野球が好きなアイツの話し




走っても走っても、どれだけ苦しい想いをしても自分に足りないものが満たされる気なんかしなくて身体に掛かる疲れとは裏腹に何も掴めていない虚無感が焦燥感を煽る。朝食堂で飯食いながら見るその日の天気予報。日に日に低くなる気温。練習中に感じる風の乾き。野球部のグラウンドに3年の先輩がもう戻らない現実。そのすべてが前へ向けと背中を押すものの俺はふとした時にあの瞬間を思い出し振り返ってばかりだ。
俺の中でも打ち消したらいいのかそれとも向き合ったらいいのかまだ迷いだらけで、そんな自分もムカついて。掻いた汗の分だけ流れちまえばいいのにそれも出来ず。雁字搦めとはまさにその事なのかと……また頭の中でゴチャゴチャゴチャゴチャ……っ!!


「だあァァッ!!」
「きゃあ!!」


……きゃあ?

練習終わりに後はクールダウンしながらストレッチをするだけだとグラウンドを出て寮により近い室内練習場に向かっているところで思わず発した声に返ってきた、この場じゃ耳慣れねェ声。

ぴた、と足を止め顔を向ける。
視界の下に見た姿に下へと的を合わせ瞬き1つ。グラウンドへフェンス越しに向かって立って頭を抱えていた姿に、あ、と声を漏らせばそいつがゆっくり振り返った。


「え、栄純。びっくりした」
「なんだよ。結衣じゃねェか」
「なんだよって。おはよう。お疲れ様です」
「おう。朝練見に来たのか?早いな」
「私もバスケの朝練終わりで今から学校に行くところなの。一緒に行こう?」
「いいけど…俺今からストレッチあるし時間掛かるぞ?」


そっかコイツも朝練…。青道の運動部はどれも力を入れていてそれぞれ寮があるぐれェだし、コイツも寮暮らしだって前に聞いた。クラスメイトの結衣は野球部と関わりの深い女子でたぶん俺よりも知識がある。リトルで野球をやってたというからキャッチボールに誘ったこともあって、女子とするキャッチボールは中学の時を俺に思い出させたりする。
若菜や他のみんな、どうしてっかな…。俺はこんなとこで立ち止まってる場合じゃ……。


「……栄純」
「…ん、あ?なんだ?」
「ストレッチ、邪魔にならないなら手伝おうか?」
「出来んのか?」
「何か注文があれば言ってくれれば一通りは」
「んじゃよろしく!」
「うん!」


こんなに人懐こく笑うのに、人見知り。難しい問題を抱えているんだとチラッと倉持先輩が口にしてたことあったっけ。


「わ…!な、なに?」
「いやなんつーか、」


ちっこいし赤毛の天パだしつい手が伸びて頭を撫でたりしても嫌な顔1つしねェし。言いあぐねれば、変な栄純、と楽しそうに笑う。でもいつも笑ってりゃいいのにと言うのはなんか違う。内の問題は結局抱えたままで、解決にならねェ。あれこれって俺の今の状態に似てる?


「栄純?」
「あ、おっ、おう。よし行くか!」


ストレッチをしたらシャワー浴びて準備して……。あぁ!やべェ!今日の数学当たるの俺からじゃねェか!!金丸にまた助けを……って……。


「遅っ!!」
「ご、ごめん」
「いや、俺んな速く歩いてたか?」
「うーん…」


曖昧に笑って首を傾げる結衣は室内練習場の前で立ち止まり振り返る俺の後ろを小走りでこっちに向かってくる。なんつーか、ひょこひょこしてっし制服のスカートひらひらしてっし髪の毛ふわふわしてっし。あぁ…そっか。コイツ小せェから歩幅が俺と全然違げェんだ。

ごめんごめん、と眉を下げて笑う結衣に、鞄そっちな、とベンチを指差し俺は座り上へ腕を伸ばす。中学の時はこんな事まったく考えてなかったけど大事なんだよな…。本当、俺なんも知らなかったんだなぁ…。

ぐるりと回りを見渡しながら今度は上腕を伸ばす。こんな施設で野球をやることになるとは1年前は…って、また振り返ってんじゃねェか!!


