フェンス越しに唄う



春休みに入る少し前、学校では選抜高校野球へ出場する野球部への激励が行われ主将である御幸くんが野球部の主力メンバーを後ろに登壇して意気込みを語った。普段見る御幸くんとは違う、優しさというよりは厳しさ…うーんと…言葉にするのは難しいけど頼もしさを野球部らしい大きな声に感じてカッコ良さが今日も心臓に悪い。
友達の背中にぴったりくっついて、うー…!と小さく唸りながら悶えていれば生徒たちの間を歩いてる先生が、具合悪いの?と心配してくれたけど正常ではありませんが具合いは悪くないですごめんなさい!


「写真撮りたかった…!」


バンッ!と机を叩いて恒例のジタバタ!え?足?付いてるよもう!あの男子はいつもうるさい!!
同じくらい定番になったからかいにもプィッと顔を背けて体育館から戻ってきた教室。友達は、ハイハイ、と呆れ気味で私の口にポッキーを突っ込んだ。美味しいありがと!


「そんなに欲しいなら撮らせてもらえばいいじゃん」
「無理…!無理無理!!」
「アンタね…」
「見すぎて寝れなくなる…」
「あ…そっち」
「うー…」


寂しい…もうすぐ春休み。野球部は選抜高校野球大会という甲子園球場で開かれる大会へと行ってしまう。野球のことは分からないけど…御幸くんが新しい主将になって秋大を優勝して、お祝いを言いに教室に飛び込んだ時すっごく嬉しそうに笑った御幸くんを思い出すとまたジタバタ…じゃなく!そうじゃなくて…つまり、御幸くんにとってすごく大切なんだって分かるから寂しいなんて言ってもいられないけど。
でも会えないのは寂しい。姿も見れないし、御幸くんなんてさ…カッコ良すぎだからあっという間に全国にファンが出来ちゃうんだよ。その内また告白されちゃったりしてさ…。


「っ……むー…!」
「なんや、また唸っとんのか」
「!…前園くん。…センバツ、頑張ってね」
「おう!最後までいったるで!俺らは!」
「…いいなぁ。私も行きたい。吹奏楽とかチアの子たちは行くんだよね?」
「そう聞いとるな」
「そっか…。私なんてさ、おたまじゃくし全然分からないし」
「音符ね」


と、吹奏楽部の友達が笑ってよしよしと私の頭を撫でる。


「ダンスなんて無理だもん…。チア、みんな可愛い」
「伊織の創作ダンスも最高だったけど」
「やめて…!思い出すだけで頭痛くなる…!」


1人またチア部の子が来てよしよしと撫でてくれてポッキーを、ちょうだい、と食べた。いいよーたくさんあるから。


「あ、ユニ着てみる?」
「百合ちゃんのはぶっかぶかですー」
「あるある!ちっさいの!みんなで衣装合せした時に見つけたんだよねー!部室の隅に!」
「本当!?……でも、いいや。ありがと」


チア部の友達、百合ちゃんがいつもたくさん練習してユニフォームを着れるようになったの、私は知ってる。ただ着てみたいという理由だけで私みたいなのが着たりしたらみんなに失礼だよ。

机にぺたんと突っ伏してそう言えば、え?と降ってくる声。…顔なんて上げてやんない。


「長谷、チアのユニ着んの?」
「着ませんー」
「いいじゃん!着れば!見てーし!」
「で、笑うんでしょ?馬子にも衣装とか学芸会とか言って」
「ち、違げーよ!」


絶対に言うじゃん!いつもそうやって私をからかってるじゃん!ね!?と友達2人を見上げると2人は顔を見合わせていつもからかってくる男子の肩をポンと叩いた。うっせーよ!と怒ってるし、なんなの。

私はせいぜいテレビの前でかじりついて応援するぐらいしか出来ない。
あれから、あんまり御幸くんと話せてない。先輩と起こしたひと騒動も人の噂も75日。もう廊下でひそひそ言われる気配は感じないけどそれでも御幸くんと話してると何か言われてるのは分かる。すれ違いざまに聞こえるように、チビッ!と言われたこともある。別に私は平気だけど、チビな私と噂が立つ御幸くんに迷惑だもん…。


「なー着ろって!」
「イ・ヤ!!」


ていうかアンタは頭を撫でないでよ!!
グリグリと、チビー!とからかい笑いながら頭をグッと押してくる男子に手の下からキッと睨むも効果なし!


