1人ぼっちで唄う



最高学年である3年生になっても私の身長は小さいまんま。近頃は、先輩小さいッスねー!なんて入学したばかりの1年生にわざと横に並ばれてからかわれたりもしてムッと弁慶の泣き所を蹴り付けてやった。先輩を怒らせると怖いんだぞ!!


「御幸先輩マジやばい!」
「え!?見たの!?」
「見た見た!テレビで見るよりちょっと幼く見えるのがまたいい!」
「いいなー!え、どこで?」
「自販機前!」
「いいなぁー!」


そして御幸くんの人気は相変わらずどころかセンバツを終えてますます上昇中。なんだろ、あの会話。まるで、


「ケッ!少女漫画かよ」
「!」


そう!それ!


「倉持くん。おす」
「おーす」
「移動?」
「おー。長谷も?」
「ううん。私は気分転換」
「ヒャハハッ!なんだよそれ!なんか悩んでんのか?」
「ぼんやりと」
「…ふうん。ま、そういう時期だよな」


神妙そうにそう言う倉持くんに無言で頷き、一緒してもいい?と隣を歩くと教科書を手にする倉持くんが目を丸くしてから、歩幅は合わせねーぞ、とにやり笑った。いいですよー。ちび歴をナメないでいただきたい!早歩き上等だよ!

休み時間、教室を出て目的もなく歩いていれば3年生の教室階がある廊下では嫌でも目に付く大学のオープンキャンパスや説明会などの貼り紙の数々。からと言って階下に来てみればこんな会話が繰り広げられていて、また別の意味で気が滅入る。でも、私もそうだった。1年生の頃、御幸くんを好きになってお話しできるだけで休み時間に友達に報告したりして。

隣を歩く倉持くんが、くあ…、とあくびを噛み締め終わるのを待ってから口を開く。


「倉持くんは…あ、なんでもない」
「はあ?気になんだろうが」
「んー。進路どうするの?って聞こうと思ってたけど、決まってるよね」
「決まってる?あー…」
「うん。野球部の進路は甲子園でしょ?」
「!…ふうん」
「え、"ふうん"って?」


思いがけない反応に俯きがちだった顔を上げればクッと口角を上げて愉快そうに笑って私を見下ろしている倉持くんが、いや、とやっぱり楽しげに言って前を向く。あ…移動って科学だったんだね。足を止めた先を見上げれば科学実験室。


「思いの外ちゃんと分かってんじゃねーか、お前」
「え…?」
「他の連中は卒業したらプロか?大学か?って、そればっか聞いてくるぜ?」
「あぁ…そっか。そういう考えもあるね」
「つーかそっちが普通だろ」
「そうかな?」


御幸くんを見てるとそうは思えなくて。
何度かグラウンドに足を運び、私より背の高いファンの子たちの後ろから背伸びしたり隙間をなんとか見つけて応援していると御幸くんを含む野球部のみんながプロなり大学なりを視野に入れて練習しているようには見えないよ。
全力で声を出して、全力で走って、全力で喜んで…目の前のことを一生懸命楽しんでる姿に私までわくわくしてきちゃったのとは別に…胸に湧いていたモヤモヤにはまだ目を向けていないけど、多分そろそろ限界。
私たちは高校3年生。2年の終わりから文系か理系かの選択を迫られて受験は多分あっという間にくる。クラスの中は一見いつも通りだけど、ふとした瞬間にギシッと鈍く張った緊張の糸が鳴るのを感じる時がある。

苦笑いしてしまう私を倉持くんが訝しげに見ているのに気付いて、じゃあ!となるべく元気よく手を振ってその場を離れた。


大学受験へのプレッシャーと、改めて考えてみたら何も手に持っていない自分から目的を見つけることの難しさに向き合ってる今。
それに伴い、才能や環境に恵まれた野球部のみんなに羨ましいとか眩しい以外に妬ましいだなんて感情を向けたりするなんて…私、最悪!!
自分への嫌悪を吐き出すように少し乱暴に廊下を踏み鳴らし足早になる私の前に、倉持くんと同じ様に移動先に向かう御幸くんの姿を見つけてハッと息を呑み跳ね上がった心臓が喉を詰まらせるような感覚に胸を抑える。


「お。長谷」
「う、うん。えっと、じゃあね…!」
「!…おー」


うー!!笑えない!上手く笑えないし目をまともに見れなかった…!御幸くんは何も悪くない。御幸くんが手にしてるものは、御幸くんが努力して手に入れたものだから御幸くんを妬ましく思うのは間違ってる。
御幸くんの横を駆け足で通り過ぎ、教室へ飛び込んで、うー!!と机を抱えて項垂れ唸るのは私の癖だからクラスのみんな、またやってる、と笑ってくれるのは今は感謝。ごめんね、うるさいよね…なんてネガティブが過ぎる?

