そんな気がする



都内の高校ではうちが1番の設備を誇るとは多いに自信があるけどやっぱり他校だって強くなるためにそれなりのものは揃えてるわけで。
身内じゃないけど遠方の親戚の家に遊びに来たような感覚に、おー!、と臨むそれらを前に俺の横でアイツが冷めた言葉をぽつり。


「うちも同じ様な設備ですよ」
「うっさいなぁ!分かってるよ!!別にわくわくしてねェし?探検しよっかなぁー、なんてこれっぽっちも思ってねェし!」
「あとで原田先輩に成宮先輩の動向に注意してくださいって言っておきます」
「伊織、可愛くない!!初めて他校での練習試合で緊張してるかと思って一緒に居てやってんのに!」
「成宮先輩が修北と青道の総当たり練習試合が楽しみで眠れなかったみたいだって多田野くんが言ってました」
「はあぁ!?樹ー!!」
「うわっ!!な、なんですかいきなり!!」


夏を前にしてチームはいよいよ本格始動。
東の新興勢力、修北と。
今や西の三代勢力だなんて言われている内の一角の青道と。そして前年西地区覇者のうち。
三つ巴の総当たり練習試合当日。場所は青道高校グラウンド。天気は快晴。コンディション最高。早くマウンドに立ちたいという気持ちに胸の奥がざわざわとして落ち着かない。


「一也出てくるっかなぁー」
「普通に考えて出てくんだろ。まぁうちとの試合でどうだかは分からねェけどな」
「オーダー票は?」
「今長谷が取り替えに行ってる」
「ふうん。じゃあ俺もっ、と!」
「おい、どこに行く?鳴」
「どこってー、分かってるくせに」


雅さんとストレッチをしているその最中に立ち上がり、ぷくくっ、と笑う俺を雅さんがうんざりとでも言いたげな顔で見上げて、待て、と嘆息混じりで言う。あ、あんまり驚かないから伊織が本当に雅さんに俺の行動に気をつけるように言ったんだな。決して俺がいつもこんなんだからとかではないはず。


「長谷もちゃんと仕事やってんだ。お前もちゃんと……」
「分かってるよ!雅さんさ!俺が伊織のことなんかで調子崩すと思ってんの!?」
「あぁ思ってる。信じて疑わねェ」
「あーあー!!そんな風に思われてることの方がショック!!バッテリーにそこまで信頼されてないなんてさ!!」
「チッ、うるせェな…。分かったよ。お前はそんなことで調子を崩すような繊細なタマじゃねェよな」
「そういうことー!!だからね!行ってくる!!」
「あぁ!?ちょ、待て鳴!!待ちやがれ!!」
「ちょっとだけちょっとだけ!!」


稲実は今から青道と試合。もちろん同じ地区のライバルチームに手の内晒せるわけもなく俺や雅さんは修北との試合に出る。別にサボるとか、そういうつもりじゃないよ。ただちょこっと偵察も兼ねて、さ。


「伊織、見ーつけ!」
「………」
「なんかリアクション!!」
「後ろの原田先輩が凄く怒ってますね」
「うえっ!?もー!雅さんなんでついてきちゃったの!?」
「お前1人危なっかしくて歩かせられるか」
「なにそれ酷いなぁ。俺、高校生!エース!」
「そのエースがもっと器がでかけりゃ俺もこれほど苦労しちゃいねェよ」


はぁ、と腕を組み溜め息を漏らす雅さんに、お疲れ様です、と淡々とした言葉を述べる伊織に文句の1つでも言ってやろうと思ったけど…ちょっと待って。


「伊織、キャップは?」


まだ夏本番じゃないと言ってもこの暑さの下じゃキャップがなきゃしんどい。太陽に晒される伊織の頭に手を当てればやっぱり結構熱くて眉を顰める。


「忘れました」
「マネージャー失格!体調管理もちゃんと出来ないようじゃ選手のサポートなんて出来るわけないじゃん!!」
「鳴、お前…」
「だから!」
「!」
「これ、貸してあげる!!」


