まだまだ捕まらない



あんなんだから昼飯食う友達もいねェんだろうなぁってわざわざ教室にまで行ってやったあの日の拍子抜けというか期待ハズレというか落胆というか、何とも付かない気持ちの責任を取れって本当に思うね。まぁだからこそ今日も足を運んでるんだけど。


「伊織ー!行くよー学食!!」


昼休みになるなり1年のフロアに足を向けてある教室に、ひょい、と顔を出すと、きゃあ!!、とあちこちで黄色い声が上がる。さっすが俺!!色めき立ち俺に向かってくる視線の1つを捕まえて、ね!、と声を掛ける。


「伊織、いる?」
「伊織ならもうお昼食べに行きました」
「はあ!?アイツ……!……どこに?」


この子に怒ってもしょうがないけどさ、毎日こうして自分を迎えにくるって分かってて先に教室を出るとかアイツ本当に何様なわけ!?

むうっ、と剥れる俺に少し戸惑ったようだけど、あの…!、と声を掛けてくる伊織と同じクラスの女の子。顔を赤くして浮き足立ってて若干涙目。あ……、と予感するのは自慢じゃないけど多少の経験があるわけで俺はにこりと笑ってそれを躱す。ヒラヒラと手を振って。


「ありがとー。またねー」


あのバカ伊織!!
お前のせいで昼飯遅くなるじゃん!学食だよ!?早く行かないと席なくなっちゃうっていうのにさー!!っていうか結局どこに行ったか聞けなかったじゃん!!バカ!伊織のバカ!!

怒りに任せてズンズンと廊下を歩く。
途中、何怒ってんの成宮ー、と笑いながら声を掛けられてますます腹が立つ。そんな気分じゃねェの!、とあしらい今度は階段を降りて学食へ。


「あれ?鳴さん?昼飯もう食ったんですか?」
「誰かさんのせいでまだ!!」
「誰かさんって……あ、長谷ですか?」
「そう!!アイツってば俺が毎日来るって分かってんのに逃げやがった!!」
「それは毎日来るからなんじゃ……」
「なんか言った!?」
「いえなんでも。あ!!ちょっと鳴さん!それ俺の唐揚げ!!」
「ふるひゃい!!(うるさい!!)」


生徒で賑わう学食の中でメニューを見渡し今日の日替わり定食が俺の好きなメニューにも関わらずそれはもう売り切れちゃってることを確認してますます苛々が募る。声を掛けてきた樹の皿から唐揚げ1つ奪って食べたって俺の溜飲はそう簡単に下がらない。樹以外の野球部1年がどうやら固まって食べていたらしいこの辺に目を細めて、花がねェ、と零せば後輩たちは唖然とした顔をして樹は生意気にも呆れたとばかりに溜め息をつく。


「長谷が捕まらないからって俺たちに八つ当たりしないでくださいよ、鳴さん」
「八つ当たりじゃないから。これは純然たる事実だから!!」
「一体鳴さんは長谷がどうなったら満足なんですか?」
「……は?」
「だから。毎日追っ掛けてますけど、長谷が鳴さんを同じ様に追っ掛けたら満足なんですか?」


目から鱗って、きっとこんな時に使う。
樹の言葉は今まで考えたこともないことで、ぽかん、とする俺に後輩たちが顔を見合わせて戸惑う。別に…どうかしてほしいとか、あるわけないし。俺は俺で……アイツを構いたいだけ。俺が望んでるわけじゃなくて、いやでも…構いたいってことは"そういうこと"なの?
俺の頭の中は今すげェ速さで回転してる。勉強なんて目じゃないくらいにしてる。あ、なんか目が回ってきた。

そんな状態の俺に、はぁ、と溜め息をついた樹は、実は…、と話し出した。


「今日、調理実習があったんですけど長谷のクラスと合同だったんです。女子は作ったマフィンを可愛くラッピングしてましたよ。中でも長谷のは店でラッピングしてもらうやつみたいだって凄い話題で」
「はあ!?それ誰が貰ったわけ!?」
「いや知りませんけど。成宮先輩にあげる、って女子たち騒いでたから鳴さんなら誰からかしら貰えるんじゃないですか?」
「……ふうん」


甘いもん好きだけど。なるほどさっき伊織のクラスで話し掛けてきたあの子はそれが目的だったのかもしれない。あーぁ、勿体ないことしたなぁ。それもこれも伊織のせいだ。昼食いっぱくれてるのもマフィン貰えなかったのも、苛々しながら伊織を探し続けるのも全部伊織のせいだ。


「……なんでこんなとこにいるわけ?」
「!……なんで見つけちゃうんですか?」
「俺から逃げようなんて100万年早い」
「………」
「なにその沈黙は!!」
「100万年って…成宮先輩、そんなに生きるつもりですか?」
「例えだし!バーカバーカ!!」


もうこうなったら意地でも見つけてやると思って歩き回る校内。3年のフロアに行ったし2年のフロアも隈無く調べた。虱潰しに教室という教室を開けてやっと見つけたのは選択授業で使われる茶道の教室で伊織は畳の上で弁当を食ってる。このやろ……!俺が探してやってたのにたった今完食したらしく、ごちそうさまでした、なんて手を合わせちゃってさ!!

