3文字を唄う


便利な世の中だと思う。俺は全く使いこなしはしねェし、無きゃ無いで生活出来るとは思う。
けど今の俺にこれは絶対に必要だし希望でもある。
片手で十分操作出来るサイズの長方形の小ささでまるで隣にいるかのような速さで言葉のやり取りが出来るんだぜ?信じられねェよな。文字面だけじゃ伝わんねェ時はスタンプなんてもんもあるし、トークルームの履歴を指でスクロールさせて見ながら顔が緩んじまう。癒しだ、間違いねェ。


「また彼女か?」
「!…また、ってなんですか。またって」


こちとら18年間彼女なんてもんは出来たことがねェ野球バカだってのに、後ろから声を掛けてきた先輩はニヤリと笑い俺の持つスマートフォンを顎で差しながら着替えを始める。

プロ生活1年目。
いきなり一軍に上がり試合に出れるなんて甘い世界じゃねェ。ドラフトで指名され、欲してもらえばあとはこっちがその期待に答えるだけの結果を出さなきゃならねェ。期待と引き換えに重責を背負い今日も二軍の試合に出る日々。
手にするスマートフォンがメッセージがきたことを知らせる機械音を立てて、お!と寄ってくるこの人は今日の先発投手。ったく、投手ってのはどいつもこいつもクセがある。さも当たり前の様に見ようとしないでほしい。


「なんだなんだ?」
「はっはっは、プライバシーですよ」
「はあ?先輩相手にプライバシーなんてあるか」
「高校の頃の友達ですよ」
「お前、友達なんていたのか」


サラッと失礼だなこの人。しかも悪びれる様子も嫌味を言ってる風でもねェんだから口の端が引きつる。


「なんにせよ女関係には気をつけろよ」
「はい」
「んじゃま、お疲れさん」
「お疲れ様です」


俺1人の残るロッカールームは静かなもんで、俺は落ち着いて改めてスマホのディスプレイに目を落とす。

《お疲れ様です!私は今からお昼ご飯!》

「ブハッ!はっはっは!」


やっべ…!1人でいるのに笑っちまう。口に手を当てても、ぶくくっ、と漏れる。メッセージと共に送られてきた写真は大学構内の学食だと前に写真で送られてきたから見覚えのある背景。そこで食べるらしいその内容が問題だ。こらこら。たこ焼きと焼きそばって、祭りかよ。後ろにゃ相変わらず好きらしいお菓子の箱も見える。

もっと野菜とカルシウム摂れ、と打ちそれを見据えながら眉根を寄せる。
文字面だと冷たくなっちまうんだよな。けどスタンプ送りゃいいみてーにすんのも嫌だしな…。便利なんだかなんだかな。既読付いてっし、早く返してやりてーけどがっついてるみてーに見えるのもどうなんだ?いや、実際がっついてはいる。つーか食事の写真もいいけど俺としちゃお前自身の写真が欲しい…なんて、いくらメッセージだとしても送れるか。文字面だけを想像すると気持ち悪ィだろ。
…よし。また後で送るか…と、繰り返してんの何回目だ?くそ…話してェことなんざ山ほどあるってのに頭の中で色々考えちまってまったく纏まんねェ……!

指でトーク画面をスクロールすりゃ俺の情けなさを突きつけてくるいわゆる既読スルーの数々。送信はいつもあの子からで、大体はこの春から始まった大学生活のことであったり友達のことであったり。大学までの通学路によく野良猫のいる場所があるらしく、朝や昼に猫と遭遇したという写真付きの報告もある。
今更なんだって、誰かが聞いたら思うよな。こんなメッセージアプリでのメッセージのやり取りなんて何年も前から連絡手段として主流だったし、初期設定のままの通知音が鳴ったぐれェで心臓が跳ねたり鳴らない日はずっとそわそわしてるような男は俺をおいてそうはいねェんじゃねーかな。今年で4年目になるあの子、つまり俺が片想いをして4年目突入になる関係歴を、初々しいメッセージのやり取りで語るには今更すぎるっつーか…。

くしゃりと髪の毛を撫で混ぜて、ふう、と一息をつく。


「あー…、会いてェ…」


声が聞きたい。俺の言葉に返す伊織を実際に見たい。こんな文字じゃなく、ちゃんと名前を呼びたい。卒業式きりだぜ、名前を呼んだのは。頭の中で何回繰り返したって、意味がない。
こんなだとは、実際思ってなかったわ。
大学生とプロになった俺の接点の無さが想像より酷く寂しいのは現実逃避してたっつーのを差し引いても想像が及ばなかった。高校が同じってのはすげーんだな…。

