巻き込まれ体質



俺にくそ生意気で可愛くねェ後輩が出来たのは1年前。成宮鳴はシニアの頃からいい球を投げるってんで話題になっていた男でその成宮を中心としてシニアで十分に名を売った後輩たちが満を持して入部してくるというのはこの強豪稲城実業野球部の中でも話題になり結果曲者たちがレギュラーに揃うことになったのはまだ記憶に新しい。

主将として迎える最後の夏は決勝を対青道との激戦の末に鳴の放ったヒットで劇的なサヨナラ勝ちを収め甲子園へと最高の形でまだこのチームで戦うことの出来る切符を手に入れたわけだ。
斯くして、この生意気で可愛くなくそれでいてプライドが高く業の深けェ後輩は前にも増して世間様からその容姿も相まってか人気を得ることになった。


「あーぁ、ほんっと話し長い!!」
「鳴、いつまでもブー垂れてんじゃねェ」
「だってさ!1時間だよ!?延々と同じ意味の言葉を、ネチネチと違う言い回しされてるっておかしくない?校長も教頭も俺たちに勝ってほしいんだよね?それなのに1時間もだよ!1時間!!本末転倒だよ、本末転倒!!」
「仕方がねェだろうが。身体動かしたくてうずうずしてんのはてめェだけじゃねー」
「それじゃまんま鳴の言ってること肯定してるよ」


甲子園行きを決めたその翌日はオフになり、夏休みの最中であるから俺たち野球部も大勢の生徒と同じように休日になるはずだったんだがそうは問屋が卸さねェらしい。
主将である俺と両副主将である吉沢と平井、そしてエースの鳴の4人は校長室に呼ばれさっきから鳴がブー垂れてるように1時間、祝いの言葉と甲子園へ向かう心構えやメディアへの露出についての注意を延々と聞かされた。正直俺も空調の効いた部屋で眠たくなりそうな話しを聞くよりグラウンドで身体を動かしてェよ。そうは言ってらんねェのが強豪を背負う主将である者の務めだってのを昨日思い知ったからこそ今文句1つ言わず廊下を歩いている。

勝つ者があるってことはそこに負ける者がいる。同じように甲子園を目指す青道の連中の気迫や慟哭は青道野球部主将の結城っ握手を交わした時に勝利の喜びから目が覚めたように伝わった。すべてを理解出来るなんて烏滸がましくて言えるはずもねェが、1つでも上に……いや、頂点を獲ることが使命のようになった。だからこそ、アイツらに恥じない姿でいなきゃなんねェ。


「この後雑誌の取材でしょ?写真撮影もあって、このためのオフだったんじゃないかな」
「そりゃそうだろ」
「あ?なんで鳴だけなんだよ」
「エースだからね。雅もじゃないの?バッテリーだし」
「俺はもうないな。大人しく受けて来いよ鳴。エース、だからな」
「えぇぇー……言うことなんて、てっぺん獲ってきます!、しかないのにさ!!」


つまんない!、とまるでガキみてェに怒る鳴に俺たち3人は顔を見合わせ苦笑した。生意気さなのかプライドなのか絶対的な自信か、はてまたそれがコイツなりのエースの自覚なのか。ビックマウスが鳴の特徴みてーなもんだがエースのコイツから揺らがねェ"全国制覇"という自信を感じればそれは俺たちへの信頼にもなる。エースにそんな姿勢見せられて、やる気に繋がらねェわけがねェ。まぁ鳴には調子に乗んのが目に見えてるから言ったことはねェがコイツに背中を押されてんのは確かな話しだ。


結局記者の来てる会議室へ向かうまで文句ブー垂れていた鳴は捨て置き、雅さんの人で無しー!!、と叫ばれ苛立ちを募らせ気分転換といきたいんだが甲子園で対戦することになるであろう選手のデータを研究しねェわけにもいかねェ。
溜め息をつきながらミーティング室へ入ればそこには先客。
珍しいな、コイツが此処にいるのは。


「長谷」
「原田先輩、お疲れ様です」
「あぁ。どうした?今日はオフだぞ」
「鳴先輩に頼まれた繕い物です」
「鳴に?」
「はい。部室でやっていたら林田部長が空調効きにくいからミーティングでやればいいって言ってくれたんです」
「そうか。ったく、悪いな。鳴が」
「いえ。慣れました」


ふるりと首を横に振る長谷に苦笑が零れる。慣れた、か。そりゃあれだけ鳴に付き纏われていれば嫌でも慣れる。他人事じゃねェだけに長谷の手元で器用に練習着にボタンを付けていくそれをしばらく眺めてから1度ミーティング室を出て手近にあった自販でジュースを買いまた戻る。


