少し前まで廊下を歩けば声を掛けられた。

『御幸くん、プロ志望なの!?』
『倉持は!?』
『凄いよね野球部!!他校の友達からもよく聞かれるもん!』

こんな話題はもうしょっちゅう。それと、なんで倉持だけ呼び捨て?、という切り返しがセット。御幸と倉持の人付き合い偏差値をよく知れるやり取りとしてこっそりマネージャー達の間で楽しまれたのはここだけの話しなんだけど。
それももうすっかり落ち着いた。人のことで騒いでいられる時期は過ぎ、日を追う毎に進学へと追い込まれる雰囲気が流れる中でスポーツ推薦などですでに決定された進路を待つだけの面々の多い夏に全国制覇を果たした野球部。国体や世界野球へ出場し誌面を長く飾る選手もたくさんいたからこれ以上ないほど彼らは高校野球を満喫したはず。それでも、まだまだ、なんて言って底知れない向上心と貪欲さを見せるんだから真摯というか野球バカというか。


「と、いうわけでね。ハイ、チーズ!」
「……は?」
「は?、じゃなくって!こっち向いて笑って?」
「はっはっは、いきなりなんなのか分かんねェけど陽菜がとびきり可愛いおねだりすんならやってやる」
「御幸くん、陽菜のお願い」
「うん、なんかごめんな」
「御幸殴る!」
「待てって三森ー!それバット!!マジでやばいやつ!」
「止めないで東尾!!コイツ殺れるなら悔いはない!!」
「お前なんかに殺られねェよ」
「なんだとー!?」
「煽るな御幸ー!!」


この男はー!!数多くの雑誌や新聞で見せてきた胡散臭い営業スマイルはどうしたのよ!!あぁそうですか。もうお金発生しちゃう感じですか。さすがドラフトで2位指名された男は違う!!

いつの間にか東尾どころか工藤にも腕を抱えられ押さえられていた私。青道野球部で1年の頃から幸子や唯と一緒にマネージャーをしてきて最近ふと思った。
確かに私は彼らと過ごしてきてたくさんの経験をさせてもらって、それは他の人がなかなか得られないかけがえのないものになった。


「もういいよーだ。東尾と工藤は一緒に写真撮ってくれる?」
「いきなりだな」
「そのカメラ、どうしたんだよ?」


なんかすげェ高そう、と笑う東尾に、へへーん、と笑う。御幸が後ろでバットを振りながら、分不相応じゃねェの?、と厭味を言ってくる室内練習場。コイツ…!世間に本性バラしてやりたい!そんな事してもきっと私が針のむしろだろうからやらないけど!

どうどう、と工藤に女の子に対してそれってどうなの?な宥め方をされ口を尖らせながらも手にするカメラを掲げて2人に見せる。2人に!御幸は含めない東尾と工藤2人に見せる。


「写真部の藤岡くんに借りたんだ」
「あぁ、俺同じクラスだ。え、三森って藤岡と面識あったんだな」
「うん。1回も同じクラスにはなかったことないけど」
「へー」
「あれ、でもきっかけが思い出せない。いつからだっけ」
「馬鹿だからな」
「御幸ぃぃー!!」
「どうどう。落ち着け三森」
「ま、2人のこんなやり取りを見れるのもあと少しだと思うと貴重に見えるから不思議だけど」


野球部を引退してクラスも違う。けど会えば相変わらず、今もこんな風に当たり前のようにからかってくる御幸もその御幸の練習メニューを考えてる東尾と工藤もみんなみんな…もうすぐ卒業。
だからこそ、なの。


「みんなとのアルバム作りたいなぁって思って」
「アルバム?」
「うん。だって取材とかでチームの写真撮ってもマネージャーは写らないことがほとんどだし…」
「まぁ、そうだな」
「卒アルとかにちょこっと集合写真が載るだけっていうのも寂しい」
「なるほど。それでカメラか」
「うん。実はもうすでに監督と太田部長と礼ちゃんには話しをしてオッケーを貰ってるの。部員から1人500円徴収してフォトブックを作ります!」
「金取るのか」
「世の中そんなに甘くないよね」
「ほぼ強制徴収だけどな」
「え、いらない?」


なんて聞くけど、いらない、と言われても自分のために1冊でいいから作る所存。

今更だけど改まって聞く私に顔を見合わせる3人。あー…そうだよね。いきなりだし…やっぱり嫌?
藤岡くんに使い方を教えてもらったカメラをジッと見つめていれば、ったく…、とすっかり聞き慣れた御幸の嘆息。


「そういう事は全員がいる時に言えよ」
「!」
「三森は良い意味で向こう見ずだからなぁ」
「俺は賛成だよ。てか反対する奴いないって」
「本当!?ありがとう!!」
「3年グループのLINE回すから後はお前がやれよー」
「うん!!」


厭味も意地悪も多い御幸だけど思い返してみればこうしてフォローしてくれた事はたくさんあった。フッと笑いまた素振りを再開させる御幸の姿が最初の1枚。

カシャッ、と特有のシャッター音も聞こえないくらいのバットが空を切る見事な音をあと何回聞けるだろう。
青道野球部からプロへ進むのは御幸と倉持の2人。白州やノリくん、ゾノは六大学や東都リーグの端である大学へ進学するしみんなで作り上げたみんなの野球が確かに道を作っていることを私はマネージャーだけど本当に尊敬してるんだよ。

というのは、


「はいもう1回ー。カメラ意識し過ぎて身体開いてるー」
「可愛くねェー…」


絶対言わないけどね。


その日から私の野球部3年密着カメラマンな日々の始まり。
唯と幸子は大学入試で予備校などで忙しいからすべては私に任せてもらった。それでもあの2人は出来る限りの協力をするって言ってくれるんだから本当いい子たち!


