拝啓、昔の俺へ



大人になると目線が変わって違うもんが見えるようになるってーのを高校に通っていた時に教師が言っていたのがフッと頭に浮かんだ。
なんの教師だったかなんて覚えてねェがそれは確かに正しかったらしい。

俺も今、見えるわ。
今だから見えるもんが。


「先生いいじゃん。駄目?」
「駄目です。少なくとも目上に敬語を使えないような人は」
「ちぇ。敬語って嫌いなんだよなー」
「どうして?」
「距離あけられてるみてーで」
「よく分かってるね」
「な…!分かっててそんな態度かよ!ひでェよ!伊織チャン!」
「あのね?」
「俺は本気だって!まだガキだからとか……いでっ!!」
「なにやってんだ、お前は。こんな廊下で」
「っっいってェ…!角!今、教科書の角だったろ!?伊佐敷コーチ!!」


くわっ!、と歯を剥き俺に怒りを顕わにするそいつに、ふぅ、と肩で息をつく。
高校3年男子。
俺が入学したばっかの頃は高校3年の先輩っつったらえらく大人に見えてそれはもう怖ェと思ったもんだが、もう一回りも違う歳ともなるとギャンギャン吠える犬のようにしか見えず、俺がこの歳の頃大人からどう見えていたのかと思うと空恐ろしいもんがある。……と、達観出来んのもこの歳になったからか。


「校内ではコーチじゃなく先生って呼べって言ってんだろうが、佐藤」
「ソーデスネ」
「てめェ…あんまり調子乗ってると監督に報告すっぞ?コラ」
「ひでェ!!それ卑怯だろ!?大人がそんな手使っていいのかよ!?それに伊佐敷コーチ、俺が伊織チャンと話してると必ず割り込んでくるじゃんか!」
「お前がそれだけ毎回長谷先生に絡んでるっつーことだろ。ちったぁ慎め」
「え?慎めばしてもいいの?」
「あ?なにを?」
「アプロー……いでででっ!ちょ、痛い!!それはやばい!!」
「いつにも増して調子乗ってんじゃねェか佐藤…!いい機会だからその根性叩き直してやらぁ!!」
「あ、片岡先生」
「「ハッ!!」」
「………」
「……いねェじゃん」
「あはは!2人とも息ぴったりー」
「な…!てめ……!長谷!」
「さすが青道野球部現役センターとOBセンターだね」


さーて授業の支度ー、と楽しげに言いながら廊下を歩き去るその姿を俺は佐藤のこめかみに拳を押し付けながら見遣る。
……最近また一段と色気増してねェか?腰付きとか、雰囲気とかよ。


「……伊佐敷コーチって伊織チャンと青道で同級生だったって本当?」
「あ?誰に聞いたんだよ?」
「高島先生」
「あー、まあな」
「マジかー」
「んだよ?」
「ねー写真とかある?卒アルでもいいから見てェんだけど」
「あぁ!?」
「だって制服姿の伊織チャンだろ?」
「だな」
「絶対ェクる」
「………」
「………」


阿呆だな、男子高校生。
そう思うも俺も辿ってきた道なだけにここで阿呆だと一蹴すんのもどんなもんか。
佐藤を離してやり、体罰だ!、とまた調子に乗るその頭に手にしていた教科書をパスンと落とす。

見慣れた校舎に見慣れた制服。
教室の配置は多少変わっているものの懐かしさを煽るぐらいに変わってねェこの場所。
青道高校の野球部コーチとして着任と同時に体育の教員としても働くようになったのは長谷が青道の英語教師になってから半年経った頃だ。
時期的には中途半端だが転機がいくつも重なり学校側と話しが成立した。梅雨空で雨の多いこの季節、何かと憂いを抱えんのには相応しくねェ。


「女なんかに現抜かしてる暇があんならその分バッド振れ」
「学校とのメリハリを大事にしてんスよ、俺は」
「そういう偉そうなことは打率上げてから言うんだな」
「ぐっ…!人が気にしてることを…!」


年上にも構わず噛み付く余分な度胸。
敬語を知らず恐れ知らず。
野球が好きすぎて常に前向き。
野球部のコーチとして選手を指導するようになり真っ先に目についたこの佐藤という生徒に俺の頭にはアイツが浮かんだ。あんまりにも被って凝視しちまう俺に今もこの青道で監督をする片岡監督がフッと笑い言った。どうやら監督も同じことを思ってたみてェだ。たぶん太田部長や高島先生も。