チラ、と窓へと顔を向けると今朝、おそらく観測史上初の気温上昇になるだろうとニュースで予報された空に立体的で見事な雲が浮かんでいる。
夏…御幸くんたち野球部が目指す先、甲子園へと繋がる大会が近いんだ。チア部の百合ちゃんも、吹奏楽部の友達も連日野球部の応援のために頑張ってる。最後の大会、最後のコンクール…。私の最後は、なんだろう?青道高校に入学して私は御幸くんを見つけて恋をして、ひたすらそれだけに真っ直ぐだった私の最後が御幸くんへの恋の終わりだとしたらそれはきっと、ハッピーエンドじゃない。


返しにいかなきゃ…。


もう1週間経っちゃった…。
机の横には御幸くんが私の腰に捲いたセーター。もう暑いから必要のないこれをずっと返せないのは、あの瞬間御幸くんから明確な一線を引かれたのが分かってしまったから。
なによ、バーカ…。ううん、馬鹿は私だけど。御幸くんはいつも通り優しいだけ。…あんまりにも優しいから勘違いしちゃうんだよ。繋いでくれたり手も、眼差しも、合わせてくれる歩幅のリズムも、全部優しいから少しだけでも私に望みがあるのかな?って。


「お?また唸ってんの?」
「……うーるーさーいー」


また来たよ、この人。本当に暇なんだから。
上からぐりぐりと頭を乱暴に撫でられてやめての抗議のつもりでその手を払ったのに今日はどうしてか捕まった。え…ちょ、なに?


「また御幸か?」
「は?…関係ないでしょ」


いいから離してよ!と手を引いても離してくれないんだけど!!

百合ちゃん…!前園くん…あ、いない。クルクル教室を見回しても助け舟を出してくれそうな友達はいないしむしろ、またやってるー、なんて笑ってる。違う。"また"とは、なんか…違くて。

いつも通り私を見下ろす男子。けどいつもと違うのは、目。いつもはからかってケラケラと私はチビだと笑ってるのに今日は苛立ちさえ感じる真剣な眼差しで見られ息を呑む。
や、やだ。離してよ。
この男子に今まで感じたことのない恐怖が冷たく全身に走って声が出ない。


「ちょっと付き合え」
「え、っ……なに、ちょ…!」


授業が始まる…!
私の腕を引く手が強くて痛い。連れ出された廊下を歩く足が速くてもつれて転びそうになる。振り返って笑ってくれる御幸くんのような優しさは背中からは感じられなくて、ただ手をきつく離さないとばかりに握られて怖い…!

あまり使われない階段のひやりとした人の気配がない冷たさにふるりと震えていれば、少し離れた教室からは、始めるぞー、という授業に来た先生の声が聞こえて間もなくしいんと辺りが静まり返る。


「な、なに?」
「御幸のどこがいいんだよ」
「痛い…!離して…」
「アイツ、女子にモテるから取っ替え引っ替えって噂だぞ。告白されても冷たくあしらってるらしいし」
「そんなの嘘だよ!!御幸くんはそんなことする人じゃない!!」
「なんで分かるんだよ?」
「や、優しいから。御幸くんは」
「理由になってねーよ馬鹿」
「馬鹿じゃない!」
「馬鹿だろ!叶いもしない恋ずっとやってんな馬鹿!!」
「!っ……なんで、アンタにそんなこと…」
「苛々すんだよお前見てると」


"ケッ!少女マンガかよ"
そんな倉持くんの言葉が目を見開く私の頭の中に響いて、グィッと強く引かれた私の平均より小さな身体は簡単に引かれた方へと飛んでいく。
誰もいない授業中の静かな階段。薄暗くてそこに男女がいるとなれば少女マンガだったらロマンチックなラブシーンの1つでもあるんだろうけど。
なんでよ。なんで。神様の馬鹿。なんで、私こんなに小さいの。


「っ…!」


よく知る私をからかう男子が私を馬鹿にする手で私の腕を引いて、抱き締めて、私を馬鹿にする口が私の口を塞ぐ。息も出来ないほど苦しくてもがいても背中を叩いてもやめてくれない。


「やっ…!!っ……ハァハァ…」
「…御幸はな!お前見てーなちんちくりんとは付き合わねーよ!!いい加減諦めろ!!」
「そ…んなこと…」 


言われないでも、私が1番よく知ってる。
一瞬緩んだ腕から精一杯抜け出せば冷水を頭から浴びせかけられるような言葉を投げつけられて、もう目の前の男子が何をしたいのかもよく分からないし考えたくもない。


「っ……俺はお前が」
「何やってる?」
「!…なんでもありません」
「早く教室に入れ」
「はい」
「長谷」
「………」
「…長谷。体調が悪いなら保健室に行きなさい」
「はい…」


くぐもって聞こえる声がまるで水の中にいるみたい。茫然と返して、足が勝手に動く。大丈夫か?と聞いてくれる先生の声…あ、片岡先生だ。野球部のグラウンドではあんなに吠えてるのにこんなに穏やかに話したりもできるんだ…。
頷いたかどうかもよく分からないまま、保健室について入れば顔が真っ青だと慌ててベッドに寝かされた。パリッとした真っ白なシーツ…。知らなかったな…保健室で休んだことなんてなかったから。
渡された体温計が計測を終えた音が鳴ったと共に先生がカーテンを開けて入ってきて、ベッド横の丸椅子に座って体温計を受け取った。


