続け。未来へ



もうかなり長い時間を生きてきたような気がすんのに親父なんかは俺の倍は生きてるしまだまだ先に続き伸びる今まで生きてきた時間より遥かに長い時間を思うと途方に暮れそうになる。
中学の時は迷わず青道への進学を決めた。高校の2年半を野球に費やす覚悟があったから、それが志半ばで潰えちまったのだとしても、もしも、と後悔を抱える胸の内に前へ進まなければならねェという現実を忘れてるわけじゃねェ。

秋大決勝対薬師戦。
新チームで始動し、壁にぶつかりながらもここまで進んできた後輩の姿を見ていると1年の頃はただ突き進むしかねェと振り返る余裕も時間もなかったことを思い出す。

授業なんて聞いてられねェほど疲れてて、よく寝てて叱られたりした。
それが監督の耳に入っちまって、今日はずっと走ってろ、なんつってグラウンド走ってたこともあったっけな。
長谷とはその頃から親しくしていて野球で頭がいっぱいの日々の片隅で確実に俺の支えだったように思う。手に入れてェとか、そう思ったことがねェわけじゃねェけど不思議とモーションを掛けようだとは思わなかった。身の丈を知り分を弁えていたといえば聞こえはいいが、ただ俺は野球だけを真っ直ぐ見るのに精一杯だっただけだ。

『伊佐敷はプロになるの?』
『プロ?お前な、んな簡単じゃねェよ』
『え…』
『なんだよ…その顔』
『あ……ごめん。伊佐敷なら、当たり前だ!、って言うのかと』
『そこまで自分知らねェ馬鹿じゃねェよ。まぁ、なりてェけどよ』
『うんうん』
『けどま、一生野球に関われたら上々な人生だな』
『そっかぁ…』
『って…俺ばっかに語らすんじゃねェよ!!』
『あはは。伊佐敷ってば熱いなぁ』
『っるせェ!!そういうお前はどうなんだよ!?』
『私?お嫁さん』
『………』
『ちょっと…。冗談だし引かないでよ』
『冗談かよ。本気かと思ったぜ』
『え、伊佐敷の中で私そういうこと言うキャラなの?』
『いや。全然』
『それもどうなの』
『でも似合わなくはねェと、思う』
『!………』
『………』
『伊佐敷から言ったのに照れないでよ』
『う、うるせェ!!』
『でも嬉しい、と思う』
『!………』
『………』
『やめっか』
『うん、やめよう。このままじゃ私たち発火するよ真っ赤になりすぎて』
『言うんじゃねェよ』


「っっ……」
「純、どうかした?」
「いや、すっげェ恥ずかしいこと思い出しちまった」
「ふうん。真面目に観戦しなよ」
「分ァーってるよ!!」


亮介にそうは言ったものの今この記憶を手放しちゃいけねェような気がしてグラウンドで頑張ってるアイツらには悪ィが記憶を辿る。
アイツとあんな話しをしたことなんか、今の今まで忘れてたのはやっぱ野球資本の生活だったからか。


「どうした?純。真っ赤だぞ」
「気にすんな」
「そうか?」
「おう」


やべ。哲にまでバレるとかめちゃくちゃダセェ。
亮介が俺をいつもより意味深に深い笑みで見ているような気がして口を手で覆い顔を背ければクリスが悟ったような笑みを俺に向けた。ちくしょう、逃げ場がねェ。


キィ―…ン、と耳慣れた金属バッドの音。
グラブに収まるボールの鳴らす小気味の良い音。沢村のうるせェ声と全員が掛け合うその声。
あの場にいたのはもうかなり前のことになっちまった。今はもう、全然違う場所だ。


