初恋を唄う


恋心は相手が近いと欲張りになって、遠いと募るんだよ。


「哲学的ー」
「でしょ?これに関しては匠と呼んでほしい」
「はいはい。で、匠は今日の合コンに参加してくれるんだよね?」
「え、聞いてた?私の話」
「何回も聞いてるよ伊織のいつまでも終わらす気のない恋の話なら」
「失礼な!終わらすどころかこれからが始まりなの!」


念願の志望大学合格を経たキャンパスライフも何かが足りない気がするのはこの構内のどこにも彼がいないという分かりきっていた事実にまだ心が慣れないから。
私の背の小ささは相変わらず。
新しく出来た友達も小さく頼りなげな私の見た目が引き寄せるのか頼もしいアネゴ肌の子というのも相変わらず。
御幸一也くんに片想い中というのも、やっぱり相変わらず。
変わったのは季節と制服を着ていない毎日とほんの少しだけ切ったついでにふわりとパーマの掛かった髪の毛と毎日ちょっとだけするメッセージのやり取りが出来るようになったというだけ。

背が高く足も長く綺麗で大人っぽい友達が椅子の上で大胆に足を組み直すから慌てて私のブランケットをかける。み、見えるよ!ミニスカートなんだから!


「その好きな人、だってアイドルかなんかなんでしょ?最早2次元の」
「ちーがーうー!!何度も言ってるよ!実在する人だって!」
「いやアイドルだって実在するけどね」


だってさ、と続ける友達にムゥッと顔を顰める私に、食べる?とポッキーを差し出してきたりしてごまかされないよ私は!食べ物に罪はないから食べるけどね!


「会えなくて。名前は明かせなくて。写真も見せれなくて。そんなの漫画みたいなアイドルとの禁断の恋じゃないんだからさ」
「世界は知らないことで溢れてるんです」


なんて言いながら机の上に広げた難しい教科書をシャーペンを使ってパラッと捲ってみる。本当に世界は知らないことばかり。難しすぎて頭がパンクしちゃう。
…こんな時、一也くんだったら。
分からないところを聞いてくれて、くたりと笑いながら勉強に付き合ってくれる。時々からかわれて、怒る私に楽しげに笑ったりするから私も嬉しくなっちゃったりして。そんな日常はもう訪れやしない。ある意味じゃ、友達が正しいかも…。まるでアイドルに恋してるように見えたって…しょうがないのかもしれない。


「会いたいなぁ…」
「スマホの画面の中には誰もいないよ」
「だから2次元じゃないってばー!」
「だけど合コンなら喋り放題触り放題!会えないアイドルより会える身近な男の子だよ、伊織」
「触り放題…」


一也くんがもしここにいたとしても触り放題では、ないなぁ…当たり前だけど。
机に突っ伏してスマホのホーム画面とにらめっこ。一也くんから連絡、来ないなぁ…。最後にしたメッセージのやり取りなんだっけ?…あ、私が送った空の写真に一也くんが福岡の空の写真を返してくれた3日前だ。講義についていくのが精一杯で頭がこんがらがっちゃってたもんだから送るの、すっかり間が空いちゃった…。よし、送ろっと。

彼が近くにいない季節はあっという間に移ろいで写真ばかりを送り合ってるトークルームにはその変遷が見て取れる。
大学近くの桜。学食の美味しかったご飯。よく見る猫ちゃん。恥ずかしながら私を思い出してほしいから頑張って撮った自撮り。最近では金木犀、紅葉したイチョウ、やっぱり猫ちゃんとか私から送る写真はこんな感じ。
話したいことはたくさんあるけど、一也くんと今更始まったメッセージのやり取りは文字を通すと余計に遠くなってしまうような気がして送れば送るだけ違和感にプラスして寂しさが増して今では写真ばかり。
そしてそんな私への一也くんからの返信もまた写真ばかり。まだ使い慣れないのかピントが合ってない写真が多かった春頃に比べて今は綺麗に撮れてるなぁって見返すと改めて分かって顔が緩む。この写真の向こう側で、一也くんが何を感じて何を思いどうして私に送ってくれたのか、やっぱり直接会って…話したいな。

選手寮の近くの桜の木は春にはもう青々とした葉が生えてた。寮の食事。球場の写真や中のロッカールームの写真。球場は1日に朝と夜の写真が送られてきたこともあって、1日中試合や練習に取り組んでいたんだと分かった。残念ながら自撮りされた一也くんの写真は送られてきてないけど、自身が着るユニフォームの写真を送ってくれた。スタジアムの近くには紅葉の綺麗な通りがあるみたいで、薄暗い写真の中で綺麗に紅葉したイチョウの写真が私が送ってからしばらく経ってから返ってきた時はやっぱりいる場所が違うんだということを実感しちゃったり。
西と東、季節の移ろぐ速さが違う。
会いたいと思ったって会えない距離と立場である一也くんのことを話せばまるで2次元な存在だと友達が感じたってきっと仕方がないこと。

私が好きな人はあの御幸一也なんだよ?
もうすぐ1年になる昨年のドラフト会議で指名されて福岡で一軍昇格を目指すあのイケメン捕手の御幸一也くん。
雑誌やテレビで一時期多く取り上げられて今もスポーツニュースをチェックしていれば二軍での活躍が写真と共にインタビューが取り上げられていて、私が知っている彼のことは周知のこととそう大差がないかもしれない。
だから好きな人が御幸一也だと言っても、きっとファンなんだねって…みんな言う。


