まだそこに居るだろうか?



変化ってのはじわりと迫って来るものもあれば急激に迫られすでに手の尽くしようもなくなってることもある。
俺が2年半かけて培った体力であるとかバッティング技術であるとかそういうもんが前者であれば後者はまさに今の長谷との関係だった。


「あぁーあ、無視されちゃった」
「一々言うんじゃねェ」
「でもさ、ああまであからさまだとむしろ清々しいよね。さすが長谷」
「褒めてんじゃねェよ」


と、亮介を批難するものの俺のその声に覇気がねェことも亮介に、やれやれ、とばかりに首を振られなくても十分分かってる。
あれからもう2ヶ月が経つ。
野球部は苦戦を強いられながらも勝ち上がり薬師との決勝を控えていて、進路も当然この時期だから大体は目標が定まってきている。ただ俺は大学から声がかかっているもののまだ足を動かすのが躊躇われてしまい、どうにもあの日の神宮に取り残されているような気がしてならない。
女々しいかもしんねェし、あの日に強い想いを残しているのが俺だけじゃねェのも分かってる。ただどうしてももう取りに帰れねェデカい落とし物をしたようで、それを取り戻さねェことにはぽっかり空いた胸の穴が埋まらねェと思うんだ。

いいのかよ?このまま進んで。

高校野球に傾けてきた情熱がそう俺に問い掛ける。進んでいく時間を実感出来ねェまま天気予報は最高気温ではなく最低気温を報せるようになり、お天気お姉さんの服装も秋めいてきた。もう着ねェだろう夏のワイシャツやジャージは後輩にやった。

立ち止まり無駄に足踏みする俺が長谷と口を利かなくなって1ヶ月ほどした頃、長谷とあのサッカー部の奴が付き合っているという噂を聞いた。
朝、今みてェに下駄箱で会っても挨拶さえ交わさなくなった俺たちは友達から"ただのクラスメイト"になっている。
あんなに見ていた長谷の笑顔が見れなくなり、正直かなり堪えている。くそ、こんな事さえあの日負けちまったせいだと思う自分がいい加減ムカつく!


「誘ってみたら?」
「あ?」
「決勝戦。どうせ観に行くんだし」
「…勉強あんのに誘えっかよ」
「あーそうだったね。長谷は国立受けるんだっけ」


という話しらしい。亮介が長谷から聞いた限りでは。

そうだった、と1人納得する亮介に、チッ、と舌打ちして教室に入り席に着く。
意識を持ちやすいように、と最近された席替えは文系と理系に分けられていて長谷は文系の連中の座る席に振り分けられていた。俺はまだどっちつかずであったからどっちでもよく、ただ頭の作りが理系でねェのは確かだったから文系の括りだ。席は近いっちゃ近い。
ただ……。


「……っ」


長谷に話しかけようと試みるようとするたびにあの時のあの表情が頭を掠めて躊躇う。
約束ってなんだよ?ちっとも覚えてねェ。あの時の話しの流れからすると進路のことなのか?

クラスメイトと楽しそうに話す長谷を見遣りながら考えていれば教室の外から長谷に声が掛かる。
誰かと思えば、またアイツだ。


「彼氏様の登場?」
「………」


そしてこういう時確実にちくりとする言葉を投げてくるのが亮介だ。ただの嫌味じゃなく、俺を奮起させるために言ってるのは分かっているから頭を掻いて顔を伏せるだけに留まる。


「純もあのくらい積極的になれば?」


最近その声に苛立ちが混じってきているような気がするのは気のせいにしとく。


「……ん?」
「なに?」
「いや、なんつーか……」
「うん」
「アイツ…」
「長谷?」
「……や、別に」


なんでもねェ、と立ち上がった俺の目線の先にはサッカー部の男に連れられて教室を出ていく長谷がいて、純?、と問い掛ける亮介の声に、


「先生が来たら言い訳頼む。2人分」


そう返し俺も教室を出た。
なんでもなくないじゃん。そう亮介が笑って返した。

うるせェ。なんでもないといいってそう思うだけだ。あの野郎に声を掛けられあろうことか腕を引かれた長谷の周りにいたクラスメイトに冷やかされて笑っていたその顔がどうも困ったように表情を曇らせていたように俺には見えて、なにもなければいい、と望んで見遣る2人はもうじき授業が始まるってのに棟の1番端、なかなか使われねェ階段の方へと消えていくのだからますます焦燥感が増す。


あの2人が付き合ってんなら、きっと俺がしてることは邪魔でしかねェんだろう。
ただ周りの連中の気付いていないらしかった長谷の表情の僅かな陰りが俺は引っ掛かってしょうがねェ。
なにもなけりゃ戻ればいい。潔く諦めるっつーことになるかもしんねェしな……。

歩きその階段の方に向かっていると始業のチャイムが鳴る。
静かになっていく廊下が嫌な緊張感を煽る。あぁ…ちくしょ。自分で自分を断罪するみてェだ。


「や…っ、だ…!」
「!」
「やめて…っ、や…!」


聞き間違いじゃねェ!!