「純、気付いてる?」
「あ?」
「長谷、来てる」
「!」


マジか!、と辛うじて叫ばず息を呑んで亮介が指差した方を見ると青道の応援団に混じってその姿を見つけた。
選抜出場の左右される大一番。
新チームで臨む大会だけあって関心も高く尚且つ決勝だから観客も多い。あの中にその姿があっても不思議じゃないが俺が思い出していたこのタイミングで見つけちまった姿にグラウンドの攻守交代の間もあって目を奪われた。

『約束!』

今より少し幼くて俺の顎にはまだ髭がなくて、長谷も高校の制服よりも見せられた中学の卒アルのセーラー服の方がしっくりくるようなあどけなさで、今よりずっと幼く笑って言った。
約束、と。その声が頭の奥に俺に呼び掛けるように響く。

『はあ?』
『いいじゃない、とっても楽しそう!』
『いや、俺にはいいかもしんねェけどお前はどうなんだよ?』
『私の家、代々教師の家系で。お母さんもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんもみんな教師だから』
『お前も?』
『半ば強制的に。味気なくて嫌だなって思ってたけど伊佐敷と一緒なら絶対に楽しい!』
『ぶはっ、なんだよその自信』
『なんだろう?でも伊佐敷が気が済むまで野球をして、いつか高校野球の監督をやる高校の教師ならいいなぁって思うんだもの』
『な…そ、そんな先のこと分かんねェよ』
『だから!いつかの約束でいいよ。いつか青道で一緒に教師やろうよ。伊佐敷は野球部の監督で、私は英語教師!』
『っ…分ァーった』
『本当!?』
『いつかな、いつか』
『うん!!約束!!』


あー…、んなこと…ずっと忘れてたわ。
なんでかって聞かれても忘れてたもんは忘れてたんだ、どんな理由も言い訳になっちまうが。
俺は確かにあの時本気で返事をした。
いいなと思った、そんな未来も。いや、別に俺が監督でアイツが教師じゃなくたって良かった。アイツが当たり前のように未来の俺の側にいることを選ぶからただ嬉しくて。


試合は青道が勝ち、優勝を果たす。
アイツらをいいなと零した俺を亮介が窘めたがそう思うもんはしょうがねェ。
もうあのグラウンドはアイツらのもんで、驚くほど時間は前に進んでいた。
立ち止まってる場合じゃねェよな、俺も。怖がってる場合じゃねェ。俺も確かめにいく。野球がこの先俺に見せる景色を。

俺が関西の大学に進学を決めたのはそれから間もなくのことで、俺はその日の放課後に長谷を駅まで送ると帰り道を一緒に歩く。


「明日は雨かなー?」
「そうか?夕日が綺麗な日ってのは次の日も晴れって言うけどな」


そう言い目線を伸ばす先には夕日が広がっていて緋色っつーのがあんな感じなのかもしれねェと柄にもなく物思いに耽る。


「違う違う。伊佐敷が、送る、なんて言い出すことが珍しすぎるから明日は雨かなって」
「あぁ!?そりゃ、しょうがねェだろうが。今まで野球でんな暇なかったんだからよ」
「暇があったらしてくれたんだ?」
「!…お前、俺で遊んでんだろ?」
「バレた?」


だってそうしないと緊張しちゃって心臓が持たない。

なんて続けられちまったら俺の方がグッと意識させられてしまい言葉に詰まる。さっきまで屈託なく笑ってたくせに夕日に照らされる横顔はどこか憂いを抱いていて、なんつーか、色気がある。いや、変な意味じゃなく。

目を奪われるってのはまさにこういうことだ。長谷がする瞬き、僅かに唇を噛むその動きや耳に髪の毛をかける仕草から目が離せずかなりの時間を惚けながら歩いてたかもしれねェ。
うん?、と目線を寄越されてぐりんとそれをかわしたのはさすがに亮介の、ヘタレ、という言葉を認めたくなった。


