まだ捕まらない



今日も今日とて俺は野球漬けだ。
朝練に身体を作るための食事。午後練もいつも通りで寝る時間だってそんな夜中までは起きていられないしそりゃあ課題だって手を付けてる暇がない。なんていったってエースだからね!俺ってば!


「言い訳ですね」
「なんだとー!?もう1回言ってみろ伊織ー!!」
「言い訳ですね」
「綺麗に言い直すな余計腹立つ!!」
「………」
「なんか言えよ!!」
「私の言葉なんて聞いてる場合じゃないんじゃないですか?課題、終わらないと練習いけませんよ」
「そ…!そんなこと伊織に言われなくても分かってるしー!?ほら!もうすぐ終わるしね!」
「………」
「無視すんなバカ伊織!!」


突然だが俺には可愛くねェ後輩が2人いる。いや、1人は可愛くないっていうより生意気な後輩だけど。もう1人。今、俺と教室で2人きりでいるコイツはほんっっとうに可愛くない!!可愛くなさ過ぎる!!俺の可愛いげ分けてやりてェぐらい!!

さっきから怒って声を張り上げてんのは俺ばっかで、ついに立ち上がりフーと息を落ち着かせた俺を見て、さすが野球部ですね、なんつって無表情で言い放ちやがった!この…!


「あー!可愛くねェ!!お前本当に可愛くないね!!そんなんじゃさぁ、彼氏出来ないんじゃない?男子も近寄りにくいしさー。もっと女子力つけた方がいいよ?」


あぁもうこの課題が本当に鬱陶しい!!これさえなければ今頃練習していたしこんな無表情で可愛いげなくてつまんない後輩マネージャーを監視役につけられ教室に拘束されることもなかったのに!もー本当に誰だよ監督にチクッたのは!あ、白河だった。そんで吉さんに話しがいって雅さんに伝わり監督へ。あぁ、怖かった!課題が終わるまで練習に来るな、と言った監督。辺りにブリザード吹き荒れてるかのようだった。

ていうか俺がこんだけ言ってるのに伊織はなんか本を読んだままちっとも反応しねェし!!あぁもういいや。騒いでる俺が馬鹿みてェじゃん。
はぁ、と溜め息をついて手にしていたシャーペンで課題に取り掛かるノートの端にバットとボールを落書き。それを咎めることもなく、っていうか気付く素振りも見せねェ隣に座り監督から俺の監視役を仰せつかった後輩は長谷伊織。1年の野球部マネージャー。
肩につかないほどのショートカットボブの黒い髪の毛。まだ子供っぽさが抜けない赤い頬。背だってそんなにある方じゃない。見た目は大人しそうだし確かにうるさくはない。けど可愛くない。後輩らしさというか、そういう庇護欲というか可愛がりたいというか、コイツにはちっともそういうのが湧かない。酷い時にはむしろ見下してくるような高慢さがあって一体なんでこんなアンバランスな子なんだろうって思う。
1度、親の顔が見てみたいね!、って言ったら雅さんに、お前の親ほど見てみたいと思ったことは俺はない、と真顔で言われたのが今でも納得出来ない。俺が1年の頃はもっと可愛かったから!


「……さっきなんか言ってました?」
「はあ!?今更!?」
「大したことじゃないみたいなので課題続けてください」
「この……!」
「今日」
「!……なんだよ?」
「成宮先輩が入っていない分、ブルペンでは井口先輩が存分に、のびのびと原田先輩に投げてるんでしょうね」
「ふ、ふうん。べっつにー?エースは俺だし!そんなことで発破かけたつもり?下手くそ!!」
「………」


また聞いてねェ!!
大体俺に話し掛ける時にも一切本から目を離さねェで、先輩をなんだと思ってんの!?コイツ!

ガーッと怒りは沸くものの頭の中にはすでに優先順位が出来上がってる。1に課題で2にブルペン!!なんか伊織に上手く転がされたような気もするけどそこは甘んじて転がされてやるもんね!オイラ先輩だし!
フンッと苛立ちにケリをつけて残り少しの課題に取り掛かりハイあっという間におしまい!!


