やっと捕まえた



可もなく不可もなく、っていうことが俺にはあんまりない。
昔からきっぱりした性格。好きな物は好き、嫌いな物は嫌い。白と黒がはっきりしててグレーなところなんて皆無だったからそんな俺を、我が儘だとか坊やだとか皆そんな風に言う。
姉ちゃんが2人上にいる俺は別に皆が思ってるほど可愛い可愛いして育てられたわけじゃないよ。女の子って、怖いんだよね。まぁそれはさておき幼い俺は怖ーい姉2人がいる環境の中で主張しなきゃ思いのままにされちゃうって、髪の毛結ばれて女の子の服着せられて好き勝手された時に学んだ。母親がそれを写真に撮ってはしゃいでいた姿に成宮家の中で俺は長男なんだからしっかりしなくちゃ、って思った。そんなわけで俺の性格形成には少なからず家族が関わっていてまさに三つ子の魂百までというやつだ。


「こんにちはー!!僕、伊織さんとは同じ野球部2年の成宮鳴です!」
「……僕?」


目の前でラフな部屋着姿で味気無い反応を返すそいつとは裏腹に隣に立つその人は、本当に親子?、と疑いたくなるような表情の豊かさを感じさせる笑顔で、まぁ…!、と俺を温かく迎えてくれた。

どうぞ入って!、と母親。目元が確かに似てる。輪郭とかも、母親譲りかな?笑った顔は見たことがないけど、もし笑ったらこんな顔かな、と思うとついまじまじと見てしまう。
初めて訪れた伊織の家。
閑静な住宅街の中で比較的大きな家。白さが特徴的でカントリー調の門扉が合ってる。緑の綺麗な芝や植えられた薔薇が丁寧に手入れされてるという印象を受けた。薔薇って育てるのが難しいって、聞いたことあるしね。

何もかも新鮮。此処が伊織の育った場所なのだと思うと壁に飾られたドライフラワーも、へぇー!、と初めて見たかのように見ちゃって怪訝そうに俺の後ろを歩く伊織を気遣うのを忘れてた。


「お見舞い!」
「………」
「なんだよその顔は!!嬉しくねェの!?」
「そういう問題じゃではなくて、なんで家を知ってるんですか?練習どうしたんですか?」
「質問多過ぎ無表情過ぎ可愛いげ無さ過ぎ!!」


こちらへどうぞー、と伊織の母親から声の掛かる廊下。身体ごと伊織を振り返りズイッと顔を近付ければ真ん丸の伊織の瞳が俺を真っ直ぐ見つめ返す。
林田部長だよ、と最初の質問の答えに返す俺に相も変わらず無愛想に先を催促するかのように一瞬だけ眉を顰める伊織に、ふぅ、と短く息をつき腰に手を当て口を開く。


「今日は練習休み!じゃないと来れるわけ、ないしね」
「休みって…」
「部内連絡網メール見てないの?あ、伊織休みだから送ってないのかー」
「なんで休みなんですか?」
「明日からの厳しい練習に備えてのオフ。本当は伊織が熱出したって聞いたその日に見舞い来たかったんだけど」
「けど?」
「樹の奴が生意気でうるさいから我慢した」
「多田野くんにお礼言っておきます」
「どういう意味!?」


それより体調は大丈夫なのかと聞く俺を置いて伊織が多分リビングに続くだろうドアを開けて、お母さん、と声を掛けた。


「私の部屋行くから」
「は!?」


ちょ、待ってよそれは予想してなかったんだけど!!別に望んでなかったわけじゃないけどあわよくば部屋を見れたらとは思ってたけど!いきなり!?ていうかそもそもそういうのって女の子から言うの!?