「っ…あのよ」
「うん」
「大学、決めた」
「!」


今度はしっかり目を合わせた。
大きく見開かれた長谷の瞳はゆらりと揺れて、足がゆるゆると止まった。
駅がそう遠くねェ。
足早に帰路に着こうとする人の流れの中で俺と長谷は足を止めて向き合っている。その様が無情に流れる時の流れに対する最後の抵抗のような気がして俺は苦笑した。


「声掛けてくれてた関西の大学にいって、また野球をやる」
「野球、を…?」
「あぁ。あー…、お前との約束もあるしな」
「!」
「お前は教師になるんだろ?」
「っ…うん」
「俺がどこまでいって満足してまた青道に折り返すかはまだ分かんねェけど約束だかんな!?破んじゃねェぞ!?」
「無茶苦茶…伊佐敷が忘れてたのに」
「それは、わりィ」
「けど…うん。じゃあ、また約束ね。今度は甲子園に連れてってね」
「……それ、タッチのあれみてェ」
「タッチ?…あぁ、南を甲子園に連れてって!、ってやつ?」
「おー、それそれ」
「やっぱ憧れるんだー?さすが少女漫画好き!」
「な…!うるせェ!!それにタッチは少女漫画じゃねェ!!」
「え?少女漫画でしょ?」
「ちげェよ」


他愛がない会話をしていればどちらからともなく足を踏み出し駅へとまた進んだ。2人を繋ぐような、確実な言葉も交わさねェまま駅に着き、ありがとう、と長谷が嬉しそうに笑う。


「じゃあ伊佐敷頑張れ」
「おう。お前も勉強頑張れよ」
「うん、ありがとう」
「………」
「………」


結局、俺と長谷がこうして一緒に帰ったのは1度きりになった。
長谷が無事に長野の大学に受かり俺も無事春から関西で1人暮らしになることが決まった時に報告しあったそれ以外は深い話しもなく卒業を迎えることになる。


「またね」
「おう、またな」


俺は俺たち3年を送り出す野球部の後輩達の元へ。長谷は少し泣いたみてェで赤い目をさせてアイツを呼ぶ友達の元へ。
互いに別の方向へ向かう最中に擦れ違ったその時に何年先になるか分からねェ再会を確認し合う挨拶を交わした。


「あれだけで良かったの?」
「あ?」
「長谷。俺の女になれよ、とかさ。言わないの?」
「前から思ってたけどよ。亮介は俺がそんなこと言うキャラに見えてんのか?」
「全然」
「それもどうなんだよ」
「ただ恋愛って良くも悪くもタイミングだし」


これでも心配してるんだけど、と珍しく笑顔を見せない亮介に、確かにな、と苦笑しながら空を見上げる。ちょうどもうじき咲くだろう桜の膨れた蕾をつける枝が目に入り、あぁこの桜は俺たちを送るためには咲かねェんだな、とんなことを思う。
かと言って入学式の時に桜が咲いてたかっつーと覚えてねェ。春休みから参加した野球部の練習についていくことに精一杯でそれどころじゃなかったんだな…。格好悪ィ。大学に入学したら、辺りを見回してみっか。


怪訝そうにする亮介にニッと笑って見せる。


「いんだよ。俺たちはここで終わりじゃねェし、次会った時に答えが出んじゃねェかって思うからよ」



続け。未来へ
(あぁでも良かった。このまま伊織と決別したままになるなんて私許せないし)
(あ?藤原、何言って…)
(まったくその通りだ)
(哲!?)
(こんなところで潰れてしまっては3年間見守ってた甲斐がないからな)
(クリス!?ちょ、待っ…!見守ってたってなんだよ!?)
(気付かなかったのか?伊佐敷。俺たちは伊佐敷たちの恋をずっと見守ってたんだ)
(丹波までか!?)
(これからももどかしい恋の展開待ってるから)
(亮介情報源はてめェかァァー!!)
(あ、でもあんまりうじうじしてると長谷取っちゃうよ?)
(あぁ!?)
(丹波が)
(俺か!?)
(丹波てめェ!!)


続く→
2015/05/31



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