「会いたいー…」
「コンサートとかないの?」
「うーん…さすがにそれは」


一也くんが…?いやいやまさか。そうじゃなくて。
友達の当然といえば当然の問いかけにプッと笑いながら机から突っ伏していた身体を起こして肩を竦めた。


「試合があれば行きたいんだけど、福岡だもん」
「試合?」


講義室に先生が入ってきてキョトンとする友達に、合コンはごめんね、と苦笑いしてスマホの一也くんとのトークルームを再度見てから閉じた。


大学に入学して新しいことを覚えることが多くなった。メイクはその内の1つで、私が最近とっても楽しいもの。


「この色可愛い!」
「でしょ?艶っぽくなって濡れ感出るから最近のお気に入りなんだけど、つけてみる?」
「いいの?わぁ…ありがとう!」


まるで別人になるみたいな、整形!?と言われちゃうぐらいのメイクにはしないけどスキンケアも含めて一連の流れで肌が綺麗になったり洋服や季節、気分に合わせてアイシャドウやリップ、チークを選んだりするのも気分が上がって楽しい。
友達が出したアイシャドウパレットの中にまだ私が挑戦したことのない色があって、お言葉に甘えて試させてもらう。


「ど、どうかな?」
「いい!似合うー!伊織は顔が童顔だからどうかな?って心配だったけど、小悪魔感増す!」
「童顔!?褒められたの!?今!」
「褒めた褒めた!エロ可愛い!」
「おー…!新しい自分!」


エロさがどんなものかは分からないけど、確かに鏡に映る自分は今まで会ったことのない私。グロスを足してー、と唇に艶々感が乗せられてますます初めましてな私。


「伊織は唇がぷっくりしてて色を乗せるとそれだけでチャームポイントだね。顔もちっちゃいし、羨ましいなぁ」
「変じゃないかな…?」
「全然!可愛い!」
「ありがとうー!」


合コン前に気合を入れる友達たちの中に仲間に入れてもらって楽しくメイクの研究。今日は寒色系に色を纏めた服を選んだからより華やかに見える初めて使う色。自分に合う色をずっと探してたけど、まさか挑戦したことがない色の中で見つかるとは思わなかったなぁ…楽しい!


「伊織はもっと自信持ちなよ。童顔だし背も足も手も小さいし言動も子供っぽい上にいつもお菓子食べてる色気皆無みたいに見えるけどさ」
「ちょっとー!グサグサ突き刺さるー!」
「胸は大きいしくびれめちゃくちゃセクシーだし、さっきも言ったけど唇なんて男が吸いたくなること間違いなし!」
「吸うって、どうやって?」
「え…?あれ、まさか…」
「まさか?」


え、なに?
また友達がキョトンとしちゃってる。その友達から同意を求められるように目線を向けられる他の友達も信じられないとでも言いたげな顔をして最終的に私に目線をみんな揃って返してきた。


「伊織、まだ経験ない?」
「え?……」


顰められた声。信じられないとばかりに見開く目。話の流れからしてそれってつまり……つまり…っ。

カァッと顔どころか全身が熱くなっちゃってじわりと涙目。もうみんなの顔が見られなくて俯く私が小さく、本当にしたかしないか分からないぐらい小さく頷くと、きゃあー!!と友達たちから黄色い声が上がった。

は、恥ずかしい…!
経験ってつまり、男の人と…ってことだよね?ないよ!ないに決まってるよ!じわりと涙が浮かんでギュッと瞑る。
だってずっと一也くんだけが好きなんだもん…!他の人となんて考えるわけがないし…。


「み、みんなはあるの?」
「きゃあー!可愛いー!伊織可愛すぎるー!さすがは我らがマスコット!」
「わぷっ!マ、マスコット!?私のこと!?」


ギュッといきなり私を抱き締めながら、こうなったら誰にも触らせなーい!、なんて不穏なことを叫んで楽しそうだけどやっぱりみんなは経験があるってことだよね!?もー…やだぁ。恥ずかしすぎる…!


「まぁそんなに変なことじゃないよ。これからたーくさん経験するよ!」


そう言われても…。あのね、もうちょっと声量落としてくれたら嬉しいな…。ここは学食だし、すぐ側でそわそわした様子で男子がこっちを見て話しを聞いてるよ…!?

でも…いつか、かぁ。いつか、一也くんと…?


「っ…ないないないない!!ないよ!!」


嫌なわけじゃないけど!!一也くんとそんな風になるなんて想像もおこがましくて…一也くんとしか考えたくないのに一也くんとが1番考えられない複雑な私の心の中。もう自分で言ってて泣きそう…!


「よし!やっぱり合コンに行こう!」
「え!?やだやだ!私は心に決めた人がいるんです!」
「伊織、目を覚ましな。アイドルとは結婚出来ないんだよ?」
「だから違っ…ちょ、待って待ってってば!」
「さー!今日も張り切っていくぞー!」
「話しを聞いてよー!!」


ズルズルと手を引かれて暮れた外へと連れ出され聞く耳に持たずな友達に連れられて歩き出した時にはもう諦めモード。仕方がない…付き合いって大切だから。美味しくご飯を食べよっと…


一也くん、今何やってるんだろう。まさか…一也くんにもこんなことあるのかな?合コン…とか。綺麗でセクシーな女性からの誘惑とか…。
……写真送ったら返ってくるかな…?
友達に連れられてついたお店はお洒落な構えの外観だったからちょっとだけ気分の上がった私はそれを撮って、これからご飯です、というメッセージと共に送った。




初恋を唄う
「やばい!今日、みんなレベル高いよね?」
「うん!1人も外れないし、優しいし空気も読めるし完璧!」
「ね?伊織」
「え、そうかな…?みんな同じに見えちゃった…」
「伊織のアイドルは2次元だからキスできないんだよ?その身体は抱いてもらえないんだよ?目を覚ましな」
「抱い…っ」
「真っ赤!」


2020/11/19



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