沢村に似てんだ、コイツは。
俺に尚も文句をぶー垂れる姿に思わず目を細めちまうぐれェに。

その沢村は先頃プロに入り御幸と漸くバッテリーを組むことになった、というニュースが一時期大々的に放送されてたな。高校以来の黄金バッテリーだなんだと。
社会人リーグで悔いのないようにプレイしこの場に戻ってきた俺としては後輩2人が活躍すんのを見るのはやっぱ嬉しいもんだ。


「あーぁ、どうすりゃ伊織チャンは俺と付き合ってくれるんスかね?」


しっかしコイツはめげねェな。つーか諦めが悪ィ。馬鹿だしな、コイツ。

まぁこれでも真剣なんだろうがやっぱり大人になった俺からはまだまだ恋に恋してるようにしか見えず、危なっかしい。


「お前はどう言われりゃ納得すんだよ」
「何が?」
「長谷先生のことだよ」
「諦めろってこと?」
「あんだけこっぴどくあしらわれてんだろうが」
「まだそこまでこっぴどくないッスよ」
「お前…、本当学習しねェな」
「ちょっと!そこは、頑張るなぁ、って褒めてほしいんスけど!!」


ギャンギャン噛み付いてくる佐藤にどうしたもんか。下手な干渉をされる方が余計にその気に障っちまうらしい。
かと言って放っておくわけにもいかねェよな、あんまり野球部の佐藤が教師に猛アピールしてるっつーのは周りからいい印象を持たれねェだろう。
常に生徒の模範であれ、ってのは強豪のうちに要求される当然のことだ。


「子供だからっつってあしらわれんのが1番傷付くだろ!?」
「!」
「それって結局俺の気持ちと向き合ってくれてねェってことじゃねェか!もし俺がこっぴどく振られたとして野球に影響出すとでも思われてんのかよ!?ムカつく!!俺にとって野球はそんなもんじゃねェし伊織チャンのことだってもし相手が居るんならちゃんと祝ってやろうってぐらいには本気なんだよ俺は!!」
「………」


祝って"やろう"、ってお前な。なんで上から目線だよ、ったく……。

俺が初めて野球部の練習を見たその日にも佐藤は長谷に猛アプローチをかけてやがった。
午後練が終わってくたくたなはずのその足で英語準備室で仕事をしてる長谷へと真っ直ぐ走るその背中をチームメイトは、頑張れよ、と見送ってたっけな。
だせェな、俺は。
大人になっちまうと見えるもんが増えた分、見えねェもんも増えたらしい。チームメイトには佐藤が野球と同じぐれェ長谷のことが本気だと分かっていたんだろうな。じゃなきゃあんな風に見送れるわけがねェからな。


そうだな。ここで向き合ってやらなきゃ男じゃねェ。


「佐藤」
「なに!?」
「お、まえ…いい加減にその口の利き方なんとかしろ」
「それ聞き飽きたッスー!」


プィッと顔を背けるコイツがもし野球部の後輩で当時在籍していたら徹底的に根性叩き直してやるが、それは今教師になった俺がやることじゃねェし今話してェのはそういうことじゃねェ。


「お前が長谷を1人の男として想ってんのはよく分かったぜ」
「は?今更じゃないッスか。……ていうか呼び捨て?いいの?ここ学校ッスよ?」
「いんだよ。俺も今1人の男として話してんだからな」
「え、それって…」
「悪い、なんて謝らねェぞ。謝ったところで譲るつもりもねェし俺がこれを話すのは佐藤が長谷の幸せを祈ってやれる男だって認めたんだからな」
「ちょっと待ってよ!その言い方だと…!」
「今月、結婚すんだよ。俺と長谷」
「……はああァァッ!?」


佐藤のその悲鳴とも呼べる叫び声が廊下に響き渡ったとほぼ同時に授業開始のチャイムが鳴った。


「実際、どう言えば彼を傷付けないで済むかとか…考えてた私が甘かったね」
「かもな。まぁ、俺もそう変わらねェけどな」


ったく…どこが、野球に影響は出さない、だ。あの馬鹿野郎。授業はもぬけの殻状態で午後練はまったく声が出ちゃいねェ。
佐藤には俺と長谷が結婚するっつーその事実がよっぽど堪えたらしく身の入らねェ練習姿に片岡監督へと俺が謝る始末。
時期が時期だけにやっぱり間違ったか。…とは思うものの野球部はあんな状態のお前をスタメンでいさせるほど甘くねェぞ?、と厳しめのことを思うのも事実。
んで、佐藤の普段を見てりゃ立ち直らねェわけがねェと期待するのもまた事実。
どのみち伝えなきゃならねェことだったしな。

仕事終わり。
まだ一緒に住んではいねェものの俺も野球部の奴らと一緒に練習して帰るから時間も遅くなっちまって、ほぼいつも青道に近い長谷の家に帰るようになってる。
新居はもう決まっていて俺も長谷も時間を見つけて片付けなきゃならねェ。引っ越しは2人のオフが合う日を予定していて結婚式もあと2週間後に迫っている……っつー実感にテーブルに置かれた卓上カレンダーに書かれる予定を見ながら飯を食っている俺は目を細めた。