「平熱か…。どこか悪いところはある?気持ちが悪いとか、頭が痛いとか」
「…手が」
「手?」
「………」


今更とても痛い。保健室に向かってる時は全く感じなかったのに、と首を傾げながら手を目線の先に出してみれば手首には圧迫されたような赤い跡があって息を呑んだ。あ…でも、手首よりも胸が痛い。ズキズキして、じわじわと痛みが毒みたいに全身に堰き止められることなく広がっていく。
先生も跡に気付いたらしく、ハッと息を呑んで私を見つめてるのが視界の端に見えた。


「冷やしましょう」
「はい…」


多分、考えなきゃいけないんだと思うけどあの男子がどんな顔をしてたかも思い出せないし今は思い出したくもない。ピタリと思考が止まってしまい感情が動かない感覚が心と頭の中をバラバラにしているような気がして、とても疲れる。

先生に手首をアイシングするものを捲いてもらいすぐにベッドで眠りついて、目が覚めるとベッド横の棚には私の鞄や荷物が置いてあった。
もう、そんな時間…?あ、あれ…御幸くんのセーターが入ってる袋。
おもむろに身体を起こして袋を手に取り、御幸くんのセーターを出して目の前に広げてみる。


「おっきい…」


青道高校に合格して、制服の採寸をした時に紙に書かれたサイズは最小。ブレザーやスカートは式典時に大きいと格好がつかないからと説得されて、セーターぐらいは!と意地でワンサイズ大きなものを買ったんだけど…結局サイズは大して変わらずだったなぁ…。
何も変わらない私と、たくさんの人の期待に引っ張られてどんどん遠くなってしまうような御幸くん。いつか高校生活のことを御幸くんが思い出した時に、私もその中にいるといいな。

静かな保健室でギュッと御幸くんのセーターを抱き締めてジワジワと目に込み上げてきた涙が堪えきれずセーターにしみ込んでいく。


ガラガラッ!


「失礼しやーす!!」
「静かに入れ!!」
「なんだよ金丸、さっきから怒り過ぎだぞ!」
「お前が言う事聞かずに走りまくった挙げ句転なんだからだろうが!さっさとそこ座れ!」
「おう!ありがとうな、金丸!」


元気いっぱいな声に静かだった保健室が一気に賑やかになる。怪我…?
御幸くんのセーターから顔を上げてカーテンの向こう側を見る。あれ、なんだか聞こえたことのある声…。


「あ!おま…!そこ壁ねーぞ!!」
「は?っおわっ!ととっ!!と……っうわぁ!!」


え!?

バターンッ!


「………」
「………」
「こ、こんにちは」
「ちわっす!!」


カーテンを壁だと思っちゃったのかな…?
私のベッドの周りに引かれたカーテンの向こう側から仰向けに倒れ込んだこの人、知ってる。2人で目をぱちくりさせて取り敢えず挨拶をすればひっくり返ったままニカッと笑うのは野球部の2年生沢村くんだ。今日も元気なようで。


「えっと、怪我?大丈夫?」
「大丈夫ッス!野球部2年沢村栄純、これしきの怪我になんて負けやせん!!」
「その怪我を御幸先輩に見つかるとうるさく言われるからっつって寮じゃなくて保健室で手当てするっつったのはどこの誰だ馬鹿!」


あ、また1人。カーテンを遠慮がちに開けて、すみません、と申し訳なさそうに頭を下げる金丸くん…だっけ?いてて、と起き上がる沢村くんが言ってた。大丈夫?あんなに綺麗にひっくり返る人初めて見たよ。
いえいえ、と私も頭を下げれば何か言いたげにジッと見られて首を傾げれば躊躇いながら口を開く金丸くん。


「あの、大丈夫ですか?具合悪いなら御幸先輩、呼びましょうか?」
「え…」
「え?」


んん…?もしかしなくてもなにかを勘違いしてる…?
私と金丸くん、ぽかん、とした顔を見合わせてお互いの認識の違いを確認。
沢村くんが手探りで手当ての道具を探す声や音を聞きながら苦笑いして首を振る。


「もし何か勘違いしてるなら、それ間違いだから。大丈夫…ありがとう」


御幸くんと私が付き合うなんて有り得ない。
いつも意地悪なあの男子の言葉が頭に響いてまた、じわりと目に涙が浮かんだ。



1人ぼっちで唄う
「あー!!絆創膏がねェ!!」
「大人しく寮で手当するするしかねーな」
「あ、もし良かったら私持ってるからあげるよ。消毒してから貼って」
「マジっすか!!ミニマム先輩!!あざす!!」
「ミ…ニ、マム?」
「馬鹿お前!!」
「いてっ!!」
(ピンクの絆創膏にしてやる!!)


続く→
2020/09/30



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