「上です」
「な、う…い、いいの?」
「何がですか?」
「ほ、ほら。お母さんなんか抗議してない?」
「お母さん、成宮先輩のファンなんです」
「へぇ!なら尚更ちゃんと挨拶しなきゃ!!」
「いいですよ放置で」
「そういうわけにはいかねェの!エースとして!!」


元々頬が赤くて顔色からじゃ無表情も相まって具合がどうかなんて分かんない。
伊織の額に手を当てて感じる温度が夏の近い暑さに充てられた俺の手より熱くないから、まぁ大丈夫かな。

俺の手の下で目を丸くした伊織にニッと笑いかけて、お邪魔しまーす!!、とリビングへのドアを開けて顔を出し挨拶。ケーキ持っていくからね!、と楽しげな母親はうちより若いかな。なんか伊織みたいな娘がいるとは思えない明るさ。


「もう行きますよ」
「なんだよ伊織。あー、もしかして?」
「?」


くいくい、と俺のワイシャツ引っ張ったりして思いがけない可愛らしさに顔が緩むのをにんまりと目を細め笑いごまかす。やっぱり先輩だし。俺ってば女の子引っ張っていきたいタイプだし。


「俺と2人きりの方がいい?」
「………」
「なーんて、まさかそんなわけ…」
「はい」
「へ!?今なんて!?」
「だから、はい、って言いました」
「ちょっと!!さっきからからかってる!?」
「先に聞いてきたのは成宮先輩ですよね?」
「そうだけどそうじゃねェの!!」
「どっちなんですか?」
「っ……」


だから!!そうじゃなくて!!つーか、なんで俺ばっか意識してんの!?伊織が熱を出したのもタイミング良すぎ。その日はやっと伊織が俺のもんになったような優越感で胸がいっぱいで駅に送ってやりながらも言葉1つ声にならなかった。道理で改札まで行って手を振り見送ったはずなのにその時の伊織の表情の1つも覚えちゃいない。どんだけ俺、浮足立ってたんだろ?
まぁそれはさておき!!
その日から3日だよ、3日!!
伊織と会えない話せないという状況は俺の浮いていた足を地に付けさせて不安を植え付けた。あれ?もしかして伊織が自分のものになったって思ってんの、オイラだけ?って。

それなのに伊織はシレッと2人きりになりたいだなんて挑発とも煽りとも取れるようなことを言ってまったく動揺した素振りもなく階段を上がっていく。後ろからついて歩く俺が、ラフな部屋着可愛い、とか、ギュッてしたい、とか思ってるだなんてきっと思いもしてないんだ、絶対!


「どうぞ」
「……どうも」


階段を上がって1番端の部屋。
ドアを開けると角部屋になるからか明るさが特徴のそこは女の子らしい青系統のパステルカラーに統一されていて、なんだか伊織らしいな、なんて思う。


「何か怒ってますか?」
「!…怒ってない」
「座らないし喋らないしいつもの成宮先輩はどうしたんですか?」
「お前の俺への評価なんとなく分かったぞ!!ほんっと可愛くない!!言われなくても座るし!!あーあ!伊織のお母さんはすっげー嬉しそうに俺を迎えてくれたのに!!伊織はちっとも反応ナシでつまんねー!!」


見てないようで見ている伊織の言葉は甘酸っぱい果物みたいだっていつも思う。俺のこと気にかけてるかなー、と思えば無表情だし、無表情だと思えばズバッと…俺のこと見てましたー、みたいな発言するし。甘いと思って食べた果物が酸っぱくて、酸っぱいだろうと構えた果物の甘さに簡単に絆される。つまるところ、俺は伊織の本音が聞きたい。んで、聞けないし聞くのも癪だしで苛々してる。
悔しいから座り心地の良さそうなふわっふわの水色のクッションに座ってやった。


「伊織?」
「………」
「ねぇってば!!俺、いるんだけど!!」


え、なに?伊織の無表情は慣れてるけどこうして話しかけて振り返らないのは初めて。窓に向かって設置された机の前に座る伊織は俺に背を向けたまま溜め息も返さない。そわそわと落ち着かないし…溜めれば溜められるだけ胸の内がざわざわと騒ぐ。だから早く、振り向け。


