アイツが気ィ許すあの子ん話し




正直俺にしたら目障りでしかない。
さすがに言い過ぎかもしれへんが野球部に中途半端に足を突っ込んどるような1年のあの子は俺ら2年を差し置いてなんやえらい3年の先輩に可愛がられとるし話しを聞けば小湊と亮さんの幼馴染みらしいが俺には懐かへん。結局それが1番の取っ掛かりかもしれん。
前に廊下でばったり会うた時なんて、ひゃあ!、言うて沢村ん背中に隠れよった。ひゃあてなんや、ひゃあて。先輩に会うたらまずは挨拶やろが。その事を中田に話せば、ゾノの顔が怖いだけなんだナァ、やて。ますます胸糞悪い。結局顔かい。そら御幸らはモテるけど俺からしたら純さんが1番や。見る目ェないねん、あの子。
……論点がズレてへんか?


「はあ?居てへんて、なんでや?」
「知らねェよ。昼休み始まってからこっち、もうすぐ予鈴が鳴るっつーのに姿が見えねェ」


つーか、と続けられ怪訝そうに眉を顰める倉持を前に携帯を取り出した手を止める。


「なんで俺に聞けば分かると思ってんだよ?ゾノ」
「なんでて。お前ら仲良しやろが」
「仲良し……って、なんでそうなるんだよ…。言い方がガキに言うみてェな、それ」


うげ、と心底嫌そうな顔をされるもしゃあないやろが。お前ら同じクラスやししょっちゅう2人でおるし。よく言うあれや、喧嘩するほど仲が良い、てあれ。


「急用なのか?」
「監督から伝言や。今日は雨になりそうやし、各自自主練やて」
「おー。了解。俺から御幸に伝えとくわ」
「いや、それはええ」
「は?なんで?」
「俺が受けた伝言や。自分でやらな気持ちが悪い」
「変なとこで融通利かねェなぁ、ゾノ」
「うっさいわ。んじゃ倉持は1年に知らせとってくれ。俺は御幸探すわ」
「おー。任せろ」


ヒラヒラと手を振りながら携帯を取り出す倉持を確認してから俺は教室を出てさてどこを探したらええかと廊下を見渡しながら思案。あないに目立つ奴や、誰かに聞けば簡単に目撃情報が出てくるやろ。

どっかの窓が開いとるらしい。
雨の匂いのする風を感じ無意識に目で追った。近頃すっかり夏が遠くなった。秋は台風やらなんやらでこないな天候が多い。そうはいうても残暑が冷めたわけやなく、身体に残る鬱陶しい熱を落ち着かせるには今日みたいな自主練はええ機会になるやろ。御幸は自分ん事に加えて投手陣のことも面倒見なあかんから負担はそれほど軽くはならへんやろうが。
……新チームになってまずは3年の先輩が抜けたその穴を埋めつつこんチームの色を見つけていかなあかんねんから、昼休みやからとはいえ暢気に昼寝もしてられん。


そうや。昼寝なんぞ俺は考えられへんっちゅうに。


「お前は……っ、なんで寝てんねん!こないなとこで!!」


そう言いながらも声を抑えた俺ん優しさが阿呆らしくなるわ!!

怒りと情けなさを握り込んだような拳はわなわなと震えて力の限り睨みつけるそこには俺が探しとった御幸本人が居るわけやが、まぁええ。百歩譲って昼寝したってるんは毎日朝練あるしコイツが授業中もスコアブック見とる野球への貪欲な勝ちに対する姿勢が見えるからちっとぐらい気ィ抜く時間があったとしても、監督からコイツを支えたってほしいと言われた副主将の俺としては"それだけ"は許したれる範囲や。

問題はそれやない!!


「お、おま…!!」


絶句や。
御幸なら…、と同級生の奴から聞きまた辿り着いた先でもまた御幸の行き先を聞き、最終的に体育館の裏に足を向けたわけやが此処でこないな場面に遭遇するとか思わへん。

2年やと分かるラインのある上履きを履く足が先に見え、ああやっと見つけたった、と安堵に吐いた息もすぐに詰まった。
御幸ん頭を膝に乗せて困ったように俺を見上げ眉を下げる姿に目がこれでもかってほど見開かれたんが自分でも分かる。


「前園先輩…こ、こんにちは」


小さな、聞こえるか聞こえへんかっちゅうほどのか細い声を聞き、俺はなんで1歩下がっとんのや。なんや見たらあかんもん見とるような気ィして顔も熱くなる。御幸の寝顔もどんだけ穏やかなんやっちゅう話しや。
この子から自己紹介されたことはないが名前は知っとる。小嶋結衣という1年や、この子は。

そんで、なんでこないなことをしとんのや。この子は。
…まさか無理強いやないやろな!?御幸はなんやかんや口が上手いからこないな事を……!


