彼と私の未来に唄う


今年の春は記録的な暖かさで、卒業式にこれでもかってほどきっちり来た制服は暑くて最後のブレザーが窮屈で堪らないなんてちょっと損した気分。
どうせなら桜でも咲いてくれれば良かったのになぁ、なんて思いながら見上げた空は快晴で大変喜ばしいことだけどなんだか少し恨めしくも思えてしまうのは新しいスタートに希望よりも気鬱が勝ってしまうからかもしれないなぁ…。


「伊織ー!写真撮ろう!」
「あ、うん!!」


卒業式。高校3年間はあっという間に終わった。式を終え、最後のHRは先生からの私たちへのエールで締め括られ教室でクラスメイトと写真を撮ったあとは外へ出て他のクラスの友達とも記念撮影。よく晴れた空はスマホ越しに見るととても映えていて見返す写真も綺麗で嬉しい!

友達とたくさん写真を撮って、時々後輩が私を呼んでくれて一緒に撮ったり先生たちとも写真を撮った。スマホのカメラロールの中には今日のあの短時間だけで長いスクロールをするだけの写真が溜まって、友達とそれを見せ合いながら笑ったりするわけだけど。


「ねー、御幸くんいた!?」
「いなーい!第2ボタン欲しいし、写真も撮ってほしいのにー!!」


あぁ、今日という日にももちろん私の大好きな御幸一也くんは女の子たちに大人気です。

少し離れたところからなのに明確にそんな会話が聞こえて私の耳は今ダンボ。むむむっ、と顔を向ければテレビカメラとリポーターの方々。前園くんいわく、プロ入りする御幸くんの卒業2際して御幸くんの様子や同級生からのインタビューもあるらしく、聞かれてもしっかり青道高校の卒業生としての自覚を持ってうんたらかんたら…らしい。御幸くんは…本当に本当に、遠くへ行っちゃう…。プロへ志望届を出して見事ドラフトで指名された御幸くんは東京にホームのない球団への入団が決まって、私は嬉しいよりも寂しくて悲しいと感じてしまうただの同級生で。テレビの綺麗なリポーターのお姉さんが、あれは確か御幸くんの同じクラスの女の子にインタビューするのを眺めながら小さく溜息。卒業式に告白はつきものだけど…できるわけない。友達として仲良くしてくれている御幸くんに今日が失恋記念日になってしまったら、それこそもう会えたり話したりなんてできなくなってしまう。3年間、大事に大事に育ててたこの恋の終わらせ方は誰よりも私が知っているけれど…できない。大切すぎて自分から切るなんて、できないよ。


「よう」
「あ、倉持くんだ。なんか、最後なんて信じられないよね」
「そうか?俺は野球部引退した時からじわじわ感じてたけどな」
「そうなんだ。倉持くんは大学で野球続けるんだよね?」
「声かけてもらったからな」


ニッと誇らしげに笑う倉持くんに、ファイト!と拳を握れば目を丸くして、お前もな!、だって。あの、できれば頭をぐりぐりしないで!!


「野球部にこれから顔出すって聞いたよ、前園くんに」
「おー」
「沢村くんによろしく!」
「あー、ヒャハハッ!お前、ミニマム先輩っつって慕われてたもんな!」 
「知ってた?沢村くん、まだ身長伸びてるんだって…」
「マジか。じゃあ上から押してやらねーとな!」
「出る杭は打たれるのだ」


独特の高い笑い声をする倉持くんと一緒に笑ってると、お2人さん!、と友達がスマホのカメラを向けてくれて2人で顔を見合わせてニッと意思疎通。よろしく!倉持くんと一緒に写真を撮るなんて、こんな日じゃないと考えもしないだろうからやっぱり今日はちゃんと特別なんだ。


「ありがとう!あとで送る…あ、連絡先聞いていい?」
「知らねーんだっけ?ほら、スマホ出せ」
「はーい」


サクサクと操作して私が出したQRコードを読み込んでくれた倉持くんが連絡先を追加してくれる。おー!こうして初めて連絡先を交換したのは倉持くんだけじゃない。今日の卒業をきっかけに、もしかしたらこれから繋がる新しい関係があるかも!
ちょっとわくわくしちゃって、ふふふー、笑みが零れる。あ、そういえば…。


「どうした?」
「御幸くんは?」
「あ?」
「いたたたた!なんで押さえつけるのー!?」
「どいつもこいつも口を開きゃ御幸御幸言いやがって」
「私に罪はないじゃあーん!!倉持くんといえば御幸くんじゃん!!」
「それがムカつくんだろうが!」
「きゃあー!!縮む、縮む!!」
「ヒャハハッ!どうせならもっとチビになっちまえや、オラ!!」
「ぎゃあー!!」


こんな、やり取りをするのもきっと最後。
周りでは微笑ましく私たちを笑う声が上がって、私も倉持くんも顔を見合わせてどちらからともなく笑っちゃう。髪の毛がボッサボサ…。直さなきゃ、と手櫛で整えていると視線に気付いてパッと顔を向ける。
あー!あれはまさか!少し離れたところにもじもじとこちらを伺う後輩の女の子数人。1人の女の子が側にいる友達に背中を押され、その女の子はジッとこちらを…ううん、倉持くんを見てる。こ、これは…!告白しかない!!