自分の被ってたキャップを、ぽす、と伊織の頭に被せてあげる。あ、やっぱり緩いんだ。キャップのツバが深く目に掛かり、ははっ!、と笑いながらそれを直してやればこれは予想外。
伊織の真ん丸の目が見開いて俺を見つめていて、へ……、と小さく漏れた声が掠れた。

な、なにその顔!!
そんな顔初めて見る。いつもこっちが何をしても表情変えないしこっちがやきもきするばっかりじゃん。けど今は違う。確かに動揺してるし心臓が身体の中で、喉から出るんじゃないかってぐらいの錯覚を起こすほど跳ねたけど。けど!……なんだよもう。こんなの、完璧好きじゃん。漸く最近自覚したこの気持ちは実はこんなに分かりやすい形で俺の中に存在してた。やばい。顔、熱い。


「いりません」
「かっ、可愛くない!!オイラもいらない!!」
「試合どうするんですか?」
「誰かから借りるし!」
「なら私が誰かから…」
「そんなん駄目!!」
「!」
「伊織に他の奴のキャップ被せるわけないじゃん!!」


あ……あれ。俺、今かなり恥ずかしいこと言った?

思わず張り上げた声に移動中だった青道の選手や修北の選手、それからギャラリーの人達が足を止めて俺たちに目線を向けてるのが分かる。伊織は今度は丸い目をもっと丸くして俺を見つめていて、そろり、と雅さんに目を向ければ腕を組み目を細めて呆れたように言い放った。


「本当小せェ野郎だなお前は」


大人しく被っといてくれ、となぜか雅さんがお願いすればこくんと頷く伊織。もう言葉になんない。いきなり伊織にほんのちょっとだけど表情がついたのが嬉しいし、どうして?、と確かめたいし気持ちが追い付かないほど伊織でいっぱい。


「成宮先輩」
「な、なに?」
「ありがとうございます」
「!…っ、べ、別に!!あー!!あっちに青道選手発見!ちょっと話し聞いて来ようよ!!」
「鳴!!」


もう照れ臭いしどんな顔をしたらいいのかと決めかねる表情筋を見せるのも格好悪いし伊織の手を引いてグラウンドへ向かう。雅さんもぶつぶつ文句言いながらついて来てるみたいだし情報収集!気になることもあるしね。


「ねぇ!君!!」
「!」
「そう!!そこの元気そうな君!!」


ベンチを片付けていた身体の小ささからも分かる多分1年。まぁ補欠って感じの、名前も知らない気にならないそいつに聞くにスーパールーキーとか怪物とか噂される1年降谷暁は今日投げないらしい。ふうん…まぁ当然と言えば当然なのかもしれないけどさ。つまんないの。

まだ手を離さないで繋がる伊織を見下ろせば伊織も俺を見上げていた。もう、可愛くてしょうがない。


「降谷、投げないって」
「残念ですね」
「フン…自分より速ェ球かそれだけが気になるんだろ?」


やっぱり器が小せェじゃねェか、と続ける雅さんに、純粋に興味があんの!、と反論したどころで、小せェ小せェ、と返されるだけ。気になるのは当たり前じゃん!俺、投手だし!誰にも負けたくねェしつーか負けねェし!!
そうこうしていれば青道の元気な、てかうるさいそいつがペラペラと本当かどうか分からない内情を喋りだす。コイツ、馬鹿かな。うん、形振りが完璧馬鹿っぽい。初対面の俺たちにもまったく物怖じした様子もないし、もしかしてオイラのこと知らない……?

まさかまさかね、なんて1つの可能性が頭をもたげた時そいつの身体が跳ねて2歩、3歩と遠ざかる。え、なに!?