「……反応が面白かったからあの時キスしたんですか?」
「!……は?」
「今日もわざわざ来たのはそれを言いに来たってことですか」
「なにそれ?本気で言ってんの?」
「だとしたら?」
「本気で怒るぞ」
「………」


多分1度も伊織に向けたことのない低い声で言う俺にやっぱり振り返らない伊織。ついには俺の方が痺れを切らして立ち上がり、伊織、と呼びながら頑なに俺を拒むような肩を引く。

細くて華奢で、びっくりした。
それ以上にやっと俺を見た伊織の目いっぱいに張られた涙の膜にぎくりと息を呑む。


「な、んで泣くの?」
「っ…まだ泣いてません」
「でも泣きそうじゃん。なんで?」
「………」
「ちゃんと言ってくれなきゃ分かんない。知りたいから、ちゃんと話してよ。俺、聞くよ?」


あぁもうどうしよう。俺の何が原因で泣かせちゃったのか分からないけどまた俺に見せてくれた感情を前にして心がくすぐられるほど嬉しい。今すぐにでもギュッと抱き締めたいけどグッと留まって我慢の子。

伊織がフルフルと首を横に振れば短いボブの髪の毛が綺麗に動きに合わせて流れて、涙はついに零れてぱらりと散った。
グッ、とまた息を呑んだ。
なにこれよく分かんない。
伊織が泣いて嬉しかったり心が痛かったり、口の中すげー渇く。
触れたいけど。触れたらいけないような、やっぱり我慢。キスが何かいけなかったんなら今は言葉を待たなきゃだし……。


「ただ私の反応が面白いだけじゃないんですか?」
「はあ!?そんなわけないじゃん!!なにそれずっと俺のことそんな風に思ってたわけ!?」
「だって空き教室で逢い引き繰り返してるんですよね?」
「あ……逢い引き?」
「?」
「ちょ、待ってよ。なんの話し?」


あんまりにも思いがけないから問い掛ける声が掠れて情けない。けど怪訝そうにする伊織にハッと思い出したある可能性。
もしかして……、と口を開く俺の前で伊織が目を擦る。


「それ、最近の噂?」
「はい」


白河が言ってた。
"訂正しなくていいわけ?"って……。つまりこういうこと!?とんだ勘違い!というか十中八九間違い!!


「違うから!!ぜっんぜん間違い!!俺なにもしてねェし、むしろされそうになってたし!!」
「………」
「なんだよその目は!!」
「半分は不信で半分は呆れです」
「言いたい放題過ぎなんじゃない!?お前!」
「下には家族がいますから」
「この…!」


伊織の両肩掴んで熱弁したおかげかどうやら信じてもらえたらしい。そっか成宮先輩は坊やなんですもんね、という嬉しくない裏打ち付きだけど!!


「っ…もうお前なんなの?」
「………」
「俺だってお前が俺のことどう想ってるか、全然分っかんない」
「分かんないですか?」
「……まさか自分が分かりやすいとは思ってないよね?」
「成宮先輩には分かりやすくしてるつもりです」
「はあ?どこが?」


ていうかいつまで立ってなきゃいけないの、と伊織の手を半ば強引に引いて柔らかいカーペットの上へ2人で座る。まだちょっとだけ涙の残る目にどきりと心臓が跳ねたとか、絶対言ってやんない。


「まず好きな人じゃない人と帰ったりしません」
「!」
「手を繋いだりマフィンあげたりましてや膝枕なんて有り得ないです」
「な…っ、う…え?」
「ましてやキスなんて、私が誰にでも大人しくされるがままにされてると思われてるのが驚きです」
「だ、……っそれは…え?つまり?」
「全部成宮先輩にだけ、です」


唖然と聞き続ける俺に、聞いてますか?、と淡々と聞いてくる姿にまったく可愛いげないと思う。思うけどジッと見てて、ハッ、と思いついてボブの髪の毛に手を伸ばしそれを耳に掛ける。