「く、倉持くん!」
「あ?……あー…」
「おいで、おいで!」
「あ、てめ…!」
「照れずに!!聞いてあげて!!」


おいでー!と手招きすると倉持くんも彼女たちの意図が何かを理解したみたいで真っ赤!にんまりと笑う私のおでこを、このヤロ、と小突くも遠慮がちに近付く女の子に首の裏を掻いて対応してあげるみたい。ぺこりとお辞儀をしてくれる後輩の子に拳を握って見せて、頑張れ!、のエール。さてさて、お邪魔虫は退散しまーす!


「長谷!」
「ひょわ!!は、はい!?」


び、びっくりしたー!いきなり呼ばれるとびっくり…!
身体を跳ねさせて振り返ると顔だけこっちを振り返る倉持くんが、クィッ、と顎でどこかを指す。


「裏庭、家庭科室前」
「!……え」


何が?
ポカンとしてる私にニッと笑ってひらりと後ろ手を振る倉持くん、カッコいい!目の前にいる後輩の子が真っ赤になってる!
……家庭科室?裏庭…?一体何が……。
うーん、と思案すること数秒。ピンッときて信じられない気持ちのまま倉持くんに、ありがとうー!!、と叫びすぐさま走る。うるせー!、と笑う倉持くんの声はすぐに遠くなった。


「い、居たぁー!!」
「は…?は!?」
「っ……はぁっ、久し振りに走ったから疲れ、たぁ…!」


しかも暑いー!ふぅ、と前髪を吹いて唖然とする彼を見下ろしてニッと笑いかける。


「御幸くん、かくれんぼ上手!」
「!…ブハッ!はっはっは!まんまと見つかっちまってっけど?」


目を丸くした御幸くんがくしゃっと顔を崩して笑ってくれるからなんだか泣きそう。あぁ、今日で最後。最後のこの日に御幸くんと話せて良かった。倉持くん、ありがとう。


「お、お隣失礼してもいいですか!?」


う、裏返っちゃった!!
カァッと顔が赤くなるのが分かって別の意味で泣きたいー!!…ほら、もー…御幸くん、腹痛てー!、ってお腹抱えながら大爆笑だよ。ちょいちょいと手招きしてくれるのがカッコいいから行きますけど。

家庭科室の裏庭側。コンクリートの場所に座ってホッと一息つきたくなる心地良い日陰。ずっと締めっぱなしにしていたブラウスの1番上のボタンを開けて、ふぅー、と手でパタパタ。


「いいね、ここ。日陰だから涼しい」
「な。今日、暑いよなー」
「雨とかよりはいいけどね!」
「まあな。けど、雨でもそれらしいっちゃそれらしいよな、卒業式の場合」
「あぁ、空も泣いている…みたいな!」
「はっはっは!長谷、低い声似合わねー!」
「むっ!笑いすぎ!!」


もう!なんて怒って御幸くんの肩に拳を当てるけど本当は全っ然怒ってない。力いっぱい笑う御幸くんの笑顔に心臓が高鳴り過ぎてごまかすのに必死。カッコいい…カッコ良すぎちゃってプロに入ってテレビに取り上げられ続けたらもっとモテちゃう…!

カァッと顔が熱くて俯く私はあることに気付いてしまい目が離せなくなる。


「御幸くん」
「ん?」
「ボタン…ないね」
「あー…。ボタンどころかネクタイも取られた」
「あ…はは…さっすがだね」


本当だ…さっきまでなんで気付かなかったんだろ。野球部の御幸くんは他の生徒よりもいつもきっちり制服を着てた。それはあの倉持くんも同じ。だからこんなダラッと着てる姿は見慣れないはずなのに。


「どーすんだ、これ…。この後取材あんだけど俺」
「誰かに貸してもらう、とか?」
「ゾノなら問題なく貸してもらえるか」
「かも」
「んー?ゾノに言ってやろ。長谷がゾノならボタンもネクタイも誰にも貰われねーだろうから貸してもらえるって言ってたって」
「えー!?意地悪!!」
「知らなかった?」
「知ってました…」
「ブハッ!」
「さっきから笑いすぎじゃない…?」
「いやー明日からはこんな風に笑えねーだろうから、笑い溜め」
「!」


