試合前っつーのはどんな試合だろうとピリピリと緊張の糸が張るもんだ。
ましてや日本シリーズでプロ野球の頂点が今日決まるかもしれねェゲームなら尚更。おまけにそれをホームで迎えられるかどうかってんだからいつも以上に熱が入るに決まってる。

そんな最中、もしかしたら初めてかもしれねェ奴からの着信に気付いたのは偶然にもスマホを触っていたからだ。
間違いじゃねーだろうな…。


「…もしもし?」


"成宮鳴"とは、いけ好かねェ同期ピッチャーだ。多分習性だとか性分だとか、そういう根本的なもんが俺とは合わねェ。御幸の野郎みてーにヘラヘラ笑ってあの俺様っぷりを笑い飛ばせねェしな。だが認めたくはねーけど同期の誰よりも先にメジャーへの挑戦、そして結果を出し続けるアイツはまだあっちにいるはずだ。着信にも眉根を寄せたって不思議じゃねェし、不信感から声に訝る色が含まれても仕方がないだろう。
電話の向こうでもアイツが同じように面白くなさそうに、開口一番何を言うのかと思えばさっさと切りやがる。
はあ!?とスマホに向かって怒りをぶつける俺は試合前のウォーミングアップを終えロッカールームに入ってきたチームメイトになんだどうしたと気遣われる羽目になったんだが。

こういう時にピンとくる予感っつーのを無視しちゃいけねェんだと、それを俺は身を持って嫌というほど知っている。
迷ってる暇はねェ。
間違いかもしれねーけど、それならそれで別にいい。元よりまだ俺"たち"に正解がどれかなんて始まってもいねェんだ。
怪訝そうなチームメイトに手を上げ問題ないと示してからスマホを操作し耳に当てる。発信音とは違う自分の高鳴る鼓動が耳の奥に感じられて俺は無意識に奥歯を噛み締めた。


《もしもし、どうした?今から試合だろ?》
「…お前、暇だよな」
《お陰様でな》


お前のチームに負けたからシーズンオフだ、と続ける電話口の相手にグッと言葉を噤む。
どう言う?どう話す?確信はねェ。コイツも自由が利くような立場じゃないのは分かってる。ただ、コイツが高校の卒業式で、なんでだよ、と振り絞った声の悲痛さを俺はまだ覚えているから俺は真っ先にコイツに電話をしたんだ。


「頼み事がある」
《!》
「今日の試合にアイツが来てるかもしれねェ」
《アイツ…?》
「陽菜」


口にすんのも酷く久し振りで、ぎこちない動きをしたような気がした。それがまたどれほどの時間が経ったのかを改めて思い知る。
は…?と掠れた声を返してきたコイツ、御幸も同じはずだ。
試合に向けてバタバタと賑やかになってきたロッカールームの中で御幸が、陽菜、とアイツの名前を繰り返した。

三森陽菜は、俺たち世代の野球部マネージャーだ。
俺たち男子にも負けねェ気の強さがマネの中でも目立って何かと接しやすかった。器用な方だったんだと思う。アイツが卒業式に出席してなかったのは寝坊かなんかじゃねェかと、片岡監督から簡単な経緯を聞くまでは俺たち全員笑って話してたぐれェだしな…。親の仕事の都合で外国へ行かなきゃならないことを、甲子園優勝後すぐに聞かされたらしい陽菜。しかも卒業式の直前に行かなきゃならねェから卒業証書を自由登校中に受け取ったとか…。なんで話さねェんだと責めたい気持ちよりも、思い返しゃいくらでもサインはあったのに気付いてやれなかったことの後悔が今も胸の奥深くで重たく沈んでる。
ただ、陽菜が残したメッセージにそれを少し軽くしてもらったなんざ情けなくて悔しくて、こりゃ死ぬ気でやるしかねェと一層奮起したのも事実だ。
卒業式の日、事情を聞きに行った御幸と俺とゾノの3人に片岡監督が口角を上げて言った。
"今回はアイツの勝ちだな"と。聞けば俺らを騙し通せるものかと監督が陽菜に言ったらしいがまんまと騙されちまった。負けっぱなしじゃいられねーんだよ。
あれから8年。
俺の当時の気持ちとも決着をつけなきゃ前には進めねェしな…。

御幸からの、なんで?、と至極真っ当な疑問に成宮からの電話内容を話す。ただあまりにも抽象的で、陽菜がこの球場に来ると断じる確固たる理由なんてねェ。そう話す俺に御幸が、ふうん、とどこか面白そうに返すのに舌打ちをする。


《よく分かんねーけど、分かった》
「どっちだよ」
《どのみち球場には行く予定だったしな。探すだけ探してみるわ》 
「…おー。捕まえといてくれや」
《席は2階内野側指定ボックス席》
「ケッ、いい席だな」
《彼女が一緒だからな》


お前も招待してんだろ。
その御幸の言葉には返事をせず、頼む、とだけ言葉を重ねて電話を切った。と、同時に画面にメッセージが届いたことを知らせる通知を確認して何回かタップし開く。
"頑張って!"という短いメッセージと可愛らしいスタンプに既読をつけたものの、今はなんて返事をしたらいいか分からずスマホはカバンに突っ込んだ。試合の結果如何で俺にも何か答えが出るだろう。


