残温に唄う



これって、もしかしなくてもデジャビュってやつじゃね?

沢村の馬鹿が小さな声で、もっとでっかい声で!恥ずかしがらずに!、なんて後ろで言ってやがる春休み明けの始業式の体育館壇上にて。
青道高校野球部が手にした選抜高校野球大会ベスト8という成果とこれからの目標を述べる主将である俺は数週間前にこうして甲子園に出発する決意表明を述べていたわけで、あまりにも同じ光景と自分自身の変化のない声の抑揚に教頭が生徒に拍手を求める声を聞きながら頭を掻いた。
いよいよ最高学年。3年に進級した春は俺ら野球部にとっては今更スタートしたような…タイムラグを感じる。青心寮では春休みにゃ新入部員が入寮してたからな。寮から登校しながら他の生徒の中に混じっても高揚感みてーなもんを感じねーのも無理ねーよな。
しかも、登校するなりこの場の段取り確認のために職員室直行だったもんだから俺や倉持、ゾノはクラスも見れちゃいない。ちなみに沢村と降谷は金丸と同じクラスだっつーのを聞き金丸の肩を叩いた。よし、頑張れ。


「お!お前らまた同じクラスやな!」
「「ゲッ!!」」


頑張れねェ!
同時に呻く声に顔を向ければお互いを移したような顔をしている。こらこら、俺は舌打ちまではしてねェ。
…ふうん。野球部からは俺と倉持の名前しかねーな3年B組。あわよくば…とは思ってたが長谷の名前は3年B組のクラス表にはなく、お!とまた声を上げたゾノが続けた言葉に倉持じゃねーけど思わず舌打ちが出た。


「長谷がまた同じクラスか!賑やかになりそーやな!」


3年A組で教室が隣とはいえ、同じ教室に居れるか居れないかは満塁でホームランを打つか凡退するかぐらいの差があるわけで、俺の最後の高校生活の大事な1年間は実るとは思ってねーものの初恋には優しくないものに違いないことが残酷にも決定した瞬間だ。


「ゾノ」
「ん?」
「アイツは?」
「あ?誰や」
「アイツだよ、アイツ。よく長谷をからかってる奴」
「あー?……お、一緒や」
「はあ!?」
「ますます賑やかになるな」


いや、わはは!じゃねーから!それあれだろ。好きな子をイジメてる男の子をあらあら可愛いわねーっつって微笑ましく見てる保護者じゃねーか!まぁゾノはそういう見た目してっけどな!
クラス表を見上げ笑うゾノにバンッ!と鞄を当てて、なんや!?、と怒る声を背に教室へ向かう。あーちくしょう。俺が何したってんだよ。

A組の前を通り過ぎる前に教室に入るゾノを押し退け中を覗く。長谷…長谷は、とー。ヒャハハッ!面倒な奴!と倉持くん、それ俺のこと?
お…居た。
甲子園に行く前、わざわざグラウンドに来てくれてチアのポンポン…っつーのか?あれ。あれを振られ応援された時にゃ沢村のでけェ声も倉持の笑いもゾノの余計な優しさもどうでも良くなるほどの破壊力があったあの時以来、長谷とは会ってねーし…よくよく考えると携帯に連絡先も入ってねェ。甲子園球場の写真を撮った時に、あ…送りてーな…、と誰かに対して思ったことに思わず笑っちまったっけ。

相変わらず友達に囲まれて、机いっぱいに手を広げたり笑ったり楽しげにコロコロ変わる表情。机の下ではパタパタと足が動いてて可愛いのなんのって。やべ…顔緩む。元気そうで良かった。ちょっと髪伸びたか?


「御幸ィ!入らんのやったらどかんかい!」


ゾノがそうデケェ声で言うからこっちに目線が集まりその中でたった1つだけを捕まえる俺って、どれだけだ。
長谷がパァッ!と花が咲いたみてーに笑って俺に手を振るから緩む顔なんて構わずに俺も振り返す。お…周りに居んのはチア部の友達だっけか。名前は覚えてねーけど、長谷がイジメられてるよ!、と俺に教えてくれた内の1人。なんでバレてんだ?