「ベラベラとこっちの情報喋ってんじゃねーぞ!!このバカが!!」
「え…じゃあさっきの本当の話し!?」
「バカか…コイツ」
「ライバルチームに本当の情報喋っちゃったよこの子!!」


やっぱバカ!!そのバカをタイキックして黙らせたのは倉持。そしてその横には一也。俺の手を放さずに倉持の登場にビクッと驚いた伊織ににんまり笑えばフィッと目を逸らされた。そんで手まで離そうとするからギュッと力を込めて防ぐ。離してなんかやんねー。


「一也、一也!コイツ、誰か分かる!?」
「は?つーか何堂々と手を握って……あれ?」
「知り合いかよ?御幸」
「んー?見覚えが……あ!伊織ちゃん?」
「お久し振りです」


そうそう!今日はこの話しをするのも楽しみにしてたんだ。一也が降谷の調子は決して良くないだなんて胡散臭いことを言うのはもういいよ。だって投げないんだし!
伊織の両肩掴んでオイラの前に伊織を立たせればどうやら一也は分かったらしい。なーんかそれも面白くねェけど。


「へぇー!稲実に入ったんだ?あ、シニアの時の知り合い」
「ふうん」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「はっはっは!相変わらずの無表情。けど良かったな、稲実に入れて」
「へ?なんで?」
「あれ、知らない?なら教えてやんねー」
「はあ!?なにそれ!!どういうこと!?」
「はっはっはー」
「もういいだろ、行くぞ。俺コイツ嫌いなんだよ」


したり顔の一也に苛々して雅さんに去年一也のリードに完璧抑えられたという厭味を言ったって気は晴れない。唯一の優越感だった伊織が俺の手を振り払わないのも今はただ俺に無関心だからどうであっても関係ないといういつもの伊織の態度のような気がして面白くない。


「オイ、鳴」
「なあに?」
「御幸の言葉を一々気にすんじゃねェぞ」
「するわけないじゃぁーん!俺エースだし!……試合で黙らせればいいしね」
「…もろに気持ち入ってんじゃねェか、ったく…」


練習試合は青道、修北に勝利し結果は上々なものの丹波さんの負傷で途中中止という思わぬ展開で終わった。さすがに気の毒だけど試合が続行ともなれば降谷の球を見られるかもしれないと思ったのも事実で、やっぱり残念。
そのせいか変なフラストレーションが溜まって帰って自主練。グラウンドを軽く走った後バッティング練習をしに室内練習場に行けば白河がバットを振っていた。


「ねぇ、さ」
「なに?」
「伊織って中学の時どんな子だった?」
「どんなって?」
「だからさ、よく笑うとかよく怒るとか」
「そんな風に見えるわけ?」
「全然!だからこそ聞いてるんだけど」


一也も伊織を、相変わらず、と言っていた。ブンッとバットを振りながら一也のしたり顔も頭から振り払……えればこんな苛々してねェけど!!


「少し疑問に思わないのかよ」
「は?なにが?」
「長谷がなんでわざわざ稲実を受験したか、だよ」
「!」
「俺と同じ中学ってことはそれなりに遠いってことじゃん。野球部のマネをやりたいと思ったとしても東地区の高校を選べばいい。帝京とか強豪あるし」
「まさか…誰か憧れの人がいた……とか?」
「さあね。自分で聞けば?」


なにそれ…初耳なんだけど。
そうだとも言わないけど違うとも言わない白河。一也の稲実に入れて良かったと言うそれ。妙にかちりと小気味のいい音を立ててある可能性に繋がったような気がして思わずバットを落として、片付けろよ、と指摘する白河の声を無視してある場所に向かう。
確か部長に頼まれてアイツは部室で備品の整理をしているはず。夏を前にして何が必要であるかしっかり把握して準備を整えたいとかなんとか、バスの中でそんな会話を聞いたから。


「伊織!!」
「成宮先輩、お疲れ様です」
「なんで驚かねェの!?いきなり入ってきてでかい声出したのに!!」
「成宮先輩が入ってくる前に凄い足音がしましたから」
「つまんねェ!つっまんねェ!!」