「少し休憩しないか?」


トン、と長谷の前にジュースを置けばパッと弾かれたように顔を上げる長谷。丸い瞳が真っ直ぐ俺を見つめパチリと1回瞬きをする。
まるでシャッターを切るようだな、なんて思う俺に、ありがとうございます、と深々と頭を下げて俺に比べれば断然小さな手が鳴のものらしいユニフォームを置いた。


「原田先輩も校長先生に呼ばれたんですか?」
「あぁ。長い話しを聞かされた」
「お疲れ様です。それで今は?」
「全国の強豪校の試合を見ておこうと面ってな」
「場所を変えた方がいいですか?」
「いや、構わねェ。それよりビデオを観て何か気付くことがあったら言ってくれ」
「はい」


感情が表情にまんま出る鳴が構うこの長谷伊織という感情が表情に出ない後輩。野球部のマネージャーになったのはシニア時代から鳴のファンだったからというのは鳴だけが知らねェ周知の事実だったんだが、先頃どうやら付き合うことになったらしい鳴が垂れ流しにした惚気話で鳴本人も知ったことが分かった。
鳴のことだからどうせやかましく長谷をからかったんだろうな。同情を禁じ得ねェ。ったく……いただきます、とジュースを飲む礼儀正しさの半分でもいいから鳴に見習ってほしいもんだ。


それはそうと長谷が此処にいるってことは鳴も取材やら写真撮影やらが終われば此処に来るだろう。そうなっちまえば到底静かにビデオを落ち着いて観れるとも思えねェ。
俺も自販で買ったジュースを飲みビデオを付ければ長谷の作業も間もなく再開された。長谷は確かに女子ではあるし男扱いをするわけじゃないが、部員にそれと気遣わせない空気感がある。沈黙がまったく苦にならねェってのは良い意味で存在感を示してねェってことなんだろうな。


そうしてどれほどの時間を過ごしていたか。気付けば試合のビデオは終盤に差し掛かっていて、あまりにも静かでビデオに集中していたことも手伝い長谷の存在を忘れていた。ハッ、と振り返ったそれと同時に、バンッ!、とドアが開く。


「……何してんの?2人きりで」
「お疲れ様です、鳴先輩」
「お、お疲れ…じゃなくて!質問!答え!!」
「おい落ち着け鳴。それに前にも林田部長にドアは静かに開けろって…」
「雅さんは黙っててよ俺ら2人のことだし」


駄目だこりゃ。下手に介入すればますますご機嫌斜めだな。

はぁ、と溜め息をついてやるも鳴は少しも意に介した様子もなく長谷の、テーブルを挟んで前に座る。少しの息切れと乱れた髪の毛。コイツ、走ってきたのか?


「鳴先輩のユニフォームのボタンを付け直しながら鳴先輩を待ってたんですけど」
「オイラが指定した場所は部室だよね?」
「林田部長に部室は空調が効かないからミーティング室でやりなさいって言われました」
「…へェー…。ならなんで雅さんは?」
「……はぁ」


長谷に悪気がなしとなれば次の標的は俺かよ。先輩だってのに遠慮なしに睨んでくる鳴の余裕のなさに呆れる。いつも女子にキャーキャー騒がれ、俺ってば罪な男!、だなんだとほざく口が今は不機嫌そうに真一文字に閉じられてやがる。

ビデオに目をやればすでにゲーム終了となりメニュー画面に切り替わっていた。観てェ試合はあと3本。さっさと済ませるに限るな。


「見ての通り、ビデオを観てたんだよ。そこに居合わせたのがお前を待ってた長谷だ、ってだけだ」
「……ふうん。俺が雑誌のインタビューで稲実の株を上げてるその最中に主将である雅さんは空調の効いた涼しい部屋でビデオ観てたんだ?」
「あぁ、それが仕事だからな」
「…ま、いいけど」


全然いいって口ぶりじゃねェだろうが。本当面倒な野郎だ。今からこれじゃこの先が思いやられる。もっと言えばこの先確実に同じ時間を共有するだろうカルロスや白河の苦労が偲ばれるな。


「俺、来週の雑誌に出ちゃうからね」
「はい」
「また女の子のファン増えちゃうかもなー」
「ファンレターが学校宛てにすでにたくさん届いてるみたいですね」
「そうそうオイラってばモッテモテ!」
「そうですね。林田部長がアイドルかなんかと勘違いしてるんじゃないかってぼやいてました」
「んー」
「どうしました?」
「それだけ?」
「はい」
「もっと、こう…ないの?」
「………」


