スローステップ



「本当、ヘタレ」
「ぐっ…!」
「まさかあれきり本当になんの連絡も取ってないとは思ってなかったよ」


久し振りに会った高校時代の友人がまったく遠慮なく毒を吐いていく。コイツの身体の中は毒が大半を締めていて、それが吐き出される逆鱗になるだけ触れねェようにした方がいいとあの頃思っていたことを思い出した。

本当に久し振りに青道野球部の連中と会い飲むことになったのは互いにスーツ姿に違和感がなくなってきた社会人3年目の年、俺は関西の社会人リーグからこっちのリーグに移籍するという知らせに1人、また1人と集まったからだ。
不満げにグラスを傾ける亮介は去年結婚をした。坂井はすでに子持ちだし藤原は婚約しているのだという。哲はこの場にはいねェがここに来る途中、ビルの大型テレビから流れるニュースで今年も好調だとプロ野球のペナントレースの状況と共に紹介されていた。
他にも昇進したとか、海外に単身赴任してるとか、草野球の監督をやってるとか、久し振りに会うから話題が尽きることはなく俺のこの話しも当然のように槍玉に挙がった。
もっとも話題を切り出した藤原としては槍玉にするつもりはなかっただろう。まぁ俺も多少の自覚があるものの亮介の容赦ない物言いと呆れた表情に若干…いやかなり居心地が悪い。


「藤原は会ったりしてないの?」
「実は私も卒業してから1度も」
「マジか」


思わずテーブルから身を乗り出すように話しに食いつく俺に、うん、と眉を下げた藤原が頷き手元にあった魚を解しながら、実はね、と言いにくそうに話し出す。

1度も?
明るく友達の多い長谷が同窓の連中と集まる場に顔を出してねェのがどうにも信じられなかった。俺は関西にいたからなかなか都合がつかず1度も顔を出したことがねェが同窓会の知らせは何度かあったはずだ。


「噂だから本当か分からないんだけど、伊織の家…大変だったみたい」
「大変って…」
「卒業してすぐにご両親が離婚されて…」
「ストップ」
「ふぐっ」


話しを遮ったのは亮介で、藤原は不幸なことに話しを続けていたその口に唐揚げを突っ込まれた。
オイさすがにそれは、と口を引き攣らせる俺に亮介がにこりと笑うがこれは別に優しく笑ってるとか、そういうんじゃねェ。長い付き合いだから分かる。
完璧楽しんでやがる。
しかも藤原が涙目でなんとか唐揚げを租借して食べたの見て、へェやるじゃん、ってなんで上から目線なんだよ。


「こっから先は純が自分で聞きなよ」
「はあ!?」
「気になるでしょ?気になるよね?俺も気になってしょうがないから報告してよ1週間以内に」
「な、ならお前が連絡すりゃあ…」
「してくれるよね?」
「う……っ」
「ね?」


一層深くなった亮介の笑みに、諦めろ、と言ったのはいつから聞いていたのか坂井で俺の肩を、ポン、と叩いた。
せっかく東京戻ってきたんだから。
亮介のそう言う気遣いに、まずそう言いやがれ、と悪態を返したがここまでなんのアクションを起こせなかっただけに締まりが悪かった。


藤原によれば長谷の連絡先は変わっちゃいねェらしい。俺の携帯に入っているアドレスと携帯番号は数えるほどしか使ったことがなく、最後にメールを送ったのは俺の記憶が正しければ高校在学中に数学の課題がどうこうというものだったような気がする。

飲み会から帰ったまだ真新しい匂いのする越してきたばかりのマンションの部屋でどれほどの時間を半角小文字と数字、記号の並ぶそれを眺めていたか。
メールはどうも苦手だ。
相手の反応が知れねェ上に返信までのその間に色んなことを考えてモヤモヤしちまう。
そこで次に考えるのは電話なわけだがこれはこれでかなりハードルが高い。あの時の約束もまだ果たせねェわけで、結局連絡すべきじゃねェんじゃねェかというところに行き着く。
……だが、長谷に卒業後に何かあったのだとしてそれを気にかける今俺が手前勝手な理由でズカズカと踏み込むことを躊躇ってる場合じゃねェ……よな。