目を細め伊織を睨んでもたじろぎも驚きも悪びれることもしない。いつも通りの無表情で丸いビー玉みたいな瞳で俺を見る。


「此処、鍵開いてるんだ?」
「壊れてるって茶道部の子に聞いて」
「うち茶道部なんかあったっけ?」
「ありますよ。まだ同好会ですけど」
「へェー、知らなかった」


畳の匂いがして授業の行われてる棟からは離れてるからは喧騒や物音とは無縁の静かな場所。ふうん、と相槌を打ちながら俺も教室を見回し畳に座る。ドアは他の教室と何も変わらないのに中は茶道の道具が取り揃えられてる和な雰囲気。不思議な場所、って1年の時に茶道の授業を選択して思ったなー、なんて思い出す。他にも剣道とか柔道とか相撲とか、選択出来たけど野球部しかもピッチャー。怪我するわけにもいかないからね。お菓子も食べられるし不満なんてなかったけど。


「で?お前はなんで1人でこんなところにいんの!?俺毎日来てんじゃん!!」
「一昨日は来ませんでしたよ」
「お、一昨日は前の時間に寝ちゃって誰も起こしてくれなかったからだし!今日は誰さんがいなかったから探したんだけど!!あーあ!昼食い損ねた!!俺野球部なのに!エースなのに!!」


腹減ったー!!、と畳に寝転がる俺を伊織が見下ろす。あれなんだこれ。こんな風に改めてコイツを見ると別人みたいだ。俺に向かって流れるように垂れる伊織のボブの髪の毛。顔、ちっさ。こうして見ると本当童顔。丸っこい輪郭で頬赤いし。りんごみてェ。


「ねぇ」
「はい」
「腹減った」
「学食に行けばまだ間に合いますよ」
「そうじゃねェの」


手を伸ばして俺に向かって垂れる髪の毛を掴んで指の間で擦る。柔らか。


「マフィン、作ったって樹に聞いたんだけど」
「他の子から貰わなかったんですか?」
「俺、誰彼構わず貰ったりしねェし」
「嘘ですよね」
「なんで言い切んだよ!!」


くそ、無表情だから何を思ってんのか分かんない本当コイツ!!今のも悪意なのか善意なのかはてまた何の気も無いのかどうか。眉根を寄せようが一切感化しない伊織には無意味で、あーもういいや、と溜め息と共に言い捨て伊織の髪の毛を掴んでいた手ともう一方の手を頭の下にして目を瞑った。
バーカバーカ、と心の中でごちる。
遠回しに、マフィンくれ、って言ったのに気付かねェんだもん。別に!伊織からじゃなくてもくれる子いるし。こっから教室に戻る時にたーくさんもらうもんねー。バーカバーカ、バカ伊織。

予鈴鳴ったら起こしてよ、と言ったのにそれには返さず、私も触ってもいいですか?、と伊織から思いがけない申し出。なんのことかと一瞬焦ったけど"私も"というのは髪の毛しかないと、勝手にすれば、と平然を装った。間もなく触れたか触れないか、微妙な力加減で髪の毛が撫でられてこそばゆさに背筋がぞくりとする。

こんなに無表情で無愛想、可愛いげ全く無し。何考えてんだか分かんねェしどうせ友達なんていないんだろうと思いきや興味半分からかってやろうという悪戯心半分で初めて伊織を昼に誘おうと教室を覗いた日のことを今も覚えてる。わりとはっきりと。たくさん色がついてるような賑やかなクラスメイトに囲まれてただ1人伊織だけは無色透明に見えた。透き通るようで、どこに居ても自然で。その瞬間沸き上がった焦燥は今でもよく分からない。けど俺は今も時々その焦燥の理由を考える。今も。


「ご飯食べなくていいんですか?」
「午後練で力が出なかったら伊織のせいって言うからいい」
「私の作ったマフィンで良ければありますよ」
「!…別に!!いらねェ」
「どうして怒ってるんですか?」
「怒ってねェし!もう寝るから静かにしてよ。走り回って疲れた」
「やっぱり怒ってるじゃないですか。……言葉にしてくれなきゃ分かりません」
「怒ってねェって。それに…言葉にしたら逃げるでしょ、お前」
「………」