ベンチに座る俺はスマホを額に押し当てて大きく溜息をつく。
俺のいない場所で、俺の知らない奴と交流を持つ伊織。ちっさくて可愛いからきっと男が寄って来んに決まってる。くそ…。
目を固く瞑りなんとか頭の中を切り替えようとするも1度こうなっちまえばなかなか上手くいかねェんだよな……。

はあぁ…、とデカい溜息をついたと同時だった。額に当てていたスマホが着信を知らせる音を立てて、うお…!!、と驚き思わず落としそうになっちまったそれを慌てて手に持ち直す。


「な、なん……!」


なんだよこんなタイミングで掛けて来んの誰だよ。
自分勝手な文句を言うはずだった口からそれがディスプレイに表示された名前を見て消える。見開いた目でそれを見つめ数秒、気付けば応答をタップしてドクドクと鼓膜さえ揺らしている気さえする血流を感じながら耳に当てた。


《も、もしもし!御幸一也くんですか!?》
「ブハッ!」
《え!?なんで笑うの!?》
「なんでっておま…っ、はっはっは!」


伊織だ。電話越しに聞くとまったく違って聞こえるような気がする伊織の声は久し振りすぎて本当に違うかどうかも分かんねェけど。
思わず噴き出し笑っちまった俺に慌てる可愛さに顔が緩んでしょうがねェ。誰もいなくてマジで良かった。


「御幸一也です」
《…もーなんで笑いながら?》
「いやーまるで実家に電話してきたみてーなテンションだったもんで」
《だって緊張したんだもん…みゆ、…えっと…一也くんに電話掛けるの初めてだから》
「!…うん。だな。元気か?」
《私は元気だよ!ちゃんとメッセージ、送ってたでしょ?元気?は私の台詞なの!全然返してくれないから心配になっちゃって…色々》
「色々?」
《先輩にイジメられてないかな、とか》
「うん。とか?」
《ご飯食べてるかな?とか》
「食べてるよ。他には?」
《私がくだらないことばっかり送るから、嫌になっちゃったのかな…って》
「嫌になんかなるわけねェだろ」


俺の声が、電話の向こうの伊織にどう聞こえてんだろうな。すげェ甘ったるくなっちまってる自覚は、まぁ…ある。俺を心配してくれる言葉の数々が身体に優しく吸い込まれてもやもやと考えていた色んなことが溶けてなくなっていく感覚が心地良い。


「なんつーか…なんて返しゃいいのか悩むんだよな」
《美味しそう!で、いいよ?》
「はっはっは!たこ焼き?」
《うん!学食のたこ焼き美味しいよ!タコが大きくて時々当たりがあってね、1個多く入ってるんだって!》
「うん」
《それで焼きそばは…あ、ごめん。つまんないよね》
「全然。話してよ」
《!》
「もっと聞きてェから」
《え、と…たこ焼き?焼きそば?》
「ブハッ!それしかねェの?」
《美味しいものの話しを聞くと元気になるでしょ?》
「んー?俺、元気ないように聞こえる?」
《聞こえる》


それは、伊織が語る楽しそうな大学生活相手に嫉妬してるからだよ。……なんて、言えねェよな。声が聞きたいからもっと話してほしいってのに。

思いがけずきっぱりと俺の声から調子を言い当てる伊織に次ぐ言葉を失くして俺たちの間に僅かな沈黙が入る。一也くん、と俺を再び呼んだ声が切なそうに響いて息が一瞬止まった。


《会いたいね》
「!……だな。会いたい」
《会っちゃおっか》
「俺、今どこにいるか知ってる?」
《福岡》
「…難しいよな」
《うん…》


沈む伊織の声に胸がずくりと痛む。ちくしょう、ここにいりゃいくらでも優しくしてやれるしなんなら抱き締めて…ってそれは無理か。

…幸か不幸か。高校卒業を経てあの日、俺は伊織の心がもしかして自分と近いところにあんじゃねェかって思うようになった。確かめたわけじゃねェし、果たして本当にそうかは分かんねェんだけど。
けど。
泣きながら俺のユニフォームの第2ボタンを受け取ってくれて、俺の連絡先の入った自分のスマホを見つめ目をキラキラさせて嬉しいと言ってくれる可愛すぎるこの子を隣にして、もしかして期待してもいいのか、と高校生活最後にして思うとか…。俺って自分で思ってる以上に馬鹿なのか…?それでも精一杯踏み出した一歩だった。これが最後なんだと、書いて字のごとく玉砕の覚悟でこうして会えない距離に行っちまうのも分かってて足を踏み出し手を伸ばし、掴み見えたのは確信するにはまだ遠い予感だ。