「よーし!!行くぞ!伊織!!」
「字、汚いですね」
「うーるーさーい!!読めりゃいいの!ほら早く!!伊織がちゃんと監督に報告してくれなきゃ練習に参加する許可下りねェんだからな!」
「………」
「なんだよその間!!」
「いえ、成宮先輩」
「なに?」
「そんなに大きな声出してて疲れませんか?」
「は?」
「なんか見てるこっちが疲れます」
「なっ…なななっ……!」
「?…何してるんですか?待ってるんですけど、行かないんですか?」
「っっ…伊織ー!!」


マジで可愛くねェェェー!!
そう叫んだ俺のそれに振り返りもせず伊織はスタスタと歩き教室を先に出た。愕然とする俺はしばらくパクパクと口を開いたり閉じたり。あんなに俺に無関心なのにこんなに俺が腹立ててるのもまた面白くない。頭の中が真っ白になるぐらいに初めて受ける塩対応。俺はああいうタイプの子に今まで生きてきて初めて接してる。俺を見たら、鳴ちゃーん!、と黄色い声を上げる可愛いげもなく、握手だけでも!、なんていう謙虚さもない。ましてや憧れや尊敬などとはほど遠い。野球が生活の中心である俺の、初めて俺を凄いともなんとも評価しない女の子。


練習終わり、バンッ!!、とロッカーに脱いだアンダーを叩き付けるように投げれば、オイオイ、と呆れたように話し掛けてきたのはカルロスだ。


「なに荒れてんだよ、鳴」
「カルロ!!聞いてよ伊織がさー!!」
「あぁ、またかよ」
「またってなに!?」
「いつもよく懲りずにやってるじゃん」


ぽつりと話しに参加してきた白河と、どうしたの?、とその後ろから顔を出した福ちゃんに話して聞かせる教室でのこと。結局俺がどう怒っても空回りだしまったくもって後輩らしくない。もっとさぁ!後輩っていうのは先輩を敬うもんだろ!


「でも鳴は長谷のおかげで練習参加出来たんだろ?」
「違うよ福ちゃん!練習に参加出来たのは俺が課題を頑張ったから」
「そもそも課題を忘れる自分が悪い」
「うるさいなぁ!分かってるよ!」
「まぁ確かに愛想はねェけど仕事はちゃんとそつなくこなし問題ねェだろ」
「甘いねカルロス!アイツはさ、氷で出来てるんだよなんの感情もない氷!!笑わねェし怒らねェし泣かない……ハッ!!」


自分の話す言葉に途中であることを思いつき口を噤むと白河が聞いてもいないのに、ろくでもない、と一蹴してくる。うるさい!、と俺だって負けじと返し、肩冷やしますよ!、と少し離れたところで生意気に言う樹を無視してジャージを着る。


「泣かしたらいいんじゃない!?アイツ!」
「………」
「………」
「………」
「え、ちょっと!なんで無言!?」
「いや?改めて坊やだと思ったんだよ」
「あー…うん。鳴。それは止めといた方がいい」
「どうせ収拾つけられないくせに」
「な…!なんだよもう!つまんない!つーまーんーなーいー!!」
「鳴さん!ちゃんと服着て…」
「うっさいなぁ!!樹って本当生意気!!」


分かってるよ。伊織がそつなく仕事をこなして暑くても寒くても文句言わずに俺らのサポートをしてくれてることは分かってる。いつの間にかドリンクが用意されていたりタオルを渡してくれたり、見てないようでちゃんと俺たちを見てる。分かってる。
それなのに何が腹立たしいって、伊織にはどうしてか野球部のマネージャーでいながらにしてまったく執着しないんだ。それなりの評価も欲しがらないし、俺たちに何を求めることがない。常に一線引いたあの対応が引っ掛かって、構わなきゃいいのに気付けば目で追ってる。

俺はさ、学校で1番美人って言われてる先輩と知り合いだしブラバンの後輩からはメールがくる。クラスメイトにはいつも昼飯誘われるしどの子も伊織より可愛いと思う。愛想だっていいし女子力だって高い。
けど気になっちゃうんだからしょうがないじゃん。別に坊やとか、そういうんじゃない。ただ恋愛だとかそういうんじゃ、まだない。

お疲れ様ー、と先に更衣室を出る俺を、早くしねェと帰っちまうぞー、と誰とも判断つかない声が追い掛けてくるのを、そんなんじゃないし!、と跳ね返したわりに俺は真っ直ぐある場所へと向かう。


「あぁ、いたいた」
「!…成宮先輩」
「お前さ、部活が終わって先輩に会ったら言うことあるでしょ?」


ほらどうぞ、と手を差し出せばその向こうでやっぱり無表情な伊織がゆらりと瞳を動かして俺を見る。


「お疲れ様でした」
「ん。伊織もね!」
「そんなに疲れてません」
「そこは黙って受け取りなよね!!」
「可愛くないですから」
「!…あっそ。ほら!行くよ!!」
「はい」


寮を離れて少し歩いたところで帰ろうとしていた伊織と並んで駅やその途中のコンビニぐらいまで送る。これが俺の日課。
いつから?
きっかけは?
そんなの忘れた。
ただ、なんでだろ?、って思ったら伊織を追い掛けてたし知りたくもなった。感情を顔に全く出さないコイツの目には俺のピッチングがどう映っているんだろう。もしかしたら映像が止まって見えるんじゃないか、とか、景色に色がついてないんじゃないか、とか。なんてね。


「でさ!そこで俺のフォークが決まった!」
「見てました」
「ふふーん!かっこよかった!?」
「いいえ」
「ハイそこお世辞でもいいから頷くところ!!」


遠慮なく首を横に振りやがってー!