「栄純。左腕から後ろに伸ばすよー」
「おう」


制服はもう長袖。ブラウスの袖を捲りながら俺の後ろに立った結衣に任せる。
痛かったら言ってね、と掛かる声に頷くだけで任せられんのは結衣が野球の知識豊富でだからだと思う。


「…私、今日顧問の先生に言われた」
「んー?」
「諦めろ、って」
「!」
「バスケには向かない。3年間を他に費やした方がいいって」
「それって…」
「事実上の退部勧告」
「なんだよそりゃ!!んなもん自分が決めることじゃねェか!!」


ムカつくなそれ!、と振り返る俺の頭を、はい前を向くー、と結衣が押し戻す。


「そうだよ。私が決めること。絶対に諦めない。身長も足りない。経験も足りない。足りないものだらけ」
「足りないもの…」
「だったら足していけばいいだけだよ」
「………」
「なんて、暢気だよね。どこの部もそうだけどスポーツ推薦の人が部のほとんどを占めるから、顧問が言うこともきっと仕方がないことだよ」


あはは、と笑う声が空元気なのは簡単に分かる。何を返すかも決まってないままほぼ衝動的に口を開いたもののそれを察したかのように結衣が、はい右腕ー、と言葉を差し込んだ。


「これは痛くない?」
「おう」
「……これも平気?」
「大丈夫だ」
「栄純、身体柔らかいね」
「そうか?」
「言われない?」
「あー……」


そういや倉持先輩にはしょっちゅうシメ技掛けられるけど、決まんなくてつまんねェんだよ!、とかって逆ギレされる。
そう話せば結衣は俺の腕をゆっくり回しながら、あはは、と笑う。とにかく不思議な奴。野球が好きなのにマネは嫌。ソフトもやらねェ、けど野球から離れねェ。先輩たちがコイツを構う理由がどこにあるのかも図りかねる。俺に見えてないもんがコイツにはあるんじゃないかと、時々俺はコイツのことを注意深く観察したりする。前に春っちに、やめなよ栄純くん。あからさますぎ、なんて言われて気をつけてはいるが。


「ていうか結衣上手いな!!クリス先輩の足元にも及ばねェけど!」
「上げて落とさないでよ。前に講習を受けたことがあるから」
「へェー…」
「はい。今度は前屈。背中押すよー」
「おー」
「ゆっくり息吐いてね」
「……なぁ」
「うん?」
「マネージャーとかやら…」
「うん」
「即答!?まだ最後まで言ってねェけど!?」
「だって言いたいこと分かっちゃったんだもん」
「ぐぬぬ…!じゃあなんでやらねェんだよ!?勿体ねェだろ!?知識もあって経験もあって他の誰より前にスタートライン構えられんのになんでやんねェんだ!?意味分かんねェ!!」


吐き捨てるような俺の言い方はまだ誰もいねェ室内練習場に響き、俺の背中を押す結衣の力を一瞬緩まった。
妬みかもしんねェけど!
俺が言う義理もねェかもしんねェけど!
それでも俺は悪いことを言ってるつもりはねェ!!そんな気持ちでグッと唇を真一文字に結ぶ。
そうすると結衣の困ったような、言葉にならない声が返るも、次は仰向けね、と何事もなかったかのように言われてしまえば従うしかなく。なんだよ俺ばっかもやもやして馬鹿みてェ…。


「足倒すよ」
「………」


ゆっくりと俺の方へ倒される足に結衣が体重を掛けるも顔を背けてだんまりを決め込む。痛くねェし、もう話すことも俺への返事じゃなきゃねェし。

……にしてもなんつーかこれって……!色々まずいんじゃねェのか!?俺の足に身体を預けるように体重を掛ける結衣は目を伏せてるから気付いてんのかどうかも分からねェけど!
なんか、あったけェ。それに柔らかい……ってやっぱまずいってこれ!!


「あ、う…っ、おま……!」


はい逆の足ー、じゃねェよ!!
なんだ!?俺が意識してんのがおかしいのか!?そりゃ田舎の整体とかは婆ちゃんがやってたしこれも同じ仕事だと思えば……。

…制服。柔らかい。あったけェ。いい匂いもするような……。……っっ。

やっぱ仕事だとか思えねェェー!!


「私ね、1回野球を嫌いになったことがあるから」
「!……は?」
「だからもう自分じゃやらないって決めた。私は私の、私が見つけたものを精一杯やってやり通してみたいから」
「結衣、お前……」
「………」
「っっ……だあァァー!ちょ、待っ…!」
「え、わ…!っ…きゃあ!!」
「ぐあっ!!」


この状況はどうにかしなきゃならねェ。それでも口にするのも憚れる。頭の中でぐるぐる回る動揺に足をでたらめに動かせば思ってもしなかったこの展開に、どうする?、とも頭に浮かばねェ。

降ってきた重みと柔らかさ。
ふわ、と頬を擽る感覚に息が止まる。
重みが結衣のもので、柔らかさは俺に触れるすべてのとこに感じて、頬を擽ったのは結衣の癖のある赤毛。


「え、栄純!大丈夫!?どっか打ってない!?私、っ…ご、ごめんね?」
「はあ!?お前もっと他に言うことあんだろ!?」
「ないよ!!」
「!」
「栄純がこの野球部に必要な投手で、その身体が栄純のものだけじゃないこと以外言うことなんてない!」
「おま……」
「どうしよう…手、大丈夫?」