「おわっ!お、おま…!おったんなら声掛けんかい!」
「え、嫌だよ。声掛けたら素のゾノ撮れないでしょ?」
「くっそぉー!ノ、ノリ!このジャージおかしないか!?」
「え?別に」
「別にてなんや別にて!」
「いいからほら。2人共気にしないで続けて」


あはは!ゾノ、カメラすごい意識しちゃってるし!…良かったぁ、気付かれる前に何枚か撮れて。一心不乱に素振りしてるゾノはカッコイイ。カッコつけようとするとすごい格好悪くなるけど。

そういえば……。
1年の頃から3年間ずっとゾノは同じクラス。2年の秋大までは3年生の影に隠れて目立った活躍はなかったゾノは当時の栄純たち1年生によく声を掛けていたしスタンドでの応援も誰より声を出してた。私たちマネージャーにも気を配ってくれて率先して手伝ってくれたりして、ゾノにはたくさん感謝してる。2年の夏大決勝敗退時、選手のみんなに見つからないように用具庫の隅で泣いてた私を、しっかりせェ!、と叱り付けてトスバッティングの球出しさせた荒っぽい鼓舞もしてくれちゃったけど不器用ながらに真っ直ぐな優しさに何度も励まされた。


「三森は勉強いいのかよ?」
「ノリ君。大丈夫、私は推薦もらえてるし」
「さすが成績学年上位者。大学どこだっけ?」
「ん?んー、あ!ノリ君もゾノの後ろでシャドーやって!絵になる!」
「別にいいけど…なんか照れるな」
「その照れ顔もいただき!」
「あ!やめろよ!!」
「表紙飾っちゃうかも」
「マジでやめて…」
「もう。こんな事で青くなってたらH大のエースになれないよー?」
「そ、それとこれとは…!」
「はいはい!ほら早く!!」


優しさは弱いわけじゃないよ、ってそんな風にノリ君を御幸に訴えたことがある。あれはいつだったかな。今思い返すと凄い厚かましかった…。投球練習をしている御幸とノリ君の会話がたまたま聞こえてしまって……あ、そう。1年の時。私もまだ御幸の歯に衣着せない性分を理解していなかったしマネになって日も浅かったから後で当時3年のマネ先輩に怒られたんだよね。
攻めきれない優しい性格じゃ強くなれない……みたいなことを言った御幸に、だから御幸は性格悪いんだね!、なんてね…。思い出したくないこと思い出しちゃったなぁ…馬鹿な当時の私。


「お、そうや。三森」
「!…うん?」
「終わったら帰る前に俺の部屋寄れや」
「え…部屋に連れ込んで何をするつも…」
「阿呆ォォォー!!」
「冗談だよ」
「分ァーっとるわ!!」
「それで?」
「もうええ!やらん!!」
「え、なんかくれるの!?ありがとう!!」
「やらんっちゅうとるやろ!!」
「ゾノー!今ならチューぐらいは、」
「ああああ、阿呆ォォォー!!」
「冗談だから」
「っ……」
「そこは、分かってる、って言えよゾノ…」
「じゃ、じゃかしい!!」
「ゾノ大好き」
「俺は嫌いや!!」
「え……酷い…」
「は!?冗談に決まっとるやろが!」
「知ってた!」
「腹立つ……!」
「あはは!」


本当に大好き。恋愛じゃないけど面倒そうにしながらもちゃんと相手してくれるし、ええから寄れよ!?、と結局何かをくれるみたいだし。優しいんだから。

私の言葉に一喜一憂して真っ赤になったり真っ青になったり。そうしながらまた素振りを始めるゾノをノリ君とひっそりと笑い私は2人に、頑張って、と声を掛けまた違う部員の写真撮影へ。
監督に許可もらってるから、部屋を訪ねてみようかな?


「ちょ、も…!あー!!また負けたぁぁー!!」
「ヒャハハッ!!相変わらず弱ェ!!オラ!!5勝目ー!つーわけで陽菜が自販までパシリー!」
「く…!次!次勝つから!!」


倉持の部屋で同室のメンバーの普段の姿を撮ろうと思ったのにうっかりゲームに夢中になってしまいゾノに発見され説教されたのはまた別の話し。



愉快な私の仲間たち
「お前は…!男の部屋にそない簡単に入るなてあれほど……!」
「美味しいー!ゾノ、ありがとう!このプリンどうしたの?」
「たまたまや、たまたま」
「なーんて言ってゾノの奴、お前がいきなり写真が欲しいだとかしおらしいことを言い出したからマネージャーを労わなきゃならねェとかなんとか言って…」
「御幸ー!」
「ゾノ、チュー」
「せんわ!阿呆!!」


続く→
2016/01/29

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