……なーんだ。こんなにも分かりやすく現れてた。
ニッと笑うと更に増すそれ。表情は変わんないのにこんなの分かんなかったわけだ。


「耳、真っ赤じゃん」
「!……っみ、見ないでください」
「無理。……なんだ。そっか…。ははっ」
「…馬鹿にしてます」
「してないよ。嬉しいだけ」
「私…表情の変わらないつまんない奴です」
「うん。まぁ、そうだけど」
「………」
「いいよ」
「!」
「これからは絶対に見つけるし、俺だけが気付ければそれは1番嬉しいし」
「…はい」
「だからさ、聞かせてよ」
「何をですか?」
「好き、って!」


にんまりと笑いそう言えば伊織は目を見開いてからほんのちょっとだけど唇を窄めたりして。
例えばさ、俺に毎日のように大好き大好きと伝えてきて一喜一憂が一々表情に現れるような子だったらこんな些細な仕草が伊織の精一杯の気持ちの現れだってきっと気付きもしなかったんだろうね。

どうしてこんなに感情表現が苦手なのかとか小さい頃はどんな子だったとか家族で何を話したりするのかとか、そういう疑問はぜーんぶすっ飛ばして今はただ1つが欲しい。


「伊織」
「っ…す」
「んー?聞ーこーえーなーいー」
「………」
「ほら早く」


言ってよ。そしたらもう追いかけっこはおしまい。これからはオイラが伊織の手を引いて甲子園だってなんだって連れてってあげるから。

少し伏し目がちになった伊織のそれを覗き込むとぱちりと目が合う。あぁ、うずうずする。


「成宮先輩」
「うんうん」
「大好きです」
「!っっ…あーもう!!」
「え、きゃっ!」


表情を変えず言動に一切の歯に衣を着せないこの子の言葉には嘘がないって紡がれるだけでその証明になる。大好き、だなんて聞かされて胸がいっぱいになってしょうがなくて思わずその場に覆い被さるようにして押し倒した。

可もなく不可もなく、っていうのがない俺のこれが本気なんだって伊織もきっと分かるはず。


「………」
「………」
「っ……」
「成宮先輩、大丈夫ですか?」
「な、なにが!?」
「声上擦ってますし顔も真っ赤です」
「うっ…!うるさいなぁ!!大体さっきから応えるわけでもないのに煽ったりしちゃってさ!俺、男!知ってる!?」
「はい」
「だぁーからー!!真面目に返すな馬鹿!!煽るのは応えられる時だけにしときなよね!!」
「この体勢でそう言われましても。それに容易く応えないってところを見せる人を煽ったりしません」
「た、たまたまだから!!ほら、今日は伊織のお母さんもいるしね!」


だから!、と伊織の俺より断然華奢で小さな柔らかい身体を抱き締める。ヘタレとかじゃねェから!、とぐりぐりと伊織の肩口に額を擦り付ければくすぐったそうに俺の腕の中で身を捩った伊織が本当に小さく笑ったから、あー幸せ、なんて思うのだった。



やっと捕まえた
「はーい!お待たせー!ショートケーキよ!!」
「「!」」
「駅前の美味しいケー………キ、屋さ……あら」
「う、うわぁぁっ!!す、すみません!!」
「あら。あらららら?」
「成宮先輩が謝るなんて驚きです」
「なんで人事みたいに言うかな!!」
「へぇーやるじゃない伊織!じゃあ後は若いお二人で!お邪魔しましたー!」
「……うわ、もう…初対面でこれって…印象最悪じゃん…」
「あ!そうそう!!」
「は、はい!!」
「お母さん静かにして」
「伊織が稲実入ったのはー、成宮くんがいるか…」
「お母さん!!」
「あはは!今度こそお邪魔しましたー」
「………」
「………」
「………」
「へぇー?ふうーん?そうなんだー?へー!」
「成宮先輩」
「なになに?」
「その顔鬱陶しいです」
「ちょっと!!俺彼氏なんだけど!!」


―了―
2015/12/14
お題借り処[原生林]様



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