大丈夫じゃねェ、色々。

俺の胸元に手を当てて起き上がる結衣は俺の顔さえ見りゃ現状把握が出来るはずなのに如何せん腕や手ばかり焦ったように視線を行き来させていて俺が真っ赤になってんのもまるで気付かねェ。
あーもう放棄しちまおう。
疲れたし、頭の中ぐっちゃだし、現実逃避だこんな時は。


……にしても、俺1人の身体じゃねェって…まるで妊婦に言うみてェじゃんそれ。あるいは生命保険を進められる一家の大黒柱。俺、んなこと1回も考えたことなかったかもしれねェ。いつも自分が自分がでそれに結果がついてきたから。

あ…天井、高けェ。気付かなかったな…今まで。こんな風に見たことなかった。なんか、見えてないことばっかだ。


「っ……あー!!くそ!!」
「きゃあ!!」
「俺はやる!!」
「!」


居た堪れなさを行動で払拭するのは俺の唯一の取り柄みたいなもんで、結衣を抱えそのまま反転させる。大きく見開かれた結衣の瞳が丸くなるのを見つめながら漸く吐き出した言葉も誰に言うよりも自分に言い聞かせるようで内心苦笑だ。


「何がなんでも走り続ける!だからお前も頑張れ!!」
「………」
「どうして野球を嫌いになったとか、そんなん俺は知らねェけど!けどやるって決めたんなら頑張れ!!俺も頑張る!!」
「……うん。ありがとう、栄純」


俺の下で結衣が泣きそうな顔で笑う。なんだか俺も泣きたくなっちまったとか、内緒だ。ニカッと笑い、へへっ、と零す。


「じゃあ競争ね。私がエースになるか、栄純がエースになるか」
「望むところだ!絶対俺が先になってやるからな!」
「私だって……あ」
「?、どうした?」


結衣が言葉に詰まりパチパチと瞬き。そういや結衣に下りる影が濃くなったような…?あ、てか俺この体勢って色々やば…、


「何してやがんだてめェは!!」
「ぎゃあ!!」
「わ!!」
「沢村ァァッ!!グラウンドにいねェから何先輩差し置いて上がってるのかと探しに来てみれば何こんなとこで盛ってやがんだ!!あぁ!?」
「ぐっ、倉持先輩!誤解っすよ!!盛ってなんて…」


マジいてェ!!今絶対マジ蹴りだったよな!?軽くフッ飛んじまったじゃねェか!!

蹴られた尻を摩りながらマジで怒ってる倉持先輩から驚き固まっている結衣へと視線を移す。盛ってなかんかねェよ!アイツただのクラスメイトだし別になんとも…。


「………」
「………」
「………」


着乱れた制服…涙目…太腿まで捲れたスカート、有無を言わさずマウント……。


「いや、なんか…すんません…」
「改めて現状把握して反省するために正座すんじゃねェ!!余計に腹立つ!!」
「しょうがないじゃないっすか!気が付けばこうなってたんすよ!」
「朝から発情かお前!!」
「ち、ちげェよ!!」
「タメ口禁止キーック!!」
「ぎゃあ!!」
「今日はとことんシメてやらァ…覚悟しろ沢村ー!若菜という彼女がありながらァァー!!」
「ご、ご勘弁をォォー!!」


倉持先輩に技を掛けられて苦しむ俺を尻目に、おいおい穏やかじゃねェな、と御幸一也の声。
ありがとうございます、と結衣の声からして御幸に起こされたのは分かったものの俺がこれ以上結衣に近付くことも顔を見ることさえもこの日は許されなかったのだった。



野球が好きなアイツの話し
(は?沢村が避けてくる?)
(はい。教室で顔を見てもすぐに逸らされちゃうし科学の実験の時も同じ班なのに1人だけ話してくれません。しまいには、悪霊退散!、なんて出会い頭に廊下で会った時に言われちゃいました……)
(ヒャハハ!何やってんだあの馬鹿!)
(倉持先輩、笑い事じゃないです。栄純は数少ない友達なのに…)
(はっはっは!友達、ねェ…。なぁ、結衣)
(なんですか?御幸ちゃん)
(今度俺にもマッサージしてちょーだいな?)
(はあ!?)
(え、私でいいんですか?)
(お前もすんなり承諾すんな!)
(痛い!!)
(あっれー?倉持、顔赤いんじゃねェ?)
(っ…御幸うぜェ!!)


―了―
2015/04/17




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