「前園くん助けて!!」
「はあ!?俺を巻き込むな!」
「ポッキーあげる!」
「いらんわ!」


百合ちゃんたち…!っていない!トイレだってよー、ってアンタには聞いてないー!!
私があと30センチぐらい大きかったらこんな目には合わなかったのにー!


「じゃ、ちょーだい」
「「!」」


大好きな声が聞こえたと同時にフワッと頭の上が軽くなって、顔を上げれば男子の手を御幸くんが掴んで離してくれてる。おー!と周りで小さな喝采。ポッキーを咥えてニッと笑って、御幸…!と睨む男子に冷たい一瞥を送る御幸くんは私を見てひらりと手を振った。あ…私も!私もヒラヒラと振ってみれば楽しそうに笑ってくれた。胸が!胸がキューッとなる!


「まるで小学生だな」
「!っ…ほっとけよ!」
「あ!もう!謝ってよ!」
「誰が!」
「もー…」


あ、髪の毛が!きっと今、髪の毛がくしゃくしゃ!あんな意地悪男子を目で追っかけ責めてる場合じゃない。わたわたと手櫛で直そうとしたんだけ、ど…こ…これは!?


「み、みみ…御幸くん?」
「………」
「っ……あの!?」
「!…あ、わり」
「い…いいえ。あの、ありがとうゴザイマス」


ナデナデされた!御幸くんに!ちょっと上の空っぽくだけど、優しく撫でて貰ってカァッと顔が熱くなる。御幸くんはハッとして手を離して顔の前で広げて、ごめん、と焦ったように繰り返す。いえいえそんなとんでもないです。

やっぱり、さっき壇上で見た御幸くんとは違う。前園くんに何かを借りてる姿は普通の男子高校生だし、目が合ってさっきのこともあったからか照れ臭そうに笑ってくれるのもこんなに心の距離が近い人。
だから余計に…御幸くんが遠くにいっちゃう感じがして寂しい。

前園くんに現国の教科書を借りて、じゃあな、と教室を出ていく御幸くんにまたお礼を言って手を振ったけど、どうしてか前園くんに言ったみたいにするりとセンバツ頑張っての言葉が出てこない。
教室の入口でトイレから戻ってきた百合ちゃんたちになぜか御幸くんが、ありがとう、とお礼を言う背中を眺めてからまた机に突っぷす。
私、嫌な子だ。
応援したいけど、御幸くんが知らない人みたいに感じるから野球に頑張る御幸くんを応援できないなんて最低。

…よし。知らないから駄目なんだよ。
知ればいい!そして御幸くんを精一杯応援する!


「あ、伊織」
「百合ちゃん!どうしたの?」


ここ、野球部のグラウンドだよ?
放課後に野球部グラウンドに足を向ければユニフォーム姿のチア部の人たちとすれ違い、その中にいた百合ちゃんはポンポンを手に私を見つけて部の人たちに先に行ってもらうように声をかけてから駆け寄ってきてくれる。可愛い…!すっごく似合う!百合ちゃん、足が長いしスタイルが良いからもう…完璧!


「野球部の激励、とチア部からの差し入れを持ってきたの」
「そうなんだ。お疲れ様!」
「伊織は御幸くんの応援?」
「うん!」
「そっかー」


よしよし、と頭を撫でてくれる百合ちゃんは御幸くんは今A面グラウンドにいると教えてくれた。グラウンドの方へ目を向ければ結構人がいて、ちょっと行き辛いかも…。女の子もいるし、あれは…グラウンド見えるかな?跳ねれば、いける?

うーん、と唸り眉根を寄せていると、そうだ!と百合ちゃんが私の手を引く。え?え!?