「おー!今日は満員だな!」
「ッスね」
「こりゃ何が何でも決めるしかねーな!」


ニカッとベンチから身を乗り出し客入りを確認したウチの主砲が言う。頼もしいんだよな、この人。そいつが笑うとなんでも出来ちまうみてーな、そういう空気を作れる人間ってのはいるがこの人はそういう人種だ。
頷き笑い返す俺も自然熱が入る。…内野側っつーと…こっからは見えねェか。見えたとしても8年。俺たちはお互いに変わっちまってるはずで、顔なんざ記憶の中から成長することもなく変化もない。そりゃそうだ、と小さく息をつく。


「倉持もあと盗塁3つか!」
「はい。今日決めてやりますよ!」
「頼もしいねー!監督も期待してんぞ!」
「うっす!」


プロに入り、青道で過ごした3年間よりもより多くのことを吸収し人間関係は広がりその中で今の俺という人間ができている。
その中には何人か付き合った女も含まれていて、俺は年相応に大人にはなってんだと思う。歳の頃を思えば、そろそろ結婚も視野に入っておかしくねーんだと思う。


「そういや」
「へ?うおっ!」


ガッと後ろから肩に手を回しがっつり体重をかけてきやがる先発投手の音を落とした声に耳を傾ける。まぁ大体想像つくけどな。

にやりと笑う口元から目を逸す。


「彼女、観に来てんだろ!?」
「はあ、多分…」 
「多分ってなんだ、多分って!あ!さてはお前、別れ…」
「残念ながら別れてないッスよ」
「ほー。なら今日見事にトリプルスリーを取ったら暁にはお前にヒーローインタビュー譲ってやるよ!」
「アザッス」


その前に先発頑張れよ、などとはまさか先輩には言えず。ニッと笑う俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回して、さーて!、とその人が腕を回す。
…さて。切り替えだ。こっからは私情抜きで自分とチームのためにやってやる。

試合は終盤まで拮抗して進んだ。どちらも譲らねェ攻防に球場全体がいつ切れるか分からないほどの緊張感と高揚感で張り詰めていて俺自身も塁へ出てリードを取りながら口が心臓が出ちまうんじゃないかと思うほどの心臓の高鳴りを感じる。
フゥー…、と長い息をつく。
球場が揺れる感覚ってのは嫌いじゃねェ。むしろ背中を押される感じさえする。味方も敵も、いいプレイには称賛を送るこの空気感が堪らなく好きだ。

"私は絶対に見てるからね"

アイツはそう言った。
くじけそうになると頭の中でいつもその言葉が響いた。きっとこれからもそれは変わらねェんだと思う。みっともねェ姿だけは見せてたまるか。1人で何も持たずに行っちまったアイツにだけは、そういつも思ってた。まだ青道の制服を来てニッとまだ幼さの残る顔で言うアイツは今どんな顔をしてんのか。

フッと顔を上げた。キャッチャーとピッチャーがタイムを取りマウンドで話すその間に内野席を見遣った俺は多分、引き寄せられたんだろうと思う。


「陽菜」
 

そう小さく呼んだ声は誰にも聞こえやしねェだろう。でかい何人も収容する球場の観客席の中でアイツ1人を見つけんのはそう簡単じゃねェだろうと思ってたが、御幸はどうやらやってのけたらしい。
御幸が陽菜の被る赤いキャップを取り上げ俺に向かって振る。それを見る陽菜がゆっくり俺を見る瞬間、やべ…音がなくなった気さえした。
俺の記憶にいる陽菜とは似ても似つかない大人の陽菜が御幸の手からキャップを取り上げ被ってから俯いた。顔なんざはっきりとは確認できない距離にじれったくなって舌打ちする。
あぁ、分かってたよ。
ずっと分かってた。陽菜とまた会って話すには俺があの時の約束を守んのが最短距離なんだと俺は分かってた。その結果、今の俺たちがどんな答えを出すかは会ってから考えりゃ良かったんだ。くそ、ウジウジして馬鹿かよ俺は。


「!っ…あのヤロ…!」


ヒャハハッ!とつい笑ったのは陽菜が腕を高く掲げてぐるりと回したのを見たからだ。
"回れ"?んなもん、お前に言われねェでもやる。黙って見とけや。メットのツバを掴み下を向きまた長く息をつきスパイクで土をかく。どうやら終わったらしいタイムにゲームが再開されるのを感じ塁から大きくリードを取った。わぁ…!!と球場が揺れるほどの盛り上がる。あと1点、あと1盗塁。貪欲に手を伸ばせ。これまでもこれからも、伸ばさなきゃ掴めるものなんてなにもねェ!

ピッチャーのモーションを盗み走り出す俺の耳に聞こえた1つの声に奥歯を噛み締めた。

俺は辞めてねェぞ。
約束も守った。
見てたかよ?

ザァッと地面を擦り辿り着いた塁でセーフの判定を受けるとまた球場が揺れる。
グッと腕を掲げる先は内野席じゃねェ。球団のファンと一緒に盛り上がるのが好きなアイツに向けたガッツポーズだ。
俺の名前を呼んだ声は陽菜のものじゃねェ。これほどの音と声の溢れるこの場所で真っ直ぐに俺へ届いたその声はプロになりしばらくしてからできた彼女のものだ。
俺の側で俺を支え時に喧嘩をし、同じ時を過ごしてきた。
グッと一瞬泣きたくなるのを喉の奥に押し込め陽菜に背中を見せる。今のお前には今の俺がどう見える?


「放送席、放送席!こちら日本一に輝いた本日の試合のヒーロー、トリプルスリーを達成した倉持選手を招いてヒーローインタビューをお送ります!!」



あの日の残像にさようなら
(あの時にお前を好きだったのはあの時の俺なんだ)


続く→
2020/08/11

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