空に唄う



あー…やべ。気を抜くとずっと顔が緩む。
長谷に駅まで一緒に行こうとよく言った俺。隣を歩いてるといつの間にか長谷が後ろを歩いてて、あぁそうか。身長がかなり違うから俺の歩幅じゃ長谷には早歩きになっちまう。振り返り足を止め、焦ったように追いついた長谷と同じ速度で歩き出せばそんな俺に気付いたらしい長谷が下から俺の袖を手で引いて嬉しそうに笑うって…。ボッと一気に顔に熱が上がってしばらく声が出せなかった数時間前。今はそんなどこに出しても恥ずかしくないほどの自分のダサさを思い返して言葉が出ねェ。


「あー…」
「何さっきから唸っとんのや、御幸は」
「放っとけよゾノ。たまになってんだよコイツ」
「まるで長谷やな」
「!」
「長谷がなんて?」
「なんや、倉持も長谷のこと知っとんのか?」
「1年の時同じクラスだったからな」
「そうか。アイツ、ふとした時に机抱え込ん叫んどるで」
「足付いてんのか?」
「さすがにな。最初に机と椅子が高くて先生に言って交換してたけどな」
「ヒャハハッ!マジかよ!アイツ、成長しねーよなー!」


何言ってんだ。ちゃんと成長してんだよ。春の身長測定じゃ廊下で俺を見つけて走って捕まえてきたっての。で、1ミリ伸びた!なんつってパァッと笑顔で言ったんだよ。それに対して、誤差じゃね?、と返した俺クソ。
あんな可愛いんだ、そりゃ好きになる奴は他にもいる。C組に顔を出せば同じ奴が長谷にちょっかい出しやがって別に用もねーけど、仲良いんだな、と話しかけりゃドヤ顔で、まあな、ってなんだよ。別に、文句を言う権利なんて俺にゃねーけどお前がドヤるほど長谷と仲良くなんかねーだろ。


「……よし。ミーティングするぞ」
「お。復活したな」
「遅せェよ主将!」


バシッと倉持に頭を叩かれたのは丁度良い。いつまでも長谷のことだけ考えてるわけにはいかねーし。


「キャップ!秘伝の薬をお持ちしたんで飲んでくだせー!!」
「は?……すげェ色なんだけど」
「僕も一緒に作りました」
「作った!?」
「これを飲めば快復間違いなし!そして真っ先に俺の球受けてくだせェ!」
「僕が先」
「俺だ!」
「僕」
「お」
「僕」
「最後まで言わせろ!!」
「お前らマジうるせェよ!!俺もう寝んだけど!!木村にも迷惑だろうが!」


あっちにもこっちにも課題は山積。まずはセンバツに照準を合わせて、最後の夏へと新入部員の加入も含めて変わっていくチームを纏めなきゃならねェんだ。恋愛だなんだに現を抜かせるほど俺は器用じゃねェから。
だからああして長谷と何気ない会話をしながら歩いた時間は俺の中で宝物みてェにしまい込んでおく。それだけで、いい。


「じゃん!」
「!…お、長谷。どうした?」


休み時間に恒例のスコアブックを見ていれば目の前でがさりと何かが鳴り、顔を上げればにっこり得意げに笑う長谷の姿。
あ、やべ。準備できてねーから顔が緩む。俺、ちゃんと平然と返した…よな?


「御幸くんにあげる!」
「へ?」
「あのね、さっき調理実習があったんだけど」
「うん?」
「マフィン作りました、ので!あげる!」
「俺に?」
「うん!」


……マジか。
差し出されたマフィンは可愛らしいラッピングがされていて長谷らしい。


「御幸くん、甘いの食べないよ。ね?」
「え!?そう…だっけ?」
「いや食う。ありがとう」
「は!?さっき私のはいらないって断ったじゃん!」


余計なこと言うなっての!
俺はな、確かに甘いもんはそんな得意じゃねーけど長谷が毎回こうやってくれるやつは断ったことねーの!
後ろから横槍入れてきたクラスの女子を睨み牽制。そりゃアンタのはいらねーよ。視線を長谷に戻せば俺と女子とを交互に見つめ不安げに俺に差し出したマフィンを戻そうとするから咄嗟にその手を捕まえる。後ろから、あーそういうことアホらし、と女子が毒を吐いたが知るか。