「あ!ちょ、どいてよ!!」
「チービ!こうやったらなんも見えねーんだろー?」
「もう!!」


アイツ…!
長谷の前に立ち、俺との目線が交わらねーようにしたのかいつものアイツ。どう見ても長谷が好きらしく構ってる。怒る長谷の頭に手を当てながらこっちを見てニィッとしやがって…!ギュッと拳を握る俺が教室に入る前に、席に着けー、とA組の担任が来てしまいそれも叶わず。


「潰してやりてェ…!」
「物騒なこと言ってんなよ、キャプテン」


B組にて席に着く俺の無力な唸り声に倉持が呆れたように返した。


甲子園に行った、という実績は学校自体はもちろん俺らの周りにも大きな変化をもたらした。教室にいれば誰かしらが声を掛けてくるし、軽いエールと共にテレビのインタビューってどんな感じかとか、インタビュアーの女子アナはどうなんだ?とか。強豪の野球部にはありがちなのかもしんねーけど、学校に送られてくるファンレターみてーなもんもあるらしく礼ちゃんが今度纏めて渡すとか言ってたな。
変化は自分が望む望まないに関わらず、必ず訪れる。それが時間の流れの中に在って当たり前だ。
…と、達観した考えを持てるほど俺は大人であったならこの想いはとっくに心の中で昇華されてるんだろうな。


「お!あれ、長谷先輩だよな?」
「マジ!?おー!相変わらずちっさくて可愛いよなー!」
「可愛いだけじゃねーのがいい!細いけど出てるとこが出てる!」
「おっまえ、馬鹿だなー!」


あぁマジで馬鹿だなこの後輩!!
昼休みの学食。パンや菓子、アイスやプリンなとが売られる売り場はいつも通り大盛況だ。3年ともなればまさしく年功序列。沢村みてーな馬鹿じゃねー限り下級生は上級生に前を譲るのが暗黙の了解だが。


「ちょ、通れない…!」


ぴょんぴょんと跳ねてなんとか列の前へ行こうとするものの、あれじゃ難しいよな。
長谷の身長が伸びねーのは相変わらずで、少し離れたところから1年らしい後輩がそれを微笑ましく見てんのも気持ちは分かる。多分、ここにいる誰よりも小せェから、そりゃ可愛いよ。それを微笑ましく見てるだけならいいけどな!
ヒラヒラ、と太腿の上で上がったり落ちたりを繰り返すスカートが短いっての!!


「長谷」
「御幸くん!御幸くんもパン?」
「いや、食ったけどもうちっと食おうかと思ってな」
「そっか!私…は!お昼にクリームパンとチョココロネ、をっ!」
「はっはっは!相変わらずの甘党」


それはそうとして、と続けながら俺が着ていたセーターを脱いで、御幸くん?と不思議そうにする長谷の腰に袖を巻いてウエスト辺りで結んでやる。かなり密着するし、長谷が慌ててんのも分かるけど、ん。ちょっと我慢な。

スッと流す一瞥。後輩に細めた目線を向ければ、行こうぜ!と慌てて去ってくれんのは助かるわ。牽制が正しく届いたみてーで。お前みてーな馬鹿にゃ長谷はやれねーよ。


「暑ちィから持ってて」
「え、でも…」
「お礼にパンな。待ってな」
「あ…ま、待って!」
「!」
「私も行く」
「っ……、ん。離すなよ」
「うん!」


ギュッと掴まれ俺を引き止めた手。目を向ければ顔を赤くした長谷が真っ直ぐ俺を見つめて強い意志を伝えてくる。グッ、と込み上げたのは嬉しさか我慢か。こうして何度となく繋いだ手を強く握り、一緒に人混みを掻き分けて先頭へ。やばいだろ。顔が緩むのを堪えるから口元がピクピク不自然に痙攣しちまう。


「ぷはっ!」
「ブハッ!はっはっは!潜水から浮上したみてーだな!」
「私にはそれと同じぐらいだよー。あ!おばちゃん!クリームパンとチョココロネくださーい!あ、プリンも!」
「はいはい」
「あ、俺は焼きそばパン」
「120円ね」
「あ、はい。……あー…長谷」
「うん?」
「っ……いや、うん」
「?」


いやいやキョトンと見られても俺としてはこのままがいいしどうにもしたくねーから察してほしいんだけど!