なに?、と長谷から飯のおかわりを貰いながら、あー……、とずっと思っていたことを声にすべく口を開く。


「結婚したらお前、伊佐敷、になるんだよな?」
「うん。でも学校からは紛らわしいのもあるし別姓のままでってお願いされてるけど」
「おー。んで、あー……」
「うん?」
「……伊織」
「!」
「っ……って呼ばなきゃおかしいだろうが!!」


何もきっかけがなかったから名前で呼ぶことはほぼ皆無。唯一あったとすれば長谷を抱いている時に熱に浮かされたように呼ぶぐれェで、必要に迫られなきゃ口にすることもなかった。
ただ改めて呼ぶとなるとすげェこっぱずかしいじゃねェかコレ。

カァッと上った顔への熱に気付かれまいと声を張り上げながら顔を背けたものの伊織からなんの反応もねェ。
その代わり、こっからどうすんだ、と考えてる俺の隣に伊織が座り直した気配を感じて弾かれるように顔を向ければ伊織がくすくすと笑う。
ちくしょう、可愛い。


「プロポーズしてくれた時はあんなに男らしかったのに」
「っ…るせェ」
「でもまさか片岡先生が後ろに居たとは」
「言うなよそれ…」
「たぶん一生言われるね、特に小湊くんとかに」
「もうそっちは諦めてる」
「あはは、うん。私も」


すでに亮介に知られることとなった俺たちの失態を思いげんなりするものの伊織が隣で笑ってれば半減になる。
俺も自然顔が緩み目を伏せ笑ってれば伊織から腕を触れられ、合わさった視線に引き寄せられるようにキスをした。


「…純」
「!」
「っ…やっぱり慣れないね」
「……もっと呼べばいいじゃねェか」
「純」
「おー」
「純く、ん」
「ん」
「じゅ…ちょ、待っ…」
「気にすんな」
「そんな、っ…無理だ、から…っ、んんっ!」
「ほれ、言えよ」
「っ……スピッツ!!」
「てめっ、コノヤロ…!」
「きゃあ!」


どたん、と少し乱暴に伊織を押し倒したが頭を打つのだけば阻止した伊織の後頭部を守る俺の手。
青道の野球部コーチとして今も野球に携われている俺の人生は上手く行き過ぎてて、この上、手にするでけェ幸せに堪らねェ気持ちになる。

伊織が頭を庇ってやった俺の手に触れて、ありがとう、とふわりと笑う。
伊織を抱いてる時に俺が名前を呼んでいたように、伊織もその俺に応えて俺の名前を呼んでいたのを俺を呼ぶその声に思い出しちまってその気が出ちまったなんて言えねェが、俺が頬を触れれば確かに期待を込められた目で見つめられちまったらどっちみち同じだ。


「ん、仕事…あるんだけど…」
「わり、止まんねェよ今更」
「……一緒に起きててくれる?」


滅多にねェ伊織の甘えた声に煽られちまってその後伊織が仕事どころじゃなくなっちまったのは、まぁ…しょうがねェ。
俺たちは、長かったね、と言われる時間を経てこうして一緒になったわけで、もう互いを欠くことが考えられねェ人生になったことを、まだまだ未来を見通せない学生を見ながら俺はいつもあの頃の自分に、お前の人生は上々だ、と言ってやりたくなる。


「幸せにしてね?純」
「おう」


6月某日吉日。
友人代表としてスピーチした亮介によって暴露された俺たちのプロポーズエピソードに当時の野球部の仲間たちを中心に結婚式が大いに盛り上がったのは、また別の話しだ。



拝啓、昔の俺へ
(ヒゲ先ぱ……じゃなかった。伊佐敷先輩!ちわっす!)
(おー沢村じゃねェか!)
(オフシーズンになったんで、約束通り来たッスよ!あの結婚式以来ッスね!)
(あの、ってなんだよ。悪意を感じんぞコラ)
(い、いやいや!他意はありませ……)
(あー!!沢村選手!?うわっ!マジで!?)
(お!活きの良い奴がいるじゃないッスかぁ!)
(佐藤、お前…。外野ノックはどうしたんだよ)
(すっげェッ!!伊佐敷コーチなんかに教えてもらうよりずっといいじゃないッスか!!うっわぁ…!)
(てめコラ…!!)
(なんだよ伊織チャンと結婚したくせに!!)
(なんか面白そうッスね!!俺も混ぜてくだせェ!!)


―了―
2015/06/11



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