「いる」
「でも…」
「嫌いじゃないから」
「…本当?」
「うん」


長谷が作ったものならなんでも好きだ、ぐらい言えりゃ苦労もしない。
長谷が今までくれた調理実習で作ったヌガーやみたらし団子やチョコムース、全部食った。長谷は甘いもんが大好きで授業間によくポッキーを食ってるほどで、味付けもかなり甘い。けど、いいんだって。味がどうとかじゃない。俺が貰わなきゃ絶対にあの男子に盗られる。そんなん、させて堪るか。

ジッと長谷を見つめてれば顔に熱が上がってくる。あのさ、出来れば早く答えがほしい。俺の顔が真っ赤になる前に。


「では、あげます!」


再度差し出されたマフィンに内心むちゃくちゃホッとして、もらいます、と受け取ると長谷は嬉しそうにふにゃりと笑って、あー…可愛いのなんのって。
…と、そう思ってんのは俺だけじゃない。


「ヤバッ!長谷、あんな可愛かったっけ?」
「俺も思った。チビで愛玩動物的だったのに、今は違うよなぁ」
「つーかあんな小さいからないかと思いきやそこそこある」
「ギャハハッ!お前、どこ見てんだよ!」
「見るだろそりゃ!あれこそギャップ萌え。俺、アイツでヌけ…」


ガンッ!!


「「!」」


長谷が小さな手をバイバイと振って出ていった途端、んな話ししてんじゃねーよ。

横から聞こえてきた会話を遮るように足を伸ばし前の席の椅子を蹴り付けそいつらを睨みつけると、やべ、とそいつらがそそくさと教室を出ていく。あーやばいよお前ら。死ぬまでその顔忘れてやらねーからな。


バシッ!


「いで!」
「…ガキみてーなことしてんじゃねェ」
「倉持。……ガキだろ俺ら」
「少なくとも俺はお前よりかはガキじゃねーと今思ったわ」
「…うっせ」


つーか人の頭叩くな。
じとりと見上げる先で倉持が、チッ、と舌打ちして今俺が蹴り上げた席に座る。
お、マフィンまだほんのりあったけェじゃん。


「それ、長谷か?」
「おー。調理実習だってよ」
「アイツ、作れるようになったのかよ」 
「何言ってんだよ。いつもちゃんと作れてんだろ」
「何言ってんだはテメーだろうが。アイツが作った今までのやつ覚えてんのか?」
「どれも美味かったけど」
「あーそうかよ。チッ、聞いた俺が馬鹿だったぜ」


ま、ちゃんと覚えてっけど。
ちょっとした失敗なんて可愛いもんだろ?ヌガーが苦いほど焦げてたとか、みたらし団子が固いとか、ムースがもはやグミみてーだとか。そんなん大したことじゃない。
俺にとっては俺のとこに教科書抱えて移動先からそのまま真っ直ぐ来てくれんのが嬉しいんだよ。ただ頼むからもうちょっとスカートの丈を長くしてくんねーかな…。ヒラヒラと太腿辺りで揺れてんのを見てんの、俺だけじゃねーんだぞ。

マフィンに目を落とし、ラッピングの中でかつてないほど綺麗に作れてるそれに口元が緩む。
器用な方じゃねーよな、長谷は。一生懸命なのは分かんだけど空回りすることもよくある。でも出来なくても諦めたりはしねェ。必死にやって出来るようになって、本当に嬉しそうに笑うから周りも長谷を助けてやりたくなる。俺はそうして長谷の周りに人が集まんのを離れたところで見てるのが好きで、長谷がそんな俺に気付き手を振ってくれる瞬間が大切だ。
だから自分からその瞬間を壊したりはしない。俺が自分の想いを告げて、長谷が困る顔を見んのは本意じゃねーんだ。

手の中でころりとマフィンを転がし、顔が緩むのを倉持が見て、チッ、とデカい舌打ちをした。いいだろ?とマフィンを見せれば、死ね!とまた頭を叩かれた。


「御幸くん」
「!……なんですか?」


放課後、下駄箱で俺を呼び止めたのは見覚えのある人だった。足を止めた俺とその人を下校のために玄関を出ていく生徒たちが興味深そうに眺め通り過ぎていく。

3年の、以前俺に告白してきた先輩だ。
眉根を寄せる俺ににこりと笑い、ちょっといい?と手招きをする。貼り付けたような媚びる笑顔が苦手なんだよな…この人。


「すみません、俺これから部活なんで」
「ちょっとだけ」
「…なんですか?」


そこで漸く向き合うと俺に近付くその人の目線はそれほど俺と変わらず、てらりと光る唇はあの子とはまったく違う。
あー…こうして長谷と向き合いてェな…。やっぱり漏れちまう、欲求が。好きなんだよな、やっぱ。
苦しいと言われても抱き締めて離さなくて、恥ずかしいと言われても何度だって好きだと伝えて。できれば、同じだけの想いが返ってきたなら…なんてな。有り得ねェか。

