。その間の成宮の担当は俺が引き受ける」
「…私の解雇もあり得るということですか?」
「可能性の1つだ」
「分かりました」


悔しい。この野郎。ふざけんな。そう叫びたい心をなんとか押し込めてカイルを見据える私に、人でも殺しそうだな、などと淡々と言うカイルはタバコをずい白い煙を吐く。


「成宮のあのプロポーズが本気だろうと気まぐれだろうと関係ない。今まで節操なく手を出してきた成宮がついには自分の広報にも手を出したのだと世間に思われるだけだ。そしてその原因は隙を作ったお前にある。自分の就いている選手に手を出した広報を誰も信用はしない」
「っ……」
「その事実を十分に理解し謹慎を過ごせ」
「はい」


私に、今できることの最善を。
私の言葉は今や信用ゼロ。何を言ってもカイルの言う通り、私は専属で就いた選手に手を出しただらしない広報だ。成宮くんに隙を見せなきゃ、こんな風に彼が言われてしまうことはなかった。広報失格…っ、そんなこと誰に言われなくても分かってる。

立ち上がりカイルに頭を下げる。何も言葉が返らないのはいつものことだけど、今日はいつもよりずっと沈黙が重たい。
頭を下げたまま、お願いします、と声を絞り出す。


「成宮くんのことを、よろしくお願いします」
「………」
「それから1ついいですか?」
「聞く耳はないが喋りたきゃ勝手に喋れ」
「えぇ、そうします」


あなたはそう言う人。何も言わない人の言葉は聞かないし言う人の言葉はちゃんと聞く。分かりにくく冷淡なようで温かい人。

頭を上げてきっぱりと答えた私にカイルの横顔が心なしか緩んだような気がした。


「成宮くんは節操がないように思われがちですが、誠実な人です。これは私が彼とどうなろうと彼の専属として2年間就いてきて確かに感じた私の中の事実です。カイルが成宮くんの広報に就いてくれるというのなら、絶対にそのことを忘れないでください」


それでは失礼します。カイルから返事がないのは分かってたから言いたいことだけ言わせてもらいテーブルに置いていた書類を手にカイルの部屋を出た。
謹慎、かぁ…。ポケットに入れているスマホがなんらかの通知を震えて教えてる。もう何回も。一体誰からかは分からないけど今は確認する気になれない。疲れたな…。日本から戻ってきて、成宮くんから大きなバラの花束を渡されてプロポーズまでされて。またたく間に拡散されたそれに応じてカイルに呼び出されて……もう3時間になるかな。腕時計で時間を確認しながらデスクに向かい謹慎に入る準備。同僚に、元気出せよ、と声を掛けてもらうのも申し訳なくて上手く笑えない。デスクに置いていたバラの花束がオフィスの温かさで心なしか花が開いたように見えて、その綺麗さにほんの少しだけ救われたような気がした。


「おっ疲れー!!」
「…あれ?なんでいるの?」
「へへっ、なんだと思う?」


当ててみて!!と意気揚々とタクシーの窓から顔を出して嬉しそうに笑う彼。成宮鳴。嬉しそうで楽しそうで、爛々と輝く目が青く澄んでとても綺麗。そう思うと動かさないようにしていた感情が引っ張られて揺れ動き目に涙が滲む。やだ…私、なんでこんなに泣きやすくなっちゃったんだろう。成宮くんが遠慮なくズカズカ入り込んでくる心の中は泥がつくどころか溜めていた澱が取り除かれるの、ちゃんと私は分かってる。まだ成宮くんへの想いが、自分の中の倉持への想いだって整理できていないからはっきりとは分からないけど心の琴線が緩んでいる時にこそ彼とは居たくない。

抱えていたバラの花束に顔を伏せて涙を堪え奥歯を噛み締める私を、陽菜、と成宮くんが優しく呼ぶ。


「一緒に行こうよ」
「!…え、」
「監督にもカイルにもちゃんと許可取ったしさ!俺の家に一緒に帰ろう」
「っ…や、やだ」
「はあ!?なんで!?」


無理!絶対に無理!目を細め本当に愛おしさを伝えてくる成宮くんと1週間、一緒にいられるわけない!

ブンブンと首を横に振って、やだ、と言葉を重ねる。ふわりと鼻腔に抜けるとむせ返るぐらいのバラの香りにまた泣きたくなってしまう。
私は、彼の専属広報。この仕事には自分なりに、ちっぽけかもしれないけどちゃんとプライドを持って向き合ってる。せめて広報を離れてからというけじめもつけられず成宮くんに隙を与えてしまい、あまつさえ彼が評価を落とすような事態を引き起こした自分が自分で許せないの。

ギュッと唇を結び眉間に皺を寄せる成宮くんを真っ直ぐ見つめる。成宮くんは何も気付かなくていいよ。私は広報として成宮くんを守りたい。


「だ、大体なんで私だけ!?成宮くんは、謹慎1週間、ってだけ言われただけ!」
「それだけじゃねェって。缶コーヒー投げられたじゃんしかも豪速球」
「3時間も怒られた私への言葉はそれじゃ許せない」
「んー?…好きだよ、陽菜」
「っ……もう!」
「さ、行こ!終わったんでしょ?これからしばらくオフだし、ゆっくりできるしね。乗りなよ」
「ゆっくりできるのは成宮くんだけね」
「なーに言ってんのさ。カイルが言ってたじゃん、しばらく謹慎って」
「謹慎って仕事をしないって意味じゃないよ?」
「気にしない気にしない!その間に結婚式のこととか、決めなきゃいけないこと山ほどあるんだからこの時間を有意義に使…」
「…え?」
「へ?」
「あの…結婚?私たち、まだ付き合ってもない…」
「………」
「………」


タクシーの運転手に行き先を告げて扉を開けた成宮くんの目がぱちくり。私の目もぱちくり。え…ちょっと待って。私たち、とんでもない認識の違いが今発覚したかも…!


「………はあ!?」
「だ、だって…っ」
「あー!もういいよ!ほら!!」
「え、や…!」


グィッと腕を引かれて倒れ込むようにして成宮くんの膝の上。置かせて!とばさりと成宮くんが音を立てながら助手席に置いたのが私の抱えていたバラの花束だと理解した時にはタクシーは走り出して成宮くんの膝から身体を起こしながら絶句。


「強引…!」
「よーく話を聞かなきゃなんねェみてーだし!」
「だからってこんな…!」
「日本でのこともね」 
「!」
「……泣けば?さっきから唇噛み締めっぱなしで、こっちが痛い」
「っ……」


とにかく抗議する私の唇に指を当てて緊張を解くように力を入れた成宮くんの真剣な低く響く声に、馬鹿…っ、と呟く。


「泣くわけない」
「ふうん、可愛くねェの!」 
「それで結構です」


フンッと不満そうな成宮くんがタクシードアの窓枠に頬杖をついて窓の外を眺めるのを見て、ホッと小さく息をつく。
普段軽口ばっかかと思えば驚くほどちゃんと人を見ていたり、鋭いところを突いてくるから気が抜けない。中途半端な気持ちのまま成宮くんに中途半端に向き合うのはやめなきゃ。

ギュッと手を握り締めたけど、ずっと握りっぱなしになっていたみたいで上手く力が入らなかった。その私の手の上に成宮くんが自分の手を重ねて包み込むように握るから、私は反対側の窓から外を眺めるふりをして泣いた。


2020/03/01

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