こく、と緊張に詰まった息を呑んでから発信した画面を確認してそれを耳に当てる。
発信音が心臓の鼓動を加速させる。


《もしもし?》
「!…よう」
《伊佐敷くん?久し振りだね》
「あぁ、だな」


短い会話の中でも長谷の背景が少し分かる。電話越しに聞こえる車の音や人の話し声。相槌を打ちながら時計を見遣ればもう23時を回ろうというところだ。


「おい、今外か?」
《え?あ…うん》
「はあ!?おま、どこだよ?」
《駅前の…》
「どこの!?」
《痛い!耳痛い!電話口でそんなに大きな声出さないでよ!相変わらずだなぁ、もう》
「うっせ!!こんな時間に出歩いてるお前に言われたかねェんだよ!!で?どこだよ?」
《東小金井…》
「分かった。どっか近くの店なりコンビニなり入ってろ」
《え、え!?》
「あー…、30分くれェだな。行くからよ」
《!》


ハッと長谷が小さく息を呑む。聞いてんのか?、と沈黙に問い掛ければ長谷は、うん、と控え目の小さな返事を返した。
もう高校を卒業して7年になんのか。道理で鼓膜を震わす長谷の声がくすぐったく感じちまうわけだ。

俺の住む最寄り駅の沿線と幸い同じ長谷がいるという駅。
携帯で時刻表を確認してから間に合うかどうか微妙なそれに家を走り出た。丁度いいじゃねェか、自主練に。
少しだけだが酒の入った身体が夜風に覚めていく。気付けばかなり気持ちが逸っていてもしかしたらこの距離新記録が出たかもしれねェ。


「……わっ、本当に伊佐敷くんだ」
「…どんな反応だよそりゃ」
「だってまさか、本当に?」
「……おう」


東口を出たすぐ横のコンビニで待ってる。

そのメールの通り長谷は店内イートインの椅子に座りコーヒーを手に待っていたらしく、よう、と声を掛けた俺を目を見開き見つめた。間もなく深夜のコンビニはこの辺りの閑静な住宅街に似つかわしく客も少なく俺たちの声が目立つ。

きっかけなんて1つありゃ十分だった。
大学も野球、社会人になった今も野球に生活のほとんどを傾けながらも長谷のことを忘れたことはなかった。
アイツも今頃は大学で教師になるために勉強してんだろう。教育実習なんかも行くのか?高校のガキ共は生意気だから手焼いてんのかもしれねェ。男が放っておくような女じゃあねェからもしかしたら彼氏がいてもおかしくねェよな。
関西と信州。どうあっても交わらねェ俺たちの道が何時どう交わるのか、その日は思ったよりも遠い。18歳の頃に思っていた現実とはやはり大きく違う。見てきた実際の世界はあの頃の自分を子供だと思わせ、ますます俺と長谷がかわした約束が遠くなった。

だからどんなもんでもいい。
それを引き寄せるきっかけがあればなりふり構わず飛びついてやろうと決めていた。今がこの時だったんだと、後から振り返り俺はそう思うだろうか?


「家、近いのか?」
「うん。10分くらいかな」
「送る」
「……明日は雨かな?」
「あ?」
「だって伊佐敷くんがそんなこと言うなんて」
「またそれかよ。つーかなんで"くん"付けなんだよ」
「久し振りすぎて距離感が掴めなくて」
「落ち着かねェから呼び捨てでいい」
「純?」
「な…!バッ、そっちじゃねェ!!」
「駄目なの?」
「駄目じゃねェけど駄目なんだよ!!」
「え、どっちなの?」


くそ…!くすくす楽しそうに笑いやがってなんも変わってねェじゃねェかコイツ!!

もちろん見た目は全然違う。
スーツ姿であの頃にはしてなかった化粧。グッと大人びていて声を掛けるのも若干緊張した。
けど話してみりゃ懐かしそうに目を細めながらも悪戯っぽく笑い表情をコロコロ変える。少しホッとする自分も、変わらない、と指摘され確かに分からなくなっていた距離感はもう元通りだ。

髪の毛をわしゃわしゃと掻き乱し、行くぞ、と長谷のカバンを引ったくるようにして持ち外へ向かう。目の合った店員が生暖かい目でこっちを見ていて、待って、と焦る長谷の声に歩調を緩めながらも背を向ければもう2度と見れねェと思った。


「何年ぶり?」
「卒業してからだから、7年だな」
「すごい。小学課程終わっちゃうんだ」
「そう考えるとなげェな」
「ね」
「………」
「………」
「伊佐敷は、今なにしてる?」
「社会人リーグで野球やってる」
「そっか…。野球やってるんだね、良かった」