「っ……」
「シィー…」
「!」


はあァァ!?
…あかん、もうなんも分からへん!!なんやコイツら付き合っとんのか!?周りの話しやとこの子は亮さんが好きなんやて聞いたことがある。それは間違いやったっちゅうことかい!

口を開いて御幸を一丁起こしたろうと息を吸い込んだものの慌てて人差し指口ん前に立てられてこないに言われたらグッと喉で言葉が詰まる。


「ごめんなさい。御幸ちゃん、疲れているみたいなので後少しだけ……いいですか?」
「いいですかてお前…」
「なんだか、ごめんなさい」
「阿呆。お前が謝らなあかんことやってへんやろが。せやったら謝るなや」
「ご、ごめんなさい」
「せやからなんで謝るんや……」


上手くいかへん。こないにビクビクされると何から言うたらええのか分からへんくなる。せやけどこないな姿見せられて、副主将としても主将を放っとくわけにもいかん。
校内の喧騒から離れたこの場所でなんやら間違いが起こってもあかん。小嶋に何を言うよりももうこれでええと俺もその場に座り込んだ。


「!…前園先輩?」
「すまんな、ウチん主将が」
「い、いえ」
「お前だけに任せるわけにはいかん。付き添ったる」
「はい」


小さな声で交わす。昼休みもあとちょっとや。俺が直々御幸を起こしたる。
に、してもや。


「なんでこないな事になったんや?」


くそー…。女子の膝枕て青春も青春やないか。

奥歯を噛み締めとれば小嶋が苦笑いして小さな声で話し始める。


「近頃、私…栄純に避けられっぱなしで…」
「はあ?沢村か?」
「はい…。御幸ちゃんに相談してたんですけど昼休みに此処に呼び出されて」
「それで?」
「こんな事に」
「…ちっとも分からへん」
「嘘つかれました…」
「早い話しが騙されたっちゅうことかい」
「みたいです」
「なんちゅうか、すまんな」
「いえ。たまにありますから」
「たまに!?」
「え、あ…はい。ご…ごめんなさい…」
「お前には怒ってへんわ」


御幸にも怒ってへん。いや、怒ってへんのとはちゃうねんけど。それよりも驚きの方がでかくて小嶋がそっと御幸の眼鏡を取ろうとしてんのを目を丸くして見つめる。

御幸は良くも悪くも内に想っとることを出さん男や。常にヘラヘラ笑っとるしそら怒ることがあっても沢村みたァに本気でぶつけてこおへん。扇の要、正捕手で主将。その役割を思えばなんでんかんでん顔に出して感情を顕わになんぞされたら危なっかしくて見てられへんのやから、ドライでありながら熱さを忘れへんコイツのそないなところは良いところやろ。
逆を言えば全部抱えようとする姿がもどかしいにも程がある。たまに、もっと俺らを頼れや!、とクサい台詞を浴びせたぁなる。

その御幸が。
狡い嘘をついてまで甘えとる。しかも後輩にや。話しを聞くにどうやらこれが初めてやないみたいやしいつからこないな事になっとんねんコイツらは。
疲れた、なんぞ弱みでしかない。それを見せられるほどこの子は包容力があるようにも見えへんしどないなとこが気に入っとんねん。
ほんま腹立つわ。
しょっちゅう女子にアプローチされとるくせに。


「……なぁ、小嶋」
「は、はい」
「余計なお世話かもしれへんが、答えてくれや」


俺の声色が真剣味を帯びたのを感じ取ったのか小嶋は不安げに瞳を揺らしながらも俺を見つめ頷いた。
小柄で赤毛の天パ。
まだ幼さが残る面差しを見るとこないなこと聞いてええのかと背徳心さえ沸き上がるもののここははっきりさせとかなあかん。


「お前、御幸が好きなんか?」
「!」
「…こないでも俺らの主将や。もしそうならコイツの野球の邪魔になるようなことはせんとってほしいねん。コイツがそないなことで野球を蔑ろにするとは思ってへんが…」
「……男の子って、いつもそうですね…」
「なんやて?」
「いえ」


なんでもないですと首を横に振られたかて一気に悲しそうにするもんやから気になってまう。小嶋はいつ雨が降ってもおかしない空を見上げ目を細めてからまた俺と目を合わせた。


「好きじゃないです」
「………」
「もちろん尊敬もしてますしたくさん感謝もしてます。人間として大好きですけど、前園先輩が言いたい"好き"とは違います」
「そ、そうか。なんやすまんかったな」
「いえ。たぶん御幸ちゃんも同じです」
「それはお前には分からへんやろが」
「そうでしょうか?」
「そうやろ」


実際俺やったらこないな事好きな子にしか頼めへん。頼みたぁない。御幸がどないな価値観かは知らんが俺ん意見が大多数やと思う。

しっかしこの子はもっと落ち着きない子みたいなイメージやったがそれがどうや。俺ともしっかり交わし気後れもいつの間にかなくなっとる。
不思議な子やと、小嶋がまた御幸の眼鏡を取ろうと集中しとる姿を見ながら思う。


「……あの、」
「ん?」
「御幸ちゃんがこうしているのは、私が御幸ちゃんに何も見返りを求めないからだと思います」
「……は?」
「気持ちとか、結果とか、ごめんなさい…言葉にしにくいんですけど……。でもきっとそうです」
「それはつまり…」


常に結果が求められる主将っちゅう立場に御幸が少なからず疲れを感じとるっちゅうことか?