《一也くんは東京に帰ってくること、ある?》
「どうかな。年末年始か、それぐれェかな」
《あんまり青道居た頃と変わんないねー》
「そういやそうな」
《私にも聞いて!》
「は?」
《福岡来ることある?って!》
「はっはっは!ねェだろ?」
《どうかなー?》
「え、は?………あんの?」
《ありません》
「っ…こんにゃろ…」


くー!めちゃくちゃ浮上した気持ちが一気に落ちたじゃねェか!
呻くように呟いた声は掠れて悔しさが滲み、伊織が電話越しで小さく笑う。どっちにしろ、寮に入ってる俺に伊織と会えるほどの自由があるかっつーとそれも難しいんだけどな。


《あ!そうだ!》
「うん?」


楽しそうだな、随分。つい、プッ!と漏らす俺に、ふふふー!なんて可愛すぎるから止メテクダサイ。今、俺の顔すげーだらしなくなってるわ。


《写真送るね!》
「たこ焼き?」
《ううん。私の!》
「へ……マジで?」
《マジです。だから一也くんも送って!》 
「はあ!?いやいや…伊織、想像してみ?俺が1人で、」
《あ、今1人なの?》
「そうそう。で、俺が1人で自撮りしてるとこ、想像できるか?」
《やってみよ!じゃあ切るね!》
「あ!ちょ、待っ…!」


拒否を許さねェきっぱりとした決定を下した伊織が通話を一方的に終了させて俺の目には通話の履歴が残るトーク画面が映る。

……いやいや、無理だろ。
そりゃ伊織の写真は欲しい。けどそれと俺との写真を引き換えにすんのは…。
だがしかし、と頭の中では目まぐるしく思考が回る。
俺の写真を持ってりゃ少しは周りの野郎共に牽制になったりすんのか?伊織がどう扱うかは分かんねェけど、俺を思い出してくれんのなら…。いやちょっと待てよ。そもそもどうやんだ?

そう自問自答しながらとりあえずカメラを起動していればスマホのディスプレイには伊織から写真が送信されたという通知が画面上に表示され俺が遅いのか伊織が早いのか思考に決着のつかないままトーク画面を開く。


「!っ……」


トーク画面に表示された写真をタップしてディスプレイいっぱいに広がる写真を見て息を呑み、誰もいないってのに緩んだ口元を覆い隠しながら俯いた。
やべ…すげー威力だ。
連絡先を交換したのだって、俺たち高校3年間という付き合いの長さを思えば最近も最近。メッセージを送るだけでも奇跡みてーなもんなのに、これは……っ!

俯きながらまたそっと伊織の送ってくれた写真を見る。消えちまうわけじゃねェけど、大事すぎて信じらんねェ。カァッと顔に熱は上がるし耳だって熱い。誰かに見られようもんならどんな反応されるか、考えただけで情けなくなる。


「っ…くー…、可愛すぎんだろ…!」


大学は当然制服じゃねェわけで、写真の中の伊織は私服で居る場所も大学だから一気に大人びて見えた。化粧もちょっとしてんのかな、実際見ねェと分かんねェぐらいだとは思うがめちゃくちゃ可愛い。髪の毛もなんかフワッとしてっし、照れたように笑う顔もフワッとして俺の頭の中もフワッとしてんだけど。

あー…やばい。
全身に上がった熱はしばらく下がりそうもない。伊織から、一也くんも!とメッセージで催促が来たが今自分の写真なんて撮れっかよ。
はあぁ…、と深く息をついて一先ずロッカールームの写真を撮って送った。



3文字を唄う
「オイ…御幸がまたスマホ見てんぞ」
「あ?…マジだ。あれ絶対彼女だろ」
「それがよ、指摘するとシレッとした顔で否定すんだよな」
「でも本人は気付いちゃいねーだろうなぁ」
「だな」
「「めちゃくちゃ顔緩んでる」」


2020/11/14



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