切り揃えられたショートカットの髪の毛がパラパラ散ったそれはあっという間に伊織の首筋に沿ってまたボブを作った。
その髪の毛が硬いのか柔らかいのか、確かめたくなって隣を歩く伊織の髪の毛に手を伸ばし触れる。あ、思ったより柔らかい。
に、しても。俺がこんな事してるっていうのにコイツは前だけ見て歩いてる。何が面白いわけ?前なんて駅に向かう車が渋滞作ってる道路しか見えないじゃん。もしくは買い物帰りの自転車に乗ってるおばちゃんとか新聞配達のバイクとか。
溢れる日常の風景や音を感じながら今日も今日とて伊織は伊織だと思う。どんな事があったって俺がどんな状態だって伊織はこんなだ。それが酷く安心するのだと気付いた時の狼狽と悔しさったらなかったっけ。


「格好良くはありませんでした」
「うわー…々繰り返さなくてもいいから」
「頼もしかったです」
「ハイハイ。……はあ!?」
「成宮先輩、声。迷惑です」
「だから可愛いげ!!」


これだもん。俺が1人で狼狽えて伊織はまったく顔色を変えない。今もサラッと俺のことを褒めたのにちっとも俺を見ないし。本当に、なんなのコイツ。

ふう、と息をついて眉を吊り上げる俺に一瞥を投げて、此処まででいいですよ、と伊織が駅にほど近いコンビニの前で足を止めた。何か買うの?、そう聞けばサラッと、生理用品なのでついて来ないでください、とかやめてほしい。だってほら、俺は男だし伊織だって一応女の子なわけだし。
この前は肉まんだった。俺が奢って半分ずつ食べた。その前はノート。その前は野球の雑誌で一緒に店の外で読んだ。その前はなんだっけ?とにかく一々用件を聞く俺が隙あらば伊織の側にいようとしてるみたいで少しムカつく。


「ふうん。じゃあ俺は漫画読もうっと」
「止めたほうがいいですよ。成宮先輩の頭、無駄に目立ちますから」
「無駄ってなに!?」
「後で監督に怒られるんじゃないですか?」
「そしたら伊織も巻き添え」
「それでも先輩ですか」
「お前はそれでも後輩かー!!」
「知らなかったんですか?」
「知ってるから!!」
「………」
「オイコラ無視して先に入るなバカ伊織!!」


それでも足を止めず店の奥へと進む伊織の腕を掴み自動ドアが閉まりきる前に俺より小さな身体を引っ張り出す。簡単についてきた伊織の腕を引いてコンビニの裏側へ連れていく。人通りもなくてすぐ側には大きな物置。多分ゴミを一時的に保管してるやつ。前に店員がここに入れてるのを見たことがある。

ドンッ、と壁に右手をついて伊織を壁と俺の間に閉じ込め逃げ場をなくす。所謂壁ドンをする俺の腕を見てから伊織の目は俺に向く。俺だけ。目の前の俺にだけだ、今この時だけは。


「伊織、前にも言ったけど。俺と付き合って」
「嫌です」
「なんで?」
「成宮先輩のことはそういう意味で好きじゃありません」
「これから好きになるかもよ?」
「それはそれです」
「ならこれはこれだね。何もないところから始めるのだってアリだよ。変じゃない」


なぜだか分からない。俺も絶対に伊織を"そういう意味"で好きじゃない。けど付き合ってみたら、そう視点で見ようとしたら、そうしたら俺だけには無表情のその顔に俺だけの知る表情が浮かぶかもしれないって思ったら堪らなくこの子が欲しくなった。
誰にでも媚びるような安っぽい感情や表情じゃなくて、俺のための俺だけのそれが見たい。


「あんまり追い詰めないでください」
「なに言ってんのさ。大人しく追い詰められてなんてくれないくせに」
「じゃあ意思の合致ですね」
「え、あ!!」


壁についた俺の腕の下からするりと拘束を抜けた伊織がまた振り返らずにコンビニへと向かう。あーもうまた逃がした!ガシガシと髪の毛を掻き乱して、はあぁ、と深い溜め息。
別に好きじゃないよ。
ただ、欲しい。それだけだよ。それだけ。


「コラー!!先輩を置いて先にコンビニ入るなんてなってねェぞー!!」



まだ捕まらない
「あ!伊織、これ買ってやろうか?」
「いらないです」
「これは?」
「いらないです」
「これ」
「いらないです」
「もう本当可愛くない!!」
「下着のカタログ雑誌持ってこられて言われても困ります」
「え!?これ…そうなの?」


続く→
2015/11/18
お題借り処[原生林]様



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