心底安心したようなその声に隣を見れば外灯の僅かな明かりが長谷の落ち着いた笑みを照らしていて一瞬目を奪われる。
やっぱ7年経っちまったんだよな…俺が知らねェ時間がコイツとの間にある。


「長谷は?」
「うん?」
「今なにしてんだよ?」
「先生」
「マジか!?」
「マジ。カバン重いでしょ?」
「そういや…」
「ごめんね」
「や、いいけどよ。全部学校で使うもんか?」
「そう。まだ1年目だから仕事も要領悪くって、こんな時間になっちゃった」
「1年目?」
「今年の春に漸く大学卒業出来たの」
「……そうか」
「うん」


そうなんだよ。
その言葉から長谷はぽつりぽつりと7年の間にあったことを話し出した。

高校卒業してすぐ両親が離婚を選び片親になった長谷は弟の学費を助けるために休学を余儀なくされたらしい。塾の講師や家庭教師をしながらなんとか弟を高校卒業までさせてから復学。漸くの教師生活1年目。
あの頃話していた通り英語の教師をしているという長谷は苦労話をしていた時よりも楽しそうに、1度語学勉強しに外国に行きたい、と目を輝かせた。


「そうか、頑張ってんだな」


月並みだがそれ以外の言葉が見つからず、こっち、と長谷が道の角を曲がってすぐ、あそこだよ、と住んでるらしいマンションを指差すそれを目で追いながら奥歯を噛み締めた。


「ありがとう、送ってくれて。ごめんね、帰り遅くなっちゃうけど」
「謝んな。俺がしたくてやったことだしな」
「伊佐敷が大人になってる」
「どういう意味だコラ」
「言ったまんまだよ」


ありがとう、と俺からカバンを受け取った長谷が眉を下げて笑うそれに息を呑む。


「伊佐敷。約束覚えてる?」
「!」
「もうあの約束は無効なのかな?」
「何言って…」
「あの頃に思ってたよりも大人って面倒だった。色々大変で、約束が遠くなっていくのが仕方がないって思ってたの。漸く教師になれたけど青道の教壇は遠いし…伊佐敷も遠い。それでも、ずっと伊佐敷が支えだった」
「!」


不意に長谷の声が震えた。
今にも泣いちまいそうな顔でまた口を開く長谷の手がカバンの持ち手を強く握り締める。


「会いたかった」
「!」
「会いたくて、でも連絡したら意気が途切れちゃいそうで、我慢して我慢して……。だから、連絡くれてありがとう」
「………」
「伊佐敷にはもうあの約束はなかったことになってるかもしれないけど…私は、」
「…ざけんな」
「え?」
「俺だって、ずっと忘れられなかったってんだよ!!」
「!」
「勝手にお前の中で俺を完結させてんじゃねェよ。目の前に居んだから俺の話しも聞けよ!…やっとこうして、話せてんだからよ」


もう20代も後半のいい大人がこんな夜に大きな声を張り上げて、情けないのかもしれねェ。けど俺はそれでいいと思った。俺たちに今必要なのはぜってェ余裕のなさを大人というたった2文字で塗り隠すことなんかじゃなく、互いにあの頃出来なかった自分を曝け出すことのはずだ。
もう離れちまわないように。

思えばこうして約束だなんだを隔てずに本心を向けるのは初めてかもしれねェ。
言い終わってからそれに気付きすぐに恥ずかしさが込み上げてカァッと顔が熱くなっちまうのがその証拠だ。

だがそれは俺だけじゃねェ。
目の前の長谷も真っ赤になって俺を見つめ返していて、青白い外灯の下だからか余計にそれが鮮明でしばらく互いに言葉を発せられなかったがマンションから住人が出てきたらしくそれをやり過ごしてから長谷が口を開いた。


「あの…、家上がっていく?」


一体どの瞬間俺たち2人の時間が動き出したのかと聞かれたら俺が長谷に電話を掛けたその時だと、そう言いてェと思う。



スローステップ
(つーか嫁入り前の女が簡単に家に男上げんじゃねェよ)
(え、伊佐敷上がってかないの?)
(いやそうじゃねェけど)
(上がるの?)
(っあー…っ、うー…)
(変わらないなぁ、昔っからそういうところ)
(お前もな!そういう無防備なところ変わっちゃいねェな)
(それでどうします?)
(っ…上がる)
(うん)
(あー、やっぱ、)
(え…まだ悩むの?)


続く→
2015/06/04



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