好き。付き合ってほしい。
先輩が語る言葉に何も言わずに首を振り俺は外へ出て空を仰いだ。
くそ、すっげー青い空だな。ボールがよく見えそうで…金属バットの音がよく響きそうな…。


「てめコラ!」
「いでっ!な、なんだよ!?倉持!」
「ミス青道に告られたイケメン様に1つ教えてやらァ」
「はあ?」


つかいきなり太腿を蹴るんじゃねーよ!こっちはほぼ完治してるとはいえ怪我を抱えてんだぞ!!
凄む倉持に眉を顰めればクイッと顎でどこかを指して言葉を続ける。…あっち?学校の方がなんだよ。


「お前がどう振るか、んなこた関係ねーけどな。テメー1人が色んなもん抱えてっと思うなよ」
「だから、なんだって…」
「学校、戻れ」
「!…は?」
「長谷が頑張ってんぞ」


白球を追うでもなく、体力をつけるためでもなく、好きな子のために全力で走るなんてどんな少女マンガだ。
長谷が。そう聞いて息を切らし走り戻る。前髪が上がって額に当たる風が冷てェ。
眼鏡がズレて邪魔だから、くそ…!と呻き眼鏡を取った。
少し前に出た生徒用玄関が見えてんだかなんだか、視界が微妙にぼやけてるが向かう先は分かる。


「御幸くんは、そんな人じゃありません!」


長谷だ…!俺の名前を言い、誰かと言い合ってる。小さな人だかりにぶつかりながら縫ってそこへ向かう。御幸!とどこかで俺を呼んだ声はゾノか。


「撤回してください」
「なに?私は間違ったことは言ってないし」
「御幸くんは…っ、冷たくなんかないし優しい人です。御幸くんのことが本当に好きならそんな風に悪口言わないでください」


違う。長谷は多分、勘違いしてる。
俺は優しくなんかないし、自分が長谷を想うように誰かが俺を想ってくれてんのを受け入れてもあげられねェほど心に余裕がなくて…長谷しかいらない。俺が優しいのは、長谷にだけだよ。


「!…御幸くん」
「行こう」
「え、待っ…!」


長谷の手を引き、驚き上がった顔の高さに合わせて屈んでジッと見つめる。おー、この近さならよく見え…って、違げェだろ!ん"ん"っ、と喉を鳴らし長谷の手を引いたまま人混みを掻き分けてその場を離れる。泣きそうな顔の長谷は黙って俺についてきて、しばらくしてから俺の手を握り返して小さく話し出す。


「御幸くん、ごめんなさい…」
「!」


なんで長谷が謝るんだよ。
震える声に足を止め、長谷と向き合う。けど、さっきの先輩みてーに熱が篭った眼差しじゃないし俺を見上げるからポロポロと涙が落ちて、悔しげに唇を噛み締める長谷の表情に胸が痛む。 

ギュッと長谷の両手を握り、しゃがんで真っ直ぐ見つめる。長谷がくれる感情の1つも取り零して堪るか。


「っ…あんな風にしたら、御幸くんの噂余計に広がっちゃうって…すぐに思いつかなかった…」
「いいよ」
「あの先輩、御幸くんが冷たいって…」
「うん」
「振られたからって…そんな風にみんなに言ってて」
「……うん」
「違うよ。御幸くんは、いつも優しい…!」
「長谷が知っててくれればいいよ」
「!……ちゃんと知ってる」
「ん。なら、いい」


長谷の頬に流れた涙を拭い、笑いかける。すると長谷はますます泣いて俺の手を強く握った。
口からするりと出そうになった、好きだよ、の言葉を今は言うべきじゃないとグッと飲み込んで空を仰いだ。小さな手を握り返し心の中で願う。
どうかこの愛おしい子が、優しくて度量もあって格好良くて浮気もしねーで年収は1千万以上あって軽井沢に別荘を持てるぐらいあるような男と…いつか幸せになりますように。



空に唄う
「そういや、マフィン」
「うん?」
「美味かった」
「本当…?」
「うん、ありがとうな」
(なぜかコーヒー豆入ってたけど)

続く→
2020/09/20



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