去る日の陽炎


今朝の食堂で観たニュースじゃ最高気温が今年最高を記録するかもしれねェと部の中で人気のお天気お姉さんが笑顔全開で言っていた。んな顔で言われてもまったく現実味が湧かねェな、とぼやく俺に、朝から疲れきった顔されたら鬱陶しいでしょ、と亮介。確かにそうっちゃそうなんだがアイツもアイツでどうも感情に表情がついていってねェところがあって、お前はどうなんだよ?、と言っちまいそうになったがすんでのところで思い留まった。命が惜しいしな。


「伊佐敷、おはよう」
「…おう」


寮から学校に向かってる時点ですでに日差しの強さにうんざりしながら項垂れ歩いていれば、ポンッ、と肩を叩かれ、ひょい、と覗き込まれた顔。
こんな暑いってーのに、にぱっ、とそれを物ともしねェ笑顔に目を細めてから挨拶を短く返した。
なるほどこんな茹だるような暑さでも笑う顔を見ると、こう、少しだけ浮かれるもんがある。お天気お姉さんの笑顔も無駄じゃねェことここに証明だな。

とはいえ、コイツはいつもこうだ。


「お前はいつも元気な」
「へ?なに、いきなり」
「や、別に」
「?…あ、分かった!なんで伊佐敷が元気ないか」
「は?」
「課題!やってないんでしょ?」
「………」


ニッと笑い、これで決まりだ!、とばかりに得意げにされっけどそれ以上に気になることが別にある。


「やってっけど」
「えぇ!?じゃあ風邪?伊佐敷も風邪引くの?」
「どういう意味だコラ」
「本当に、大丈夫?」
「いや、なんつーか…」


そんな事を喋りながら下駄箱につき俺はアイツの怪訝そうな視線を受けながら、あー…、と言い淀んで上履きに履き替える。


「俺、元気なく見えんのかよ?」
「え、そこ?もしかして自覚ないの?」
「自覚もなにも、元気だってんだよ」
「そんなはずないよ」
「言い切んな」
「だってなんか、変だし」
「失礼だなお前」
「ちょっと失礼。よっ、と」
「な……!おま、」


ぴた、と俺の額に手を当てられてどこを見たらいいのか分からず、からといってコイツが俺を心配してんのもその表情から分かる。あからさまに拒絶するのも気が引けて目線を落とせば足元が背伸びしてんのが見えてまた目線をさ迷わせれば、げっ!


「おはよう。何してんの?」
「亮介…!」
「あ、小湊おはよう。ね、伊佐敷風邪かな?なんか元気ないみたい」
「へェー、風邪なんだ?純。それで長谷に熱診てもらってるんだ?」
「っ……」
「ないみたいだけど」
「あー!!もういいだろ!?」
「あれ?純、やっぱ熱あるんじゃない?なんか顔赤いし」


こ、んのやろ…!絶対ェわざと言ってんだろそれ!!

亮介は、行こうよ、とニコニコしながら俺らと並んで歩き出す。その笑顔が嫌味ったらしくて楽しげなのが腹立つ!


「あ、本当だ。保健室行く?」
「行ってきたら?長谷と2人で」
「亮介、てめ…!」
「あぁ、でも駄目だね。純、課題やってないし」
「え?」
「!」
「俺の見せてあげるって言ったじゃん。だから元気なく見えるんだよ。純、朝思い出したしさ」
「なによもう。やっぱりそうなんじゃない。見栄?」
「……うっせ」
「でも風邪じゃないなら良かった」


そう言って安堵したように笑った長谷が丁度友達から呼ばれ、またね、と俺と亮介も向かう教室に足早に入っていく。
ヒラヒラと揺れるスカートからちらりと見える太腿が生っ白くて目に毒だ。


「…どういうつもりだよ?」
「なにが?」
「俺、課題やってきたぜ」
「知ってるよ。朝、増子と話したじゃん」
「なら…」
「長谷に勘繰られたくないかと思って」
「!」
「アイツ、鋭いところあるし。俺もまだ消化なんて出来てないしさ」
「……わり」
「やっぱ具合悪い?礼とか気持ち悪い」
「おま…!」
「あはは、冗談だよ」


なんて言いながら笑い教室に入る亮介の後に続き教室に入ればアイツは窓際でクラスメイトと楽しげに話していて亮介が、カモフラージュ、っ言って渡してきた課題を受け取りながら頭を掻いた。

長谷伊織というあのクラスメイトの女子は偶然にも3年間同じクラスでよく話す奴だ。誰にも分け隔てねェしいつも笑ってるし誰かに怒ってるとこなんかも見たことがねェ。頭も良く器用でしっかり者のアイツは上級生なんかからも1年の頃から人気があってあの東さんに告白されたが断ったという経歴もある。今のところ誰とも付き合ってねェらしく、引く手数多とはまさにアイツのことだ。