確かに聞こえた長谷の震えたか細い声に走り出し階段へと飛び出せば見下ろす形になる踊り場に2人の姿があった。

壁に押し付けられて明らかに無理矢理迫られてる長谷。階上を背にしてる野郎とは逆に向き合う長谷は俺に気付いて唇を固く噛み締めた。
その姿を見てカッと頭に血が上る。
おい、何してんだよ。
なんでそいつを離してやらねェんだよ。
壁にそんなほっそい腕縫い付けて無理矢理迫りやがって。


「おい」
「!」
「それ、まずいんじゃねェか?」
「伊佐敷…!」
「サッカー部、いい成績残したんだろ?そんな最中に普通んなこと出来ねェだろ」


怒鳴り散らしてやりたかったし出来ることなら殴り飛ばしてェとも思った。
ただサッカー部はコイツだけじゃねェし、俺は引退したといっても野球部だった。加えて長谷は女で、こんな事が問題になっちまったら誰より傷付いちまう。その想いがコイツに殴り掛かりてェっつー激情を押さえ込んだ。

必死に潜めた声は微かに震えて、怒りの行き場を補填するようにズボンのポケットに突っ込んだ手を固く握り締める。
野郎は、チッ、と舌打ちを残し階段を駆け降りて行く。
謝りやがれ、と呻くように言ったものの謝られたところで俺のこの怒りが収まるとも思えなかった。


「……大丈夫かよ?」
「…うん」
「あ、おい…!」


ありがとう、と言いながらも壁伝いにズルズルと座り込む長谷に階段を駆け降りて近寄る。
どう声を掛けてやったらいいのか迷ったがここで俺が尻込みするわけにはいかねェ。無意識なんだろうが長谷の手が俺の手を握った。


「怖かっ…た」
「あれ、初めてか?」
「うん…。ただ、ずっとしつこくて…」
「……付き合ってたんじゃ、」
「やめて。それを聞くのはあんまりにも今無神経」
「っ…わり」
「…っ、あぁもうごめん。八つ当たり…。本当はこんなこと言いたいんじゃないのに」


頭を振りながらそう言った長谷は俺の手から自分の手を離して顔を上げ俺を見つめ無理をして笑う。
心臓が鷲掴みにされたかのような、痛みにグッと息が止まる。


「ありがとう、伊佐敷。気付いてくれて嬉しかった」
「っ……」
「授業、出なきゃね。私たち受験生だし」


今なら聞けるか?

立ち上がろうとして、まだ力が入らねェのかよろめく長谷を支えてやるとまた、ありがとう、と笑う。こんな形だが久し振りに話せて支えてやっている手を離すのがすげェ惜しい。

小さく滑らかで俺とはまったく違う手。
思わず握ったまま見つめていると、伊佐敷?、と長谷が不思議そうに俺に問い掛ける。


「…なぁ」
「うん?」
「約束って、なんのことだよ?」
「………」
「わり。何度考えても記憶ひっくり返して探してみても見つからねェんだ。けど、諦めたくもねェ」


キュッと少し強めに手を握ると長谷が小さく息を呑んだ。
顔は上げれねェ。たぶん、情けなく赤くなっちまってる。


「……私、教育学部を受けるよ」
「あ、あぁ。国立のだろ?」
「うん。信州の…少し遠くなるけど…」
「信州…」
「伊佐敷は?」
「!」
「伊佐敷は、どうするの?」
「俺は…」
「私も諦めたくないから待ってる。伊佐敷が思い出してくれるのを」
「おま…!……長谷はそれでいいのかよ?俺が思い出さねェかもしれねェぞ?」


俺がそう言えば長谷は眉を下げて笑い肩を竦めた。


「それは悲しいけど…やっぱり伊佐敷自身が思い出してほしいかな」
「……分かった」
「なんか、自分で投げかけておいてごめんね。自分勝手」
「俺が忘れたのが悪ィんだから謝んな。それに、絶対ェ思い出す」
「!……うん」


長谷と交わした言葉は数知れず、その中に長谷が忘れずに此処まで大切にしていた約束が埋もれてんのが信じられねェ。そしてそれを忘れちまってる俺を長谷が、しょうがないよ、と笑いながらその手がやんわりと離れていった。


「伊佐敷は誰よりも野球を真っ直ぐ見つめてたんだから」


やっぱり俺は何がなんでも思い出してェ。



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