ジッと俺を見つめ首を傾げる長谷はおばちゃんに金額を言われ、はい!と金を出そうとして漸く気付いたらしい俺と繋がったままの手。それを見つめ固まりカァッと見る見るうちに真っ赤になる可愛さやめてくれ本当にマジで離したくねェ。


「ごめんなさい!!」
「いや、はっはっは!もうちょっと繋いどく?」
「……うん」
「は!?」
「っ…繋いどく」
「………」
「戻る時も人に飲まれちゃうし!あの、…繋いでおきたい、です」
「…ん。おばちゃん、これで2人纏めてお願いします」
「え、御幸くんお金…」
「行くぞ」
「わ!!」


ぐわんぐわんと目眩がするほど心臓が揺れる。カッと熱くなる顔を見られたくねーからなんとか片手で財布を出し2人分の金を払って纏めてビニールに入れられたそれを持って長谷の手を強く握ったまま引いて横に人混みを抜ける。途中、好奇の目で見られてんのは分かったがそんなんじゃねーよ。
どうやったら俺と長谷が付き合うってんだ。長谷はな、めちゃくちゃ良い子で可愛くて…性格が悪くて野球ばっかな俺みてーな男とは付き合ったりしねーの。自分で思ってて虚しくなるから、んな目で見んな。上がった高揚感が現実を見てサァッと冷めていく感覚が胃の中を気持ち悪くする。くそ、と心の中で吐き捨てた。焼きそばパンなんて食える気がしねェよ。

人混みを抜け、小さな手と繋いだまま長谷と教室へと向かう階段へ。途中倉持とすれ違ったが何も言われず今はそれに感謝した。


「ここまで来りゃ大丈夫だな」
「ありがとう御幸くん」
「どういたしまして」


俺、ちゃんと笑ってるよな?手を離しても名残惜しいのは俺だけだ。俺を見上げ嬉しそうに笑う長谷を困らせんのは本意じゃねーから。隠せ、ちゃんと。表情筋がぎこちなく動くのも、離した手を不自然に握り締めんのも全部ちゃんと。


「ほら、これ」
「あ、うん!今お金…」
「いいって。いつも調理実習で作ったやつ貰ってるお礼ってことで」
「でも…」
「それにしても牛乳は買わなくて良かったのか?」
「牛乳…?あ!!い、いりません!今月1ミリ伸びたもん!」
「ブハッ!毎月測ってんのかよ!」
「測るでしょ普通」
「こらこら。長谷の普通はみんなの普通じゃねーよ」


あぁそれとな、と続けながら長谷に渡した袋の中から焼きそばパンを出してニッと笑う。


「ああいうのは誰彼構わずやんなよ?」
「…え?」
「手を繋いでほしいとか、馬鹿な男は勘違いしちまうだろ」
「………」
「俺だから良かったけど、今後は気を付けろよ」
「…うん」
「よし。じゃあな」


よし、と自分に言い聞かせた。不自然なく言い切れたよな、俺。口元をずっと無理やり笑わせてたせいか手を振り背を向けたものの顔がすぐに戻る気がしねェ。
長谷がどんな顔をして俺の話を聞いてたかも確認できねーほど胸が痛くなる言葉をこの口で垂れ流し、もそもそと焼きそばパンを食っても少しも美味くはなくただ手に残る長谷の手の感触と温度を忘れねーように午後の授業までのほんの一時を目を閉じ過ごした。



残温に唄う
「ぶぇっきし!!」
「うわ!汚ね!!」
「あ"ぁ"ーまだ冷えるな…」
「だっつーのになんでセーター着てねーんだよテメーは」
「…あ、やべ」
(長谷の腰に巻いたままじゃねーか!)

続く→
2020/09/27



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