隣で唄う



隣に立つと見上げなきゃいけないし、1年の時よりももっとカッコ良くなってるしそれからそれから…!


「もー…っ、もー!!」


思わず机に突っ伏してジタバタ!友達が、またやってるよ、とかよくからかってくる男子が、床に足付いてるか?、とか言ってくるけど今はいいそんなこと!
先日、テストの大ピンチを救ってくれた御幸一也くん17歳。あ、私も同じ学年だけど早生まれだからまだ16歳。おかげ様で数学は赤点を採らずに済んでお母さんからの"赤点採ったらスマホ解約!"なんていう暴挙を止められました。私、数学できなくて良かった…。御幸くんが数学得意で良かった…。

1つの机を挟んで2人きりで勉強した放課後。距離も近くて、御幸くんが笑うのがカッコ良くてそれからそれから…っ。


「っ…もぉー!!」
「な、なんや!長谷」
「…前園くんって野球部の副主将なんだよね?」
「おー、せやな」
「いいな…」
「は?」
「御幸くん」
「はあ?」
「いつも一緒にいるんだよね?」
「そりゃ野球部やし、一軍やからな」
「ご飯も?」
「おう」
「お風呂も?」
「学年で時間が分れとるから入るタイミングが合えばな」
「寝る時も?」
「いや、部屋が違う」
「ふうん…いいなぁ」
「何がや?アイツ、むっちゃ性格悪いねんぞ」
「そんなことないもん。優しいもん」
「優しいー!?アイツがか!?」
「そんなに驚く?」


そんなに目を見開いて目玉飛び出ちゃうよ?
そう笑えば前園くんは、出るか!、と関西人らしい素晴らしくキレのあるツッコミをくれて溜息をつきながら私の隣の席に座る。
2年C組、前園健太くんの隣が私の席で、1番ちっさいという理由で必然的に席も1番前という悲劇。今に始まったことじゃないけど…牛乳飲もうかな…。

青道野球部はとっても有名な強豪の野球部。
入学前から知ってたけど、もっと詳しく知るようになったのは入学してから間もなく。
隣の席の男の子が自己紹介で立ち上がり、その声を聞き、その手が髪の毛を掻き乱しながらもはっきりとした口調で高校生活の目標に全国制覇だと語った瞬間に直下で落ちた。いわゆる一目惚れというものを初めて経験した私は御幸くんの隣に立つとちんまりとし過ぎてて…はぁ…。


「ええか?長谷」
「うん?」
「あないに顔だけの男に騙されたらあかんねんぞ」
「お父さん?」
「誰がお父さんや!!男はここや、ここ!」
「ここ?」


ドンッ、と前園くんが拳で叩く場所は胸元。


「あ、心?」
「せや!!アイツはナリはええかもしれんが心が、」
「心が?なんて?ゾノ」
「!」
「み、御幸!なんや!?」


御幸くんだ!御幸くん!!
ひょいっ、と廊下から教室へ顔を出した御幸くんは前園くんにニッと笑い私にもヒラヒラと手を振ってくれるから私もヒラヒラ。手、大きいなぁ…それに手の平、マメの跡…かな?とても固そう。私よりもずっと。当たり前だけど男の子。触ってみたいなぁ…なんちゃって。


「長谷のテストどうだったかなーって思って来てみりゃゾノが大声で喋ってんのが聞こえた」
「あ!こ、これ!ほら!」
「ん?おー!赤点は回避だな」
「うん!ありがとう御幸くん!」
「ブハッ!はっはっは、どういたしまして」


くしゃりと顔を崩して嬉しそうに笑ってくれるから私も嬉しくて、机を抱えるようにして足をジタバタ。もー…好き!


「足、床に付いてんの?それ」
「付いてます!もう!みんなして!」
「みんな?」
「いつもからかわれる…」
「誰?」
「あれ」
「……ふうん。あ、またな」
「え?う、うん?うん…」


またな、って…教室入ってきて私をいつもからかう男子に用があった…の?