フンッ、と顔を背けたところで伊織は黙々とクリップボードに挟んだ備品のリストと現品とを冷静に確認していくだけ。もっとこうさー…動揺したり俺を意識したり…とかないわけ?まぁコイツにそんなこと期待しねェけど。さっきみてェな、目を見開いたりとか真ん丸にするみたいなさ…。

椅子に座って見据える伊織の横顔。すでに着替えてる伊織の白いブラウスが眩しく感じてちょっと悔しくて手を伸ばす。


「とりゃ」
「ひゃっ!!」
「!……へ?今の、伊織の声…だよね?」
「っ……」


カタン、と音を立ててクリップボードが落ちた。唖然とする俺の目線の先では伊織が口を手で覆って背を向けた。

え…伊織の声…だよね?高く上がった女の子みたいな声。あ、伊織が女の子なのは分かってるけど。そうじゃなくて、脇腹突いただけで小さな身体を跳ねさせて俯き髪の毛が流れて見えたうなじまで真っ赤にさせるような…そんな女の子らしい女の子なところなんて今まで見たことなかった。


「伊織……」


あ、やばい。
そう思った。頭の片隅でカチッと何かのスイッチが入ったのが分かったんだ。

伊織の名前を呼ぶ俺の声がどっか遠くから聞こえるみたいなそんな感覚。頭の中がグラグラ沸騰しているようだけど身を任すのは嫌じゃない。むしろ心地良い。


「成宮、先輩…?」
「もっと聞きたい」
「っ…あの、」
「伊織。俺、お前が好き」
「!」


後ろから近付いて手を引いて備品の並ぶ棚に伊織の身体を縫い付ける。見開いた目が俺だけを見つめてることがすげェ嬉しい。

するり、と脇腹を撫でてびくんと震えた伊織の反応に気持ちがますます昂揚する。大きく呑んだ息が、ごくり、と喉を鳴らしたその音がやけに大きく聞こえる。


「ひっ、や…そこは…っ嫌、です…っ」
「くすぐったいんだ?」
「んん…っ」


酷いかもしれないけど。いつも言葉で思い通りにならねェ伊織が大して力も込めてねェのに俺の腕一本で小さな身体が思い通りになんのは堪らない感覚だ。
強い力よりもゆるりと撫でる方が効くみたい。伊織の足の間に自分の足を入れて、1つに纏め上げた手のせいで身体が俺に投げ出されてるみたいな……都合のいい勘違いが思考を甘く侵していく。

やばい。やばいやばい、と警鐘が鳴り続ける。けど、嫌だ。伊織が誰に憧れてこの高校を選んだのかは知らないけど、嫌だ。伊織が見るのは俺だけでいい。この子は俺のもんだよ。


「伊織。望みがないなら早めに振ってくれなきゃ、調子に乗っちゃうよ?」
「そんな風に予防線張るぐらいなら、最初から口説かないでください」
「!……馬鹿だなぁ、伊織」


予防線張らなきゃならないのは、伊織のためだよ。こんな風に簡単に飛び越えちゃうぐらいに伊織がずっと欲しかったんだ。

丸い瞳が俺を見つめて離さないのを確認してからゆっくり顔を寄せた。フッ、と唇に触れる伊織の吐息が一瞬俺を躊躇わせたけどぱちりと瞬いた瞳の中に俺の姿見たらそんなもん吹っ飛んで唇を重ねた。



そんな気がする
「へ!?伊織が熱!?休みなの!?」
「みたいですよ。でも休みじゃなくて、今は保健室で寝てるみたいで…」
「ふうん…保健室で寝てるんだ?」
「え、あ…はい。って、は!?駄目ですからね!?鳴さん!!練習抜けて長谷のとこに行こうだなんて!」
「はあ!?生意気だぞ樹ー!お前俺がそんな自分勝手に見えるわけ!?」
「……じゃあなんでブルペン出ようとしてるんですか?」
「うん?…へっへー、トイレ!んじゃ!いってきまーす!!」
「あ!ちょっ………行っちゃったよ…」


続く→
2015/12/07
お題借り処[原生林]様



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