「なに!?百合ちゃん、戻らなくていいの!?」
「これから自主練だからね!ちょっとぐらいいいよ!それにさ」


A面グラウンドの方へ走り向かっていた足を止めて百合ちゃんが手にしていたポンポンを私に渡して真剣な顔で続ける。キィーンッと響いた金属バットの音が少し先で聞こえた。


「確かに伊織は小さくてあのミス青道よりも子供っぽく見えるかもしれないけど、そんなの関係ない!応援しちゃ駄目な理由にならないでしょ!」
「!…百合ちゃん…」
「ほら!行こう!」


いつも私の到底叶わないこの恋を呆れながらも見守って応援してくれる百合ちゃんの言葉はじんわりと胸の内に温かく広がって少し泣きそうになる。すみません、と百合ちゃんが人混みを掻き分けて私の手を引いてくれるから、私はフェンスの前で御幸くんの姿が見える。でも泣いてしまいそうで…っ視界が滲む。


「ゆ"り"ち"ゃ"ん"…!」
「泣かないでよ、もー」
「ご、ごめ…」
「今、休憩中みたいだから。あ!御幸くん!!」
「えー!?」


いきなりー!?こっちこっち!って…無理無理、無理ー!!みんなこっち見ちゃったじゃーん!!私を、ちっさ!と言った後輩の子もいるし倉持くんは、オラ!って御幸くんを蹴らないで!!痛いよ!ひー!恥ずかしい…!ナイス、ポンポン!隠れちゃお…。

ポンポンで顔を隠していればフェンス越しに近付いた足音に気付いて、そっと足元だけを見る。


「長谷?」
「伊織!ほら!」


御幸くんだ。すぐ近くにいて私を呼んでくれる。百合ちゃんに、さっきはどーもな、とチア部に礼を言う声を聞きながら早く言わなくちゃと顔を上げた。きっと真っ赤だけど、今頑張らなきゃ御幸くんは甲子園に行っちゃうから。


「み、御幸くん」
「!」
「センバツ、頑張ってね。応援してる。テレビの前だけど、毎日ちゃんと観るね。いっぱいいっぱい、頑張ってね」


スポーツサングラスを掛けてる御幸くんを頑張って見上げジッと見つめて、ちゃんと伝える。
目を見開いた御幸くんに、ポンポンを3回くらいシャンシャンと振って見せる。こ、こんな感じ…?


「わ!!」
「キャップがー!!御幸先輩が崩れ落ちたぁぁー!!」
「うっせ馬鹿!!少しは黙って見てろや!!」
「せやで沢村!!膝から崩れ落ちるなんて格好悪い姿見られたら御幸が戻って来づらいやろが!仲間として気ィ使わなあかんで!!」
「ヒャハハッ!フォローになってねーんだよ、ゾノ!!」
「な、なんでや!?」


視界からパッといなくなっちゃったかと思えば御幸くんが頭を抱えてしゃがみ込んでる。え!?貧血!?慌てて私もしゃがみ込んでフェンス越しに、御幸くん?と呼ぶ。あ…後ろを通ってちらりとこっちを見てるのは片岡先生。こ、こんにちは。


「長谷」
「は、はい!」
「手、出して」
「手?え、こう?」


やっぱり監督含むいっぱい部員の人たちがいるところで呼んでお話をするなんて嫌だったかな…?
顔を伏せたままで、髪の毛で表情が窺えない。言われるままフェンスに手をつけるとその手に御幸くんの手がフェンス越しに重なった。大きくて私とは全然違う手が。


「っ…!?」


キャー!!って、私も叫びたい…!
周りの女の子たちから上がる声に片岡監督がギロリと睨みをきかせるのを視界の端っこに感じながら心臓が口から飛び出しそうな私はそれどころじゃない…!


「ん。ありがと。頑張る」
「は…はい!」


御幸くんが漸く顔を上げてくれて、少し赤い顔でニッと笑う。きゅうっと胸が締め付けられるのを感じながら私も笑い返す。
間もなくチームのみんなのところに小走りで戻る御幸くんの姿を見送って、頑張れ、と小さく呟きポンポンをシャンと鳴らした。



フェンス越しに唄う
「長谷」
「か、片岡先生こんにちは!」
「あぁ。………」
「………」
「……っ(百合ちゃん助けてー!すっごい見られてる…!)」
「あー!ボスが前に立つとすっぽり隠れやすね!?まるで蛇に睨まれた蛙のよーな!?マトリョーシカの1番大きいのと1番小さいののよーな!?」
「栄純くんうるさい!」
(名前覚えたからねー!沢村栄純くん…!許さない!)

続く→
2020/09/24



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