首を傾げても窓際で話してる男子たちの声は聞こえない。なんだろ?と前園くんに聞いてみたところで、知らん、と言われてしまえば御幸くんの用なんて検討もつかないからどうしようもない。

あ…御幸くん、クラスの子たちに見られてる。
…そうだよね。カッコイイもん。野球やってる時も教室でスコアブック見てる時も、御幸くんは何しててもカッコイイ。チビで色気皆無な私とは釣り合うわけない。秋大を優勝して、もっともっと有名になった御幸くん。後輩にも先輩にも人気だし…。
セーターを着る後ろ姿を見つめ、その背中が1年の時よりもずっと広くなったことに心臓が跳ねる。私なんて、まだセーターブカブカなのに…。御幸くん…どんどん遠くなっちゃうな…。

机にまた突っ伏して、もー…、と何度言ったか分からない言葉と一緒に溜息をついていれば、


「!」


ガシッと頭を掴まれて瞬時に浮かんだ先日、御幸くんに小さいなと頭を掴まれた時のこと。
バッと勢いよく頭を上げるとそこには御幸くんじゃなくて、いつも私をからかう男子。


「な、なんだよ?」
「別にー。やめてよ、もう」


ペイッてしてやる、こんな手。
口を尖らせて男子の手を頭から払い教室を見回しても御幸くんの姿はなく、目の前の男子はニヤニヤと笑いながら、ちっさ!とからかってくるし。プイッてしてやる!

私がさ、こんな身長じゃなくてすらりとモデル体型でボンッキュッボンッならいいのに。


「…前園くん、女はやっぱりボンッキュッボンッがいいよね?」
「はあ!?」
「御幸くんもそうかな?知ってる?」
「御幸ィー?そりゃそうだろ誰だって」
「私は前園くんに聞いてるの!」
「ま、まあ…そりゃあないよりは…」
「女も心が大事に決まってるじゃん!!騙されるよ前園くん!!」
「せ、せやな!すまん!!」
「もう!男の子なんてみんなそう!御幸くん以外!」
「御幸がどんな仙人に見えとんのやお前は」
「あれだ。チアの3年の先輩と噂になったことあるよなー?御幸」
「え、なにそれ…知らない」
「あれ?知らねーの?あの、あれだよ。ミス青道の。いいよなぁ、あんな美人と」
「付き合ってないでしょ?」
「別に付き合わなくたってヤることはヤれるん…いてェ!!」
「最っ低!!」 


もう知らない!スネ蹴ってやった!いつも意地悪ばっかで嫌だあの人!痣になっちゃえばいいんだ!

プィッとして席を立ち友達のところへ行き泣きつけば、あー…、と気まずそうに語られた言葉に私は休み時間が終わり始まった数学の授業中も上の空。また赤点ギリギリになるぞ、と先生に教科書の角で軽く頭を小突かれたけどそんな場合じゃないんだよ先生。命短し恋せよ乙女。命も賭けれるぐらい好きな御幸くんに彼女がいただなんて。
友達いわく、知ってたけど私がその事実を知ったら卒倒しちゃうだろうから黙ってたんだと頭を撫でながら言われた。隣の前園くんには、まさか御幸が好きなんか?、と今更なことを言われて肯定に頷けば、やめとけ!、と授業中にも関わらず叫ばれて。
ふんだ…。どうせ私と御幸くんじゃ釣り合わないよ分かってます、そんな必死に止めなくたって私はそこまで身の程知らずじゃないもん。けど…しょうがないよ、好きなんだから。

諦め方を知ってる人がいるなら教えてほしい、本当…。


「長谷?」
「あ…倉持くん」
「珍しいな、見に来んの」
「うん。ちょっと元気貰いたくなっちゃって」


倉持くんでさえ大っきいな、もう。御幸くんよりは小さいけど。

放課後、御幸くんは練習に参加できないのは知ってるけど自然に足が向いて青道野球部のグラウンド前。フェンスを挟んで練習を眺めてると後ろから声を掛けてくれた倉持くんが、御幸か?と続ける。とっくにバレてるんだよね倉持くんには。

ううん、と首を振っても目を細めて見下されてこっちもバレバレ。一目でいいし、あわよくば話せればって欲あります。


「えっと…あの、差し入れとかいいのかな?」
「御幸に?」
「ううん、みんなに」
「んな金ねーだろ。何人いると思ってんだ」
「う…そうだね。女子高生の財力じゃ厳しいね…」
「だろ?大人しく御幸だけにしとけ」
「でもいないんでしょ?」
「いや。グラウンド走ってたりブルペンに居たりするぜ」
「!、そうなの!?」
「ヒャハッ!分かりやすい奴!」


あっちな、と倉持くんが指差してくれる方に顔を向ければ倉持くんはもう、じゃあな、と背中を向けてて、ちょ…!ちょっと待って!、と背中を掴む。驚き振り返った倉持くんに、えっと…えぇっと…!ポケットや鞄を漁って、何か…えっと何か…!