そう…なんだよね。最後だ。御幸くんとこうして話せるのは最後。さっき御幸くんが言ってたみたいにこの後取材の予定がある御幸くんがただ私の同級生で友達でいるのは今この時間まで。
やだな…寂しくて、辛い。さっきまで友達と笑って写真撮ってた気持ちから直下。ぐいーんっとジェットコースターみたいに…あ、違う。下がって下がって…でも、私の場合は下がりっぱなし。上がることはないんだからそれとは違うよね…。


「んー」
「どうかした?」


空を仰いで思案げな御幸くんに平然と返せてるかな。私も空を見ると白い雲がふわふわ。あ…綿菓子みたい。


「変な話だよな。ブレザーで第2ボタンってのも」
「え?なんで?」
「ほら、第2ボタンってのは心臓に1番近いところにあるからって言うだろ?ブレザーじゃな、近いとも言えねーよな」
「あぁ、なるほど!詳しいね、御幸くん」
「沢村がうるせーんだよ」
「沢村くんが?」
「そう。少女漫画が好きでさ、そういうの憧れてるみてーで」
「分かる!!あーぁ、そうなんだ」
「うん?」
「沢村くんが少女漫画好きって知ってたら卒業までにもっと仲良くなれたのになー。ミニマムって呼ばれても!」
「長谷も好きなんだ?」
「好き!!」


そう言った時、パッと空を見上げていたはずの御幸くんと目が合って息を呑む。好き。すっごく好きだよ、御幸くんのこと。遠くで楽しげな声が聞こえるけど、私と御幸くんの間は凄く静か。御幸くんの瞳の色を初めてしっかり認識するぐらいジッと見つめて胸がいっぱい。

ん、と御幸くんは顔を伏せる。そしてスッと私に何かを握った手を差し出してきた。


「……え?」
「これ。長谷に貰ってほしい」
「え……え!?」


なんだろ…?
御幸くんの、私より大きな拳の下に手を出すとパッと広げられた手から落ちたのは白いボタン。


「これ…」
「俺の心臓に、いつも1番近いところにあったユニフォームのボタン」
「!」
「俺は青道に野球をしに来て、3年間そればっかだったけどチームメイトや野球を除いて1番近いとこに居てくれた長谷に貰ってほしい…」
「………」
「デス」


御幸くんの…1番近く?私?野球やチームメイトを除いたら…?

手の平に乗る小さな白いボタンを見つめる視界が滲んで、晴れて鮮明になったかと思えばボタンが落ちた涙に濡れてを繰り返す。


「も、貰って…いいの?」
「うん」
「あの…御幸くん、を…っ探してる子…あの…っ可愛い子いっぱいいて…」
「長谷」
「その、だから…っでも、私…」
「長谷」
「っ……ふえっ、う…あの、私は…」
「伊織」
「!……はい?」
「ブハッ!鼻水、出てんぞー」
「えぇ!?」


さ、最悪だ…!気が動転し過ぎて!泣きたい!もう泣いてるけど!!
お腹抱えて笑う御幸くんの隣で泣きながらポケットティッシュで鼻を噛む。そうだ、気が動転してるから聞き間違えたんだ!私のことを名前で呼んだなんてあり得ない。うん、ないない。


「伊織ー?」
「はい!?」
「…って、呼ぶ代わりにそれ受け取って」
「い、いいの?私の名前なんかで。あの、もっとなんかする?」
「へ?なにを?」
「一発ギャグとか!」
「ブハッ!!タ、タンマ…!これ以上笑うと腹筋やべー!!はっはっは!!」
「ちょっと、もー…」


笑いすぎ…!笑いすぎ、だけど…。
ボタンをギュッと握り締めて私も笑えてきちゃう。涙がまだ渇かない目に風が当たって少しひんやり。一緒に笑う御幸くんは少しだけ顔が赤くて、胸の内がくすぐったい。


「じゃあこうしようぜ」
「一発ギャグ?」
「じゃなく!…あー…これから伊織も俺を名前で呼ぶ」
「!」
「って、いうのはどうですか?」
「え…と、一也くん」
「…おー」
「これから?」
「うん」
「これから…が、ある?」
「ある」
「本当?」
「本当。だから俺と…連絡先、交換しませんか?」


そう言ってスマホを取り出した御幸くん…じゃなくて、一也くんに私も慌ててスマホを取り出すと一也くんは本当に嬉しそうに笑った。



彼と私の未来に唄う
「うわぁ…一也くんの連絡先だ!」
「そんな嬉しい?」
「嬉しい!!」
「!」
「あ、初スタンプ送りまーす!」
「ん。……ハムスター?」
「…沢村くんがプレゼントしてきた」
「はあ!?」
「降谷くん?って野球部にいるでしょ?その子が見つけてきた私にそっくりなスタンプだってー」
「いやいや…マジか。アイツいつの間に…」


2020/10/26



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