付き合って、って言ったのも気まぐれがないとは言えないけど、お前の無表情以外の表情が見たいから、だとか、今怒ってるのはお前が逃げるから、だとか。そんな風に本音をぶつけても無愛想でちっとも後輩らしくないこの後輩は簡単に逃げちまうし。何より手札が足りないこの状況、俺ばっか焦ってるみてェで面白くない。

だから俺の髪の毛をまだ触れている伊織の手を握り捕まえた。上から息を呑む音でも降ってきたら離してやったのに予想通りの無反応。一体どうすれば俺の手に入るのか、なんて思考がとんでもねェとこに飛んだことに焦って、くそ…、と小さく呻くように呟いた。


「逃げんな。バーカ」


こんな風に言ったって俺の気持ちの4分の1も届かねェ気がする。だから、困らせてやろう、なんてとこに繋がっちゃうのはカルロスの言う、坊や、なのかな?


「借りるよー」


何事もないように、別段特別じゃないことのように頭を上げて伊織の膝に頭を乗せる。ん。高さはちょっと微妙だけど柔らかさは申し分なし。


「肩、痛めませんか?」
「こんぐらい平気」
「……やっぱり止めた方がいいと思います」
「なんでー?あ、伊織もしかして照れてる?」


んー?、とにんまり笑いながら閉じていた目を開けて横を向いていた身体を仰向けにする。でもまぁやっぱりというかなんというか、伊織は全く顔色変えずに俺を見下ろしていて真ん丸な瞳は別に揺らいでもいない。ただ真っ直ぐ逸らすことない目線は俺から逃げてない。……なんだ。別に逃げてないじゃん。じゃあなんで昼飯狙って教室からいなくなったんだよ。つーか少し照れたりしろよなぁ。


「俺と飯嫌だったの?」
「今更です」
「じゃあなんで?」
「邪魔かと思ったので」
「は?……なんの?」
「マフィン」
「が、なに?」
「皆が成宮先輩にあげるって言っていたので」
「それがなんの関係があんのさ?」
「昼休みになるといつも来る成宮先輩にマフィンをあげる子達の邪魔になるかと」
「…バッカじゃねェの!そんなの俺が決めることじゃん!伊織に決められる必要ないね!!」


プンッと伊織から身体ごと顔を背けて不貞寝を決め込む俺に、ふう、と溜め息をつく伊織が、足痺れました、と文句を言う。聞こえねェ聞こえねェ。なーんにも聞こえないもんね。
なんで伊織に俺のことを決められなきゃなんねェの。俺が欲しかったら貰うしいらなかったら断る。それにマフィンあげるのはその子であってお前が気なんか使う必要ねェじゃん。なーんか面白くねェ。面白くねェ!!

そうやって色々考えてる間にうとうとと眠たくなって、伊織の膝の寝心地良さも相まって間もなく俺は眠りに落ちた。
伊織がどうなったら満足か?
そんなの分かんねェし別に答えなきゃ駄目なわけ?よく分かんねェけど、俺が今こうしたいって思うことはしなきゃ気が済まねェの。ただそれだけだよ。


目が覚めた時、伊織はそこに居なかった。俺の側にはマフィンが置いてあったものの何も書き添えられてねェから誰からかは不明。けど、くるくるのリボンとか綺麗なラッピングとか見るに多分伊織の置いていったやつ。


「なんだよ……別に、欲しくないって言ったじゃん」


……って!!今何時!?……ちょ、…はあ!?とっくに午後の授業始まってんだけど!!


「伊織ー!!」



まだまだ捕まらない
「なんで起こしてくれなかったのさ!!お前のせいで授業出そびれた!!めちゃくちゃ怒られたじゃん!!」
「なんで私のせいなんですか」
「お前が起こさねェからだろ!!」
「成宮先輩が寝ていたからです」
「いーや!!俺に悪いとこなんて1個もないね!!」
「………」
「なんなの!?言いてェことあんなら言えば!?」
「口の端にチョコついてます」
「!っ…違うから!!これはマフィン食べたとかじゃねェから!!ま、まぁ美味しくなかったこともねェけど!!」
「結局どっちなんですか」
「美味かったよありがとう!!」
「どういたしまして」
「だあぁぁー!!もう!!結局言わされてんじゃん最悪!!」
「坊やだな」
「うっさいカルロ!!」


続く→
2015/11/22
お題借り処[原生林]様



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