「これ!あげる!」
「あ?……おー、サンキュー」
「ううん!こちらこそ!じゃあね!」


いちごミルクの飴しかなかった!今度はちゃんと用意してから来ようと決めて御幸くんを探しながら歩く。わ…今すれ違ったの、1年生だ!大人っぽいし、背高い…。いいなぁ…。


「この性悪キャッチャー!!お前なんか布団に苔生やすぐれー寝て早く怪我直しやがれ!!」
「ブヘッ!!」


い、痛い!!すれ違った子を振り返り見ながらを歩いてたら何かぶつかって顔強打!!
女子力とは程遠い声が出てしまう私に、うお!、と降ってくる声を見上げれば…デカッ。


「ちっさ!」
「ちょっとー!!いきなりそれは酷い!!」
「あ、すいやせん!あんまりにもちっこいもんで」
「あれ?私、今謝られてる?貶されてる?」
「怪我はありやせんか?」
「うん…鼻痛いけど…」
「鼻?んー?」
「………」


近い…。
この人、知ってる。投手の1年生。御幸くんと時々話してる子だ。私の両肩を持って身体を屈め覗き込むように鼻を見つめてくる素直さに良い子なんだろうと思うけど、距離近いよ、近い。


「さーわーむーらぁー!!」
「ギャッ!!」
「!」


掴まれた!後輩くんの頭がガッ!と。
突然のことに唖然としていればそこには御幸くんがいて、自分でも分かる。絶対にパアァッと表情が明るくなったのが。


「御幸くん!」
「わり、後輩が」
「う、ううん!鼻ぶつけただけだから」
「あぁ、それで」
「そうですよ!俺はちっさいこの人の鼻を心配してたんス!!なんでいきなり頭を掴むんスか!?」
「それ以前の問題だろうが。女の子にあんな近付くんじゃねェ馬鹿!!」
「んな…!そ、それは失礼いたしやした…!」
「ううん!大丈夫。こちらこそぶつかってごめんね!」
「いえいえ!友達んちの仔犬が突っ込んできたぐらいの衝撃だったんで!全然問題ないッス!」
「こ…仔犬…!?」
「沢村、お前もう行け…」


仔犬…とは。へい、siri。仔犬の定義を教えて。子供の犬、だよね。でも大型犬の仔犬ならギリギリセーフ?じゃないね、うん。

後輩くんが、失礼しやぁぁーす!!、と元気に走り去って行くのを聞きながらも頭にゴーンと大きな鐘の音が打ち鳴らされたようなショックで、仔犬…、と繰り返し御幸くんを見上げる。
年下にもあんな風に言われちゃうんだもん、ナイスバティで美人な先輩との噂がある御幸くんからなんて仔犬どころか微生物ぐらいに見えてるんじゃ…。ミジンコ?ミカヅキモ?


「ったく…。大丈夫か?」
「うん…」
「…もしかして仔犬っつーの気にしてる?」
「う…。…やっぱり御幸くんからもそう見える?」
「長谷が?」
「うん」
「うーん…」


そんな溜めないで。ていうか顎に手を当てて考えるのもカッコイイ。好き。
ユニフォーム姿。キャップ。サングラス?教室で見る御幸くんとは全然違う。

ついつい見上げてジッと見つめてしまうから首が痛いけど、そんな私に気付いてニッと笑う御幸くん。


「見えないよ」
「本当!?」
「本当」
「な、何に見える?」
「何にって、そりゃ女の子だろ?」
「微生物じゃなくて!?」
「じゃなくて」
「っ…そ、そっか!ありがとうゴザイマス」
「ブハッ!…どういたしまして」
「私も!」
「ん?」
「私も御幸くんが男の子に見えてます!」
「!」
「…あれ?」


これはこれで当たり前だし一々言うことじゃなかった…?

言ってから思案して御幸くんを見れば目を丸くした御幸くんと見つめ合うことになってギュッと心臓が掴まれたみたいに縮まる。うー…!好きすぎて、苦しい。


「……長谷、今から帰んの?」
「え?あ、うん」
「じゃ駅まで一緒に行く」
「え……いいの?」
「うん」
「練習は?」
「これから移動。トレーニングセンター。ちょっと待ってて」


なんということ。一緒に駅まで…?わ、嬉しい…どうしよう。何話そうかな?私と歩いてて御幸くん、首痛くなったりしないかな?見下さなきゃだし…。
わ…わぁ…!
御幸くんが歩き去る足音を聞きながら、もー!、と足を抱え込んで座り込む私の顔はきっと真っ赤。御幸くんが戻ってくる前になんとかする。しなきゃ…!



隣で唄う
「お待たせ」
「い、いいえ!」
「行くか。もうすっかり日が落ちんの早くなったな」
「っ……」
「長谷?…伊織チャーン?どした?」
「御幸くん、あの…っ」
「ん?」
(言えない!トレーニングウェア姿カッコイイなんて言えない!)


続く→
2020/09/18



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