おいおい、なんだこの会話は。俺は早くビデオを観てェんだが物凄く面倒臭せェ気配がしてきた。鳴のチラチラとこっちを見る視線は言われねェでもこの会話を聞かせてェのだと分かる。

………。
このまま鳴の惚気話とも言える話しを延々と聞いて胃を痛めるか。
うるせェと一喝して黙らせ閉口させるまではいいものの後々今日のことを引きずられネチネチと言われ続けるか。
…決まりだな。

はぁ、と溜め息をつき2人を気にしない素振りでビデオを次の強豪校のそれと入れ替える。もう勝手にやってくれ。すまん長谷。このことに関しちゃ助け舟は出さねェ方がいいみてェだ。


「だってさ、俺がもっともーっと人気になっちゃったら伊織よりもっと可愛い子に言い寄られちゃうかもしれないよ?」
「………」
「そしたら伊織と話してる暇もなくなっちゃうかもしれないし、そうなったらどうすんの?」


ちらりと盗み見れば長谷は真っ直ぐ鳴を見据え表情1つ変えねェ。さすがというかなんというか。

かと思えば。


「え、ちょ…怒ってる?伊織」


鳴には無表情には見えないらしいからちらりとのつもりが思わずジッと見据えちまう。……そうか?俺にはいつもと同じような、なんの動揺もねェ長谷に見えるが。
焦ったような鳴の声に長谷が沈黙を返す。んな声出すなら最初っから言わなきゃいいものを、本当器の小せェ野郎だ。


「怒ってないです」
「怒ってるじゃん」


だから、どこがだ?


「………」
「伊織ー?」
「鳴先輩」
「!っ…なに!?」


あからさまに嬉しそうな声を出すな。あー側でこんなやり取りされちゃなかなか集中出来ねェな。


「あんまり人気者にならないでください。寂しいですから」
「っっっ……!」
「!?」


思わず、ガタッ、と椅子を鳴らし身体ごと鳴たちの方を見ちまうが何も心配はいらねェようだ。
思いがけねェ長谷の言葉に鳴は真っ赤になっちまって口をパクパクさせて絶句状態。一方で伊織は俺にはまったく表情が変わってるようには見えないんだからこの2人の恋人的力関係が今知れたな。


「しょ……しょうがないなぁ!可愛い彼女のためだし!?オイラが差し入れ貰ったり隣にいさせたりするのは伊織だけにしてあげる!」
「ありがとうございます」
「嬉しい?嬉しい!?」
「はい。とっても」
「へへへー。あ!直ってんじゃん!ありがと!」
「私こそ、私に頼んでもらえて嬉しいです」
「そ、そお!?ならもーっとお願いしちゃおっかなー!?」
「おい鳴、いい加減に…」
「ちょっと待ってて!取ってくる!!」


止める間もなく、だぁー!、っと出て行った鳴。走る足音が遠ざかるのを聞きながらまた溜め息をつけば、


「お騒がせしました」


そう長谷が何事もなかったかのようにビデオを見だした。
鳴の奴、こりゃ尻に敷かれるな。長谷が鳴を追い掛け稲実に受験したっつーからてっきり追い掛けるのは長谷ばかりになるのかと思いきや今では完璧立場が逆転してやがる。

生意気で可愛くねェ後輩、成宮鳴は感情がプレイにも乗りやすい。付き合うどうのこうのも長谷が上手くコントロールしてくれりゃいいとビデオに目を移そうとした時、ふとあるものが目に入り眉を下げ口元を緩めた。

どうやら、追い掛けてんのは鳴だけじゃあないらしい。

ビデオをジッと見つめる長谷の耳が髪の毛から覗き、それが真っ赤だ。と、いうことはまだまだ俺はこの後輩たちの恋愛に胃を痛めなければならねェってことか。


「…しょうがねェな」


主将でバッテリーで先輩であんのはどうしようもねェ。引退までは残り1ヶ月もねェんだ。俺の呟きに不思議そうに振り返る長谷に、気にするな、と俺は首を振りまたビデオを観るのだった。



巻き込まれ体質
「嘘じゃないよ!本当に伊織が言ったんだからさ!」
「んなわけねェだろ。いくらなんでも」
「嘘つくならもっとまともな嘘つけよ」
「だーかーらー!本当だって!伊織がちゃんと言ったんだって!俺があんまり有名になっちゃうと寂しいって!」
「「嘘だな」」
「だぁー!もう!あ!雅さん!あの時居たよね!?言ってたよね!?伊織!カルロと白河に言ってやってよ!!」
「お前らいい加減にしろ開会式だぞ!!……ったく、ろくな奴が居やしねェ…!」


―了―
2015/12/24



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