そんな長谷と3年間同じクラスであんな額に手を当てられるような距離感でありながら何も進展がねェ俺との関係はだいぶ前から友達という枠から漏れることがない。


「あ、また呼び出しだ」
「あ?」
「アイツ、ほら。サッカー部の」
「あー…、だな」
「まだサッカー部は勝ち進んでるんだってね」
「へェ、良かったじゃねェか」
「あれ、応援来てほしい、って誘われてるんじゃない?」
「かもな」
「いいのー?俺の長谷に手を出すな!、とか言わなくて」
「な…!バッ…!なにっ、い、言わねェよ!!」
「ふうん」
「っくそ…!」


なんでコイツにはこんな駄々漏れてんだよ俺の想いが!!
亮介いわく、純は分かりやすい、らしいがにも関わらずアイツには寸分も届いてる気がしねェ。サッカー部の…あー…、名前は忘れたがそいつと何やら話してる長谷を見ているとパチッと目が合い咄嗟に逸らす。


「ヘタレ」
「!っるせェ!」


はぁ、と溜め息をついた亮介は何か言いたげに俺を見ていたが無視して俺が机に課題を広げると諦めたようで亮介は自分の席に座った。


夏休みが明けた初日、俺の誕生日だった。
家族からは、残念だったね、という言葉と共に誕生日を祝うメールが届いた。それと共に進路はどうするのかと、今まで言わないで溜めてきたような矢継ぎ早な質問がずらりと並ぶメールも届き、あぁ心配かけてたのか、と一気に現実に引き戻された。
教室内もなんで今まで気付かなかったのかというぐらい進路の話しで溢れていて、俺たち野球部も近々に進路相談が行われる。
夏休みいっぱいは甲子園で野球やってる予定だったからよ、んなもん視野になかった。無理矢理どっかからか引っ張ってきたそれはまったく自分の中に馴染まず、俺の中で未だ漠然とした形にしかならない。


「…ったく、あちィな…」


こっちはまだあの日を夢にまで見て息も整わねェ目覚めをすることがあるってェのにこれじゃちっとも現実味を持てねェ。
まだ夏の暑さが冷めねェ。
近付いているはずの秋らしい涼しさを体感出来りゃ少しは実感出来るかもしれねェのによ…。


「伊佐敷」
「んあ?」
「え、なに?ぼうっとして。もう課題写し終わった?」
「まあな」


最初っからやってたけどな、とは言わず俺の前の席に座る長谷の後ろを見ればさっき話してたサッカー部の奴がこっちを見ていて、見んなコラ、と眉を寄せ威嚇。別に長谷はお前のもんじゃねェだろうが。


「進路、決まった?」
「!…あー…、まだはっきりとは決まってねェ」
「でも野球続けるんでしょ?」
「……さあな」
「え?」
「………」
「…冗談でしょ?」
「何がだよ?」
「野球、続けるか分かんないなんて」


まだ始業前で賑やかな教室の中で長谷が向かって発した声は小さく潜められていて決してデカくはなかったはずだ。
それでもそれは俺の鼓膜をどうしてか大きく揺らしてぐらりと景色が歪んだような気さえした。

どく、と心臓が嫌な鼓動を刻む。
一瞬頭にフラッシュバックした白球が太陽の光りに吸い込まれていくあの光景を振り切るように、ハッ、と冷たい嘆息を吐き出す。
目の前で不安そうな顔をする長谷に苛立ってしょうがなかった。このまま口を開いたらろくなことは言わねェだろうと頭の隅っこで警報が鳴ったような気がしたが本当に小さく鳴っただけだった。


「冗談?んなもんに出来るほど中途半端な気持ちで野球やってねェよ」
「…そんなこと言ってな、」
「もし野球を辞めるとしてもお前にゃ関係ねェだろ」
「それ…本気?」
「本気も何も、お前が俺のこと分かりきったように言い切んのに俺はびっくりたわ」
「………」


これ以上は止めた方がいいに決まってる。ただどうしても止まらず口が勝手に動く。長谷にぶつけても仕方がねェのは分かってる。分かってるけど、止まらねェ。

目線を落とし課題の文字を見るとも見ながら口を開く。


「野球部はもう秋大のブロック予選まで試合ねェし、サッカー部応援してやれよ」
「……分かった」
「………」
「伊佐敷が私との約束忘れてること、よく分かった」
「!……は?」
「………」
「おい…!」


いつも笑ってるアイツの感情の読み取れねェその表情に向き合って急激に頭が冷えた。今更焦って呼び止めたところで手遅れで、始めるぞー、とタイミングよく入ってきた教師のせいでそれ以上追求することも出来なかった。


「今のは純が悪い」
「っ…分ァーってるよ!」


俺のとこに課題を取りに来た亮介の冷てェ指摘に反応した俺は初めて見る長谷のあの表情が頭から離れず頭を抱えるしかなかった。



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