そう思うたが口にはせず、グッと飲み込んだ。そないする俺に小嶋は眉を下げて笑うだけでなんも言わへんかった。


「っ……阿呆か」


せやったらなんで俺や倉持を頼らへんねん。そないに信用ないんか。ほんまムカつくやっちゃで。
……いや、そないもんとちゃう。
御幸は今まで受け止めるばかりやったから、どないにして発したらええのか、あるいはその事自体が頭に浮かんでへんのかもしれん。まぁ、全部本人に確かめたわけやないから想像でしかないんやが。

あー色々考えたら腹立ってきたわ!!そもそもなんで俺がコイツに遠慮せなあかんねん!阿呆らしい!!


「コラァッ!御幸!!」
「きゃっ!」
「起きんかい!!後輩にまで授業サボらす気ィか!?」
「ん…うお、最悪。寝起き一番がゾノの顔かよ……」
「なんやと!?」
「御幸ちゃん、起きましたか?」
「んー…はっはっは!寝た気しねェ」
「えぇ…。足痺れたのに…」
「あ、マジで?ならお姫様抱っこでも…」
「絶対に嫌です!もう、私戻ります!」
「ははっ、サンキューな」
「……明日」
「ん?」
「怒られてくださいね、一緒に」
「あ?なにを?」


御幸の頭を乗せていたから痺れたという足でフラフラと立ち上がった小嶋が小さく何かを言うたものの俺も御幸も聞き取れず、ん?、と同時に聞き返す。


「……亮介」
「!」
「…げ。あー…、マジ?」
「マジです。お昼一緒に食べるって言われてたんですけど」
「うわ…そっち優先してほしかった」
「御幸!お前、贅沢やぞ!?なんやその物言いは!」
「え、なんでお前結衣の擁護してんの?」
「いや別に…っ」
「あ!予鈴!行かなくちゃ…じゃあ失礼します!」


ぺこりとちっさな頭下げて思ったよりも速く駆けて行く姿を見遣る御幸は、しくった、と髪の毛を掻き乱しながらズレとった眼鏡を直しながら立ち上がる。


「で?ゾノはなんで此処にいるんだよ?」
「阿呆!俺かて居りたくて居ったんやないわ!監督からの伝言を持ってやったったんにお前が教室におらんからこうして探し当てたんやろが」
「お、悪い」
「…阿呆か。悪いことなんぞあるかい。"悪い"は使い方が間違っとる」
「!」


互いに教室に向かって歩いとれば俺の言葉に御幸は目を丸くして一瞬固まったものの、あぁ…、とニッと笑う。


「サンキュー、ゾノ」
「最初っからそう言えや。気付くんが遅いねん、ボケが」
「はっはっは!もう言ってやんねェ」
「なんやとォ!?」


俺が指摘して漸く気付く御幸が自然に、サンキュー、と礼を言われる小嶋だから構われとるんやろなと、御幸に文句を言いながらも口が緩んでしまうのを必死で堪えながら思う。


「にしても、寝足りねェ」
「はあ?あないに気持ち良さそうに寝てたやろ」
「あぁ…。ゾノ、あの状況で寝れんのか。お前を今日から賢者と呼んでやるよ」
「いらんわ!!…って、まさかお前…」
「さあなー?」


じゃあ何か?俺が結衣と話しとることも全部聞かれてた、っちゅうことか……?

今度は俺が固まる番や。そない俺を見て御幸は得意げに笑って見せるだけで何も言わずに前を歩くんやった。


「っ……あー!もうお前謝れや!!さっきの礼返したるから謝れ!!ひゃっぺん謝れや!!」
「はっはっはー!やだね」



アイツが気ィ許すあの子ん話し
(で、ど、どうやったんや?)
(は?なにが?)
(なにがって…!あ、あれや!あれ!)
(結衣の膝枕?)
(お、おう)
(膝枕がどうってより寝てる俺に悪戯しようと目輝かせんの見るのが面白れェんだよなぁ、アイツ。あ、もちろん膝枕もいいけど)
(くそ…!お前死んでまえ!!)
(へえ、そうなんだ)
((りょ、亮さん!?))
(俺今日部活に顔出すから)
(……終わったな、お前)
(………)


―了―
2015/04/18




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